第七十三話・昭和時代の土地売買契約書を探し当てた話 ■
夏の暑い日、私は某駅から徒歩で某事務所に行きました。駅から十四分。暑すぎて誰も歩いていない。でも、健康のためにも歩きましょう。
私は、生前の祖父母の話を思い出しながら調査を重ね、祖父が売却したという土地を割り当てました。折々に自衛隊や公共団体に電話で問い合わせ、売買契約書を保管している団体をつきとめた。昭和時代の土地売買の契約書を見せてもらうためにこうして出向きました。
昔はともかく、現在では名寄せといって、名前だけで土地の売買履歴を調査できる方法はもうないのです。コツコツとやるしかなかった。
さて売買の名義人は祖父の名前ですが、母が嫁ぎ、私がそこから嫁いだので苗字が全然違います。閲覧を申し出ましたら、その公共団体から個人情報をたてに断られそうになりました。が、事情を説明するとなんとかOKが出ました。私の住民票、戸籍謄本、身分証明書、母の戸籍謄本、祖父の原戸籍を提出するという条件つきです。お安い御用ですとも。
Jの実印の不正使用などの話は伏せました。トラブルの種になるとおもわれたら、閲覧を断られる可能性が大きい。昔の話に興味があるので、と言いました。別件でこれらの申出を拒否された理由は以下の通り。
① 昭和の帳簿がパソコンに入っていない。
② 帳簿自体が処分済。
③ 帳簿が膨大で仕事の合間に探し当てるのは不可能
……だからこそ、一か所だけでも見つかったのは奇跡としか思えない。
目当ての事務所に到着。予約はしていたので、すぐに奥の部屋に通された。
昭和時代の帳簿は黒い布でできたヒモで閉じられていました。表紙の蝶結びが妙に懐かしい。そして表紙からはみ出る黄色く変色した売買契約書の分厚い束。こういうのを見たがる人は珍しいらしく、私はその関係者さんたちに囲まれました。
ぶ厚い書類の半分ほどを割って見せてくださったそれには、祖父の名前とサインがあります。これのコピーが欲しいと告げると渋い顔をされました。
「コピーはダメです」
「せめてカメラ撮影でも」
「……そうですね、あなたは血縁者ですし、可とします」
よかった……。
担当者たちは淡々と接してくださっていますが、私は動揺を抑えるのに苦労しました。サインは当時の世帯主であった祖父の名前ですが、筆跡は祖父でなく、叔母Jのそれだったから……でも声には出しません。それをいうと、書類の提示をその場で打ち切られると思ったからです。
撮影した売買契約書には当然その土地の住所がある。その住所を頼りに、法務局に行きました。登記簿謄本を閲覧するためです。また暑い中、移動です。
果たして昔の土地の割りあてを見ると、公共道路のキモになる交差点のど真ん中の土地を祖父は所持していた。謄本によると、当該の土地は売買契約を結んだ数年「前」に購入している。
あきらかにその場所がバイパス通路になると分かっていて、購入したものだ。しかも借金までして購入している。Jはすでに農協に勤務していたが勤務先ではなく、「別の金融機関」 からお金を借りていた。当時の祖父の家には、土地を買うお金がなかったはず。
仮にJの勤務先から借りたら、その理由も購入する土地もわかってしまう。それが嫌だったと推測できる。
すべては、確実に高額で売れる土地を転売するため。
Jはこの転売を勤務先には知られたくなかった。
その土地だって百坪もない。当時の祖父やJでは、その狭い土地を買うのが精いっぱいだった。そのかわりに一点豪華主義というか、交差点のど真ん中を買った。果たして転売はうまくいき、二億円超の大儲け。古い書類が語ってくれた。
帰宅後にくだんの公共団体に電話で当時の状況を伺った。昭和時代から公共工事にはどのあたりの土地でやるかはあらかじめ公布するという。だからそれをにらんで、目端にきくものが土地を購入するのは犯罪ではない。しかしこのあたりの土地を買うと儲かると、Jと親しい国会議員が提示したとしたらどうだろう。私がそれを指摘すると、相手は「なんにせよ、昭和の時代の話ですから、事情を知る人もいません。調査もできません」 と言った。
売買契約書の閲覧自体も業務外だったので、私は感謝の意を伝えて電話を切った。が、すごくもやもやした。祖父ではなく、叔母がかわりに代筆した。叔母以外にはその金額すら誰も知らなかった。祖父母や私の母や叔母の実印全てを使ってあの調子で土地売買に励んだと思われるからだ。それでいて、叔母Jは私の実家をバカにしていた。サラリーマン家庭であることを侮られていた。私の父を相続税を払ってあげたからといわんばかりに田畑の作業にこき使った。それがあるから、私は怒っている。汚い手段で金持ちに成り上がった叔母Jをどうして尊敬できようか。
私の母は名義を使われるというのが、どういうことかが、わかっていない。ずっと蚊帳の外で実印と名義を使われていた。地下鉄が通る土地、公園の土地、天理の土地、恩智の土地、その他もろもろ。Jは無断で実の姉妹の実印や名義を使うことに罪悪感はなかったのか。結果金持ちになって幸せだったのか。Jの妹(母の末妹)から勤務先からの横領を暴露されてどう思っているのか。
Jに翻弄されてきた私の亡父と現在認知症の母。
JのことはJAは庇いだてした。でも、告発した私の文章は残る。
ADRでのJAの対応は到底納得できるものではなく、JAの横領事件が絶えない理由も実感できた。
その仕上げとして、この話を公表するのもそれなりに意義のあることだと思いたい。




