第21話「日常㊲(御堂 聖、牧村 綾香)」
◆
牧村さんを助けた翌日。
僕はベッドの上でぼんやりと天井を見上げていた。外の紫色の空は相変わらずだけれど、この部屋の中は静かだ。
傘の子やお姉さんがいるから僕だけは大丈夫だろうとは思わない。
慢心とかそういうことじゃない。もっと根本的な不安だ。
僕が思うに、誰かの誰かに対する好意っていうのは、それが大きいものであっても小さいものであっても本質は変わらない気がする。
要は条件の問題なのだ。
家族や親友、恋人でも、嫌いになる条件を満たしてしまえば関係は簡単に破綻してしまう。まあそういう親しい人達と他人とでは、条件を満たすハードルが高いか低いかの違いはあるけれど。
もし僕がお姉さんや傘の子から嫌われる条件を満たしてしまったら。僕が彼らにとって守る価値のない存在になってしまったら。
その時、彼らは僕を見捨てるだろうか。
分からない。
僕は父さんが亡くなる前は母さんとは凄く仲が良かった。父さんが亡くなってからはサダフミおじさんが父さん代りになった。サダフミおじさんは最初は優しかったけれど、やっぱり父さんとはどこか違っていて。
僕らは少しぎくしゃくしていた……と思う。でも母さんとサダフミおじさんは仲が良くて、それで僕は疎外感を感じていた。家の中に僕の居場所がなくなっていくような気がした。
そんな時、“お山”の近くで遊んでいたら、僕を呼ぶ声が聞こえた──気がした。
そうしてお姉さんと出会った。でもお姉さんと出会ってから、サダフミおじさんがなんだか怖くなって。僕に対してどんどん厳しくなっていった。
僕はきっと、サダフミおじさんから嫌われる条件を満たしてしまったんだろう。
母さんは僕が東京へ行くっていう事に最初は反対していたけれど、最後はそれを受け入れた。村の神主さんが「あの子は魅入られている」と言ったから。
でも本当はそれだけが理由じゃない気がする。サダフミおじさんから嫌われることが、母さんからも嫌われる条件だったのだろうか?
よくわからない。
ただ、母さんは僕よりもサダフミおじさんを選んだ。新しい生活を選んだ。
ああ、こんな事ばかり考えていたらちょっとやる気がなくなっちゃったな。昔のことを思い出すといつもこうだ。胸の奥が重くなって、何もかもがどうでもよくなってしまう。
街が落ち着くまで暫くゴロゴロしてようかな。
僕は深くため息をついて、布団を頭からかぶった。
◆
そう決めてから、僕は本当にゴロゴロしていた。
クロを千切ったり、まるめたり──別に虐待してるわけじゃない。
そうしてほしいっていう気持ちが、なんとなく伝わってくるからそうしてる。
そんな事をしているうちに、僕はふと牧村さんの事を考えた。
あの夜以来会っていない。怪我は大丈夫だろうか。太ももと脇腹を撃たれていたんだ。相当な重傷のはずだ。
様子を見に行ってみようかな。
そう思った僕は立ち上がった。何か差し入れを持っていこう。
キッチンに行って保存食の棚を漁る。缶詰のフルーツとかレトルトのお粥とかがいいかもしれない。いくつか見繕って紙袋に入れた。
準備を整えて隣の部屋のドアの前に立つ。少し緊張する。
あの夜のことを牧村さんはどう思っているんだろう。僕の力を見て怖がっていないだろうか。でもあの時、牧村さんは余り気にしていない様に見えた。
少し間があって中から「はい」という声が聞こえた。牧村さんの声だ。少し掠れているけれど、思ったより元気そうだ。
「あの、御堂です。具合はどうかなと思って」
そう言うと、ガチャリと鍵の開く音がした。
ドアが開いて牧村さんが顔を出す。
顔色はまだ少し悪いみたいだ。
「御堂君……」
牧村さんが驚いたように僕を見る。
「これ差し入れです」
僕は紙袋を差し出した。牧村さんはそれを受け取って中を覗き込む。
「ありがとう。助かるわ」
そう言って少しだけ微笑んだ。
「あの、大丈夫ですか? 怪我」
「ええ、なんとかね。急所は外れていたし。それに私は人より大分怪我の治りが早いのよ」
「それってもしかして、そういう異能だったり──」
「う~ん、どうなんだろう。異能、なのかなぁ……私はどちらかといえば特異体質寄りな気がするけれど」
「特異体質、ですか?」
僕が聞き返すと、牧村さんはこくりと頷いた。
「まあ、立ち話もなんだし。どうぞ、中に入って」
促されるままに部屋へ入る。僕の部屋とほとんど同じ、殺風景な空間だ。彼女はベッドの縁にゆっくりと腰を下ろした。
「御堂君が知ってる範囲でいいんだけど、異能と特異体質の違いって、どういう風に聞いてる?」
逆に質問されるとは思わなくて、僕は少し考え込む。僕の知識なんてあってないようなものだ。
「えっと……異能は、意識して使う力で。特異体質は、本人の意思とは関係ないもの、みたいな……」
我ながら曖昧な答えだ。でも牧村さんはそれで十分だというように微笑んだ。
「大体そんな感じよ。私の解釈だと、異能は『外部に働きかける現象』を能動的に起こす力。念動力とか発火能力とか、そういう分かりやすい超能力ね。対して特異体質は、あくまで『本人の身体がそうなっている』っていうだけの受動的な特性」
「受動的……」
「そう。私の場合は『細胞の再生速度が異常に速い』っていうだけ。だから傷が早く治る。でも、これで火を起こしたりはできないし、誰かを守る盾になることもできない。あくまで私自身の身体の中だけで完結してる力なのよ」
なるほど。言われてみれば、すごく分かりやすい。
「まあ、中にはどっちとも取れるような人もいるし、あんまり厳密な定義はないんだけどね」
牧村さんはそう言って、僕が持ってきた紙袋からフルーツの缶詰を一つ取り出した。
「ありがとう。こういう甘いもの、久しぶりだわ」
「いえ……」
「御堂君の力は、どう見ても異能なんでしょうけど。凄かったわね、あの傘は念動力で?」
僕が黙り込んでいると、牧村さんが不思議そうな顔で僕を見た。何か言わなくちゃ。
「……まあ、そんな感じです」
結局口から出てきたのはそんなごまかしの言葉だった。
牧村さんは僕の答えに少しだけ目を瞬かせたけれど、それ以上は何も聞いてこなかった。
「そう……ごめんなさい、あまり聞かれたくないことだったかしら」
彼女はそう言って、困ったように少しだけ笑った。
そうして一瞬気まずい空気になったけれど──
「ああ、そうだ。この前の話だけれど。御堂君の保護者さんについての情報、さっき本部に問い合わせておいたから」
問い合わせた?
でも電話とかは通じないはず──
「ああ、鳥を使ってるのよ。伝書バトみたいな」
僕の表情を読んだのか、牧村さんがそんなことを言う。
「早ければ明日──うーん、明後日、明々後日くらい見てくれれば返事が帰ってくるとおもう」
朗報といってもいいだろう。二人が無事なのはクロを通して分かっているし、もし場所が分かれば早く逢いにいきたい。




