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お姉さんと僕  作者: 埴輪庭
第3章

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第14話「日常㉞(御堂聖)」

 ◆


 朝早く、隣の部屋から物音がした。


 ドアの開閉音、床を踏む足音。牧村さんが出て行く音だった。時計を見ると午前六時過ぎ。普段の牧村さんはもう少し遅い時間に動き出すはずだけれど、今日は何か用事でもあるんだろうか。


 僕は布団の中でもぞもぞと寝返りを打った。


 今日は探索に行かないことにした。外に出れば出るほど危険な目に遭うし、食料は比較的余裕がある。それに牧村さんが叔父さんたちの情報を教えてくれるって約束してくれたわけだから、それまで無理をしないというのもアリだと思う。


 そんなことを考えながら、僕はベッドサイドに置いてあったクロを手に取った。


 指で押せばへこみ、離せば元に戻る。温度は常に一定で、人肌よりわずかに冷たい。


 僕はクロを伸ばしたり縮めたりしていた。


 別にいじめているわけじゃない。こうするとクロが喜ぶのだ。触れていると、クロが何をしてほしがっているかなんとなく分かる。言葉ではない。感覚として伝わってくる。今日のクロは特に機嫌が良いようで、僕の指に絡みついてきた。


 僕はクロの体をプチプチと千切る。


 千切られた破片は一瞬だけ独立した個体のように震えるが、すぐに本体に引き寄せられていく。磁石のS極とN極が引き合うように、あるいは水滴が集まって大きな水たまりになるように。それを丸めてまたくっつけてやる。


 クロから満足感のようなものが伝わってきた。


 そうしていると──


 なぜか強い眠気が襲ってきた。


 瞼が重い。意識が沈んでいく。まるで深い水の底に引き込まれるような感覚。抵抗しようとしたけれど、体に力が入らない。


 僕の意識は闇に飲み込まれた。


 ◆


 真っ黒いどこか。


 上下の感覚がない。体もひんやりと冷たい。でも寒くはない。まるで海の中にいるような気がする。いや、海よりももっと濃密な何かの中に浮かんでいる感じだ。


 夢を見ているんだろうか? 


 僕がそんなことを思っていると、頭の中に声が響いてきた。


 いや、声というより──


 なんと表現すればいいのか分からない。話しかけられている、という感じはしない。なんだか独り言が延々と聞こえてくるみたいな感じだ。


 耳を澄ませてみる。


『なかなかよい』


 男の人とも女の人ともつかない声だった。


『このやしろはすき』


 やしろ? 社? 神社の社のことだろうか。でもここは真っ暗な空間で、社なんてどこにも──


『ごはんよくない』


 今度は不満そうな響き。子供が駄々をこねるような──ごはんって、食事のこと? それとも別の何か? 


『あのおんながひつようだ、つくらせよ』


 女が必要。誰のこと? 牧村さん? それともお姉さん? いや、違う気がする。


『はげめ、かよわきものよ』


 励め、か弱き者よ。


 その言葉が響いた瞬間──


 ◆


 僕は目が覚めた。


 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。クロは僕の胸にべったり張り付いている。その重みが妙に心地良い。


 時計を見るともう夕方だった。


 窓の外は紫色に染まっている。いつもの光景だ。でも今日は少し違って見えた。


「……お腹すいたな」


 独り言を呟いて、僕は起き上がった。クロをそっと脇に置く。クロは不満そうに震えたが、すぐに大人しくなった。


 そろそろ夕飯の準備でもしようかな。


 ベランダに出て、カセットコンロを設置する。


 缶詰を開けて、フライパンで温める。


 サバの味噌煮。賞味期限はまだあと一年はもつ。


 ジュウジュウと音を立てる缶詰を見つめながら、僕は考える。


 あの夢は何だったんだろう。


『はげめ、かよわきものよ』


 誰の声だったんだろう。クロと関係があるのか、それとも全く別の何かなのか。この東京では、夢と現実の境界も曖昧になっているような気がする。


 食べ終わって皿を片付けた。


 水は貴重だから、ウェットティッシュで拭くだけにしておく。使い終わったティッシュはビニール袋にまとめて、後で燃やす。ゴミ収集なんてとっくに機能していない。


 部屋に戻って、ふと気付いた。


 牧村さんはまだ帰っていない様だ。


 もう午後七時を過ぎている。僕はこの時間には外には出ない。夜でも明るさは余り変わらないのだけれど、怪異の活動が活発になるからだ。牧村さんも多分それを知っていると思うんだけれど。


 ちょっと心配だな。

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