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有人島物語  作者: 髙田田
有人島物語~春夏の始章~
10/23

第九話 そして誰も居なくなった。だって、引越したんだもの。

 俺達は農耕をしていない。

 つまり、狩猟採取民族だ。

 だけど、言語を持った狩猟採取民族だ。

 だから、話し合いでなんでも解決できるはずなのだけれど……。


 ここに来て、二つの村の在り方が衝突しあっていた。

 一つは、村長を尊重しない緩やかな共同体。つまり、ウチだ。

 一つは、村長が尊重されるきめ細かな軍隊。つまり、ココだ。

 村長のほかに作戦班が設けられ、二十余名の人間がキビキビと動く姿は……見てて疲れる。

 見てて疲れるんだ、やってる方はもっと疲れるだろう。

 確かに無駄なく、効率的で、軍隊らしく閉鎖的だった。

 食料班、建築班、炊事班などに分かれた専門職として村人達は働いていた。

 うん、この村に俺の居場所はなさそうだなぁ……あ、炊事班ならなんとか?

 でも、あの様子じゃ摘み食いも出来そうにないなぁ。

 この会議の椅子に座っているのは三人の村長。

 まず頼り甲斐のありそうなこの軍隊村の村長さん。……だから、なんでお前がこの島に居るんだよ?

 次に第一期卒業生である眼鏡の恋人……であって欲しい、女の子村長さんの沙織ちゃん。

 まだ、心変わりしてないよね? その時は教えてね? 皆でお祝いして大笑いするから。

 そして、俺。そして、俺。そして、俺。

 大事なことだから何度でも言うが、何故か俺がこの会議の席に呼ばれた。

 廃人眼鏡が村同士のいざこざに巻き込まれた恋人のために、四足歩行の俺を連れ出してきたのだ。

 人選、間違えてない?

 俺は、お前の脱童貞を未だに許してないぞ?


「うちの、人員を返して欲しい」

「人はものじゃありませんからお断りします」

 大体、この二つの会話をクソとか馬鹿とか腐れチ○ポという単語で修飾した罵倒の応酬が続いていた。

 廃人眼鏡。お前の恋人、誰かの影響を受けて強く逞しく成長してるぞ。良かったな。

 話の発端はこうだ。

「軍隊の下っ端生活に疲れたから俺、退役するわ。あ、緩そうな村見っけ、ま~ぜ~て♪」

 こうして新しく入村した新しい村人が引き金となった今回の一件。

 村長が尊重されるということは明確なヒエラルキーが存在するということで、上司と部下という形になる。

 上の者は偉く、下の者は偉くない。

 下の者に成りたい人間なんて、この世の中に居るか? あ、マゾの人はご遠慮願います。

 結果、自分も尊重される緩やかな共同体を羨ましがり、人材が流出してしまった。

 そしてもう一つ、高効率化を目指すと言うことは、無駄を切り捨てると言うことだ。

 つまり、遊びがない。余裕がない。人材の流出は、軍隊村の存亡に関わっていた。

 優秀な人だけを集めた村と言えば聞こえが良いけれど、使えない人間を見捨ててきた村だ。

 たった一人、されど一人。一人が抜ければ二人目が抜けるだろう。

 そして彼等が抜けた分の仕事量が増え、三人、四人と抜け落ちていくだろう。

 他に選択肢が無かったから下っ端をやっていただけで、好んで下っ端をやりたい奴なんかいない。

 まったくもってその一言に尽きるのだが、軍隊村の村長さんは納得されなかった。

 そして延々一時間? 二時間? この罵倒合戦を聞かされている。

 あまりにも纏まらない会話に俺は大きく手を上げた。

「えっと、鷹斗さん、だったかな? 何か?」

「トイレ!!」

 付き合ってられないので逃げ出したのだ。


 ◆  ◆


「どうッスか? なんとかなりそうッスか?」

 俺は大きく横に首を振った。

 リゾートの主催者に判断を委ねれば何とでもなる。が、あまりその方法は利用したくなかった。

 あまり乱用するものでも無いし、そのやり方自身を広めたくなかったのだ。

「よりよい、転職先、転職したら、元の、ブラック企業、追いかけてきた。酷い話」

「……あぁ、そういうことだったんスか」

 廃人眼鏡よ、問題の根っこも知らずに丸投げしたのか?

 貴様が純潔の誓いを破って以来、信頼度がガタ落ちになっていることを忘れてないか?

「ただ、転職許す。多分、この村、終わる」

「……あぁ、そういう……こと、だったんスか」

 この村の在り方は強い。ただし、魅力的ではない。

 上が居て、下が居る。

 だから上の者には魅力的でも、下の者にとっては魅力的ではない。

 年功序列や何やらで昇格するような時間も無いしな。

 緩やかな共同体は誰にとっても魅力的ではないが、心は落ち着く。

 そのままでは決断力に欠ける烏合の衆になりそうだけれど、そこは学校の教育がカバーした。

 お陰でこのザマだ。

 卒業と同時に、見捨てた、はずなんだけどなぁ……。

 あと俺は用務員のおじさんなんだけどなぁ。

 問題を片付けるのは簡単なんだけど、なんだか勘違いしてそうで怖いんだよなぁ。

 ……久しぶりに血を見そうで、怖いんだよなぁ。


 ◆  ◆


「トイレは、済みましたか? では、続きを……」

 俺は大きく手を上げた。

「えっと、まだなにか?」

「そもそも、前提、間違えてる。だから、話、終わらない」

「鷹斗先生、何が違うんですか?」

 ……先……生……だと?

 初めての尊称だよ!! 凄いランクアップした気分だよ!!

 廃人眼鏡!! お前の恋人は良い子だ!! お前自身は悪い子だけどな!!

「村長、追い出す、権利ある。でも、追い返す、権利無い。人はもの、違う。言ったの、自分。だから、返せ、言われても、その権限、無い」

 そう、人はものじゃない。

 だから、村から出て行ってもらうことは出来ても、その先はその人の自由だ。

 戻るのも、新しい村を探すのも、のたれ死ぬのも、その先はその人の自由だ。

「権限無い人に、言っても、無駄。この会議、無駄。この子の村、追い出しても、他所の村、行くだけ。戻ってこない、戻ってこれない、話すだけ、無駄」

 一度逃げ出した村に、どんな顔して戻ってくれば良いのやら。

 俺なら無理っ!! 絶対無理っ!! そもそも十年前に逃げ出して以来、戻ってないっ!!

「……ですが、越冬のための計画に彼の仕事は組み込まれていて」

「それ、貴方の都合。貴方の勝手。貴方の計画。そもそも、出てった、貴方、原因」

 司令官ごっこが楽しくて、気が付いてもいないんだろうな。

 ゾンビ大好きの彼も大概だったが、この軍隊村長さんもその手の人なのかなぁ?

「私が原因で出て行った? ……詳しく聞かせてもらいたい」

 顔は笑っているけど、引きつってるぞ?

「貴方、計画立てる、楽しいこと。でも、下の人、ただの作業、楽しくないこと。だから、出てった。ここ、バカンスの場所、手紙、ちゃんと読め」

 ここはリゾートアイランドだぞ?

 なんでバカンス中に他人に顎で使われにゃならんのだ。

 そりゃバカンス中に他人を顎で使うのは楽しいでしょうけどな。

 まったく、俺に余計な仕事をさせるんじゃない。

 俺には塩の結晶を見守るドモホルンな仕事があるんだ。

 塩の単結晶が徐々に成長して3cmの大台に乗ろうというこの時期、俺はあの子を愛情を持って見守るのに忙しいんだ。

 今のところ俺のメインヒロインは翔子ちゃんではない、塩子ちゃんだ。

 シロ様よりも真っ白な塩の単結晶の透き通る肌をした、塩子ちゃんだ。

「認めない……」

 あぁ、予想した通り、軍隊村長さんが自分の計画通りに動かない駒にイライラし始めてるな。

 お前の駒なんか、この島に最初から一つも無いって言うのにな。

 ……また、この村の崩壊に合わせて学校を開かなきゃ駄目なの?

 いや、俺は苦労しないんだけど翔子とシロ様が流石に今度は怒るよなぁ。

 でも、廃人眼鏡は拾ってくるし、童貞三人衆(偽)も今度こそはと躍起になるからなぁ。

 トータルすればプラマイゼロ。でも、俺だけにマイナスの代償が集まって来るに決まってる。

 しかしこの村長、ミリヲタかなにかだったのかなぁ?

 確かに組織運営は出来てるけど、福利厚生までは手が回っていない辺りニワカだったのかなぁ?

 生きていくためにお前についてきた、でも、より良い職場があるなら人はそちらに移るに決まってるだろ?

 人の心を察しろ。

 それが出来たなら、この島には居ない。ジレンマだ。

「認めなくても、現実。人は、この村、出て行く。この村、魅力無いから。原因、それだけ。じゃあ、俺、帰る」

「ちょっと待てよ!! 話し合いは……」

「話し合いは終わった。話し合うべきことが無いと言う結論が出たはずだ。この子には追い出す権限はあっても追い返す権限は無い。この村に嫌気がさした人間が笑顔で戻ってくると思うのか? それも新しい村から追い出されることになった元凶のこの村に? この村が大事だと思うなら残った人間を大事にしろよ、な?」

 残ってくれる、人間を大事にしろよ、な?

 女の子村長の沙織ちゃんに手招きをして、もう話は終わったから帰ろうとしたその瞬間、久しぶりにあの音を聞いた。

 最初からピーだ。

 拳を握って殴りかかろうとしてきたミリヲタ村長の首元から警告音が鳴っていた。

 流石は未来テクノロジー、即応性が高い。

 ビクッとして、その拳は俺に届く前に止まった。

 拳がぶつかる前には首パンッしてくれるのだろうか?

 殴られた後は嫌だぞ? 痛いし。

「暴力は、無しだ」

 暴力は無い。だけど、暴力以外なら、ある。

 このミリヲタ村長が変な気をおこしてくれたもうなよ……。

 赤い村の村長は「この屈辱忘れませんからね」なんて捨て台詞残しながら、結局、何もしなかったけどな。

 むしろ頭を下げて、シロ様に竹篭の作り方教わってたけどな。

 シロ様がどういう顔をすれば良いのか、もの凄く悩んで百面相してた姿は可愛かったな。

 見てたの気付かれて怒られたけど。

 村長を尊重しようよ、みんな。


 ◆  ◆


「話、聞いてきたッス。週休ゼロ。月月火水木金金の勤務日程ッス」

 何処の海の男だ。ここはリゾートアイランドだぞ。

 うん、俺なら逃げるわ。

 その前に入れないわ。てへっ♪

 毎日が日曜日のうちも大概だが、毎日が出勤日のここも大概だ。

 あと、よく知ってたな、その七文字熟語。

 青い鳥探しの次は、隣の鳥は青い、そんなお前らの貪欲さに俺が真っ青だよ。


「あの? 鷹斗先生、このままで大丈夫なんでしょうか?」

 先……生……。

 この子は良い子だ。はやくゾンビ王子とくっつきますよーに。

 はやく廃人眼鏡が泣き喚く姿が見られますよーに。

「うん、このまま、駄目。多分、攻撃してくる」

「……戦争ッスか? でも、この島じゃ暴力禁止されてるッスよ?」

「嫌がらせ、方法、いくらでも、ある。だから、移住、考える」

「逃げるんスか? それは……なんか理不尽じゃないッスか?」

「理不尽、だから、移住、考える。手伝え」

 暴力に暴力で抗っても、お互いに疲弊して損害が大きくなるだけだ。

 だから、逃げる。移住する。戦いが起きないように理不尽から遠ざける。

 逃げてしまえば、戦いは起きなくなる。

 戦うことは、出来なくなる。それがどれほど理不尽でも、受け入れるしか無いはずだ。

 そもそも戦いにならなければ良いのだけど、あのミリヲタ村長、プライド高くてしつこそうなんだよなぁ。

 嫌だなぁ。ベタベタした男って嫌だなぁ。

 ……真夏の人豚がまさにそれじゃんっ!?


 まぁ、解っていたことだけど、手伝えと言いながら実働は全て他人任せになりました。

 この俺の手を借りたい? その辺の猫の手のほうが遥かに役に立ちますよ? 癒しの意味で。

 廃人眼鏡、童貞三人衆(偽)、ゾンビ王子、他多数の女学生に一本釣りされた男性達。

 二日も掛からずに移住先の温泉地の建設を完了させてしまいました。

 俺? 二日掛けてオラが村に一人で歩いて戻ったよ?

 四足歩行の動物なのに偉いでしょ? ちゃんと一人でオウチに帰ってこられる偉いナマモノだよ?

 褒めて良いよと言ったら、翔子が頭を撫でさせてくれた。逆だろう?

 そんな可哀想な俺を不憫に思ったのか、シロ様も頭を撫でさせてくれた。だから逆だろう?


 人間の生命線は、衣食住、そして娯楽だ。

 衣食住が揃っても、娯楽や慰めが無ければ人が死んでしまうことは身をもって知った。

 衣食住のうち衣と住の所有権はリゾート計画の主催者に保障されている。

 だが、食だけは保障されていない。

 未だ採取されていない食料は誰のものでもないから保障されない。

 だから、ミリヲタ村長の村の男たちが総出になって食料源を荒らしに来た。

 採取するのではなく、ただ、食料源を踏みにじって駄目にした。

 女の子村長の沙織ちゃんが口頭での抗議を申し立てたが、暖簾に腕押し、ぬかに釘、馬耳東風。

 第一期卒業生の村の周辺の食料源を踏み荒らして回った。

 女の子村長の沙織ちゃんは頑張った。

 頑張って、説得を続けた。

 でも、それがミリヲタ村長の加虐心を煽る結果になった。

 食料相手に無双。神仏を恐れぬ所業。

 その一口を得られなかったが為に亡くなった御仏達の罰が当たるぞ?

 恐ろしいことだ。沙織ちゃんは泣いていた。

 あの沙織ちゃんが泣いていたんだ。

 あまりにも、下劣な行為。

 あまりにも、卑怯な行為。

 あまりにも、非道な行為。

 そして、最後には、新しくやってきた村人を追放しますから許してくださいと泣きながら沙織ちゃんは頭を下げた。

 一週間に渡る暴虐の末、沙織ちゃんの全面降伏宣言に満足したのか、ミリヲタ村長は笑いながら帰っていった。

 あの沙織ちゃんが泣いていたんだよ……。恐ろしいことだ。


 ◆  ◆


 イケメンを揃えてと言った筈なのに、なぜ、童貞三人衆が居る?

 お前らイケメンだったか? まず心がイケメンじゃないだろう?

 あと、非童貞村長、お前がシレっとした顔で混じっているのがマジで許せない。

 ミリヲタ村の男達は抵抗も出来ない食料を相手に無双していた。

 なので、こちらはミリヲタ村に残っていた女性を相手に無双していた。

 まず、近隣に作った温泉施設にイケメンホストを使ってご招待。

 その快適さを味わって貰った後に、ここに移住しないかと誘いをかけた。

 これが非童貞の貫禄か、非童貞村長の説得でコロリと落ちたらしい。

 女の心変わりは恐ろしいのぉ?

 ミリヲタ村から主催者が許す限りの物資を運び出された。

 ミリヲタ村で、主催者が許す限りの破壊活動が行われた。

 全てミリヲタ村の女性村民の手によるものだ。

 自分達の物を自分たちで運び出して何が悪い?

 自分達の物を自分たちで破壊して何が悪い?

 よっぽど鬱憤が溜まっていたらしい。

 リゾート主催者も、沙織ちゃんの村で行われている非道な行いを同時に見ているのだから、かなり大目に見てくれたのだろう。

 かなりの破壊活動までが許された。

 人が住めなくなる、たったその程度のレベルまでは許してくれた。

 夏なので使っていないエマージェンシーブランケットなどは、男性の人数分を残した数までしか運べなかったそうだ。

 主催者は見ていた。ちゃんと見ていて止めなかった。天は怒りの日を公認していた。

 向こうは食を攻撃した。

 こちらは衣食住に女性という娯楽まで全力で攻撃した。

 ミリヲタ村では炊事や洗濯は女の仕事、狩りや大工仕事は男の仕事、そういう社会だった。

 ……昭和か?

 彼女たちは飯炊き女か何かとして見られ、ヒエラルキーとしては最下位の扱いだったのだろう。

 女は心変わりが無くても恐ろしいのぉ。

 まぁ、そんな扱いされれば男でも怒るけどね? 大激怒だけどね? 俺は十年かかったけどね?


 沙織ちゃんの村から追放された、事件の発端となった彼はミリヲタ村を通過して、温泉地に直行。

 オートミール? なんだか、そんな名前の実験の話を思い出した。

 学生を看守と囚人に分けてロールプレイさせた心理学の実験の話だ。

 ○○役と決めて、その階級に序列を付けると、人はそれに従ってしまうとかなんとか、ネットの知識だがそれに似ていた。

 まずミリヲタ村長、次いで作戦班、その次に食料班と建設班、最後に炊事洗濯お掃除の雑用係。

 そんな三角形のおにぎり村が出来上がり、そして皆その序列に従って暮らしていた。

 江戸時代に、お侍様や将軍様は無条件に偉いとされていたのも似たようなものだろう。

 ただ、どこにでも『空気の読めない』人間は居るもので、脱走した彼はその一人だった。

 あとはミリヲタ村から優秀かつ心優しい人材を引き抜くだけで、全ては終わる。

 春から夏まで、大体五ヶ月を共に過ごしてきたんだ。

 誰が手を組んで良い相手で、誰が手を組んじゃ駄目な相手なのかの判別くらい簡単だろう。

 たった一人を引き抜きとも呼べない引き抜きをされただけで、物言わぬ食料相手に無双した天罰だ。

 天こと主催者が許す限りの暴虐の跡地を見て、ミリヲタ村長はどう思ったことだろう?

 当たり前の顔をして新たなる住居である温泉地の敷地に入ろうとし、忠告音が鳴った時の男性達の顔はどんな色をしていたのだろう? たぶん青だ。

 良かったな、この島では幸せの色だ。


 こうして、俺を除いた七日間戦争は終わった。

 ほら、機動力の問題で俺だけ追いつけないから……。

 ヒエラルキーは逆転し、カカア天下の新しい村が生まれた。

 それから食料班や建設班の男たちは頭を下げて、カカア天下村への入村を許してもらったそうだ。

 あまりに悪質な人間は除いてではあるが。

 元々、専門的に手に職を付けた人間の集まりだ。それなりに上手くやっているらしい。

 親が無くても子は育つし、カカアが居るならもっと育つだろう。

 越冬までには時間が無いので多少の手助けは必要かもしれないが、多少だ。

 そして、ミリヲタ村からは誰も居なくなった。村長すらもだ。

 おそらく島のどこかで作戦班と共にラストバタリオン計画でも建てているのだろう。

 あるいは順当に、のたれ死ぬかのどちらかだろうな。


 学校を作って幸せの青い鳥を放った。結果、その幸せの鮮やかな青さのために今の幸せでは我慢できなくなった人が現れた。

 ……そんなこと言われても完璧な回答なんて、わかんねぇよ。

 全員を幸せにしろってか? 嫌だよ。無理だよ。わかんねぇよ。


 あ、ちなみに童貞三人衆のうち二人はちゃんと清い体のまま帰って来ました。

 むしろ、イケメンホスト集団に囲まれて現実を知って泣きたくなったそうな。

 ……あぁ、無理して行かなくて正解だったわ。あ、でもデブ専の子が居たかも?

 ごめんごめん、塩子ちゃん。僕は浮気なんてしないよ~。キミ一筋だからね~。


 ◆  ◆


 答えは、二つ見えていた。

 一つは、脱走(?)した彼を説得し、懇願し、元の村に戻ってもらうこと。そうすれば誰も死ななかった。

 今までどおりのミリヲタ村が存続し、そして越冬もミリヲタ村長の計画道理に迎えられたことだろう。

 でも、俺は、もう一つの選択をして、ミリヲタ村長や悪質なことをした者達を全力で叩き潰した。

 きっと、何人かは既に死んでしまったか、これから死んでいくことになるのだろう。

 どう見ても、他の村に受け入れてもらえる人材でも人柄でも無い。

 運良く入れても、すぐにボロを出して追放を言い渡されることだろう。

 こうして俺は、初めて、自覚して、人を、殺した。

 でも、主催者は忠告音も警告音も俺にはくれなかった。

 作戦を実行に移す前、口頭で作戦を声に乗せて主催者に意思を届けたが、ピピピもピーも無かった。

 みんなは気が付いていない。

 非童貞村長が気が付いたかもしれないくらいだ。

 勧善懲悪。

 独裁者を倒して、新しい幸せな村を建設した。良い事をしたと思っている。

 でも、ここは日本じゃない。だから、日本の勧善懲悪は正義じゃない。

 ミリヲタ村長も悪い奴じゃなかった。

 一応は、皆が生き残れるように手を尽くしていた。人の心への配慮が足りなかっただけだ。

 その役職や権力が、精神をちょっとおかしくしてしまったんだ。それだけだ。

 小学生に百万円持たせたら調子に乗っちゃうだろ? それだけだ。


 ミリヲタ村長以下数名の幸せと、踏みつけにされる人達を秤に載せて、俺は後者を選んだ。

 判断基準は、自分達への脅威度だった。

 俺の態度が気に入らないからといって殴りかかろうとした、その瞬間、この人間は脅威だと予感した。

 そして、その予感どおりに攻撃を行ってきた。沙織ちゃんに頼んでおいたのは足止めだ。

 予感が当たって欲しくないと思っていたのに、当たってしまった。

 食料源を踏みにじるという行為に主催者が仲裁を行わなかったので、こちらで対処を行った。

 沙織ちゃんの村の人々は計画の全容を知っていたから暴力行為には出ずに、じっと我慢してくれた。

 そして沙織ちゃんが怒鳴ったり、泣いたり、ミリヲタ村長の加虐心を煽る涙の熱演を見せただけだ。

 よかったな、廃人眼鏡。お前の彼女、どんどん成長してるぞ?


 これで、主催者が真面目なサバイバルハンドブックではなく、劇画のサバイバルを選んだ理由がわかった気がする。

 真面目なサバイバルハンドブックには人間の怖さなんて書いてないものな。

 読んでおくことで、こんな道を踏み外した人間にはならないようにと注意勧告がされていたんだ。

 熟読しといて良かったわ。さ○とう先生、有難う御座いました。

 しかし、ここまで懇切丁寧なまでに計画されてるのに、何で人間すぐ死んでしまうん?

 『非生産的な皆さん』の駄目人間っぷりが、主催者の予想の遥か上をいっているんだろうなぁ……。


「また、しかめっ面してる~。そんなんじゃすぐにお爺ちゃんになっちゃうよ?」

「お爺ちゃんになるためにはまず子供を作らないとな? 孫はその次だ」

「……………………鷹斗の意地悪ぅ♪」

 赤い顔をしてすごすごと俺の胸の中に隠れていった。

 レストアされたと知って以来、翔子は自分の身体を大事にしている。

 隠さなかった肌を隠すようになった。捨て鉢な態度を改めた。

 そして俺は、そんな姿にむしろ我慢することが大変になった。

 恥じらいが無いより、恥らわれたほうが、より一層辛い。

 『押してはいけません』と書かれたボタンのようなものだ。

 ……『押しても良いですよ』と書かれたボタンも押したくなるよな?

 何にも書かれてなくてドーンと置かれていても、それはそれでボタンを押したくなるよな?

 うん、どちらにせよ抱きたい。

 なので、翔子を抱きしめる。頭を撫でる。ナデナデする。

 それから三分で「暑い!!」と、引き剥がされる。いつものやりとりだ。

 塩子ちゃんと違って翔子は我慢が足りないんだよなぁ。


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