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7.誰がためのパヴァーヌ -3-

 基本的に椎葉は深く物事を考えていないと思う。


 相手がどう思うかを考えずに、マンガやドラマで聞きかじったようなセリフをそのまま発言する悪癖がある。それで相手が怒るなりなんなりして、初めてやらかしたことに気がつくのだ。


 たぶん本人に悪気はない。ただし悪気がないので改善も見込めない。


 女子の友達が少なかったのはそのせいだと勝手に分析しているが、実際どうだったのかは知らない。


 知らないが、この状況を少し離れて見ている俺は内心けっこうハラハラしていた。


「王女様は王立学園がどんなところか知ってる? さっきカーンの側近っていう人に会ってね、二人とも学園の生徒なんだって聞いたの。私も学校に行きたいなあ。ほら、私って、元の世界では普通の女子高生だったでしょ。だからこっちの世界でも学校に行きたいし、ちゃんと卒業しておきたいなって思って」


 ケーキを食べながら椎葉が言う。


「え、ええと……その、ジルは王宮より外を知らないので……」

「あ、そっか。王女様は北の宮に引きこもってるもんね。本当は王立学園か神学校か、そういうところに行かなきゃいけないのに、全然行ってないんでしょ?」


 ジルムーン王女の顔が引きつった。


 王族相手に引きこもり呼ばわりは、ちょっとよくない。いや、ちょっとどころではないか。とはいえ、俺も王子相手に「ふざけんな」と啖呵を切った前科があるので、これに関して偉そうなことは言えない。


「私ね、王立学園に行かせてもらうつもりなの。カーンが王様に許可を取ってくれるって。そしたら、王女様も一緒に学校に行かない? 引きこもりってやっぱりよくないよ。ちゃんと外に出て、いろんな人と交流しなきゃ、人間的に成長できないもん」

「え、えっと。ジルは、その、お父様から止められていて……」


 椎葉が首を傾げた。 


「王様が? なんで?」

「そ、それは……その、学園では医療設備が、足りないからと……」


 それはそうだろうと思う。


 たとえ医療設備を充実させられたとしても、病弱な王女の身に何かあれば責任者の首が物理的に飛ぶ。国王はそうしたことも避けたいのだと思う。


「うーん。でもこうして夜会には出られるんだよね。学校に行くより夜会のほうが大変だと思うけど?」

「えっと、でも、……その、他の人との集団生活は、怖くて」


 ジルムーン王女がしどろもどろになりながら答える。


「集団生活が怖い? そういうのって気の持ちようだし、経験するのが一番だと思う。それにきっとすぐ慣れるよ!」


 椎葉が意気揚々と持論を語る一方、王女は完全に俯いてしまっていた。


 二人が話しはじめてほとんど時間が経っていないが、早々に止めたほうがいいような気がしてきた。ただ、俺が割って入って余計にややこしいことにならないだろうか、という不安がある。女同士の会話はよくわからない。


 王女が助けを求めるようにして、視線を巡らせた。顔色がうっすら青白い。


 ……いや、あれは限界だ。回収だ。


 俺がその場にたどり着くのと、王女が立ち眩みでも起こしたようにふらついたのが、ほぼ同時のことだった。


「殿下」


 倒れてしまう前に手を伸ばし、王女を支える。同時に悲鳴を上げそうになった椎葉を「しーっ」のジェスチャーで黙らせる。


 こんなところで叫び声なんて上げられたら、たまったもんじゃない。


「あ、礼人くん!」

「あまり大事にしないほうがいい。少し静かにしていられますか」

「う、うん。その、王女様、大丈夫かな……? なんか、何もしてないのに急に……」


 何もしてないことはないだろう、と突っ込みたい気持ちはあったが耐えた。


「殿下、ひとまず陛下と妃殿下のもとへ」

「ええ……」


 額に脂汗を滲ませ、王女が頷いた。本格的に体調が悪そうだ。


 止めに入るのが遅かった。


「サクラ様、殿下のご体調が優れないようですので、お話はまた後日に」

「う、うん。王女様、お大事にね」


 さすがの椎葉も、今にも倒れそうな王女を前に我を張ることはなかった。「まだ王女様とお喋りしたい!」なんて言われたらどうしようかと思った。


 ちょっと安心しつつ、足元の覚束ない王女を連れてホールの隅を移動する。招待客の注目はもちろん浴びていたが、王女の顔色を見て状況を察するとみんな見て見ぬふりをしてくれた。


 王と王妃ははらはらした様子で待ち構えていた。


「申し訳ございません。もう少し早く間に入るべきであったと」

「いや、助かった。王女の控室に御典医と女官が控えているはずだ。そこまで王女を頼む」


 意外だった。てっきりここまで女官を呼んでくるように言われると思っていた。


「ジルムーンもそれでよいな?」

「はい。アヤトなら……」


 王女の返答を受け、王は満足そうに頷いた。何も言わないが、その隣の王妃も似たり寄ったりの表情だ。


 王女を騎士とはいえ異性と二人きりにしていいのか、とは思う。


 ただ、これも断る手はない。


「謹んで拝命します」


 中央に残してくれるなら、なんだってしよう。


 先ほどよりはいくぶん落ち着いた様子の王女と共にホールを出る。そのとき、国王とユキムラが熱心に何かを相談している様子が見えた。


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