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41.隧道の果てに -1-

 翌日、ユキムラの部下だという人に会わせてもらった。ユキムラいわく古い付き合いで、情報収集の玄人(プロ)らしい。


「写本師についてはまだ泳がせています。下手に動くとラウンズベリー家の次男に気取られますからね。例の神祇省の役人は捕らえてあるので、すぐに会えますよ。お会いになりますか?」


 その人がにっこり笑って言う。綺麗な女性だと思うが、別れて三十分もすればどんな顔だったか思い出せなくなるような、これといった特徴のない人だった。


 この人の言う「例の神祇省の役人」とは、王子が神奈備に細工したあの夜、王子と一緒にいた神官のことだ。


 この男は、自ら職を辞して故郷に帰っていたらしい。それが季の月のころだそうだ。どうも罪の呵責に耐えられなかったようで、尋問するまでもなくあっさり自白したらしい。


「……いえ。証言の準備をしておいてもらえれば、それだけでいいです」

「わかりました」


 会ったところで不愉快な気持ちになるだけだろう。懺悔の言葉なんて聞きたくない。そんなことでラナンは帰ってこない。


「それと昨日、ローレン公爵家のほうに動きがありました。カナハ嬢が屋敷に戻されたようです。学園には休学届が出されています」

「カナハ様が?」


 ユキムラの部下が「ええ」と頷く。


「表向きは療養のためとのことですが、竜の巫女と学園に置いておくより屋敷に戻したほうがいいとレナル・ローレンが判断したようです。事実、故ラナン・ローレンの出生が明らかになり、彼女の学園での立場は悪くなっていますから」

「……そうですか」


 学園に戻れば彼女と話をできると思っていたので、不在となると気持ちが沈む。同時に、公爵令嬢を追い出したとさぞかし鼻高々だろう椎葉やエルネストたちの姿が思い浮かび、途端に憂鬱になった。


「彼女の様子は?」

「落ち着いていらっしゃいますよ。レナル・ローレンによって外出を禁じられているので、ほとんど軟禁状態と変わりないような状態ですけど」


 のこのこと訪ねていったところで会わせてはもらえないだろう。手紙を送っても彼女の手元に届くとは思えない。レナル・ローレンや執事に中身を見られる可能性もあるし、下手なことは書けない。


「会われるなら、聖花祭の宴しかないかと」

「……いえ、心当たりはあります」


 恐らく彼女が外出を許されるだろう日が、月に一度だけ存在する。ラナンの月命日だ。それすらレナル・ローレンに禁じられているなら、別の手段を考えよう。




 しばらくして、ローレン公爵家への処分が正式に決まった。大方の予想どおり現当主は蟄居引退することになり、次の当主の座にレナル・ローレンが収まった。


 世論は憤った。占いの子ではない男児を次男として偽ってきた家の娘は、次期国王の妃に相応しくないと声高に言う。


 占いの娘を推したい国王側には間の悪いことに、議会がこの流れに乗った。王子の婚約者を変えるべきかどうか連日議題にのぼるようになった。思惑は明白だ。これで平民議会の設立を延期させようというのだ。


 これまで貴族の特権だった参政権を平民にも与えようとする国王の案を、面白く思うはずがない。当然と言えば当然のことだった。


 ただし、そうした逆風の中でも国王の側近やユキムラの配下たちはうまくローレン公爵家を抑えていた。その甲斐もあって、レナル・ローレンによる竜の巫女の誘拐はまだ起こっていない。


 一方、王子側のブレインであるエルネスト・ルフレンスは、目に見えて苛立っていた。


「処分が決まったこともありすぐに動くかと思いましたが、レナル・ローレンが予想に反して動きそうにありません」

「まったく乗ってこないんだよ。陛下の側近がうまく抑え込んでやがる」


 対する王子は難しい顔でこの報告を受けていたが、やがて重々しく口を開いた。


「そのことなんだが、陛下はローレン公爵令嬢との婚姻を聖花祭で発表されるおつもりだ。式の日取りも神祇伯がすでに決めているらしい」

「まさか。公爵家は処分を受けたばかりですよ。当初の予定どおり、式はローレン公爵令嬢が卒業してからになるはずです!」


 気色ばんだエルネストを王子が制した。


「いや。これはごく一部の者しか知らないことだが、先日陛下がお倒れになった。御典医の見立てでは春ごろになる、と……」


 エルネストがうめき声を上げた。


「それで、婚姻を早めるということですか」


 重苦しい沈黙が落ちる。


 俺は改めて室内の面々の様子を観察した。


 王子とレオは眉間に眉を寄せ、二人して同じような表情で考え込んでいる。エルネストは頭痛に耐えるようにこめかみを揉み、アーヴィンはいらいらと部屋の中を行ったりきたりしている。椎葉も、この雰囲気を察してかさすがに口を噤んでいる。


 エルクーン国王が突然倒れたことは、どちらの陣営にとっても予想だにしない転機となっている。


 仕掛けるなら、今だ。


「……このまま待っていてもレナル・ローレンは動きません。いっそ狂言誘拐に切り替えてはいかがですか」

「狂言に? しかしリスクが相当増えますよ」

「時間がないんです。ローレン公爵令嬢の断罪自体、聖花祭に早めるべきです」


 いい加減に終わらせるべきだ。俺も、王子も。


 王子はしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げると力強く頷いた。


「そうだな。よし、こちらから動くぞ」


 かかった。


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