第44話 備えあれば憂いなし
「夜桜、邪魔するぞ」
「なんだヒゲダルマか。いらっしゃいやせ~」
今日はダンジョンの外に出て、夜桜屋へとやってきた。いつも通り店に入るとメガネをかけたこの店の店主である夜桜がレジに座っている。今日はこの商店にしては多い3人のお客さんが店内を見て回っているようだ。
「またその怪しい変装をしているんだね。一瞬誰か分からなかったよ……」
「いろいろとあって、またヒゲを剃ったんだよ。まあ、あと1~2週間もすればいつも通りには戻るだろ」
「……たったそれだけでいつもの姿に戻るのかい。ダンジョン内で暮らすと発毛作用でもあるのかな?」
「こればっかりは生まれつきだからな。そういえば前回用意してもらった醤油と味噌はいつものよりもうまかったぞ。今度から醤油と味噌はあっちにしてくれ」
「おっ、なかなかお目が高いね。あれは最高級の醤油と味噌で、今時珍しく手作りで昔ながらの製法で作られているんだよ。さらにすごいのは、職人たちがわざわざ現地に赴いて厳選した最高級の素材を使っていて……って、だから何度も言っているけれど、うちの店は小さいながらもダンジョン配信者向けのお店なんだからね!」
得意げな顔をしながら醤油と味噌の解説を始めたと思ったら、いきなりツッコミをされた。
「ああ、もちろん分かっているぞ。いつも頼りにしているからな」
「本当に分かっているのかな……まあ、いいや。はい、これがいつもの定期的なお米や調味料なんかだよ」
そう言いながらも、いつも通り夜桜に頼んであった米や調味料などを店の奥から持ってきてくれたので、それをマジックポーチの中に入れていく。
「ありがとうな、今回の分の代金だ。いつも通り多い分は手数料として取っておいてくれ」
「相変わらずモンスターの素材払いなんだね……」
「いろいろあって現金も手に入ったんだが、多少は手元に残しておこうかと思ってな。多めに渡すから勘弁してくれ」
前回華奈と瑠奈の配信に出たことで結構な大金をもらったから現金はあるのだが、最近いろいろとダンジョンの外に出ることが多かったからな。今後のことも考えて現金を少し残しておくことにした。
……移動をしたくてもタクシー代もないじゃさすがに困る。ダンジョンの中なら走って移動すればいいが、外じゃそうもいかないからな。
「まあ、モンスターの素材を換金する手数料として、ありがたく受け取っておくことにするよ」
「それで、前回もうひとつ頼んだ物も用意してくれたか?」
「……ヒゲダルマ、さっき私が言ったことをまったく分かっていないよね?」
そうため息をつきながら、夜桜は袋に入ったある物を出してくれた。
「まったく、スタンガンとか催涙スプレーとか、君はいったい何と戦うつもりなんだよ……」
他の店内にいるお客さんへ聞こえないように小さな声で話す夜桜。渡された袋を他のお客さんに見えないようにすぐマジックポーチへと入れる。
「最近いろいろとあって、ダンジョンの外でも身を守れるようにしておきたくてな。マジックアイテムもあるんだが、規模の大きなものやダンジョン法に触れそうな物も多いんだ。……やっぱり閃光弾みたいなのは手に入らなかったか?」
「だからうちのお店はダンジョン配信者のためのお店だっての! あっ、失礼しました~!」
夜桜が机を叩いたことにより、店内にいたお客さんたちがこちらを見てきたので夜桜が頭を下げた。
「はあ……閃光弾とかはさすがに警察やダンジョン防衛隊なんかじゃないと手に入らないよ。それぞれの説明書も袋の中に入っているからね」
この世界にダンジョンが現れてから、昔に比べてだいぶ護衛用の道具などの規制も緩くなったらしい。とはいえ、さすがに閃光弾なんかの入手は難しいようだ。
「私が買ったことになっているんだから、悪用はしないでよ。まあ、その辺りはヒゲダルマを信用しているからね」
「ああ、悪用はしないから安心してくれ」
「……そういえば、ヒゲダルマ。私は暇な時間にネットの掲示板とかを見たりするんだけれどさ、ちょっと前に起きた六本木モールの立てこもり事件についてなんだけど――」
「よし、これで今回頼んだのは全部だな! それじゃあ、またよろしく!」
「あっ、ちょっ! 本当に頼むよ、もう!」
夜桜に六本木モールのことをツッコまれる前に急いで店を出た。
たぶんあいつのことだから、六本木モールの件は俺の仕業だと勘づいているのだろう。
さすがに法に触れるようなことはしないぞ……たぶん。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さて、今日はのんびりと武器や防具の手入れでもするか」
"というかもう昼過ぎなんだがw 相変わらず自由な配信だよなw @ケチャラー"
"そういえばヒゲダルマは武器や防具を自作しているんだっけ? あんな大きな剣を素人が良く作れたよな…… @ルートビア"
「ああ、この大剣か。これを作るのはだいぶ苦労したぞ。それこそリスナーのみんなからいろいろとアドバイスを聞いたんだ」
俺が持っている白い大剣。これはとある巨大なモンスターの牙を削り出してこの形にしたものだ。俺の本気の力でもヒビひとつ付かなかったとんでもなく硬い牙を少しずつ削ってこの形にしたものとなる。
"加工にはものすごい時間が掛かったからな。同じ牙や他の硬い素材を使って研磨用の道具を作るところから始めたのは懐かしい。 @†通りすがりのキャンパー†"
"ダンジョンの外の研磨用の道具じゃ全然削れなかったものねえ~ @WAKABA"
"剣を一から削り出して作るって中々できることじゃないよな。 @XYZ"
"ヒゲダルマ、華奈ちゃんと瑠奈ちゃんが危ない!! @月面騎士"
「んっ、いきなりどうしたんだ?」




