第38話 タヌ金さん
「それと透明になるマジックアイテムについては提出義務があれば応じると伝えておいてくれ」
ダンジョン法の中でも特に危険なマジックアイテムはその所持すらを禁止されている物がある。マジックリフレクションはともかく、この透明腕輪については使用禁止アイテムになる可能性が高い。
使用時間は短いとはいえ、ダンジョンの外でこいつはいろいろと悪用ができてしまうからな。今のところは禁止リストにないが、おそらく追加されるのではないかと思っている。
逆を言えば、まだ禁止されていないので、使っても違法ではないという判断だ。俺も犯罪者にはなりたくないし、ダンジョン協会への提出義務があるなら、大人しく提出するつもりである。
ダンジョン協会については先日の華奈と瑠奈の件で多少の不信感はあるが、現状ダンジョンに入るためにはダンジョン協会の許可が必要だし逆らうつもりもない。
「承りました、そのように伝えておきます。他にも、お礼をしたいのですが……」
「それも不要だ。あと他の人にも伝えておいてほしいんだが、俺たちのことについては喋らないようにしておいてくれ。あんまり目立ちたくないんだ」
今更かもしれないが、目立ちすぎて俺がヒゲダルマのチャンネルで配信していることや俺がダンジョンで暮らしていることがバレてしまうのは嫌だからな。
透明腕輪や俺と2人のことはどうせ立てこもり犯から警察たちにバレてしまうとしても、あまり俺たちのことを広めないでほしい。
「承知しました。この度は本当にありがとうございました!」
再び頭を深く下げる店長さん。
「よし、そろそろここから出よう」
「はい」
「うん」
店長さんとの会話を終えて、華奈と瑠奈と一緒に店から出ようとする。
「お兄さん、お姉ちゃんを助けてくれてありがとう!」
声を掛けられて振り向くと、そこにはまだ小さな男の子がいた。その横には先ほど立てこもり犯に襲われそうになっていた姉もいる。
「怖かっただろうけど、よく我慢したな。偉かったぞ」
「うん! お兄さんは何をしている人なの?」
「………………」
男の子が目を輝かせながら、俺にそんなことを聞いてくる。正直な話、俺のことを隠したいという意味ではなく、俺がダンジョンで探索者や配信者をやっているということは言いたくないんだよなあ……とはいえ、こんな子供に嘘をつきたくもないし……いや、でも嘘をつく方が駄目か。
「普段はダンジョンで探索をしている」
「僕、将来はお兄さんみたいなダンジョン探索者になる!」
……ほら、この年頃の男の子はちょっとでも凄いと思ったらそれに憧れてしまうものなんだよ。
「いいか、ダンジョン探索者や配信者にだけは絶対になっちゃ駄目だぞ!」
「えっ!?」
「そうですね、私もおすすめできません……」
「うん、僕も他の仕事がいいと思うよ……」
横にいた華奈と瑠奈も俺に同意してくれる。
うん、夢はあるかもしれないが、命の危険があるダンジョン探索者や配信者になんて憧れるものじゃない。それについては2人も訳ありのようだし、同じ考えのようだ。
「そんなものになるよりも、身体を鍛えてお姉ちゃんを守れるような強い男になるんだぞ。そっちの方がお姉ちゃんもきっと喜ぶからな」
「……うん! 強くなって、今度は僕がお姉ちゃんを守るんだ!」
「そうだ、いい子だぞ!」
よしよし。探索者や配信者になんてなるもんじゃない。そんなことよりも、外の世界で自分を鍛え上げた方がよっぽど格好いいんだぞ。うまく興味を逸らせたようでなによりだ。
「あの、先ほどは助けてくれてありがとうございました」
今度は隣にいたこの男の子の姉にもお礼を言われた。姉の方は中学生か高校生くらいの年頃で、黒い髪をツインテールにしている女の子だ。
可愛い顔立ちをしているけれど、この子も弟と同じでアイドル配信者になりたいとか言い出すんじゃないよな……
「ああ、ついでで助けただけだから、あまり気にしなくていいぞ」
「「………………」」
愛想なくそう言い放った俺をジト目で見てくる華奈と瑠奈。
いや、こういうのは正直に言ったほうがいいんだよ。それに変に格好を付けて幻想を持たれても困る。さっきの男の子みたく、この年頃の女の子は年上の男へ簡単に憧れてしまうと聞いたことがあるからな。
「……らしいなあ」
「んっ?」
「いえ、何でもないです! 華奈さんと瑠奈さんも本当にありがとうございました。ツインズチャンネル、応援しています!」
「ありがとうございます」
「嬉しい、ありがとうね!」
どうやらこの子は華奈と瑠奈の配信チャンネルを見ているらしい。2人も自分のチャンネルを見ているリスナーさんに直接そう言ってもらえるのは嬉しいだろうな。
「それじゃあ俺たちは行くからな。店長さん、あとはよろしく頼む」
「はい、本当にありがとうございました!」
「ありがとう!」
「ありがとうございました!」
店長さんにこの場を任せて、人質になっていた人たちや従業員たちから感謝の言葉をかけられながら、入り口とは反対側の俺たちが店へ入ってきた方向へと進んで行く。また透明腕輪を付けてこっそり出ていくとしよう。
「おっと」
店を出る直前で背中に軽い衝撃が走った。
「あっ……!」
「むう……!」
俺たちが店を出ていこうとしたところで、さっきの女の子が突然後ろから俺に抱き着いてきた。
「……ありがとね、ヒゲダルマ!」
「えっ!?」
「またね!」
そして女の子は俺の耳元に小さな声でそう呟き、手を振りながら弟の元へと走り去っていった。
「………………マジか」
俺のハンドルネームを知っているということは、まさかあの女の子がタヌ金さんなのか……?
そりゃ俺だってネットでのイメージとリアルの姿が一致するとは思ってはいないが、いつもおっさん発言をしているタヌ金さんがあんな女の子だなんて嘘だろ……
ネットの世界は本当に恐ろしい……




