第32話 立てこもり犯【人質Side】
「くそったれが!」
ガンッ
私たちお客を人質に取ってお店に立てこもった男のひとりが、思い切り椅子を蹴り飛ばしたことにより、店内に大きな音が響き渡った。
「ひっ……」
「大丈夫、きっと大丈夫だから!」
大きな音とあの男の怒号に怯えた弟をギュッと抱きしめる。
弟は泣きながら怯えて震えていた。気付いたらいつの間にか私の身体も震えている。
「おい、話がちげえじゃねえか! 何がバレずに大金を手に入れることができるだよ! すでにこの店の周りには警察やダンジョン防衛隊が集まってきてんだぞ!」
「うるせえ、黙ってろ! ちくしょう、こんなはずじゃなかったんだ……あそこでこいつらが邪魔をしなけりゃ、誰にもバレずに大金を手に入れることができたのによお!」
「うう……」
その男の視線の先にはこのお店の男性店員さんが拘束されている。そして肩からはたくさんの血が今も流れている。あの男が持っている剣で店員さんを斬りつけたからだ。
他の店員さんの何人かも彼らを止めようとしたけれど、あいつらに斬られて今は同様に拘束されている。他の店員さんたちもあちこちに怪我を負っている。早く救急車を呼んであげたいけれど、それをあの男たちが許さない。
この集団のリーダーの男とお客に紛れていた仲間が私と弟を含めたお店にいたお客さんを人質に取り、シャッターを閉めてこの店に立てこもった。
あいつらのリーダーの男もこのお店の店員さんの制服を着ている。
仲間の金髪で大柄な男と人質を見張っている4人の仲間の会話の端々を聞くと、このお店の店員として長い間潜入していたリーダーの男が他の仲間たちと共謀して、このお店にある高価なマジックアイテムや武器や防具を盗み出そうとしたしたが、それがバレてこのお店に立てこもったみたいだ。
「ちっ、警察やダンジョン防衛隊どもの動きも早えな……たったあれだけの時間で、もう包囲されちまった。今は客を人質に取っているから踏み込んで来ないけれど、これからどうすんだよ?」
「今それを考えてんだよ! いいからてめえらもない頭を働かせやがれ!」
「んだと! 誰のせいでこうなったと思ってんだよ!」
「そうだそうだ!」
剣を持ったリーダーの男とその仲間たちが険悪なムードで喧嘩をしている。私たちの他で店にいたお客さんは全部で20人くらい。全員がお店の真ん中に集められて座らされている。
私は弟が怯えないようにギュッと抱きしめながら、弟の耳をふさいだ。今日は弟と2人でこのお店に来ている。私が弟を守らないと!
「ちっ、ここで言い争ってもしょうがねえだろ。今はこれからどうするかを考えるぞ」
「ああ、そうだな。だが、監視カメラはぶっ壊したが、リーダーのことはすでにバレちまっているし、俺たちのこともすぐにバレちまうだろ」
「こいつらを斬っちまって実刑は間違いねえだろうし、もうどうしょうもねえな……」
「こうなりゃ人質どもを盾に逃げるところまで逃げるしかねえか。幸いこの店にあるマジックアイテムや武器なんかはとんでもねえ性能の物ばかりだからな。こいつを使えば、警察やダンジョン防衛隊であろうと俺らを止めることはできやしねえよ」
「……そうだな。前科持ちの俺はここで捕まっちまったら、下手したら一生牢屋から出られねえ。それなら一か八かやってやるぜ!」
「ここで捕まっちまったら、どうせ人生終わりだ。それならいっちょやってやるか!」
リーダーの男に仲間の半数が賛成する。
「……だけどよう、すでにここは囲まれているんだぜ。さすがに人質がいてもここから逃げ出すのは無理じゃねえか?」
「ああ、大人しく自首すりゃあ、多少は罪が軽くなるんだろ?」
でも残りの半分はリーダーの提案に否定的みたい。お願い、そのまま自首をして……
「……っち、臆病なやつらだ。まあいい、この剣の本当の力を見せてやるぜ!」
そう言いながらリーダーの男は持っていた剣を掲げた。
見た目は少し長い剣に見える。だけど普通の剣とは違ってその刀身は真っ赤な赤色だ。
「おい、外の様子はどうだ?」
「……警察やダンジョン防衛隊がこの六本木モールを取り囲んでいるな。特に正面には装甲車が道をふさいでいるぜ」
シャッターの隙間から、外の様子を確認していた仲間のうちのひとりがリーダーの問いに答える。
「ふっ、ちょうどいい。おい、お前ら全員よく見ておけよ!」
リーダーの男がシャッターの一部を少しだけ開いた。
「すでにこの辺り一帯は完全に包囲されている! 大人しく人質を解放して、投降するんだ!」
シャッターを少し開けたことにより、外にいた警察かダンジョン防衛隊が立てこもり犯に拡声器を使って大きな声を掛けた。
「へっ、誰が投降なんてするかってんだ! こっちには人質がいるんだぜ! それにてめえらにもこの剣の力を見せてやるよ!」
リーダーの男が赤い剣を構えると、その刀身が赤く光り輝き始め、剣の周囲へ真っ赤に燃え上がる炎が現れてその刀身に纏いつく。
「くらえやああああああ!」
「……っ!? 総員、退避!」
外から警察かダンジョン防衛隊の人の拡声器の声が響き渡った。
そしてその瞬間、リーダーの男が持つ剣から真っ赤な炎が渦を巻くようにして装甲車へと襲い掛かった。
「うわあああ!」
「きゃあ!」
周りにいた人たちから悲鳴が上がる。私もまた弟をギュッと抱きしめる。
「へへ、こいつは炎属性の魔石が付いたこの店で一番すげえ剣だ! これがこの剣の力だぜ!」
「「「おおお~!」」」
男の仲間たちから歓声が上がる。
恐る恐る目を開けると、そこには真っ黒に焦げてしまった装甲車の残骸が残っていただけだった。




