第26話 契約の終わり
「どうした、大丈夫か?」
2人が黙っているが、特に周囲に異常があるわけではなさそうだ。
「ミ、ミノタウロスをすべて一撃ですか。速すぎて、残像を追うだけで精一杯でした……」
「ぼ、僕もほんの少ししか見えなかった。人ってこんなに速く動けるんだね……」
どうやら俺の戦闘を見てフリーズしていたらしい。
「これまでにかなりのモンスターを倒してきたからな。理想を言えば、あんな感じでモンスターの首を斬り落とすのが一番手っ取り早い。それにこいつらは食えないが、食用のモンスターは頸動脈を斬って血を抜いたほうが、肉質はうまくなるからおすすめだぞ。あと、首を落としても身体だけ動くようなモンスターもいるから、常に油断だけはしたら駄目だからな」
以前2人は言っておいたが、改めて伝えておく。本当にダンジョンではどんな時も油断をしてはならない。
「わ、分かりました!」
「うん、了解だよ!」
せっかくこの2人ともこうして知り合えたわけだし、くだらない慢心で命を落とすことなんかがなければと思う。
その後2回ほどモンスターと遭遇し、今度は不意打ちでない状態でもモンスターと戦った。そちらも問題なく、誰も怪我をすることなく倒すことができ、2人の配信が無事に終了した。
「ヒゲダルマさん、今日は本当にありがとうございました!」
「ヒゲさん、今日は本当にありがとう!」
「ああ、なんだかんだで俺も今のダンジョン配信がどういう感じなのかを知れて勉強になったよ」
今日はこの2人と一緒に行動をしていたが、戦闘以外の間はちゃんと自分たちを映すドローンの位置とかにも気を遣っていたり、周りを警戒しつつもリスナーさんのコメントを紹介したりと、ダンジョン配信者として様々なことに配慮していることが良く分かった。
……俺の配信なんて、挨拶をしたらモンスターをサクッと狩って、それを解体したり料理しているだけの配信だものな。う~ん、ダンジョン配信者として有名になるのは、下手をしたら探索者として成功するよりも難しい気がする。
「そう言っていただけると少しだけ気が楽になります。リスナーの皆さんもヒゲダルマさんの戦闘が凄すぎてみんな驚いていましたよ!」
「実際に自分の目で見ても追えないくらいだったから、カメラ越しならスローで見ないと見えなかったと思うよ。僕もヒゲさんの戦闘を初めて見られて満足だね!」
そういえば瑠奈の方はまともに俺の戦闘を見るのは初めか。瑠奈はベヒーモスの時は意識を失いかけていたからな。
「まあ、喜んでもらえてよかったよ。とりあえずこれで協会からの質問には答えられるところは答えたし、当分の間は大丈夫だろ。また協会のほうから何か言ってきたら教えてくれ」
「はい、分かりました」
「さて、これで今回の配信の件は終わりだな。俺もなんだかんだで楽しめたよ、ありがとうな」
「……ええ、そうですね」
「……うん」
先ほどまでとは一転して暗い表情を浮かべる華奈と瑠奈。
「ヒゲさん! もし迷惑じゃなかったら、今度は日本ダンジョン協会とかの依頼に関係なく、僕たちの配信に出てくれないかな!」
「私からもお願いします! 何度も図々しいお願いをして本当に申し訳ないのですが、また私たちの配信に出てくれないでしょうか!」
「………………」
今日の配信に出演したことで、先日の遅刻の件はこれで終わりとなる。それはつまり2人との契約もこれで完了ということになり、これでこの2人との関わりが終わりとなってしまう。
それでまた自分たちの配信に出てほしいということか。俺としてもリスナーさん以外でこれほど人と関わったのは本当に久しぶりだ。この1~2週間はいろいろとあったが、悪くはない日々だった。
だけど……
「……悪いけれどやめておくよ。やっぱり俺は少ないけれど、今のリスナーさんと一緒にのんびりと自分のダンジョン配信をやっている方が性に合っているからな」
「そうですか……」
「残念……」
2人には悪いが、このまま2人の配信チャンネルに出演し続ければ、いろいろと面倒なことになるのは分かり切っている。
どこかで俺がヒゲダルマであるとバレてしまうかもしれない。別に俺のことがバレるのはどうだっていいが、今のリスナーさんたちのいる俺の配信チャンネルが騒がしくなるのはちょっと困る。
それに2人は人気のダンジョン配信者だから、やっかみなんかもあるだろうし、面倒なことを言い出す輩も出てくるだろう。だからこそ、今後はこの2人の配信に出演するつもりはない。
「……今度は俺からのお願いなんだが、たまにでいいから俺のダンジョン配信に出てくれないか?」
「えっ!? いいんですか!」
「本当にっ!?」
「ああ。2人の配信チャンネルとは違って、得られるものは何もないかもしれないけれど頼む。うちのリスナーさんたちも華奈と瑠奈が出てくれると、とても喜んでくれるからな。もちろんちゃんと報酬も支払うぞ」
今は少し前みたいに、がむしゃらにダンジョン攻略をしているわけではない。これまでは人と関わりあうことを避けてきたが、ここ数日のことで少しだけ俺の考え方も変わったのかもしれない。
なんとなくだが、この2人とのつながりをここで切るべきではない思ったのだ。ダンジョンに引きこもったばかりの俺にはとても考えられないことだよ。
「はい、喜んで!」
「うん、もちろんだよ!」
「そ、そうか。ありがとうな」
なぜか華奈と瑠奈は先ほどまでの暗い表情から一転して、眩しいくらいの笑顔で快諾してくれた。頼んでいるのはこっちのはずなんだけれどな。




