第27話 再会する真祖
その後、ファーティマはギルドから事情聴取を受けた。
都合の悪い部分は隠して事情を話し終えたファーティマはギルドから賞賛とお叱りを受けた。
賞賛は見事に悪竜を討伐したその実力だ。
Aランク冒険者として名高いヴァハンが「倒せない」と言い切った存在を、見事に倒したのだ。
ギルドには今までファーティマの実力に懐疑的な者も大勢いたが、今回の事件とヴァハンの証言によりその実力が正式に認められることになった。
お叱りは、なぜ竜を蒸発させてしまったのか、ということだ。
ギルド的には解剖して調べたり、素材を使った武器を作りたかったのだろう。
もっとも竜の鱗はアダマンタイトやオリハルコンでもなければ傷つけることはできない。
解剖など不可能だし、加工は以ての外だ。
それを言うと「なぜ知っているのか? そんなものを倒せたのか?」と墓穴を掘ることになるので言わなかったが。
「それでご主人様、これからどういたしますか? 目的のものは手に入ったのですよね? 他の……えっと、靴とかを探しに行くのですか?」
ファーティマとクリスはギルドから貰った報酬金で、少し豪華な食事を食べながら……
今後の予定について話し合っていた。
「うん、どれもこれも人間に預けておくには不安なものばかりだからね」
悪用されれば世界の軍事バランスや経済バランスを崩しかねない。
ファーティマにはハサンの分も含めて回収する義務がある。
「そんなに不味いものなのですか? 例えば『刃のない剣』なんて人間には使えませんよね?」
「それは使い方に依るよ。例えば『刃のない剣』を依り代にすれば、かなり強力な使い魔を作れると思うよ。……人間には制御できず、一国を滅ぼしかねない程度のね」
半神半人であるファーティマは神の気持ちも人間の気持ちもある程度は分かっているつもりでいる。
だが理解できないこともある。
なぜ人間は自分たちで制御できないようなものを生み出して利用しようとするのか……
ファーティマには理解し難い。
目を離すと何をしでかすか分からない。
赤ん坊のような危うさが人間にはある。
(まあだからこそ愛おしいのだけどね……お板が過ぎるのはダメだよ)
ファーティマは苦笑いを浮かべた。
「と、まあそういうわけで西に向かおうかなと思ってるんだよね。コンラートたちも西に行くみたいだしさ。一緒についていこうかなと。まあ頼りきりになるのも悪いとは思ってるんだけど……」
「多分、あの人たちはむしろご主人様に来てほしいと思ってると思いますよ」
ファーティマと一緒にいれば相手がどんな魔物であっても怖くない。
加えてもしかしたら普段は倒せないような魔物を倒すことで大儲けができるかもしれないわけで、彼らからするとファーティマを拒む理由がない。
「その辺はお互い様ということで。クリスは不満はない?」
「ご主人様の決定に従います」
クリスの言葉を聞き、ファーティマは立ち上がった
早速、コンラートに頼みに行こうとしたその時……
「お嬢さん、南に向かうのがよろしいですよ」
「はい?」
ファーティマは首を傾げた。
突然、青年が声をかけてきたのだ。
青年は羽帽子を被り、先の尖った靴を履いていて、竪琴を手に持っていた。
美しい声で青年は言う。
「お嬢さんがお探しのものの一つは南のマスル王国にあります。お急ぎなさい、短慮な人間たちが玩具にして遊んでいます。我々からすれば玩具ですが、人間にとっては極めて危険です」
「……あなたは誰?」
「おや酷い、お忘れになられてしまわれましたか?」
そう言って青年は帽子を取り、ファーティマに優雅に礼をした。
その顔を見たファーティマは目を丸くする。
「お久しぶりです、霊長の王。見ない間にまた美しくなられましたね。お母上によく似ている、本当に美しい」
「叔父様!! お久しぶりです!!」
ファーティマは片手を上げた。
ファーティマと青年はハイタッチを交わし、次に熱い抱擁をした。
「復活、おめでとうございます。霊長の王よ」
「霊長の王だなんて堅苦しく呼ばなくてさ、ファーティマで良いよ。叔父と姪の関係なんだしさ」
「まさか、立派な女神、英雄になられたあなたを名前でお呼びするわけにはいきませんよ。ふふ、今ではこの私よりも信仰を集めているではありませんか。羨ましい限りですね」
「あはは、それほどでも」
ファーティマは自慢気に胸を張った。
久しぶりに知人に会ったためか、テンションが高い。
「あ、叔父様! 紹介するね、この子はクリス。私の妹分だから」
「え、あ、ご紹介に預かりました、クリスです。ご主人様の奴隷です、よろしくお願いします」
「これはご丁寧に。私はファーティマの叔父の一人、神々の遣いを務めさせて頂いている『旅人の神』です。お恥ずかしながら、十二神の一柱として末席を汚させて頂いております」
『旅人の神』はそう言ってクリスに対して腰を低くして対応した。
クリスは目を丸くした。
「え、ええ? ということはもしかして……」
「ストップ、クリス」
ファーティマはそう言ってクリスの口をやんわりと塞いだ。
そして優しく言い聞かせた。
「神の名を濫りに唱えてはならない、だよ」
ファーティマはクリスを制してから改めて向かい合った。
「南、マスル王国には何があるの? 叔父様」
「私があなたの御父上にお貸しした靴……の核である、浮遊石です。そのうちの一つが人間たちの手に渡り、もう一つは遺跡の奥底に隠されています。急いで回収しないと少し面倒なことになりますよ」
「ありがとう! じゃあマスル王国に向かうことにするよ。あ、あと……その、失くしてごめんなさい」
「いえ、良いのですよ。私には不要なものです。やはり旅というのは自分の足で歩いてこそ、ですからね。あなたたち兄妹にとっては御父上の大切な形見。私はあなた方に差し上げたつもりですよ」
『旅人の神』はそう言って笑った。
その姿は神、というよりはどこにでもいる好青年という感じだ。
「少なくとも我が不詳の父……天上の王のようにあなたの貞操を要求することもありませんので、ご安心を。無論、美しい女神であるあなたが私と一夜を明かしてくださるというのであれば、私も喜んであなたにご奉仕をしますが……別にそういう気分ではないでしょう?」
「今のところ処女を捨てる理由はないかなー。ああ、でも叔父様は嫌いじゃないよ?」
「はは、貞淑であることは素晴らしいことです。……あなたは数少ない、内面まで美しい女神ですからね」
『旅人の神』は溜息混じりに言った。
ファーティマはこれでも神々の中ではかなりまともな部類に入る。
「そうそう、ところでお爺様や大叔父様はどうしてる? 元気にしてるかな?」
「元気過ぎて困るくらいですよ。居場所をお教えしますか?」
「いや、良いかな。無事ならそれで良いし。大叔父様たちには復活したって伝えておいて。あ、でもお爺様と軍神とそのバカ息子には言わないでね。面倒くさいから」
「はは、分かっております。あなたも大変だ」
『旅人の神』は苦笑いを浮かべた。
ファーティマは数多くの男性―しかもすべて肉親―に言い寄られている事情を、『旅人の神』はよく知っていた。
「そうそう、お兄様って冥界にいる?」
「眷属の王ですか? ええ、冥界にいますよ。最後に会いに行ったのは千年前ですね。冥界の王を手伝っておりました」
「柘榴食べちゃった?」
「千年前の時点では食べていないようでしたよ。一応、生き返るつもりみたいです」
「へぇー、冥界の王はお許しになられるのかな? ああ、でもお兄様は昔から冥界の大叔父様とは仲良かったしね。ああ、今度冥界に行ったら伝えて置いて、お兄ちゃん愛してるって」
「きっとお喜びになられますよ」
二人は笑った。
二人の脳裏には、イラついた顔の眷属の王の顔が浮かんでいる。
「ところで叔父様はどうしてこの街に?」
「紛い物ではない本物の、それも神の域に達した竜が出現し、それが倒されたと聞きましたので。新たな竜殺しが誕生したのかと思い、来てみたら……なんと可愛い姪が! という感じですね。相変わらずお強いですね」
「叔父様も強いでしょ? 私よりも強いんじゃない?」
「さあ、それはどうでしょうかね? 私は荒事はそこまで好きではありませんし。あなたのお父様の方が私よりも明らかに強かったですし……」
もっとも完全な不死である『旅人の神』と、不死に限りなく近い不死である『霊長の王』が戦えば最終的に前者が勝つのだが。
「まあそれはそれとして……用件は伝え終えました。実は冥界の王に呼ばれておりましてね……そろそろお暇させて頂きます」
「うん、じゃあね。叔父様!」
再びハイタッチを交わしてから、ファーティマと『旅人の神』は別れた。
ファーティマはご機嫌な顔で席に着く。
「いやー、まさか叔父様に会えるなんてね! あの人、普段は世界のどこかで常に動き回ってるから滅多に会えないんだよね。会える時はあの人がこちらに会いに来る時だけだし」
そんなファーティマにクリスは一つ疑問を投げかけた。
「ご主人様、この四千年の間に何があったのか……聞かなくて良かったんですか?」
「……」
ファーティマは硬直した。
そして……
「しまった!!!!! というか、言ってよ、クリス!!」
「い、いやてっきり神様同士の約束事でそういうことは聞いちゃいけないのかなーと……」
がっくりと、ファーティマは項垂れた。
しかしすぐに起き上がる。
「まあ、仕方がないね。取り敢えず叔父様の靴の方を回収しに行こう。何か、人間が変なことをしているみたいだし」
「相変わらず前向きですね」
斯くして二人の次の目的地は決まった。
書き溜めが底を尽きました




