第25話 ちょっと苦戦する真祖
彼は実に不機嫌であった。
というのも、六千年の眠りから目を覚まし、自分のお気に入りの場所を訪れたら……
巨大な人間の巣があったからである。
実に目障りだ。
そこで彼は人間の巣を破壊することにし、一先ず人間の築いた壁を破壊した。
所詮、人間が作った壁。
それは神の域に達するほど長生きした竜には通用しなかった。
『人間共め!! ここを誰の土地だと思っている!!!』
彼は叫んだ。
但し、その言葉は竜にしか通じない言語であり、人間にはただの唸り声にしか聞こえなかったが。
彼は息を大きく吸い込み、その口から火の玉を吐き出そうとする。
が、石が口の中に入って来たので、思わず口を閉じた。
ダメージにはならないが、不愉快だ。
彼は地面を見る。
するとそこには十人前後の人間たちがいた。
「ヴァハンさん、あれ効いてるんですかね?」
「知るか。だが効いてないにしても逃げるわけにはいかんだろ。はぁ、たまたま鉢合わせしちまったのが運の尽きだよ。とにかく、城壁を吹き飛ばしたあのブレスだけは吐かせるな。口を開けたらその中に石の弾丸を食わせてやれ」
何を言っているのか、よく分からなかった。
だがその人間たちが自分の邪魔をしようとしていることだけは気が付いた。
『良いだろう、遊んでやる』
彼は腕を大きく振り上げ、群れのリーダーと思われる男に振り下ろした。
男はそれを避け、地面に食い込んだ彼の腕に剣を振り下ろす。
「っつ、堅い!! どうなってんだ、こいつ!!」
『バカめ、もし俺の鱗に傷を入れたければアダマンタイトかオリハルコン、最低でもミスリルかダマスカス鋼でも持って来い』
しかし面白い。
人間は勝てぬと分かっていても、無謀に戦いを挑んでくる。
彼はそういう人間は嫌いではなかった。
そういう人間で遊び……そして最後に潰して殺すのが大好きだった。
彼はその腕で人間を弾き、人間の放つ魔術や矢を鼻息一つで吹き飛ばす。
それだけで人間たちは絶望の色を浮かべる。
面白い。
面白いが……数分で彼は飽きてしまった。
『どうやら英雄の器ではないようだな。つまらない』
人間の中には竜殺しと呼ばれる類の化け物がいる。
人の身で神の域に達した竜を滅することに成功した英雄。
人の身で竜に単身で挑み、勝ってしまった愚者の申し子。
どうやら目の前の人間たちは愚者ではないようだ。
しかし賢者でもない。
己が賢者であると勘違いしている愚者、つまりどこでもいるつまらない人間だ。
『終わりにしようか』
彼は爪を振り下ろした。
それにリーダーの男は反応できない。
当然だろう。
彼は今まで、本来出せる速度の十分の一も出していなかったのだから。
いきなり数倍の速度で動かれては、如何にリーダーの男がそれなりに実力を持っていたとしても、見切れるはずがないのだ。
「っく!!」
彼は地面に強く爪を叩きつけた。
『ふむ、外したか』
彼は言葉とは裏腹に、楽しそうに言った。
彼の目の前には一人の人間の、いや半神半人の女がいた。
それは彼が求めていた愚者ではなかった。
だが……賢者ではあった。
『見たことのない、顔だね。あなたもしかして……六千年以上前から生きてたりするの? 私、二千をまだ超えてないから、もしかしたらあなたの方が私よりも年上なのかもね』
その女は竜の言葉でそう言い……
好戦的な笑みを浮かべた。
『まあ、先輩だからといって容赦しないけど』
ファーティマは竜に宣戦布告してから、お姫様抱っこで抱えているヴァハンに尋ねた。
「ねぇ、ヴァハンさん。大丈夫?」
「え、あ、ああ……って、お前は!!」
「良かった、それだけ大きな声を出せるなら大丈夫だね」
ファーティマはヴァハンを地面に下ろした。
そしてヴァハンに言う。
「私、こいつをちょっと懲らしめるから。住民の避難の方をお願い」
「い、いや……いくらお前が強いからと言って……」
「足手纏いだから」
ファーティマはそう言ってヴァハンの反論を封じた。
ヴァハンは暫く考えてから、ファーティマに尋ねる。
「……勝てるんだな?」
「まあ、多分ね」
「勝ち逃げは許さないからな!!」
ヴァハンはそう言って仲間を引き連れて撤退する。
それを見送ってから、改めてファーティマはその竜に向かい合った。
そして優雅に礼をしてから名乗りを上げる。
『初めまして、先輩。私は霊長の王ファーティマ。地母神―と英雄―の娘、天上の王の孫、半神半人の英雄にして女神でございます。国家、人間、豊穣の守り神です。どうか、お見知りおきを』
『これはご丁寧に。まさかそれほどとは思わなかった。私は『暴虐』の竜ガダブである。これでも一万年を生きている』
『それは凄い。私は(四千年眠っていた時期を除くと)二千に満たない若輩です。……ただし、だからといって容赦するわけには参りません。もしあなたが人間に害を為すというのであれば、人間の守り神としてあなたを排除します』
『いくらあなたが高貴な身の上だからといって、引き下がるわけにはいかない。そうなれば『暴虐』の竜としての名折れ。……さぁ、掛かってくるがいい!! 神殺しの英雄の娘よ!!』
神竜はそう叫び、何の予備動作も無しに口から巨大な火の玉を吐き出した。
息を吸い込む動作はただの演出に過ぎず、実際にはそんな動作は不必要なのだ。
しかしファーティマもその程度、当然見切っている。
ファーティマは風を起こし、火の玉を弾き返した。
そして地面を強く蹴る。
重力を限りなく減らした上で、全力での身体能力強化。
音速を超えた拳が神竜に胴体にめり込む。
「内臓潰し!!」
その拳は神竜の堅い鱗に傷一つ付けることはなかった。
しかし衝撃はその鱗を超え、柔らかい内臓にまでしっかりと達していた。
神竜は遥か後方に吹き飛ばされる。
そして血反吐を吐いた。
『さすが、かの英雄の娘、天上の王の孫である。だが、この程度では死なん』
「やっぱり不死性が強いなぁ……」
ファーティマは赤く腫れた拳を撫でる。
ファーティマの傷はすぐに回復したが、それは神竜も同じだろう。
一応、ファーティマの方が戦闘力では優っている。
が、しかしファーティマは背後に街を背負っている。
街を庇いながら、この不死の化け物を倒すのは少々難しい。
(残りの理力は……五パーセントか。辛いね)
日頃の生命維持にも理力は消費される。
最近はクリスがいるからと節約を怠っていたため、理力が殆どない。
それを分かっているのか、神竜は体を震わせて体毛を撒き散らした。
体毛を核として、小型の竜が何頭も出現した。
『行け!!』
「冗談キツイって!!」
ファーティマは理力を魔力炉に長し、魔力を生成し……
それを手の指先に集める。
「まとめて、落とす!!」
ファーティマの指先から雷が放たれ、それは網目のようになって小型の竜たちを捉えた。
体を焼き尽くされた竜たちは丸コゲになって地面に墜落する。
『では、これはどうかな!!』
ファーティマは空を見上げた。
太陽を背後に背負った神竜が、その口に莫大な魔力を掻き集めている。
全身を使って太陽のエネルギーを集め、それをファーティマに放とうとしているのだ。
「嫌らしいやり方だなぁ……」
太陽と炎はファーティマの苦手とするところだ。
それを分かってやっているのだ。
本来なら避けるところだが、今回は背後に街があるため避けるわけにはいかない。
ファーティマは魔力を両手に集める。
ファーティマが守りの魔術を構築するのと、神竜が紅蓮の炎を拭きだすのはほぼ同時だった。
疑似的な太陽ともいえる炎の塊が、ファーティマを襲う。
守りの魔術と神竜のブレスがせめぎ合う。
「熱い……残り理力は三パーセント、キツイな」
ファーティマは顔を顰めた。
ファーティマの両手は炎で焼き尽くされ、肘から先が焼失してしまっていた。
断面は醜く焼け爛れている。
が、すぐに肉体が再構築を始める。
この程度は怪我のうちに入らない。
「一撃で、決める」
これ以上戦いを長引かせると不利になると悟ったファーティマは、地面に手をついた。
そして一言、呟く。
「マグニチュード七」




