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魔法薬師シェリー=グリーンのパン屋めぐり  作者: 光延ミトジ
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12/26

第12話:人さまの家ですることではないけれど


 当初の予定通り、昼をいくらか過ぎた頃、三人はメイブの森の手前にある小さな村に到着した。


 長閑な農村といった雰囲気で、人口は百人に満たない。村人は森の入口付近で採れる薬草や、特産のオレンジを使ったジャムを販売することで生計を立てているそうだ。メイブの森に魔獣がいるため家畜はあまりいないのだと、村長を務める老人は話してくれた。


 村に宿は一軒しかなく、宿に客室は三部屋しかない。その日は全室が埋まっており、シェリーたちはヴァンの古い知り合いだという、村長の家に足を運んだ。村の中心部にある村長の家には、村長と息子夫婦、男女の孫が住んでいる。人がいいのか、余程ヴァンと仲がいいのか、村長は自宅の客室を貸してくれた上、食事まで振る舞うと言ってくれた。


 夕食の席は賑やかだ。ライルは同年代の孫たちに挟まれる形で、オレンジジャムで煮た鶏肉を目を輝かせながら食べている。人見知りだが食欲には勝てないようで、緊張で食事が喉を通らないなんてことはないらしい。


 大人たちは別のテーブルで料理と共に酒を囲んでいた。シェリーも大人のテーブルに振り分けられたが、年齢だけで言えば子供たちに近い。村長は老人で、その息子夫婦もヴァンと同年代か少し上だ。時折、振られる話に丁寧に答えながら料理を口運ぶ。小麦粉をつけてバターで焼いた白身魚の切り身に、オレンジのソースがかかっている。ナイフで切って口に運べば、ホロホロと崩れる食感だ。


 珍しく、ヴァンは甘い果実酒を飲んでいた。村の特産のオレンジを使った酒だ。木製のジョッキを軽く空けていたが、何杯目かのおかわりを注ぐタイミングで、ふと思い出したかのように口を開いた。


「なあ、村長。宿に来てる客だが、冒険者か?」


 村に来てすぐ、シェリーたちは空室があるかを聞きに宿へ行った。そこには視認しただけで三人の人間がいた。シェリーは『三人いるわ』としか思わなかったが、どうやらヴァンは違うらしい。


 彼の問いに村長は大きく頷いた。


「おお、そうじゃ。よくわかったのう」

「まーな。同業者は見ればわかる。そいつらは何しにここへ?」

「ふむ……聞けば、ひと組は女ふたりの冒険者パーティでシルバーベルの採取に来たそうだ。もうひと組は男が四人のパーティで、隣の村からの依頼を請けておるらしい」


 村に来た者たちの情報は逐一入ってくるのだろう。小さな村だからこそ些細な情報が大事だ。村長の老人は、さも当然のように冒険者の仕事の内容を把握していた。


「隣村からの依頼っつーのは?」

「盗賊の討伐じゃよ」

「ああ?」


 ヴァンが黒い目を細める。盗賊と聞き、シェリーもナイフとフォークを動かす手を止めた。


「隣の村を襲った盗賊がおってな。頭を含めほとんどの者は討伐や拘束をされたが、どうやら残党がおるらしい。隣村はまだ復興中でバタついておる。ゆえにこの村を拠点に探し回っておるのよ」

「盗賊の残党ねえ……物騒な話だな」

「そうだのう。だが、盗賊も逃げるのに必死であろうからな。冒険者が滞在する村に来るくらいならば、メイブの森へ行くか、遠くへ逃げるはずじゃ。何、数週間もすれば落ちつこうて」

「……だといいがな」

「おぬしらのほうこそ、明日はメイブの森へ入るのであろう? 魔獣にもだが、盗賊の残党にも充分気をつけるんじゃぞ」

「ハッ、俺の相手じゃねえよ」


 彼は鼻で笑うと、なみなみ注がれた果実酒に口をつける。


 シェリーには、ヴァンが大口を叩いているのか、本当に腕が立つのかは判断できない。どちらにしても、明日は魔獣にも盗賊にも遭わず、シルバーベルの群生地まで到達できるように祈るしかなかった。


 その後、食事を終えると、シェリーたちは客室に移動した。


 村長の家と言っても、小さな村の村長だ。客室はひとつしかなく、シェリー、ヴァン、ライルの三人で同じ部屋に入る。中にはベッドがふたつあり、窓際に丸いテーブルと椅子が二脚置かれていた。


 ヴァンが顎を撫でる。


「ライル、お前は手前のベッドを使え。シェリー、お前さんは俺とコッチだ」


 なんでもないように告げられた言葉に、ライルとシェリーは固まり――


「えーっ!?」


 同時に声を挙げた。


「バカ、夜だぞ。人サマの家で大声出すなよ」

「だってオヤジが……!」

「そうよ、ヴァンさんが変なこと言うから……!」

「ああ? 何が変だって?」


 口の端を持ち上げるヴァンを、シェリーは眉を寄せて見る。ふたりの関係をライルは知らないのだ。そんな子供の前で違和感のあるベッドの振り分けをするのは、冗談にしては質が悪い。


「なんでオヤジとシェリーさんが一緒に寝るんだよ!」

「だったらお前がシェリーと寝るのか? ああ? 緊張しないで眠れるのか?」

「うぐっ……じゃ、じゃあ、おれとオヤジが同じベッド使えばいいだろ?」

「却下だ」

「なんで!?」

「だから大声出すなっつってんだろ!」

「オヤジもうるせえ!」

「ふたりとも声が大きいわよ」


 クラム親子の声量が増していき、シェリーは呆れながら口を挟んだ。


「わたしとライルくんが無理だとしても、どうしてライルくんとヴァンさんが一緒のベッドを使うのも却下なの?」

「そりゃ決まってんだろ。コイツの寝相が悪すぎるからだ」


 ヴァンがあっけらかんと言った。シェリーは目をまたたかせ、その目を細めて彼をジッと見つめる。


「……それだけ?」

「充分だろ。蹴られ殴られ噛みつかれ……そんなんで熟睡できるか?」


 返事に窮する。ライルの寝相の悪さは噂には聞いていたが――


「そんなに、なの?」

「ああ。そんなに、だ」


 ライルに目を向ければ、少年は気まずげな顔でスッと目を逸らした。どうやら寝相の悪さに対する自覚はあるらしい。目を逸らす息子に、ヴァンは畳みかける。


「で? どうすんだ、ライル? 俺を蹴り落とすか? シェリーを噛むか?」

「う、うう……っ! おれ、椅子並べて寝る!」

「へええええ、魔獣が棲む上、盗賊がいるかもしれねえって森へ行くのに、固い椅子で寝るってか? 随分と余裕だなぁ、おい。Cランカー」

「っ……!」


 彼が低い声で吐き出した言葉には、揶揄する音が混じっていた。ライルがぎゅっと拳を握る。それでも何も言い返さないところをみると、冒険者という職種上、ヴァンの言葉が正論なのかもしれない。


 とはいえ、だ。


(こういうのは……あまり見たくないわ)


 シェリーはふたりの間に入ると、ライルの肩に軽く触れた。


「シェ、シェリー、さん……?」

「お風呂の支度をしてくれたみたいよ。先に行っておいで」

「え……」

「ほら、あとがつかえちゃうから」

「う、うん?」


 ライルに着替えを持たせて、部屋から出す――扉が閉まって数秒後、シェリーは今まで黙っていたヴァンを振り返った。深い夜色の目が真っ直ぐ彼女に向けられている。


「余計なこと、したかしら?」

「いーや。いいんじゃねえか、あれで」

「そう……」


 自分が見たくないという理由で口を挟んでしまった。何か、父子にとって意味のあることだったのなら、冒険者として意味のあることだったのなら、弁えず、彼の意図をめちゃくちゃにしてしまったのかもしれない。


 ヴァンが長い足を動かして、ふたりの間の距離をつめた。


「いいって言ってんだろ。ンな顔すんな」

「……それって、どんな顔?」

「悪いことしたかって、不安そうな顔」


 伸びてくる手を、シェリーは避けない。固い指先が頬を撫で、次いで、顎をすくった。俯きかけていた顔を持ち上げられて、無精ヒゲが生えた、いつもと変わらない表情の彼と視線が絡み合う。


(あ……)


 顔が近付き、唇が重なった。


 わざとだろう。ちゅ、と微かな水音と共に下唇を食まれて、彼の熱い吐息を感じた。ゆっくりと、焦らすような接吻だ。薄く開いた隙間から舌を入れられることもなく、ただ下唇を彼に弄ばれている。


 彼の指が耳の輪郭をなぞった。背筋がゾクゾクと震える。彼女の口からも熱く、濡れた吐息が漏れた。音にならない甘い響きを拾ったのか、ヴァンの大きな手はそのままシェリーの耳に触れ、髪を梳き、あやすように頭を撫でてくる。


 ライルがいつ帰ってくるかわからないのに、彼を求めてしまう、情に溺れた状況にはなりたくない。抵抗しなければと思う――それなのに、そうできなかった。甘やかすかのような唇同士の触れ合いと、彼の優しい手つきは、力を込めれば簡単に振り解くことができるはずなのに――


「っ、ヴァン、さ……」

「ああ、今の顔のほうがいい」


 呟くような言葉のあと、彼の分厚い舌が唇の間を割って入ってきた。今まで焦らしていたのが嘘のように、舌を絡め取られ、執拗に舐め回される。静かな部屋に、鼻にかかった吐息と、くちゅくちゅという水音が響いた。もつれる二枚の舌は擦れ合い、互いの唾液を口腔内に塗り込めていく。


 口の中で暴れる彼の厚い舌の感触と、飲めとばかりに流し込まれる唾液のせいか、身体の奥が熱くなった。ヴァン=クラムという男を求めて、彼に拓かれ、悦びを教え込まれた女の部分が反応してしまう。


「クソッ――」


 呼吸の合間に囁かれる「抱きてえな」「やっちまうか」「なあ……」と、甘く、ねだるような声音に、頭の中が茹だってくらくらした。ヴァンのシェリーを掻き抱く力が強くなっていく――もう、力を込めても振り解くことは、できない。


 自分と同じように彼も昂っているのだと思うと、胸の奥がぎゅうっと締めつけられるようだった。シェリーは濃厚な口づけに蕩けながら、彼の背に腕を回す。せめて、出て行ったライルが戻ってくるまでなら、と――彼女は欲望で目をぎらつかせる彼に身を任せ、舌を睦み合わせるのだった。







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