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包帯令嬢の恩返し〜顔面難病の少女を助けたら数年後美少女になって俺に会いに来た件〜【180万PV達成】  作者: 藤白ぺるか
第4章 中学生編

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134話 収録完了

 プラチナチケットの特等席。


 そんな場所でプロの演奏家たちによる奇跡のセッションを目の当たりにした俺たち。

 藤間家の人間に圧倒されながらも、スタンディングオベーションで感嘆の拍手を送る他なかった。



「あー、楽しかった」



 収録ブースから出てきた夕花里さんが少しだけ汗を掻いた額を手で拭いながら満足げな表情をしていた。


「夕花里さん! マジで凄かったです! あのソロのところとか!」

「おーう、冬矢くん。かっこよかっただろ〜」


 鼻息を吹かせながらドヤ顔で対応する夕花里さん。

 そこまで自慢気だと褒めにくいが俺も冬矢と同じ気持ちだった。


 すると次に透柳さんがブースから出てくる。


「透柳さん……言葉になりません。眠気なんて吹っ飛んだというか。興奮しすぎて今日は眠れそうにありません」


 率直な気持ちを伝えた。


「はは。それならやった甲斐があったよ」


 透柳さんは蓄えたヒゲを手で弄りながらいつも通りに微笑む。


 次に出てきたのはしずはと花理さん。


「しずは〜っ。すっごく良かったじゃない」

「お母さんこそ。ああいう演奏してるの久々に見たよ」


 親子で言葉を交しながら笑顔を見せるしずは。

 本当に嬉しそうな表情をしていた。


「しずは、お疲れ様。ほんと凄かった。腰抜かしちゃうかと思ったよ」

「演奏してた私も似たような気持ち。あんな感じになると想像してなかった」


 家族の演奏ことなら何でも知っていると思ったがそうでもないらしい。

 しずはの前で家族のセッションを見せたのは小さい頃以来、二度目らしいし。


「音楽って……深いね」

「深いよ。私だってまだ水面にぷかぷか浮かんでるくらいでしょ」

「はは。それ言われちゃ立つ瀬がないよ」


 ジュニアと言えどもその中では日本一のピアニスト。

 そんな彼女すら音楽は深いと言う。

 じゃあ俺はまだ海にすら飛び込んでないってことになる。


 そう話しているうちに、演奏でパジャマが乱れた創司さんが収録ブースから出てきた。


「創司さんっ! 感動しました! バイオリン初めて聴いたんですけど、ほんと凄かったです!」


 俺はまだ寝癖が残っている創司さんに迫るように声をかけた。


「…………そう。ありがと」


 元の創司さんに戻っていた。

 笑顔はなく無表情。ただ、俺の褒め言葉は一応伝わったようだった。


「光流くん。そうちゃんのことは気にしなくて良いわよ。ちゃんと言葉は受け取ってると思うから」


 すると花理さんが創司さんをフォローするように話す。

 花理さんが家族でちゃん付けするのは男性だけのようだ。


「大丈夫です。凄いってこと伝えたかっただけなので」

「そう? 普段はあんなだけど、やる時はやる子だから」


 そう会話しているうちに創司さんはトコトコと歩いて地下スタジオから一階へと向かう階段を上がっていった。


「じゃあ私たちも上にあがりましょ」


 そう言われたので、全員で一階へと戻った。




 ◇ ◇ ◇




 リビングへ戻ると、俺は花理さんに近づいてスマホを取り出す。


「花理さん。良かったらこれ……あげます」


 写真フォルダを開いて一つの写真を見せた。


「あら〜。いい写真撮ってくれちゃって」

「はい。なんだか貴重だと思ったので。家族全員が揃って笑ったりしてる状況って意外とないですからね」


 それはどんな家族でも言えること。

 特に子供が成長いくとそれぞれが好きに出かける時間も増える。家族が揃う時間も少なくなるというものだ。


「ええ〜なになに? って写真!? よく撮れてるじゃーん。あとで私にも送ってね」


 夕花里さんが俺のスマホを覗き込んできて、家族写真を眺める。

 同じく喜んでくれたようだ。


 再度まじまじと写真を見ると、あの創司さんも一緒に笑っている。

 笑顔の時間は短かったけど、演奏が終わった時に笑顔になっていたことはこの写真が証拠だ。


 この写真は花理さんと夕花里さんに送ることにした。



「よーしお前ら。少し休憩したら収録再開するぞ」


 ソファに背中を預けている透柳さんが俺たちに声をかける。


「わかりました」


 俺も冬矢も陸も。そして演奏したしずはも誰も今や眠たい目をしていなかった。

 わなわなと力が漲って、早く演奏したいと思っていた。


 そうして、十分だけ休憩してから地下スタジオに戻り収録を再開した。




 ◇ ◇ ◇




 本日の二曲の収録。


 収録を再開してから一時間以内に終わってしまった。


 何度かリテイクはあったが、全く疲れることはなく自分の演奏の調子が良かった。

 いつもより滑らかにギターをカッティングでき、歌も力強く歌えた気がした。


 それは俺だけではなく、他の三人も同様だった。

 一緒に演奏していたわかる。午前とは比べものにならないくらいガラッと良くなっていた。


 文化祭本番と比べるとどうなのかわからないが、良い収録になったように思えた。



「――じゃあ今日はこれで終わりだな。残りは明日。今日のこと忘れずにな」



 収録が終わったあとに透柳さんからそう言われ、俺たちはしずはの家を後にした。




 …………




「いや〜。なんか凄い一日だったな」


 帰路。三人で歩いている時に冬矢が呟いた。


「そうだね。レベルの差も感じたけど、それ以上にやる気が出たよね」


 今の自分では到底追いつけないような演奏だった。

 でも、それに落ち込むという印象を与えない何かがあの演奏から漂ってきた。

 明るいジャズだったし、何より藤間一家の楽しく演奏する様子からパワーをもらった。


「プロのドラムの演奏見たかったな〜」


 確かに藤間家の中にはドラムができる人はいなかったので、自分に置き換えて見ることもできなかった。


「そういや陸って、誰かに教わってたわけじゃないのに頑張ってたんだよね」


 俺や冬矢は透柳さんや夕花里さんがいたが、陸にはそういう相手はいなかった。


「まぁね。全部独学だよ。それにしては結構やってたほうだろ?」

「そうだね。透柳さんに誰か教えてくれる人いないか聞けばよかったかな」

「プロ相手に申し訳ないだろ。光柳も冬矢もお世話になってるんだし」


 そうかもしれないけど、透柳さんは協力的すぎるので無償で教えてくれそうな人くらいすぐに見つけてくれそうな印象はある。

 でもそれに頼りすぎるのも良くないよな。


「陸、本当にこのままドラムやめるの?」


 藤間家の演奏を聴いた時の陸の呟きがまだ気になっていた。


「光流そういうこと言うもんなぁ」


 頭の後ろで両手を組みながら歩く陸が口を尖らせてそう言った。


「……まぁ、俺も医者になりたくないわけじゃないからな。ドラム続けたい気持ちはあるけど、どうしても時間がとられちゃうし」

「そっか……しょうがないか」


 医者かドラムか。その二つを天秤にかけた時、俺が陸の立場でも同じ選択をするだろう。

 勉強一本に集中すれば、今よりもっと成績は良くなるだろうし。


 ちなみに俺はこの三年生終盤では一桁台のテスト順位。陸は一桁までとは言わないがおおよそ二十位ほど。決して悪くはない。


「まっ。俺の分も頑張ってくれよ。お前らが高校行った時どんな奴らと組むのか楽しみにしてるからさ」

「うん。頑張るとはちょっと違う気がするけど、陸の分まで頑張るね」


 俺にとってバンドは頑張るものではない。

 どちらかと言えば楽しむもの。

 文化祭のリハーサルは緊張で押しつぶされそうになったけど、それを乗り越えてからは楽しいという気持ちで頭が埋め尽くされていた。


「光流は高校でもバンドやるつもりか?」


 俺の言葉を聞いてか、冬矢がそう聞いてくる。


「最初はあんまり考えてなかったけど、文化祭でライブしてからはもっとやりたいって思うようになったよ。冬矢も一緒にやってくれるならね」


 さすがに俺一人でメンバー集めなどする気にはなれない。

 冬矢が誘ってくれたから俺はバンドをはじめたんだから。


「なら良かった。俺は高校でもお前とやるつもりだからな」

「じゃあ、ちゃんと同じ高校に行けたら、よろしくね」

「別の学校になってもバンドは組めるだろ」

「そうだけど……なんか寂しいな」


 秋皇学園に誘ってくれたのは冬矢。

 どちらかが落ちて別の学校に行くというのは、ちょっと嫌だな。

 仲の良い友達なんだ。一緒にいたいと思うのは普通だろ。


「お前は俺の彼女かよ」

「はは、そうかもな」

「お前にはルーシーちゃんいるだろ」

「いつ会えるかわからないけどね」


 ルーシーの誕生日から既に一ヶ月が経過した。

 俺の誕生日プレゼントと手紙も恐らく届いているはず。


 冬矢に言われて、ルーシーにはルーシーなりの考えがあると思うようになった。


 俺が知っているルーシーは、明るくておしゃべりが好きで優しい子だ。

 そんなルーシーのままなら、ずっと何も返事がないなんて考えられない。

 だからその時まで、俺は待つんだ。


「ふーん、そういうこと。ルーシーってのは人の名前ってことか」


 すると陸が俺たちの会話で何かに気づいたように呟く。冬矢にも陸には話しても良いとは言っておいてある。


「うん。陸にはずっと言ってなかったけど、いつかは話そうと思ってた」


 俺の大切な過去も話しても良いくらいには陸と仲良くなったと思っている。


「大体予想はついてたけどな。しずはを振るくらいだし」

「ならわかってて、ルーシーってバンド名を叫んだのかよ」


 たちが悪いぞこいつ。


「まぁ、光流が元気になる単語だからな。理沙とかは鈍感だから気づいてないだろうけど」

「本番はマジで驚いたんだから。観客の生徒みんな叫んでたじゃん」

「ははっ。あれは笑ったな」


 文化祭でのルーシーコールは俺にとっては宗教のように見えていた。

 冬矢も一緒に悪ノリしていたので、少しは恨んでいる。


「しずはの気持ちも考えてあげてよ……」

「あ〜、そっか。あいつも色々知ってるんだ」

「うん。一応知ってる」


それが理由で告白を断ったわけだし、さすがに当てつけのような感じになっていたと思う。


「それは悪いことしたな」

「でもしずはに謝ったりしないでね。余計に傷つける可能性もあるし」

「はーん。光流はほんとに色々考えてるんだな」


 しずはともそれなりに一緒に過ごしてきたからね。それは考えるよ。


「じゃあ全部は話せないけど、少しだけ……」


 そうして俺は短い帰路の中、ルーシーについて陸に話した。




 ◇ ◇ ◇




 翌日の日曜日。残りの二曲を収録する日。


 俺たちは昨日お邪魔したばかりのしずはの家に再度集まった。



「そういやこの四曲目の子だけど、最近のアーティストなんだな」


 透柳さんはそこまで歌のトレンドを追っていないようだったので、俺たちが話して初めてエルアールを知ったようだった。


「アーティストっていうのかわかりませんけど、まだどこにも所属してないみたいです」


 実際に名前をネットで検索しても事務所名など一切ヒットしなかった。


「やっぱりそうか。俺の知り合いの音楽関係者もちょっと話しててな、注目してたぞ」

「えっ……そうなんですか」


 学校で生徒たちの会話でエルアールの話を聞くだけではまだそれほど実感はなかったが、こうしてプロの口から話が出ると途端に現実味を感じる。


「あぁ、今から事務所同士の争奪戦が始まるかもな」

「うわぁ……」


 もしエルアールがルーシーなら現在はアメリカ。

 日本では直接アプローチできない場所にいる。


 事務所の争奪戦と言っても電話やメールだけで決めることはないだろうし、どうなるのだろう。


 そう言えば自分たちが実際に収録して思ったが、ルーシーもちゃんとした設備で収録したってことなんだよな。

 そうじゃなければ、ノイズなしのちゃんとした音楽になっているわけがない。


 もしかすると既にルーシーのバックにも音楽関係者がいるのかもしれない。

 まぁこの歌の才能だ。すぐに人が集まっていてもおかしくない。


「じゃあ今日はとりあえず三曲目からだな」

「はい!」


 俺たちは準備を済ませて、収録を開始した。






 そうしてこの日も収録を進めていき、最後の曲まで終えることができた。


 エルアールの曲はやっぱり難しくてリテイクが多かったけど、なんとか歌い切った。


 これからCDに音源を入れるために透柳さんが色々と調整してくれるそうだ。

 一週間ほど待ってくれということだった。ちょうど名簿の締め切り日とほぼ同じだ。



 あとは完成を待つだけ。

 それを待ちわびて、翌日からの学校にまた登校していくことになる。



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