122話 決起集会
翌日、バンドの最終調整の日。
学校が終わったあと、俺と冬矢だけ家にギターとベースを取りに行ってから、しずはの家へと向かう。
そうして、しずはの家で四人が揃うと、俺たちはそれぞれ慣れた手付きで機材を調整していく。
ギターに触れてから一年。
皆で合わせ練習を初めてから半年以上。さすがに慣れるものだ。
ちなみに明後日にある文化祭のリハーサルのために使うドラムは、しずはの家にあるドラムを使うことになった。他は自分たちのものを持ち込む。自分たちと言っても、俺も冬矢も借り物だが。
「――お疲れさまぁ〜。準備できてるかい?」
いつも通り少しだらけている透柳さんが、練習部屋に入ってきて、俺たちに声をかけた。
「できてます!」
俺が明るくそう言うと、冬矢、しずは、陸へと視線を送る。
それぞれが顔を縦に振り、準備完了の合図をくれた。
「じゃあ、やってくれ」
透柳さんの言葉に、俺たちは自分の楽器を構える。
そして、陸がドラムスティック同士を打ち付け、四回音が鳴ると、それに合わせて演奏が始まった。
…………
…………
「――良いじゃないか! よくここまでやってきた」
三曲全ての演奏が終わると、透柳さんが第一声。褒めてくれた。
「ふぅ…………」
集中して、三曲連続で弾くとさすがに疲れた。
自分たちだけのただの練習では、休み休み行うのとミスしても大丈夫という気持ちから、それほど気は張っていなかった。
しかし、本番同様に一発勝負として、今回透柳さんの目の前で演奏した。
だからこそいつもよりも疲労の色が濃い演奏となった。
「ただ……まだ少しだけ硬いかな。文化祭は楽しむもんだろ。ミスしたって誰も気づきやしない。ミスよりも楽しむことを考えろ」
今さっきまでミスしないように、ミスしないようにと考えていたが、そうか……そうなんだ。
何度も何度も合わせてはきたが、いざ本番のように身構えると硬くなってしまっていた。
透柳さんの言う通りだ。
楽しんだほうが、絶対に良い。
「お前たち。仲間の間で一つでも良い。決まり事を決めておけ」
「決まり事、ですか?」
透柳さんの言う決まり事、どういったものなのか。
俺たちも今までに、練習の中で決まり事は決めてきたつもりだ。
「自分がミスしたら誰かの音だけを聴くとか、緊張しないために体育館の奥の柱だけ見るとかな」
透柳さんが言う決まり事とは、基本的にはミスや緊張した時のことのようだった。
「どう……? みんな何かある?」
俺はそれを聞いた上で皆からの意見を聞く、
「多分だけどな、俺らは大丈夫だ」
今ではベースを持つ姿がかなり様になっている冬矢がそう言った。
「俺ら……ってことは、俺が心配ってこと?」
「歌って弾いてって、二つするのはお前だけだ。俺たちが歌うところは所詮コーラスだしな」
一番パニクったりするのが俺のポジションなんだ。
どっちか片方に集中していればまた違ったんだろうけど、ボーカルもギターもしなくてはいけない。
「うーん……」
「光流くん、難しく考えなくて良いぞ」
と、言われてもいきなりパッと出てくるほど、俺は頭の回転は早くない。
「なら……ちょっとこっち来てくれ」
すると透柳さんが手招きしてくる。
近寄ると、透柳さんが耳元で俺にいか聞こえない声で囁いた。
「――好きな人のことを考えてやってみろ。そうしたらパワーも出るし、その時のピンチも吹っ飛ぶぞ」
「――っ!」
透柳さんに言われたこと。つまりルーシーのことを考えて歌い、演奏しろということだった。
それなら確かに力が湧いてくる気がする。
「……わかりました。ありがとうございます」
俺は小さな声で透柳さんに感謝を述べた。
「お父さん光流に何言ったのよー!」
「はは。男同士の秘密だ」
「うざっ」
しずはは特に父には当たりが強い。言葉も汚くなる。
「じゃあどうする? まだ三十分も経ってないが、何度かやるか?」
一度やっただけ。なら、本気の演奏をこの場で最終チェックすべきだ。
「俺はしたいけど、どうかな?」
再びマイクの場所に戻りながら、皆に聞いてみた。
「良いぞ」「俺もだ」「しょーがないなぁ」
問題なさそうだ。
「なら、お願いします!」
透柳さんにこのあとも演奏を見てもらうことにした。
「おっし、なら厳し目に見るからなっ!」
やる気になった透柳さん。
俺たちは楽器を構え、それぞれポジションに立つ。
互いにアイコンタクトを済ませ、そして再び、陸のスティック音が鳴る。
…………
こうして、俺たちは演奏の最終チェックを終えた。
◇ ◇ ◇
「――今日は決起集会だっ!」
冬矢がジュースが入ったコップを持ち上げながら、声高々に言った。
リハーサルを前日に控えた俺たち四人は、ファミレスに集まり決起集会を開いていた。
「決起集会なのになんか特別感ないね」
しずはのボヤキ。
言わんとしていることはわかる。
「いつも集まってる場所だから良いんだろうが」
「なら、お疲れ様会もファミレスでやるわけ!?」
しずはが立ち上がりテーブルを両手でバンっと叩く。
四人席のテーブルの前には、山盛りフライドポテトと取り皿。そしてドリンクバーのジュースが置かれていた。
夜はそれぞれ自分たちの家でご飯を食べるので、一つこうやって料理を注文してあとはジュースを飲みながらミーティングをするのが、俺たちの日常だった。
しずはと陸の家はお金持ちなので、毎回こんなので良いのかと思ってはいたが、俺と冬矢はお小遣いも普通だし、これ以上の注文をするのは経済的にも厳しかった。
「なんだよ。やる気満々じゃん、お疲れ様会」
「うっ……うるさいわねっ!」
冬矢がしずはを見透かしたようにそう言った。
「――まさかお前、結構バンドが楽しみなのか?」
「〜〜〜〜っ」
しずはの顔が少し赤くなる。
するとそれを見た冬矢がニヤッと口角を上げた。
「そうかそうか! 良いじゃねーか! 楽しまなきゃなっ!」
「この……っ」
しずはは握りこぶしを作りながらもそれを振りかざさずに抑えていた。
「良かったよ。しずはもちゃんと楽しみで」
「しずはだけレベル違うもんな。安心した」
俺と陸がホッとするように呟く。
「私だって普通に楽しみよ……今までずっと一人で演奏してきたんだから。誰かと一緒に演奏するのって、コンクールとは全然違うんだよ?」
「そっか、そうだったな」
しずははこれまでずっとピアノの練習を頑張ってきた。
でもコンクールではいつも一人。これは深月だって、奏ちゃんだって同じ。
ピアノのコンクールはいつも孤独だろう。
大勢の観客と審査員の視線を一斉に集めながら一人で弾いている。
文化祭はそんな格式の高いコンクールではないかもしれないが、しずはにとっては初めて他人と一緒に演奏をする舞台なんだ。
「なら、ちゃんとお疲れ様会もしなきゃね」
「だな……しずは、どこなら良いんだよ」
「肉! 焼き肉っ!!」
「焼き肉ぅっ!?」
焼き肉って……行けなくもないけど、お小遣いが結構吹っ飛ぶだろ。
食べ放題ならまぁ……大丈夫か。
「お金は気にしなくていいよ! お父さんからお金ふんだくってくるから!」
「お前……」
透柳さんがしずはに喜んでお金を出すところを簡単に想像できてしまって怖い。
「特別な舞台なんだから、特別なお疲れ様会にしたいじゃない」
「わかったけど、ほんとに……いいの?」
一応念入りに聞いておく。
「任せておいて! そもそも最初に光流をギターに誘ったのがあの男なんだから。ビデオを人質に取ればいけるでしょ」
「うわ……悪い女だ……」
しずはは人質作戦で、透柳さんにお金を出させると言う。
それに対して冬矢が少し引いた目で呟いた。
ビデオの人質とは、当日の文化祭は外からのお客さんはこれないために、ビデオカメラで撮影して見たい人にDVDに焼いて配るといったものだ。
ちなみにカメラの録画は理沙と朱利に任せ、足りない音を補うために冬矢としずはで作った打ち込みの音楽、その音響操作を理帆にお願いしている。
当初から透柳さんはしずはが演奏しているところを見に行きたいと言っていたために、効果的な作戦だとは思うが、ちょっと不憫だ。
「あ、そういや山崎さんは来るの?」
陸がバンドに加入した時にそんな話をしていたのを思い出した。
山崎蓮――陸の恋人だ。一緒にプールに行った時に久しぶりに話した。
「あぁ。昼休みにうちの学校のジャージを着てもらって突入させる」
「結構ヤンチャしてるね」
「あれだけ密集してるし、バレるわけないけどな」
さすがに大人の変装は難しいと思うが、同い年の山崎さんなら全く問題ないだろう。ちなみに文化祭当日は走ったりするゲームもあったりするため、人によってはジャージでもOKだ。
「じゃあもっかい乾杯しよーぜ! 一人ずつ最後の意気込みなー!」
そう言うと冬矢がコップを持ち上げて前に出す。
「俺からっ! 光流より目立つぞーっ!!」
「なんの意気込みだよそれ……」
頼むからヘドバンしながら弾くとかはやめてくれよ……。
「俺は〜お前らを驚かせてやるぞー!」
陸が不穏なことを言いはじめた。
一体なにするつもりなんだ。
「じゃあ私っ! 最高に楽しむっ!!!」
しずはから、本当に楽しみな気持ちが伝わってくる。
ピアノのコンクールとは違う演奏の場。楽しみにしているしずはのためにも成功させて終わりたい。
「じゃあ俺か。――意気込みっていうか、俺は感謝だな」
ちょっとしんみりはするが、ここから俺は話したかった。
「冬矢、しずは、陸。一年間ここまでありがとう。最初は冬矢から誘われたバンドだったけどさ。部活したことがない俺にとって、皆と練習してきた一年は凄い楽しかった」
俺がしずはと出会わなければ、冬矢が誘ってくれなければ、陸がいなければ。
皆がいなければできなかったバンド。
学校ではないが、部活をしているような感覚だった。
「なんか……音楽って凄いよな。歌詞書いてみて初めて色んなアーティストが深く考えて歌詞書いてるんだなって思った。そんな感じで色んなことを知れたし、色んな視点も持てた」
正直それまではメロディだけでほとんどの歌の好き嫌い決めてたくらいだ。
「それで……歌ったり、皆で合わせて演奏したりするのが本当に楽しかった」
爽快感というのだろうか。
歌い終わった時の疲労感とやりきったという感覚。それが合わさると爽快感が体を駆け巡るような気持ちを感じた。もちろん、今みたいに演奏できるようになってからだ。
でもこれは皆と一緒に演奏できているから。
「――だから……皆、ありがとう」
俺は感謝を告げて、触れていたコップを持ち上げる。
「本番……ミスしても、何があっても。楽しむことを優先しよう!」
そして、そのコップを上に掲げ――、
「――赤峰小バンドっ!! 行くぞーっ!!」
「「「おーーーっ!!」」」
俺たちは四つのコップを持ち上げて、テーブルの中心でカランとぶつけ合った。
「って言ってもまだ明日のリハーサルもあるし、明後日は文化祭一日目のイベントもあるけどなっ」
せっかく良い感じに決まったのに、余計なことを言い出す冬矢。
「決起集会するの早かったんじゃない?」
「なら明日もやるか?」
「いや、さすがにしつこいって……」
ちょっとグダグダではあるが、それでも良い。
これが俺たちってことなんだから。
このあと気付いたのだがMCの部分をどうするかなど全く決めていなかった。
よくバンドではやる、メンバー紹介の部分だ。
冬矢は「適当にやればいいんじゃね?」と言っていたが、メインで喋るのは俺だ。
できれば決めておきたかった。
結局、しばらくファミレスに残って、当日のことを色々と詰めていった。
こうして、俺たちは満を持してリハーサルの日を迎える。
――しかし、そのリハーサルで想像もしなかった出来事が起きてしまうことを、光流はまだ知る由もなかった。
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