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人の頂点、繁栄を歌う


「なるほど。第二ルナックス戦争の折りに戦死したはずのゼゲルが、生きていたというわけか。」


 皇帝がオレを見る。


「妙にゼゲルを追い回していると思ったら。アーカード、お前。完全に理解してやっていたな?」


「最初からゼゲルが国賊だとわかっていて、敢えて追い詰めていたのだな?」


 それはまったくの偶然なのだが、ここはオレの手柄にしておいた方がいいだろう。

 

「はい、それは。」


 もちろんと言いかけて違和感に気づく。

 皇帝を舐めてはいけない。


「恐れながら、始まりは単なる偶然です。」


「初期の頃はあのゼゲルが先の戦争に加担していたとは気づきませんでした。ゼゲルの過去が判明したのはバルメロイから話を聞いてからです。」


 皇帝が思い出したかのように笑う。

 

「そうだそうだ。そういえば、お前の出した新聞にそう書いてあった。」

「我としたことがすっかり忘れていた。許せ。」


 ぞっとした。

 オレは試されていたのだ。


 皇帝が国賊の存在を。

 それも一度戦争を企てたゼゲルを無視するわけがない。


 それどころか、オレはゼゲル狩りに聖堂騎士団と奴隷兵まで駆り出したのだ。

 嫌でも皇帝の耳に入る。


 もし、あそこで「オレの手柄です」と言っていたら、どうなっていたのだろう。

 背中に刃を翳されたような気分だ。


 皇帝の言葉が続く。


「あの新聞はかつてない発明だな。じきに帝国も使わせて貰うつもりだ。」

「当然、相応の金は払う。その時はよろしく頼むぞ。アーカード。」


 商人としては願ってもないこと。

 まるで宝石を握らされているようだった。

 

 皇帝は畏怖と敬意を利用して、人心を掌握する。

 下手な嘘を吐けば、すぐさま穴を突かれるだろう。


「そして、帝都周辺で暴れ回るオークたちだが。既に一度正規兵を放った。だが、結果は負傷1割で全員帰還だ。」


 全員帰還?

 無傷ではないにせよ、死者が出ないとはどういうことだ。


 これではまるで。


「逃げ帰って来たのだよ。オークと戦うこともなくな。」


 皇帝が困ったような顔をして続ける。


「ゼゲルは虫を操り、人間の脳を食わせている。そして、その虫が人間を操っている。ここまではリズから届いた書にある通りだが、状況はより過酷だ。」


「ゼゲルは生き残った村人たちを操り、歩兵として利用している。」


 奴隷化したかつての味方が敵に回ること自体はそう珍しいことではない。

 


 拷問呪文で脅されているとはいえ、奴隷は自らの意思で襲いかかってきているわけだから、気にせずに殺せばいい。


 歩兵なら、遠距離から火炎魔法で爆殺すればいいだろう。

 だが、虫に脳を食われているとなると話は違ってくる。


「村人達の意識は残っているようで、助けてくれと言いながら襲いかかってくるそうだ。拷問に耐えかね、自己保身の為に襲いかかる浅ましい奴隷なら兵士も気楽に殺せるが、無辜の民となるとそうはいかぬ。」


 無意味な拷問を繰り返す聖堂騎士団と違い、帝都の正規兵は民を守る為に存在している。

 彼らが人を殺し続けても狂わないのは、大義名分があるからだ。

 

 オレからすれば甘いにも程があるが、存在意義が揺れればどんな人間でも動きが鈍る。

 どうしたらいいかわからなくなり、チワワのように怯えて逃げ帰ることもあろう。

 

「当初は投網で歩兵を捕まえてはどうかという案も出ていたのだが、どうやらリズの件を見る限り、一度脳を食われると元には戻れそうにない。」


「しかし、殺してしまうのはかわいそうだ。そうだろう? アーカードよ。」


 投網で暴れる村人を捕獲しつつ、オークと戦闘を行うなど自殺行為だ。

 しかも、捕獲した村人も脳を食われていては長くは保つまい。


 オーク共々殺すべきだ。


「それは、本当に心苦しいですね。」


 オレは内面の邪悪を抑え込んで綺麗事を言と、皇帝が呆れた。

 

「アーカード、アーカード、アーカードよ。お前は本当に心優しい善人よな。」

「我がお前に期待しているのは、そんな上っ面ではない。」


「言ってみろ。あるのだろう? 案が。」



 皇帝の期待がオレへと注がれている。

 ここで拒否すれば、この身も危ういだろう。


 やはり皇帝は恐ろしい。

 奴隷魔法も無しに、こうも人を支配してみせる。


「先に、非道な提案であることをお伝えしておきます。」

「よいぞ、話せ。」


 心の奥で警鐘が鳴る。

 この概念を世に解き放ってはならないと。


 広まれば世界に大きな禍根を残すことになる。

 それを理解していながら、オレは続けた。



 虫による支配によって、兵士たちが混乱するのは自由民が自由民のままに襲ってくるからです。


 では、虫に脳を食われた者は奴隷に堕ちるとすればどうか。

 一見よい案に見えますが逆効果です、帝都には奴隷を大切に扱う主人もいる。そうした者からすれば葛藤が激しくなるだけでしょう。


 兵士達の心を殺し、無理に殺戮を起こさせれば次に傷つけられるのは帝都の奴隷たちです。これでは治安が悪化してしまいます。


「ほう。それで、どうする?」


 新たな被差別階級を作ります。

 わかりやすく、虫人と名付けましょう。


 この存在は奴隷よりも卑しく汚れている。奴隷以下の身分です。

 奴隷のように大切に扱う必要はない、虫同然の命ですから、当然のように殺せます。


 虫人は奴隷ではありませんから、虫人を殺し尽くした後も帝都の奴隷が蔑まれることもありません。


「……虫人か。」


 皇帝が目を丸くしている。

 この世界の歴史には奴隷以下の被差別階級が存在しなかったのだろうか。


 生前の世界ではあらゆる国に存在した。

 有名どころはインドのカースト制度だろう。


 司祭、王族、市民といった分類に入らない。分類外の存在。

 不可触民と呼ばれる者たちがいる。


 この差別の呪いは2000年以上が経過し、人権が説かれた現代においてさえ、人々に過酷な人生を与えている。


 この概念を異世界に広めれば、どれだけ深い禍根となるかわからない。

 

「素晴らしい! なるほど、更に低い地位の者を作るか。これは流石に我にも思いつかなかった!!」


 皇帝が朗らかな笑顔を零す。


「この概念は人々を豊かにする! 時折産まれる未熟児や欠損児、知恵を持たずに生まれた者を虫人として殺せる! そのような者を生み出した一族をも同類として根絶やしにできよう!」


「こんなに素晴らしいことがあるか? 世界を浄化できるのだ!!」


 なん、だと。

 そんな馬鹿な、皇帝がこうも愚かなはずは。


「お、お待ちください。あくまで、悪辣な案として申し上げた次第。実用するには少々。」


 オレの言葉が詰まる。

 皇帝の慈悲深い瞳がオレを見ていた。


「アーカードはまっこと善人よな。」

「何の生産性もないばかりか、国の足かせにしかならぬ馬鹿共にも幸福な人生を、と言うわけか。まるで聖人のような思考よ。」


 皇帝が続ける。


「だが、それは富が有り余った者がすることだ。数千年後の人類であれば可能やもしれんが、この時代の我らにはとても届かぬ。」


「一度食うに困ったなら、弱い者から殺す。そうすることで丈夫な者を残すのは当然のことではないか。」


「後世の歴史家から見れば、我らは途方もない野蛮人に見えよう。だが、そんなことはどうでもよい。今を生きる我らはその中で最善を選択する。」


 ですが、ですがそれは。

 オレの言葉に皇帝が微笑む。


 とても優しい父のような笑みだった。


「アーカードであれば女神ピトスのことを知っておるだろう。」

「古来より、人々に試練と富を与える神だ。」


 ああ、知っている。知っているとも。

 神話の内容はこうだ。


 パンドラのピトスが世界に火を零したことにより、炎が生まれ。小瓶を倒したことで海が生まれ。毒花の蜜を垂らしたことで、病が生まれたとされる。


 それだけではない。


 この世にあるあらゆる魔法や種族もそうだ。


 エルフも、ドワーフも、グラスフットも。

 オークも、ウィスプも、ドラゴンも。


 すべてはピトスがこの世界に生み出した新たな試練。

 そして人は試練を乗り越える度に世界は新たな概念を手に入れ、豊かになっていく。


 ヒューム中心の価値感から生まれたくだらない神話と一笑に付したいところだが。

 オレ自身がピトスから奴隷魔法を授けられ、この世界に広めてしまっているので笑えない。


 オレは試練に怯んだが、皇帝は怯まなかった。


「案ずるな、虫人の呪いも試練のひとつ。我らは必ずや試練を乗り越え、更なる豊かさを手にしてみせよう! アーカードよ! 我ら人間の可能性を信じるがいい!!」


 人の頂点が繁栄を歌う。

 数多の呪いをその身に宿し、うねりを上げて前進していく。


 数時間後。

 皇帝と家臣の間で新たな戦略が打ち出され、対ゼゲル戦に向けて軍備が整えられていた。


 もはや、誰にも止めることなどできない。


 ならばやることはひとつだ。

 オレは皇帝の傍に着きながら、どうやってゼゲルを殺すかを考えていた。

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