16話 ブリキャス・グルメリポート
「では次はスイーツを食べに行きましょう」
「確か流行りのスイーツなのよね」
「はい。この街のあちこちでまねっこした屋台が出ているそうですよ。今日はその元祖の店に行くつもりです」
「女ってこういう流行り物好きだよなぁ」
ディーンが退屈そうにぼやく。
俺も甘い物は嫌いじゃないからいいけど。
「こちらです!」
「あら、すごい行列ねぇ」
店の前にはずらっと人々が並んでいる。それを見てカトリーヌが不満そうな声を出した。
「しかたないじゃない。大人気なんだから」
「そうだけど……」
まぁカトリーヌの気持ちもわからんでもない。俺もわざわざ行列に並ぶくらいなら別の店でもいいんじゃないかって思っちゃう方だ。
「でしたら私が並んでおきます」
その時、エマがそう申し出た。
「あら、いいのぉ?」
カトリーヌはしめたとばかりににやついた。エマはホントいい子だな。
でもちょっと待って。
「エマ、そんなことしなくていいわ」
「シャルロット様」
「だって六人分のお菓子なんて持って歩けるの?」
パシリにするっていったって限度があるぞ。
「そうだぞ」
そこに割って入ったのはレオポルト王子だった。
「女性にそんな役割を押しつけられないよ」
「王子……」
「そんなことしないでも……」
王子は指をパチンと鳴らした。すると物陰から黒服を着た男達がぞろぞろ出てくる。
「彼らに任せればいいさ!」
「あの……彼らは一体……」
エマはポカンとした顔であたりを見渡した。俺も同意見だ。
「彼らは私の下僕兼護衛だよ。私はもちろん、皆の安全の為に必要だろう?」
王子は至極当然という顔だ。確かに……一国の王子が無防備に街をふらふらするわけにはいかないか。
それにしても解決方法が王族ならでは過ぎてため息が出る。
「よかったですわね! シャルロット様」
「え、ええ……」
根っからの貴族の彼らは、人にやってもらって当然っていう意識なんだろう。
厄介事が解決したとしか思っていないみたい。
俺はそれに抵抗感を覚えたけれど、ここは合わせるしかあるまい。
またマイアにどやされる。
「それじゃあ、その間に市場を見に行こうじゃないか」
「「「賛成ですわー!」」」
「では行こう」
王子が俺に手を伸ばす。だから一人で歩けるっての。そう言い返す勇気のない俺はその手を取る。
「「「ひゅーっ、お熱いこと」」」
そんな俺達を取り巻きズが冗談交じりにはやし立てる。
やめろやめろ! 俺は女の子が好きだってーの!
「ほら、足元に気をつけて」
王子の方はそんな声なんて気にも留めずにニコニコしている。
「いらっしゃーい! いらっしゃい! 採れたてのお野菜だよ」
威勢のいいおばさんが声を張り上げて呼び込みをしている。
見ると艶々のトマトやキャベツがずらりと並んでいる。
「魚はいかがー!」
「焼きたてのパンはどうだい」
「新鮮なミルクにチーズ、産みたての卵!」
うわぁ、活気がすごいなぁ。屋台の間を色々な人が行き交って買い物をしている。
「賑やかですねぇ」
「ああ、頼もしいことだ」
俺の呟きに、レオポルト王子はそう答えた。
「頼もしい?」
「だってこれだけの品物が市に並ぶということは、国が平和で栄えてるってことだろう?」
「そっか……」
その視点は無かった。たまに馬鹿にしか見えないけどやっぱりレオポルトは王子様なんだな。
あ、そういえばエマはどうしたんだ?
俺が周囲を見渡すと、エマはある出店の前に蹲っていた。
「どうしたの?」
「あっ……シャルロット様。花の苗を見ていました」
「あら、可愛らしいわね。買っちゃえば?」
「うーん、どうしましょう」
「そうしたら裏庭も賑やかになるでしょうよ」
俺がそう言うと、エマはびっくりした顔をしてこちらを見た。
「え……裏庭に花壇を作っていること、ご存じだったのですか」
「まーね」
俺がエマに悪役令嬢ぶりを見せつけるのは決まって裏庭だしな。無駄に追いかけ回していた訳じゃないぜ。
「見ていてくれたんですね……うれしい」
エマはそう言ってはにかんだ笑顔を見せた。お……おう……なんていうか照れるなぁ。
「じゃあ買います!」
エマはそう言っていくつかの花の苗を買い求めた。
「荷物はまかせてくれたまえ」
王子が口笛を吹くとまた何人もの黒服が現れて荷物を引き取っていった。
一体何人居るんだよ。
「シャルロット様ー! スイーツが届きましたわー」
その時、カトリーヌが手を振って俺達を呼びに来た。
「これが大流行している名物のモンルーズクリームです!!」
「へぇ」
ほかほかと湯気の立つ紙皿にはころころとした一口大のドーナツが並んでいる。
そこにとろりと黄色いクリームソースと粉糖がかけてある。
「出来たて熱々を食べるのが一番なんですって」
「ちょっとお行儀が悪いですけど」
「せっかくだからねぇ」
取り巻きズは目をキラキラさせて、串を手にした。
「さぁさぁ、シャルロット様も是非」
「ええ」
俺も串をぷすっとドーナツに刺した。おっとソースが垂れないように気をつけて……。
ぱくり。
「あっ、あふっあふっ」
揚げたてのドーナツは熱々で口の中を火傷しそうになる。
んんん……美味しい!!
「とってもサクサクフワフワで滑らかな生地!」
「油っぽそうと思ったけれどレモンの香りのクリームが爽やかですわ」
「他のお店ではこの味は再現できないんですって。なにか隠し味があるらしいです」
取り巻きズがそれぞれに味の感想を述べる。君たち、グルメタレントになれそうだな。
「グレース、ありがとうね。美味しいお店を教えてくれて」
俺がそう言うと、グレースは鼻高々に胸を張った。
「シャルロット様に気に入って貰えて光栄ですわ!」
それにしても本当に美味しいや。サロンで出てくるお菓子はどれも小洒落ていたからこういうジャンクな美味しさがうれしいや。
「……ふん。いけるじゃないか」
ぶうたれていたディーンもこれには満足みたいだ。大口をあけてかぶりついている。
「それでは、次は私のお薦めの本屋にご案内しますわっ!」
シャルロットにお褒めの言葉をいただいたのを見たソフィアが鼻息荒く俺の袖を引いた。
あーはいはい、分かった分かった。
そんな訳で俺達は今度は本屋へと向かうことにした。




