15話 かしましショッピング
「エマ、テストの為にあなたのノートを買い取るわ」
「えっ、どうしたんです急に」
「そしたらあなたもショッピングに行けるでしょう?」
「ああ……そのことですか…」
「ほら、これだけあれば買い物には十分でしょう」
俺は革袋に入った金をじゃらっと机の上に置いた。買い物の小遣いには十分な額だと思う。
「こ、こんなに」
「悪い話じゃないでしょう」
「……駄目ですよ、シャルロット様。このお金は戴けません」
「どうして!」
あーもう、黙って受け取ってくれればいいのに。
「ノート一つでこれは貰いすぎです」
「でもでも! そしたらエマとショッピングに行けないじゃ無い!」
「シャルロット様……」
俺が駄々っ子みたいにわめくと、エマはじっと俺を見た。
「シャルロット様の気持ちは嬉しいです」
「じゃあ……」
「そしたらこうしましょう、ノートだけじゃなくて家庭教師もします。それでも多いですね……そうだ、そこの中庭の草むしりもします」
「それでこのお金を受け取ってくれるのね」
これってエマは俺のところでバイトするってことだろうか。
その対価としてお金を受け取ってくれるというならまあ……いいか。
「じゃあ早速、今日の復習をしましょうか」
「う……ええ、頼みましたわ」
そんな訳で俺はエマと一緒にやりたくもない語学の学習をすることになったのだった。
「ふうー!」
「今日のところはここまでですかね」
二時間ほどテキストと向き合って、ようやく俺はエマから解放された。
「お茶でも飲みましょう」
とにかく疲れたぜ。喉がカラカラだ。
「あ、シャルロット様は休んでいてください。私は草むしりをしてきます」
エマは疲れも見せずに中庭に向かっていってしまった。
「なぁマイア、これでいいのかな」
『エマは実家からの仕送りはほとんどないそうです。あっても参考書なんかに使ってしまうみたいですよ。仕方ないですの』
「そっかあ」
『グレヴィ家の台所はかなり厳しいみたいですの』
「大変なんだぁ」
とにかくこれでエマと一緒にショッピングに行けそうだ。
エマ、がんばって王子を射止めろよ。
そしたらお金の心配なんてしなくてよくなるからな。
そして週末がやってきた。
アンが選んでくれたブルーの外出用ドレスを身に纏い、俺は待ち合わせの校舎の門へと向かう。
「急がなきゃ……みんなを待たしちゃう」
『待たしていいのですよ。悪役令嬢なのですから』
「そうなの?」
悪役令嬢ってほんと……訳のわからん生き物だな。
「シャルロット様ー!」
校門のが見えてくると、俺の姿を見つけたカトリーヌが嬉しそうな声をあげる。
「ああ、今日のお召し物はまた……素晴らしいですわ」
グレースはうっとりとして口元を隠した。
「モンブリーの織り地にワーズ産のレース……さすがの一級品ですわね」
ソフィアが眼鏡をくいっとあげてじっくりと俺のドレスを見ながらそう解説する。合ってるかどうかは知らんけど。
「外出は久々だなぁ」
「あんまりハメを外してはいけないよ、ディーン」
「その言葉、そっくりそのまま返しますよ、王子」
そう小突き合っているのはディーンと王子だ。
「さあ、いきましょうか」
カトリーヌがそう俺を急かす。でも待って。
「お待たせしました……!」
その時、エマが息を切らせながらやって来た。着ているのは女の子らしい可憐なピンクの外出用ドレス。
もちろん俺、シャルロットの古着だ。
「あーら、エマ。あなたお小遣いがなくて不参加だったんじゃなくて~?」
カトリーヌが底意地悪そうにエマを問い詰める。
「はい、あの……それはなんとかなりました」
「ふん、まさか盗んだんじゃないわよね」
グレースもまた鋭い目つきでエマを睨み付ける。
「そんなことしてません! シャルロット様の家庭教師と庭の草むしりをして、対価を得たのです。そのお金で今日は買い物を……」
「ほほほ! シャルロット様に家庭教師? おまけに草むしり?」
ソフィアが大笑いをして俺を見た。
「「「シャルロット様もお人が悪いわぁ!」」」
「シャルロット様に家庭教師なんて必要ないのに!」
「仮にも貴族令嬢が草むしり……!」
「ざまぁ……こほん、お気の毒ですことー!」
取り巻きズはやんややんやと楽しげである。まあ好きに言いたまえ。
「はいはい、いいからもう行くわよ」
「「「はぁい♡」」」
きゃっきゃっと姦しく、取り巻きズと俺達は馬車に乗り込む。
この馬車はレオポルト王子が用意したものだ。
車体の脇にどでかく王家の紋章が描かれている。
「さてお嬢様がた、出発だよ」
ひひん、と馬が一声いなないて馬車は走り出した。
この学園は静かな環境を保つ為に街からは少し離れている。
今回行くのはモンルーズという街で郊外のそこそこ大きな街だ。
東京でいったら国分寺とかそのへんみたいな感じだと思う。
「さあ付いたよ」
王子に手を引かれて馬車を降りると、ずらっと店舗が建ち並んでいる。
ここがモンルーズの目抜き通りらしい。
「人がいっぱいね」
「ああ、今日は市場があるみたいだよ」
「市場……?」
「ああ、近郊の農作物や特産品の屋台が広場に出ているはずだ」
へぇ! いい時に来たな。
キョロキョロとあたりを見渡す。
牛丼屋もコンビニもない。まるでヨーロッパの古都のような雰囲気だ。
「シャルロット様、さっそくですが私のお気に入りの小物屋さんに行きませんこと」
「ああ、そうね」
そういえばそんな約束をしていた。
俺たちはカトリーヌの案内である店の前まで来た。
「ほら素敵でしょう?」
そこにはいかにも女の子が好きそうなブローチやヘアピン、リボンなんかのアクセサリーや小物入れ、ハンカチやストールなんかが陳列してあった。
「そうね」
俺はそう答えたけれど、俺……男だからなぁ。
取り巻きズが歓声を上げてあれも欲しいこれも欲しいと言っているのをただただ、うんうん頷いているだけだ。
そういやエマはどうしている?
「エマ?」
「あ……」
その時、エマは小物の売り場を前にしてじっとヘアピンを見ていた。
それは七宝焼きの四ツ葉のクローバーのデザインで、控えめなところがエマに似合いそうだった。
「それが気に入ったの?」
「えっと、素敵だなって思いますけど……別になくても」
エマはそう言うとすっと棚にヘアピンを戻した。
えー、お金なら渡したじゃないか。買えばいいのに。
「私には少し華美かなって」
「そんなことないわよ!」
改造前のあの貧相なエマだったら悪目立ちもしただろう。
だけど今のエマはそこら辺の一般生徒よりもずっと可愛い。
俺とアンの言いつけ通りに手入れを欠かさない焦げ茶色の髪は艶やかでサラサラとなびいている。
「ほら……こんなに似合うのに」
「そっ、そうですか?」
「うん、自信を持って。エマは可愛いよ」
エマの髪にヘアピンを当てると、エマはぽっと顔を赤らめた。
それを見た取り巻きズはぽかんとしてこちらを見ていた。
「いいね、それは私がプレゼントしよう。カトリーヌ、グレース、ソフィア。君たちにも一つ買ってあげるから選びなさい」
「「「わーい」」」
「……そんな悪いです」
取り巻きズは無邪気に喜び、エマは申し訳なさそうにした。
そんなエマに王子はパチンとウインクする。
「いいかいエマ、女性になにかプレゼントをするのは男の喜びなんだ。奪わないでくれよ」
まー、王子みたいな男ならそうでしょうね。
俺は何選んでいいか分かんないし、そもそも男子高校生の懐事情なんてお寒いものだしプレゼントは苦手だ。
「で? 肝心のシャルロットはどれがいいんだい?」
「えっと……じゃあこれを……」
俺は適当な小物入れを王子に渡した。
「良かったわね、エマ」
「……はい」
エマは包んで貰ったヘアピンを大事そうに握りしめた。
うんうん、これは好感度が上がったのではないかな。
よし!!!!




