13話 王様ゲーム
その時だった。バッターンと派手な音を立ててドアが開いたかと思うと、真っ赤な絨毯が地面をゴロゴロと転がってきた。
「うええっ!?」
そしてそれを踏みしめながらやって来たのは、やはりレオポルト王子だった。
「やあ」
「や……あ……」
思わず俺が絶句してしまったのも無理はない。
王子は上半裸に白い腰巻きをして、真っ白な毛皮を纏っただけの姿だった。
へ、変態だーーーー!
「まあ~レオポルト王子……」
「随分と刺激的な天使様ですこと……」
「これはこれは……」
取り巻きズも思わずドギマギしている様子。
普段運動に勤しんでいる訳でもないのに引き締まった腹筋と盛り上がった胸筋。
確かに着こなしていると言えばそうなのだが……やりすぎではないだろうか……。
「ごきげんよう、シャルロット。そしてエマ。素敵な会場じゃないか」
「レオポルト王子も……す……素敵ですわね?」
俺はひくつきながらなんとか答えた。その横で、エマは冷静に返す。
「王子のコンセプトは一体何ですか?」
「ああ、これかい。自然そのもの、ってところかな」
にっと笑った王子の白い歯がきらりと光った。
なんなのかな。一見馬鹿にしか見えないのに妙に様になるのは顔がいいからか。クソッ。
「レオポルトは随分大胆だね」
「ディーン……」
気が付くとディーンもいつの間にか来ていた。
彼は白いフリルのピエロみたいな格好でいる。
「僕はこの天使の王様に仕える道化だよ」
「そうですか」
なんでもいい。服さえちゃんと着ていてさえいれば。
「そ、それではお茶会を始めましょうか」
俺が手を叩くと、お菓子とお茶が運ばれてきた。
「わぁ、マシュマロが乗っているのね」
雲のかたちのケーキや星のクッキーを戴きながら、和やかに歓談が進んで行く。
「エマはこの詩集を読んだのかい?」
「はい」
「どう思った?」
「とても優美で幻想的だと思いました」
「うんうん、そうだね」
よし、王子とエマの会話も弾んでいるな。にししし。
俺が密かにそうほくそ笑んでいると、ポンポンと肩を叩かれた。
「いいのかい、シャルロット」
「ディーン……?」
「君の大事なレオポルトを取られちゃってるぞ」
「いいわよそんなの」
対外的には婚約者でも、俺はレオポルトがどうなろうと知ったことではない。
ああそうだ。ディーンとは仲良くしなきゃ。俺に惚れさせなくちゃいけないからな。
「ディーン、なにかおしゃべりでもする?」
「いいのかい、そんなこと言って」
「ディーンと話す方が楽しそうだもの」
「……」
俺がそう言うとディーンは黙り込んでしまった。
うーん、ちょっと露骨すぎただろうか。
「覚えてるかい? 俺達がはじめて会った時の頃……」
「え?」
「王宮の庭で迷子になった君に会った時、本当に天使かと思ったんだ」
「……そうでしたの」
「そして次に会った時、君はもう王子の婚約者だった。だから今日の俺は道化なんだ」
ディーンが少し悲しそうな顔をして俺に囁いた。
あれ? もしかしてディーンって……もうシャルロットのことが好きなのでは?
そしたら王子の間に割って入ってエマを取り合うってのはどうなるんだ?
と、ふと視線をずらすと王子と喋っていたはずのエマが取り巻きズに囲まれて壁際に追い詰められている。
「ちょっと、こんな素敵なお茶会あなたの力で出来るはずがないわ」
「ズルしたでしょう?」
「シャルロット様がお優しいのをいいことに手柄を盗むつもりね」
ああ、ああ……。分かり安い嫉妬だな。
「皆さん、そんな所にいないでゲームでもしません?」
「「「あっ、シャルロット様!」」」
「ゲームってなんですの?」
「そうねぇ『王様ゲーム』でもしませんか」
「『王様ゲーム』?」
俺の偏った知識では合コンといったら王様ゲームなのだ。
「くじを引いて、当てた人が王様になってなんでも命令できるのよ」
「あっ、そしたらいいものがありますよ、シャルロット様」
「なあに?」
急に手を挙げたエマが俺に耳元に囁いた。ひゃっ……くすぐったい……ではなくて!
「それはいい考えね。準備してちょうだい」
エマが奥にひっこむ。するとしばらくしてカップが運び込まれてきた。
「こ、これは……」
取り巻きズが目を見開く。
そこには綿飴の入ったカップが並んでいた。
「さあ皆さん、このカップに一つだけ王様のしるしが入っています。ひとつづつお取りください」
それぞれがカップを手にすると、メイドがそこにお茶を注いだ。
するとぷかりとチョコレートで数字の書かれたクッキーが浮かんできた。
「自分の駒を相手に見せては駄目よ。さ、王様だーれだ」
俺が声をかけるとグレースが手を挙げた。
「……はい」
「では命令をしてみて」
「えー……とでは、3番は次の王様が決まるまで語尾を『にゃん』にしてください」
グレース、初めてにしてはいい命令をするじゃないか。
じゃあ3番は誰だ?
「わたくしです……にゃん」
俺だった……しまった……。にゃん。
「ふふふ、かわいいよシャルロット」
「いやですにゃん、からかって……にゃん。それでは次のくじをひきましょうにゃん」
次のカップが運ばれてくる。次は白い薔薇の花びらで埋め尽くされていた。
そのカップから今度は紙を引っ張りだす。
「さて、王様だーれにゃん」
そう言ってカップの中を探ると王冠のついたゲームの駒が出てきた。
おっ、これは俺が王様か!
「私のようですわね」
「お手柔らかに頼むよ」
うーん、どうしよう。ちょっと色っぽいことを言ってみよう。
「それでは……二番が四番を抱きしめて『好きだよ』と耳元で囁いてください」
「そうきたか」
「ふふふ……では二番は?」
俺がそうみんなに振ると、誰も手をあげない。
どうしたんだ、と見渡すとエマが顔を真っ赤にして俯いていた。
「エマ?」
「……二番は私です」
ありゃ、男子にあたるとよかったのに。
じゃあ四番は……?
「俺だ」
ディーンがぶすっとした顔で答えた。
「ええ……」
どうしよう、王子とエマとをもっとくっつけたかったのに、別の男だとは。
ああ、これが当て馬の運命なのだろうか。
「ゲームだぞ、ディーン」
「わかってるよ」
「さあ、エマ。ディーンが待ってるぞ」
俺が内心で嘆いている間に、レオポルト王子がノリノリで進行している。
「し、失礼します」
エマはようやく決心がついたのか、ディーンの背後に近づいた。
そして後ろから抱きつくと、その耳元で蚊の鳴くような声で呟いた。
「す……好きで、すぅううう……」
「くっ……」
ディーンの耳が赤く染まっている。
「も、もういいだろうっ」
「あっ、はい失礼しました!」
「ふう……」
ディーンの声にエマはパッと離れると顔を覆った。
「ディーン、女性にその態度はないと思うぞ」
「王子、からかわないでくれ」
ディーンはいらいらとした口調で王子を責め、ふいっと目を逸らした。
少し空気が悪くなった中、エマは今度はカップに金平糖を満たしてもってきた。指先で探ると、中にはボードゲームの駒が入っている。
それにしてもエマは機転が利くな。俺が急に言いだした王様ゲームを、別に打ち合わせをした訳でもないのにこんな風に色々とみんなが楽しめるように工夫をするなんて。
俺はすっかり感心してしまった。
「王様だーれだ」
「私だ」
「レオポルト王子」
「では私と5番がキス。もちろん唇にだよ」
ええーっ、何言ってんだこのエロ王子!!
王様ゲームの神髄を本能で察知したのか!!
「五番は?」
俺がキョロキョロと見渡すと、ディーンががっくりとうなだれていた。
「ディーン……もしかして」
「そうだ……」
五番を見事当てたのはディーンだったらしい。引きが強いぞディーン……。
「あっはははは! せっかくシャルロットにキスして貰おうと思ったのに、ディーンが!!」
その姿を見た王子は爆笑している。
「よーし、ルールはルールだ。ディーン、おいで」
「まじかよ」
ディーンは渋々といった感じでレオポルト王子の隣に座った。
そしてその唇が近づいていく……。
「はあああああああああっ!!」
その様子を見ていたソフィアが目を回してひっくり返った。
「あー……ごちそうさまでした……」
そううわごとを言いながら。ごちそうさまって何!?
ここ以前を全面的に改稿しました。
続きを読むのには支障ありません。
よろしくお願いします。




