第039話 フミ村へ
前回のあらすじ
サローヌ、良い街だな。
せっかくだから、ミリナの村まで行ってみるか。
「お、ちょうど良い所にいた。学校は休まなかったのか?」
「はい、今日も魔法の実験してました。楽しいから毎日来たいぐらいです」
少し微笑むその様子は、彼女も学校生活を楽しんでいるようだった。ミリナの性格から、シドム達のように学校で友達と騒ぐタイプではなさそうだ。でも勉学や知的好奇心を満たせる場所として、学校の居心地は良いのだろう。
「シドム達は?」
「普段は科が違うから、あまり会わないです。ただ、おそらく今日は休んでると思います。昨日は夜中まで歌いっ放しだったし」
「まあ、そうだろうな。話は変わるんだが、お前の村に行ってみたいんだ」
「え? フミ村にですか?」
「ああ。ギムに頼んで業者を手配してもらっている。難所があると聞いたけど面倒なのか?」
ミリナは考え込むような表情になり、しばらく無言だった。
「……あの村は、よそ者を近づけないんです。じゃあ、私も一緒に行きます」
「良いのか? 明日も学校あるんじゃないのか?」
「キャフ師の為なら休みます!」
言ってる事がさっきと違うけれど、来てもらえるなら助かる。
「じゃあ、わたしの寮まで一緒に行きましょう」
「何で?」
「手紙を出すんです」
ミリナの言うがままに、3人は付いて行った。寮は高校の側に位置し、当たり前だが男子と女子で別々だ。男子寮は開放的で建物も外から見えるが、女子寮は高い壁で囲われている。キャフは受付のおばさんにジロジロ見られつつ、恐縮しながら中に入った。
「じゃあ、屋上に」
何があるのか未だ分からないけれど、階段を上って付いて行く。扉を開けて屋上に出ると、そこには人の背丈ほどの大きな鳥小屋があって、中には鳩が数羽いた。ミリナになついているのか、クルックーと一斉に鳴き始める。
「明日の早朝で、良いですか?」
「あ、ああ」
「じゃあ」
と言ってミリナはノートを取り出し、紙に何かを書くと鳥小屋に入り、鳩の足に結びつける。三羽ほど同様に結びつけると外に出し、「ほら!」 と言って鳩を開放した。三羽ともに大空の中を飛び立ち、フミ村のあると言うウラナス山の方へと向かって行った。
「伝書鳩、使ってるんだニャ」
「あそこなら、これが一番確実なんです。明日の朝六時、ここに来て下さい。あと、冒険するときの格好でお願いします」
「へえ」
「すまんな」
「いえ、キャフ師の頼みなら、何でも聞きます!」
「しかし、朝六時とはえらく早いな」
「街の皆様を驚かせたくないんです」
「何でニャ?」
「それは明日言います」
ミリアの部屋でお茶でも飲みたいが、長居したら変質者として騒がれるだろう。
そそくさと3人は退散し、泊まっている城の部屋へ戻った。
「フミ村、観光案内にも書いてないニャ〜」
地図を見返し、ラドルが言う。
「どうも、ウラナス山は活火山らしいな。周囲に沢山ある池は、過去にあった火山活動の名残だろう」
フィカが地形を読み取り、解説した。
「はえ〜そうニャのか〜」
「村の記載が無いぞ」
「地図に無い街なんて、どこにでもある。オレが知ってる魔法村も地図に無い」
「それだけ知られてない、て訳か」
「知られたくない、て可能性もある」
既に夕方だが領主の間を訪れるとギムはおらず、朝の執事が1人で居た。若いが有能そうだ。聞くと会議が長引き、終わりが何時か決まってないらしい。仕方ないから、『ミリナにお願いしたので、フミ村行きの業者手配は必要ない』とギムに言伝るよう頼む。
「そうですか、実は助かりました。引き受ける業者が、まだ見つかってなかったのです。出発は何時からですか?」
「明日だ。何時帰って来るかは分からない」
「承知しました。部屋はそのままにしておきます」
「ありがとう」
夕飯は、豚肉の塩漬けと米も入った野菜の煮込みスープだった。単純な料理だが沢山あるので、明日への力が湧いてくる。お酒は飲まず、3人は旅の用意を入念にして眠りについた。
翌朝早朝。大きな荷物袋を背負った3人が、指定場所で待つ。ほぼ定刻通りにミリナが現れた。彼女だけ、魔導服とは違う赤い派手な衣装を着ている。手縫いで丈夫に作られた見映えは、冒険にも使えそうだ。
「キャフ師も魔導服を買ったんですね」
「まあな、買って来たばかりだから、丁度良かった」
「ミリナは違う服だけど、それは何ニャ?」
「村の伝統衣装なんです。里帰りですから」
「オレ達に冒険用の服を着させるって事は、モンスターが出るのか?」
「いえ、防御力が上がるから,多少の保険にと。万が一です」
そんな会話をしながら、4人は町外れまでやって来た。ここから先は一本道で、山の麓まで田畑が延々と続いている。だが来てみても、ミリナの言う待ち合わせ相手は見当たらなかった。
「ここで良いのか?」
「はい、少し遅れてるようです。あ、来ました!」
ミリナが言うので目を凝らしてその方向を見ると、黒い動く点がどんどん大きくなって近づいて来る。そしてダダダダダッと勢い良く疾走するその姿を見て、3人は驚いた。
とても巨大な狼が、人を乗せている。
この前闘ったモンスターである灰色狼より、一回り大きい。それが四頭。フミ村の人らしき女性3人と男性1人が、それぞれ手綱を持って操っている。
背中にある鞍は2人用で、鐙も備えている。彼らもミリナと同系の衣装を着ている。活動しやすそうだが、本革の生地に繊細かつ華麗で色彩豊かな刺繍が縫い付けられており、豪華な装いだ。三から五ガルテの値打しかないキャフの私服に対し、イディアでなら彼らの服は五百ガルテくらいするだろう。
あれだけ激しく動く狼を操って来たのに、一つも息を乱していない。流石である。
「狼?」
「はい、これに乗せてもらいます」
「やあミリナ、元気だった?」
顔馴染みらしい女性が、ミリナに話しかけた。その女性の耳は犬型で、獣人だ。まだ若く、ミリナより少し年上か。新興の街だからか、サローヌでは人間しか見かけない。ミリナの気遣いは、そういった所もありそうだ。
「ターニャ、ありがとう」
「じゃあ、おっさんはこっちに」
「ああ」
男性1人も犬の耳をしていて、もう女性2人は人間だ。どうもフミ村の人間は、獣人と人間が共存しているらしい。荷物を乗せても十分に広い乗り心地で、長旅にも耐えられそうである。
「じゃあ振り落とされないようにね!」
ミリナと一緒に乗る女性が声を上げると、狼四頭が山へ向かって走り出した。遥かに広がる田園地帯を疾走し、小さく見えていたウラナス山が、みるみるうちに巨大になっていく。
「フニャ〜!!」
ラドルが悲鳴を上げる。キャフも舌を噛まないように必死になる。その点フィカは馴れたもので、平然として乗っている。
「あれ、道細いけど大丈夫か?」
麓にある山道を見て、キャフは気になった。
「気にしない、道なんて行かないから!」
そして四匹の狼達は、山の岩肌を飛び跳ねるようにして、軽やかに駆け進む。まるで風になったような気分で、気持ちがいい。ただ高度があるせいか、少々息苦しく感じる。
ゆさゆさ揺られて振り落とされないように必死にしがみつくキャフとラドルに、周りの景色を見る余裕は無かった。だが山を越え崖の上に出ると、四匹は一旦停止する。
眼下には、今までとは異なる風景があった。




