第032話 凱旋
前回のつづき
ミリナちゃんの闇は深い。単なる酒乱かもしれないけれど。
「ですから、既に旧道の捜索隊は解散扱いとなりました。通達はご覧になってないのですか?」
聞き耳を立てていたので、受付嬢の声はキャフとラドルにも聞こえた。
「暫く生息域に居たからな。理由は?」
「モンスターの襲撃が多くなり過ぎ、捜索隊では防衛不可能になったのです。女王陛下の勅命です」
「そうか……」
フィカは呆然として、しばらく立ち尽くしていた。恐らく、モンスターの襲撃はキャフ達だけでは無かったのだろう。そうすると、捜索隊では無く軍の再配置が必須だ。判断は適切と言える。
フィカは気を取り直すと、「では、私の職は?」と受付に聞く。
「残念ながら、別地域の捜索隊に就職活動をしていただくか、他の職を探してもらうしか……」
言いづらそうに言う彼女だが、つまりはクビである。ただ彼女しかいない受付を見るに、恐らく既に退職した職員も多いはずだ。このご時世、定職など無きに等しい。フィカはそれ以上何も言わず、キャフ達の下へ戻って来た。
「捜索隊、無くなったのか?」
「ああ、どうもそうらしい」
「これから、どうする?」
「そうだな……」
フィカは、途方に暮れていた。キャフも少し前に同じ状況になったから、彼女の今の心境が痛いほど良く分かる。ただ彼女ほどの剣技であれば、引く手数多だろう。心配するほどでは無いのかもしれない。
「フィカ姉さん、一緒にモドナに行こうニャ?」
ラドルが、一生懸命嘆願した。
こうなると、フィカもまんざらでは無いらしい。
「まあな……とりあえず、今はお前たちと行動を共にしよう。シドムの親にも興味あるしな」
「やったニャ! 嬉しいニャ〜♡」
ラドルは尻尾もふりふり喜んでフィカに抱きついた。この旅の間も、頼れるお姉さん的な立ち位置の彼女だ。来てもらえると、道中何かと助かる。ただこれ以上は己の大事な箇所が痛まないようにと、願うキャフであった。
「そう言えば、お前はシドムの父を知っているのだろう?」
「ああ。だがあいつの前では、伏せておいてくれ」
「そうだろうと思っていた。だが何故だ?」
「まあ俺にも、少しはプライドがあるのさ」
以前のような魔導師としてなら、気にもならなかっただろう。今置かれている境遇を顧みると、自分がどんな顔をして過去の友と会えるのか、少し不安で複雑なキャフであった。
「やったぜ〜!! レベルアーップ!!」
捜索隊支部を出ると、シドム達が丁度出て来た。確かにラベルの色が皆一段階変わっている。倒したモンスターの数や宝物を考えれば妥当だろう。
「おっさん、ありがとな。俺達は実家に戻るけど、一緒にどう?」
「ああ、時間もあるし、お邪魔させてもらおうか」
「フニャ」
「じゃあ、馬車の用意するから、皆ちょっと待っててくれよ!」
そう言って、シドムは待ち合い馬車の方へと向かった。
「あ、あの……」
ミリナが、少し俯きながらキャフ達に話しかけて来る。あんな事が無ければ何時もの調子で話せるのだが、もう元には戻れない。ラドルは明らかな警戒モードで尻尾も逆立ち、キャフもやや身構えた。
「き、昨日は私、何かやっちゃったみたいで…… すいませんでした……」
「ま、まあ気にするな」
キャフは気を遣って言った。
「す、すいません……」
反省しているのか二日酔いなのか、ミリナは何時もより増して大人しくしていた。ただやや寂しげな顔は、何か思い詰めているようでもあった。
「お、またせー!! 行きと違って7人乗りだから、ちょっと手間取ったよ!」
そういうシドムが皆を連れて行ったのは、道の駅にある中で一番上等な馬車であった。二階建てになっていて、上はテラス席だ。今日は上天気だから気持ちいいだろう。
「これ、運賃高くないか?」
あまりにも豪華な馬車に、少しキャフは心配した。
「だーいじょうぶ! 着いたらオヤジが払ってくれるから!」
あのギムが……と、キャフは感慨にふける。元々ギムは、お金持ちでもなんでもなかった筈だ。それが息子がこんな贅沢をできるくらいになったのだから、商売上手だったのだろう。何に手腕を発揮したのかは謎だが、冒険仲間がその後も活躍している様子を聞くのは悪くない。
荷物を全て詰め込んでも余裕がある座席に皆が座り、馬車は出発した。座席はフカフカで、座り心地も最高だ。揺れも殆ど感じない。飲み物のサービス付きで至れり尽くせりである。
シドム達は二階席に上がり涼んでいる。ビールもあるが、流石に遠慮した。
一時間ほどで経っただろうか。
「ほら、サローヌに来たよ! 上がっておいでよ!」
アーネが言うので、3人も二階席に上る。
「うわ〜」
そこは門があり、『ようこそサローヌへ!!』と大きな文字で書かれている。
そしてぬけた後の道の両側に、緑映える田園地帯が延々と広がっていた。
「気持ち良いニャ〜」
「確かに」
「ミリナの村は、どの辺なんだい?」
「あ、あの山の更に向こうなんです」
その山は、ここから遥かに遠い場所にあった。行くならば、あの山を越えねばならない。険しそうだ。キャフは通魔石に興味を持っていたが、簡単には行けないと知り少し躊躇した。
「あ、あれが俺んち!」
そう言ってシドムが指差す先にあったのは、キャフの家よりも豪華な青い壁で築かれた城であった。まだ距離があるにも関わらず、かなり大きく見える。手前には街があり、馬車が入って行くと道ゆく人達は馬車にいるシドムを見て、熱烈な歓迎をした。
「シドム様だ! お帰りになられた!」
「シドムー!! こっち向いて!」
「キャーーー!!」
馬車周辺がたちまち人だかりとなり、5メートル進むのにも難儀した。シドムは馴れたものなのか、道ゆく人達全員に手を振って応えている。まるでちょっとしたアイドルだ。
「かなりの人気者なんだな」
「そうよ。私の旦那だもの」
平然と言うアーネも、相当なお金持ちなのだろう。
やっと城壁で囲まれる外堀まで辿り着き、門が開かれる。残念ながら、ここから先は関係者以外立ち入り禁止らしい。馬車は先を進み、ようやく内堀の橋を渡って王の住む居館へと到着した。




