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第185話 出発

前回のあらすじ


え、女王と2人きり?!

「……あの頃が、懐かしいですね」


 4人の様子や最近の話をしている最中、ルーラ女王は唐突に呟いた。

 キャフを見るともなくどこか遠い目で、何かを思い出したようだ。


「あの頃って? オレ達が来てからか?」

「いえ、違います」


 キャフは意味が分からなかった。キャフと女王の関わりといえばその頃からしか覚えがない。ルーラ女王は、キャフを見つめて微笑みながら言った。


「キャフ様達が、アースドラゴンを倒して戻って来た時ですよ」

「あ、ああ」


 それを言われてキャフも納得する。結婚を迫られた時にも同じことを言っていた。幼いルーラ女王との出会いをキャフは忘れていたが、彼女にとっては美しい記憶だったらしい。


「アースドラゴン征伐の宴は、初めて参加した公式行事でした。だから、とてもワクワクしていたんですよ。ドラゴンを倒した勇者達ってどんな人だろうと、前の日は興奮で眠れませんでした」

「そうなんだ」


 アルジェオンの冒険者で、ドラゴン征伐レベルのクエストを成功させたパーティーは稀だ。キャフ達以降でもせいぜい二つぐらいしか聞かない。


 若かったキャフは無我夢中だった。

 凄い事を成し遂げたと自覚したのは、周りの反応からだった。


「実際に会ったら予想と違って驚きました。勇者サムエルさんは王家の騎士団より遥かに体格が良かったですが、礼儀正しくて子供の私にも優しく接してくださいました。ギムさんもあの通り優しい心の持ち主ですし、シェスカさんも完璧なレディでした。キャフさんは、ちょっと子供っぽかったですけどね」

「まあ、オレは初めての経験だったからな」


 くすりと笑うルーラ女王に、顔を赤くしながらキャフは答える。


「冒険者はならず者が多いと聞かされていたので、イメージがすっかり変わったんです。ただ晩餐会そのものは独りぼっちで、思ったより楽しくなかったですね」

「まあ、そうだろう。ああ言うイベントは、大人達のためにあるもんだ」

「そうですね、それに私、学校でも浮いた存在で友達いなかったんです」

「そうだったのか」


 将来の女王であるから周りも色々気を使ったのだろう。

 運命とはいえ、子供にとっては酷である。


「だからキャフさんが遊んでくれて、とても助かりました。魔法を使っての隠れんぼや鬼ごっこ、初めてだったから凄い面白かったです」

「オレもああ言う会は苦手だったからな。あんたがいてちょうど良かったよ」

「今も苦手みたいですね」

「まあな。しかしドラゴンが皇子に転生するとは思わなかったな」

「はい、それも驚きでした」


 2人とも、苦笑いしていた。


「お父様もまだ元気で、私も自分の境遇に気づくことなく穏やかな日々で、今思えば、幸せでしたね……」


 そう言うルーラ女王の顔は、再び陰る。その様子は心ここにあらずで、やはり以前のルーラ女王とは異なっていた。


「……お前、女王を辞める気なのか?」


 返答を聞きたくないが、キャフは聞かねばならない。

 ルーラ女王はキャフから目を逸らし、俯いた。 


「……マドレーから聞いたのですね。彼は良くやっています。タージェ評議員長のお気に入りで今までの功績があるから、きっと将来然るべき地位につくでしょう」

「あいつは有能だからな。だがリル皇子に任せる訳にもいかないだろう」


 ルーラはキャフの説得には返事をせずに席を立ち、机の方へ向かった。そこには彼女の趣味の本や、アクセサリーが飾られている。ギャルでピンク色が好きなラドルとは違い簡素なものばかりだ。ただ価値はこちらの方が遥かに上だろう。


「この子どうしてるかしら…… 約束、破っちゃいましたね……」


 机に飾られた熊の藁人形を見て、ルーラ女王は呟いた。


「《雷の方舟》を見た時、あれで街が一瞬で消えると思うと耐えられませんでした。報告を受けましたが、モドナの件は未だ信じられません。本当にあの綺麗な街はもう無いんですね?」


「ああ、酷いもんだった。建物は、全て吹き飛んだ。死体を運ぼうと持ち上げたら炭みたいにボロボロと崩れたよ。それに地面に黒っぽい人型が何かがあると思ったら、影が焼き付いてたんだ。それぐらい《小さな太陽》の威力は、凄まじかった」

「……そんなに、ですか……」


 ルーラ女王は再び静かになり、席に戻る。


「責任は感じています」

「だからと言って今辞めても、アルジェオンの為にならないだろう?」

「……そうですかね……」


 心ここにあらずで、ルーラ女王はキャフの言葉が耳に入らないようだ。頭の中で考え事をしているのか、俯くだけでキャフに答える様子はない。少なくとも、辞めませんと言う意思表示はなかった。


 ドンッ!


 キャフはじれったくなり、机を叩いた。食器が揺れてガチャガチャと鳴る。ルーラ女王は驚いてビクッと反応し、顔を上げてキャフを見た。キャフは今まで見たことのない真剣な眼差しで、ルーラ女王を見つめた。


「ルーラ!!」

「は、はい?!」


 キャフの気迫に、ルーラ女王は驚いた。


「いいか、とにかくオレ達が戻って来るまで辞めるな! 何とかする!」

「は、はい……」


 キャフがそう言っても、まだ信じられないようだ。

 再び目を伏せ、どう答えていいのか悩んでいる。


「信じられないのは分かる。だがオレは魔導師キャフだ。必ず何とかする。アルジェオンの為にも、辞めないで待っててくれ。いいか、必ずだ」


 キャフの熱心な説得に、ルーラ女王も心動かされたようだ。

 顔を上げ、キャフを見た。目はやや涙ぐんでいた。


「……分かりました。必ず帰って来てくださいね」

「ああ、約束する」


 お茶も飲み終わり話も一通り終えたので、キャフは席を立った。


「お帰りの馬車は?」

「飛んで帰るから、別に良い」

「そうですね。立派な魔導師さん、ですもんね」

「あ、ああ」


 さっきは啖呵を切ったキャフだが、そう言われると恥ずかしくて少し顔が赤くなる。それを見て、ルーラ女王はやや元気を取り戻す。いつもの出入り口まで、ルーラ女王はキャフに付き添った。


「じゃあ」

「行ってらっしゃい」


 簡単な別れの言葉で、キャフは城を出た。


      *    *    *


 帰ってくると4人もまだ起きている。

 キャフの面持ちを見て、誰も質問はしなかった。


「馬車も、アトンで軍の払下げを買って来た。準備万端だ」


 フィカが報告する。


「分かった。じゃあ明日出発するぞ」


 そう言い残して、キャフは自分の部屋に行った。

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