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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み  作者: 橋本 直
第二十六章 『特殊な部隊』の再始動

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第75話 通勤戦線異状あり

「早く開けろ。暑いんだから」 


 カウラの『スカイラインGTR』の前でかなめが呟く。またため息をついたカウラはロックを開いた。カウラは助手席のドアを開き、シートを倒すとそのまま後部座席に滑り込む。


「こっち来い!」 


 そう言うとかなめはサイボーグならではの強い力で誠を後部座席に引きずり込んだ。

挿絵(By みてみん)

「そんなに強く引っ張らなくても……」 


「がたがた言うな!カウラエンジンかけろ、それから窓も開けるんだぞ!」 


 かなめの言葉に少し不愉快そうな顔をしながらカウラはエンジンをかけ、そのまま窓を開けた。


「今の時間だと駅前に向かう道は全部ふさがってるわね。裏道で行きましょ」 


 アメリアはそう言いながらナビを設定している。


「そうだな。引越しした直後に遅刻と言うのもつまらないからな」 


 そう言うとカウラの『スカイラインGTR』はすばやくバックし、そのまま切り替えして駐車場を出た。


「狭いなあ。カウラ、車変えろよ。パーラみたいにでかい奴に」


「私は公道での走行性能重視だ。余計な装備は一切要らない」


 カウラはかなめの提案に冷たくそう言い放った。

 

「それでこの後部座席かよ……せめて『ハイエース』にしてくれ……アタシ等も護衛として乗るんだぞ。あれなら軽機関銃くらいは積める。少しは考えろ」


 かなめは後部座席の狭さにそう言って苦笑いを浮かべた。かなめの言葉を無視してカウラはアクセルを吹かす。後ろを覗き込んでかなめと誠が密着しているのを見てアメリアは気に入らないというようにこめかみを振るわせながらバックミラー越しに二人を凝視していた。

挿絵(By みてみん)

「あら、かなめちゃん、ラブラブごっこできるじゃない?」


 視線の意図を悟ったかなめが、即座に誠の足を踏みつけた。


「痛いですよ!西園寺さん!」


 誠は痛みの叫びをかみ殺してそう叫んだ。


「空が高いや。空気は夏の気温だがもう秋かねえ」 


 痛みにうずくまる誠を見ながらかなめは外からの風に短めの髪をなびかせていた。カウラは誠に同情するようにバックミラーの中で笑みを浮かべている。


「じゃあクーラーは要らないな」 


「おい、風情ってモノの話をしただけだ。ちゃんとつけろよ、クーラー」 


 かなめに言われなくてもカウラはもうすでにクーラーを動かしていた。


「こんな道あったんですね」 


 住宅街の中。大通りなら渋滞につかまって動けなくなる時間だと言うのに確かに回り道とは言えスイスイとカウラの銀色の『スカイラインGTR』は走る。


「このルートの方が早いのよ。まあ、誠ちゃんは原付だから渋滞とか関係ないものね。中央大通りを走れれば確かに一番早いんだけど渋滞があるから……」 


 アメリアは涼しげな目を細める、細い路地、他に車の姿は無かった。そして住宅街を抜けると一面の田んぼが広がっている。


「ここから先はどう行っても大丈夫よ。まあ、最後は菱川重工の正門で工場ラインの出勤組の渋滞につかまるでしょうけど」 


 アメリアが伸びをする。カウラはそのまま細い農道を飛ばしている。


「そう言えば今日はおせっかいな甲武海軍の面々とかもついてこないな」 


 大きなあくびをした後、かなめはそうつぶやいた。


「ああ、それらしい連中なら駐車場を出て住宅街の中で捲いたぞ」 


 あっさりとカウラはそう言った。


「カウラ、お前なあ。せっかくの甲武の税金使って護衛してくれるって言う連中捲いてどうすんだよ」 


 至極もっともなかなめの突っ込みにカウラが笑みを浮かべた。車は菱川重工豊川の正門へと続く通称『産業道路』に出た。トレーラーが次々と走っていく中、カウラはタイミングを合わせてその流れに乗った。


「何とか間に合いそうね。カウラちゃんこれ食べる?」 


 アメリアはガムを取り出し、カウラを見つめた。カウラはそのまま左手を差し伸べる。


「アタシも食うからな。誠はどうする?」 


「ああ、僕もいただきます」 


 ガムを配るアメリア。片側三車線の道路が次第に詰まり始めた。


「車だと通用門の検問でいつもこれだもんね。どうにかならないのかしら」 


「ここじゃあシュツルム・パンツァーや飛行戦車なんかも作ってるんだ。セキュリティーはそれなりに凝ってくれなきゃ困る」 


 工場前での未登録車両の検査などのために渋滞している道。ガムを噛みながらかなめは腕を組む。しかし、意外に車の流れは速く、正門の自動認識ゲートをあっさりと通過することになった。


 車は工場の中を進む。積荷を満載した電動モーター駆動の大型トレーラーが行きかうのがいかにも工場の敷地内らしい。


「誠ちゃん、よく原付でこの通りを走れるわね。トレーラーとかすれ違うの怖くない?」 


「ああ、慣れてますから」 


 アメリアの問いに答えながら、すれ違うトレーラーを眺めていた。三台が列を成し、荷台に戦闘機の翼のようにも見える部品を満載して大型トレーラーがすれ違う。四人の顔を撫でるのはトレーラーのモーターが発する熱風ではなくクーラーから出る冷気だった。カウラは工場の建物の尽きたはずれ、コンクリートで覆われた司法局実働部隊駐屯地へと進んだ。


「身分証、持ってるわよね」 


 アメリアがそう言いながらバッグから自分の身分証を出す。


「それとこれ、返しとくわ」 


 アメリアに彼女の愛銃、スプリングフィールドXDM40を渡した。


 車は工場の中を順調に進み、部隊の警備担当者のいるゲートへとたどり着いた。


「意外に早く着いたんじゃないの?」 


 カウラの車を見つけて振り返った警備の隊員が形ばかりの敬礼をしてくる。かなめは誠の身分証を受け取ると自分のものと一緒にカウラに渡した。


「すいません……身分証を……」


 その小柄な隊員がカウラのいる運転席をのぞき込んだ。


「おい!顔見てわからねえのか?このぼんくら!」


 最後に配属された誠はともかく、とにかくその問題行動で目立ちまくっているかなめ達の顔を覚えていないと言う隊員は一人もいなかった。


「すいません。この前の正体不明の敵に神前が襲われた一件で警備はしっかりとの本部からのお達しがあって……。手間をとらせてすいません。一応私達も公務員なんで上の指示が出たら……すいません」 


 カウラはそばかすの隊員に四人の身分証を詰め所の部下に渡す。彼が言うことが海で出たアロハシャツの襲撃者のことだと思い出して誠は苦笑いを浮かべた。


「しかし、大変よね、技術部も。全員チェックするようになったの?」 


 アメリアが身分証を取り出しながらそう言った。


「まあ……。同盟機構の政治屋さん達に一応姿勢だけは見せとかないと……菰田さんがうるさいんで」 


 アメリアの問いに警備任務中の技術部員はそう答えた。ゲートが開き、そのまま車が滑り込む。カウラはそのまま隊員の車が並ぶ駐車場の奥に進み停車した。


「もう来てるんだ、茜ちゃん……几帳面ねえ……親父さんとは大違い。ああ、あそこに停めてあるおんぼろ自転車。隊長も来てるんだ。まあ、あの人はお金が無いから家で寝るくらいしかすること無いから仕事してるんでしょうけど」 


 助手席から降りたアメリアが隣に止まっている白い高級セダンを見ながらそう言った。


 アメリアが言うようにハンガーの奥のバイクが並んだ駐輪場から少し外れた場所に古ぼけた自転車が放置されていた。


「そうですか……あれ、誰かの放置品だと思ってました」


 誠はいつもおいてある古ぼけた自転車を整備班の誰かが使い古して放置しているものと思い込んでいた。


「あれが隊長の通勤の足。『駄目人間』にはもったいないくらいだわ。歩けばいいのよ、歩けば」


 アメリアはそう残酷に言ってのけた。


「アメリア!遅いわよ!」 


 誠とかなめが狭い『スカイラインGTR』の後部座席から体を出すと、その目の前にはサラが来ていた。


「おはよう!別に遅刻じゃないでしょ?」 


 慌てた様子のサラに向ってアメリアが少し腹を立ててそう言った。


「おはようじゃないわよ!四人とも早く着替えて会議室に行きなさいよ!嵯峨筆頭捜査官がもう準備して待ってるんだから」


 サラはそう言い残すとそのままハンガーに向けて走り出す。 


「どこ行くの?サラ」 


「決まってるじゃないの!歓迎会の準備よ!新部隊『法術特捜』。茜さんの部下も来てるのよ。ちゃんと歓迎してあげなくちゃ」 


 とりあえず急ぐべきだと言うことがわかった誠達はそのまま早足でハンガーに向かった。


 ハンガーの前ではどこに隠していたのか聞きたくなるほどのバーベキューコンロが並んでいた。それに木炭をくべ発火剤を撒いている整備員。そんなコンロをめぐって火をつけて回っているのは島田だった。


「おう、神前。着いたのか」 

挿絵(By みてみん)

 コンロに火をつけていた島田が振り返った。その目の下にクマができており、顔には血の気が無い。


「大丈夫なのか?そのまま放火とかしないでくれよ」 


 かなめは冗談のつもりなのだろうが誠にはそうなりかねないほどやつれた島田が心配だった。


「西園寺さん大丈夫ですよ。火をつけ終わったら仮眠を取らせてもらうつもりですから」 


 そんな島田の笑いも、どこか引きつって見える。カウラもアメリアも明らかにいつもはタフな島田のふらふらの様子が気になっているようでコンロの方に目が向いているのが誠にも見えた。


「じゃあがんばれや」 


 それだけ言って立ち去るかなめに誠達はついていく。その先のハンガーには装甲板のはがされたランの『紅兎(こうと)』が立っていた。

挿絵(By みてみん)

「へえ、ハニカム装甲の間にあの『よくわからないアレ』を差し込むわけか」 


 かなめは感心した様子で第一装甲のはがされた『紅兎』を見上げた。


「『よくわからないアレ』って……法術を増幅する装置なんですよね」


 誠も詳しい説明を受けていなかったので『法術増幅システム』を『よくわからないアレ』としか表現できなかった。


「仕組みが分からねえなら『よくわからないアレ』としか言えねえじゃねえか」


 かなめの言葉にツッコんだつもりが逆に言い返された誠はただ黙り込んだ。


「歓迎会は月島屋じゃないんですか?ここでやるんですか?またバーベキューですか?」 


 誠は自分が配属された時の歓迎会が月島屋で行われたことを思い出してそう言った。


「あれは誠ちゃんがパイロットだからよ。サラ達が運んでいるものを見ればわかるでしょ?」 


 話題を変えようとした誠の問いにそう返すとアメリアはそのまま事務所につながる階段を上り始める。


「おう、おはよう」 


 大荷物を抱えたクバルカ・ラン中佐が立っている。いつものように小柄な体と比べて巨大に見えるトランクを引きずっている。


「その様子、出張ですね」 


 予算の無い『特殊な部隊』では出張もあまり無かった。


「まあな。地球圏の連中が主体となって法術対策部隊の総会をやろうってわけだ。オメーの活躍がアイツ等の目を開かせたんだろーな。西園寺、『ジュネーブ』って行ったことあるか?アタシは地球に両生類が発生したころに二度行ったきりで地球人の支配するようになった地球には行ったことがねーんだ。地球について少し教えてくれよ」


 いきなり地球の話題をかなめに振るのは彼女なら何度か行ったことがあるだろうとランも思っているんだと誠は再確認した。 


「確かにアタシは甲武貴族の特権で国交のない地球には二度言った事が有るが、スイスは機会がねえな。まあ会議を開くには向いてるところだって聞いてるぜ」 


「そうか。アタシは地球はこれで3回目だけど地球人類が生まれてからは初めてで……よく知らねえんだよなあ……イクチオステガはまだいるのか」 


 ランはそう言うと髪を軽く撫で付けた。そして、その言っている内容がとんでもないものであることは歴史や地理には詳しくないが地質には詳しい誠を驚かせた。


「そんな原始的両生類が生きていた時代に行ったんですか?まあ、クバルカ中佐は跳べますものね。でももう絶滅しましたよ。まあ、地球の連中に舐められないようにしてくれば良いんじゃないですか?」 


 誠はランに距離の概念が無いことを思い出してそう言った。


「まあそのなりじゃ無理だな。きっと餓鬼扱いされるぜ」


 それだけ言うと、ムッとした顔のランを置いてかなめが歩き出す。誠達も急いでそのあとに続いた。


 誠達は遅刻したのを察して恐る恐る実働部隊事務所のドアを開けた。


「少し遅いのでなくて?」 

挿絵(By みてみん)

 実働部隊控え室では、湯のみを手にしてくつろいでいる茜がいた。当然のように彼女は紺が基調の東都警察の制服を着ている。 


「さっさと着替えて来いってわけか?」 


「そうね。そしてそのまま第一会議室に集合していただければ助かりますわ」 


 そう言うと茜はぼんやりと立ち尽くしている誠達の横をすり抜け、ハンガーの方に向かって消えていった。


「私も?」 


 アメリアの言葉に誠達は頷く。そのまま四人は奥へと進んでいく。


「おはよう!神前君、すっかり人気者ね」 


 そう言ってロッカールームから歩いてきたのはパーラだった。いつも通りどこか浮かない調子で誠に声をかけてくる。


「急いで着替えた方が良いわよ。茜さんはああ見えては怒ると怖いらしいから」 


「まあな。表には出ないがかなり腹黒いしな」 


「ダーク茜」 


 かなめとアメリアが顔を見合わせて笑う。カウラは二人の肩を叩いた。その視線の先にはハンガーに向かったはずの茜が、眉を引きつらせながら誠達を見つめていた。


「じゃあ、第一会議室で!」 


 茜の一にらみに耐えかねて目を反らしたかなめはそう言うと奥の女子ロッカー室へ駆け込む。カウラとアメリアもその後を追う。


「神前君もも急いだ方がいいわよ」 


 そう言うとパーラは引きつった笑みを浮かべて去っていく。


 誠は急いで男子ロッカー室に入った。冷房の効かないこの部屋の熱気と、汗がしみこんだすえた匂い。誠は自分のロッカーの前で東和陸軍と同形の司法局実働部隊夏季勤務服に着替える。かなり慣れた動作に勝手に手足が動く。忙しいのか暇なのか、それがよくわからないのがここ。誠もそれが理解できて来た。



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