+一匹 Side Y
読んでいただきありがとうございます。
大変遅くなってしまいましてすみません。なんか難産でして……短いので、今日中にもう一回更新出来たらいいな、と思ってます。(出来なかった時は察していただけると……(´;ω;`)
ヤンが以前赤い森を最後に訪れてからかなりの年月が経っていた。
殆どの人間に知られていないが、この森は透明な壁にぐるりと囲まれていて、条件を満たす人間しか出入りすることが出来無い。
幸いにも条件を満たす数少ない存在であったヤンは、今よりもっとずっと若い時――と言っても、呪術で無理矢理に時を止められたこの身体は当時とほぼ変わらないが――とある目的のために一時期この森に出入りしていた。
森は予想以上に広く、記憶とは違う形に進化した魔獣があちこちに息を潜めて棲息していた。
その頃の森は結界内に滞留した高濃度の魔素で既に赤く染まっていた。異質な空気が充満する森の中はただそこにいるだけで息苦しく、言い様の無い圧迫感を感じる。
こうなる前の森は命の息吹がし、清涼で清浄な空気が漂っていた。間接的にその頃を知るヤンは、溜息を吐かずにはいられなかった。それは彼の中にあって、彼のものではない記憶の持ち主から出たものだっただろう。
魔素の濃く漂う森の中は、ある意味で異世界といっても過言ではない。
セレスティーナが継承魔法を発動させてから六日。彼女の膨大な記憶を受け継いだヤンの身体は未だ本調子とは程遠い。空間転移に伴うリスクや保護する過程での諸々を思えば、本来ならばあと二、三日は魔力の回復と記憶の整理に努めたいところだ。
にも関わらず、普段は慎重な行動を取るヤンが多少のリスクを負ってフェリシアという少女の保護に動いたのは、この森の特異性を理解していたからだ。
信じられないことに、赤い森の中は時間の流れが狂っている。広大な面積故、森全体を調査したわけではないが、以前ヤンがこの森に足を踏み入れた時は、森の中で三日間過ごした後外に出たら一日しか経っていなかった。
勿論興味を引かれたが、今でこそ無主地とはいえ、周辺国の手の者はこの森をそれなりに監視している筈だ。毎度空間転移で移動し森に入ったヤンの存在には気付いていないようだが、森全土を本格的に調べるとなれば見つかるのは避けられない。自身の居場所を探られる訳にはいかないヤンは、森の詳しい調査は諦めることにし、撤退したのだ。
もしあの森の中の時間が昔と同じように狂っているとすれば、フェリシアは少なくとも二週間以上、それこそ三週間近くあの森で過ごしていることになる。微々たる距離ではあるが、時々確認すると指輪の位置が動いていたようだから、未だ生きてはいる筈だ。
しかし、無事かどうかは別の話。セレスティーナがフェリシアに渡した食糧は少ない上に、突然魔力を解放された身体はかなり傷付いている筈で、一刻も早く何らかの処置をしなければいけないのは明白だった。
そういった事情で、ヤンは急ぎ森へ向かうことにした。
セレスティーナに頼まれたフェリシアの下へ無事に空間転移出来るかは一か八かの掛けであったが、ヤンは彼女の持つ指輪の魔力を頼りに転移し、幸いにも成功した。
ヤンがフェリシアの下へ到着した時、少女は森に流れる沢に半分浸かるように身体を横たえており、絶えず沢の水で身体が湿っている状態だった。
「おいっ、無事か? 目を開けろ!」
急いで沢から引きずりだし、上体を起こさせる。少女の顔色は白く身体は冷え切っている。頬を叩くと、紫色の唇から微かに呻き声が漏れた。意識は失っているが、息はあるようだ。
何はともあれ、多数の魔獣が潜むこの森で、これほど無防備な状態にも関わらず無事だったのは奇跡に近い。
ほっと息を吐いた瞬間、違和感を覚える。周囲を確認するが、自分と少女以外に姿は見当たらない。
「今確かに他に気配を感じた気がしたんだが……気のせいか……?」
魔法使いであるヤンは人や動物、そして魔法に関する気配には人一倍敏感だ。だがこの息苦しい森の中では、鋭敏な筈の感覚も精彩を欠き、当てにならない。
引っ掛かるものを感じるが、今は早くこの少女を保護しなければ。
背中にしっかりと少女を背負うと、ヤンは再び転移をした。
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目の前で薄いグレーの毛玉と戯れる少女を見つめ、先程も光景について考えを巡らせる。
森を出る前に抱いた違和感は間違っていなかった。闇魔法の一種である認識阻害の魔法を使い、カーバンクルが結界の外までついて来ていたのだ。
フェリシアを背負って家に帰って来た時、ヤンは立ち上がるのもやっとだった。自分以外の生き物を転移させるのは、自分ひとりの時と比べてずっと消費魔力が大きくなる。体調が万全でない状態で長距離の空間転移を往復でこなしたのだから仕方ないと思っていたが、フェリシアだけでなくカーバンクルまでくっついて来ていたのだから、道理で空間転移に消費する魔力が想定より多かったはずだ。
赤い森を出た本来の魔法使いとしての力を発揮出来るヤンの目には、カーバンクルの額の辺りにフェリシアの魔力があるのがはっきり分かった。どういう経緯かは知らないが、あのカーバンクルは、森の中でフェリシアの魔力を吸い取って、額の石に貯めこんでいたのだろう。
それなら、森で発見した時のフェリシアの身体にそれほど魔力が残っていなかったことも、本来外に出られない筈のカーバンクルがヤン達について外界に出てこられたのも説明が付く。
カーバンクルはかつて森の住人であり、ヤンの先祖でもある種族が大陸にやって来た際に連れてきた魔獣の一種だ。元々は愛玩用のペットのような存在で、自在に闇魔法を操るような能力は無かった筈だ。
しかし、先程あのカーバンクルは自分が持たない筈の光の魔力を使ってフェリシアに軽い癒しの魔法を掛けていた。あの程度ではせいぜい数時間痛みを抑える程度だろうが、それでも光魔法は光魔法だ。森から自力で出られなかったことからしても、あのカーバンクルに光の属性は無い筈だ。
つまり、あのカーバンクルは自身の持たない属性の魔法でも、相手の魔力を吸い取ることにより扱うことが出来るのだ。
主人を失くし長期間あの赤い森で過ごす内に、カーバンクルは独自の進化を遂げたということなのだろうか?
魔力源のフェリシアに恩義でも感じているのか、それとも彼女の魔力が気に入ったのか――幸い、カーバンクルにはフェリシアへの敵意が無く、害を加えることも無さそうだ。フェリシアも随分と気を許しているように見えるし、故郷やそこに暮らす人々と離れ離れになったフェリシアから、今更カーバンクルを取り上げるのは酷だろう。
ヤンは成り行きでフェリシアだけでなく、余計な一匹の面倒も見ることになったと、そっと溜息を吐いた。




