32.ストーカーとブランの伴侶。
信子はリハビリの帰りに珍しくブランが来なかったので久々に買い物をしょうと思い護衛についているドライにお願いして市場に来ていた。
「奥様。もし食料品を買おうとしているなら・・・。」
所狭しと食料品のテントが並んでいる場所をキョロキョロと見回している信子を見てドライは恐る恐る彼女に声を掛けた。
「違うわよ。家で食事を作って使用人を首にしようとしている訳じゃないの。ちょっとほしい物があるのよ。」
「ほしいものですか?」
ドライは周囲を警戒しながらも信子から離れないように後ろからついて行く。
「ええ、ちょっとした金属がほしいの。」
「金属?」
「そう金属よ。確かこの辺りの建物の・・・。」
信子はそう言いながらどう見ても行き止まりの小さな路地裏に入った。
「あった。ここよ。」
ドライが後ろから見ていると信子はどう見ても行き止まりの壁に手を突き入れる。
すると壁であるはずのそこに信子の手が突き抜けたかと思うと彼女の姿がその壁の中に消えた。
「奥様!」
慌ててドライもその壁に体当たりすると衝撃があるはずなのにスンナリと壁を通り抜けた。
すぐに後ろを振り向いたがもうそこはただの壁になっていた。
ドライが触ってもレンガの感触があるだけだ。
その間にも信子はスタスタとその先に歩いて行く。
「お待ち下さい。奥様!」
ドライは慌てて先を行く信子を追いかけた。
ドライの声に信子は足を止めた。
「ごめんなさい。すぐにすむから。」
信子はそういうと慣れた道なのだろう。
レンガ通りが幾本も分かれているのに迷いなくそこを歩いて行く。
ドライは信子を見失わないように神経をとがらせて後に続いた。
数十分も歩くと小さな露天の前にたどり着いた。
そこにはマントを深く被った小柄な老人が何もない棚の前に座っていた。
信子はその何も置いていない棚の上に迷いなく金貨を十枚並べた。
老人が並べられた金貨の上に手を滑らすと十枚の金貨が消えて”黒い金属”が現れた。
信子は現れた”黒い金属”を受け取ると何も言わずに元来た道を戻っていく。
目を見開いたドライも彼女に倣って何も言わずに後に続いた。
今度は数分で行き止まりに辿り着いた。
信子は行き止まりで先程と同じように壁に手を差し入れた。
壁があるはずなのに差し入れた手は壁を突き抜けた。
信子はそのままその壁の中に先程と同じように入って行った。
ドライもすぐ後に続いた。
壁を抜けた二人はいつの間にか市場ではなくそこからかなり離れた公園に来ていた。
”ドライ。どこにいるんだ?奥様は無事なのか。”
ドライの頭に複数の護衛からの怒鳴り声が響いた。
”奥様は無事だ。公園にいる。”
”なんだって?”
"自宅前の公園だ!”
ドライは念話で怒鳴ると殺気を感じて瞬時に信子を背後に庇ってその前に立ち塞がった。
ビシッビシッビシッ
ビシッビシッビシッビシッ
なんとも古風な攻撃だ。
どうやら殺気を発している相手は彼女の能力を知っているようだ。
「ドライ。退きなさい。」
「ご心配なく奥様。一応防弾力がある上着を着ております。」
「ドライ!」
数発が運が悪かったようで上着を貫通して被弾した。
どうやら防弾素材の上着を着ているのに気づいたようでそれを貫通させるためにこちらに近づいて撃ってきたようだ。
それはそれで好都合だ。
ドライは弾道から相手の位置を察知してそこに小さな石礫を投げた。
「痛い。なんてことをするの。」
甲高い声がして公園の茂みから白髪の女性が現れた。
「それはこちらのセリフだ。ブラン様の奥様に銃を向けるとはどういうことかわかっているのか。」
「あなたこそわかっているの?彼女は魔力なしの庶民なのよ。そこを退きなさい。」
白髪の女性はそういうと空になった銃に新しい銃弾を詰め始めた。
それに気がついた信子がサッとドライの前に出ると彼が動くより早く彼女の持っている銃を蹴り飛ばした。
「あっ・・・痛ッ・・・。」
彼女は蹴り上げられて赤くなった手を触りながら睨み付けてきた。
信子はそのまま彼女の背後に回ると彼女の首筋に手刀を落とした。
そのまま女は地面に頽れた。
そこにやっと自宅から駆けつけた護衛がやって来た。
「早くその女を拘束して、それとドライもすぐに手当てしてもらって。」
駆けつけた護衛は女を拘束しながらもまず護衛対象である信子のケガを気遣った。
「奥様はご無事ですか?」
「私は大丈夫よ。ドライのお蔭でどこもケガしていないわ。」
「私もたいしたケガはしておりません。」
信子が痩せがまんのようなドライの言葉を聞きながらもその場で応急処置を受けている彼を心配そうな顔で見ていた。
「ですが奥様。このような無茶はもうしないで下さい。私の心臓が持ちません。」
ドライは同僚に被弾した腕から滴り落ちる血を止血してもらいながらも苦言を呈した。
「悪かったわ。そのまま撃たれるわけにはいかなかったのよ。」
「私の方こそ奥様を危険にさらし護衛失格です。」
「いえ、いつもと違う行動をとったのは私よね。ごめんなさい。」
応急処置をしながらもドライはとにかく信子に早く危険が少ない自宅に移動してもらいたかったので周囲の同僚に会話をしながらも視線で促した。
「奥様。取り敢えずご自宅の方に移動をお願いします。」
信子は駆けつけた護衛とドライに周囲を囲まれて自宅に戻った。
信子は自宅に戻るとすぐに先程買った”金属の塊”を鍵のかかる机の引き出しにしまうと部屋を出て傍にいた護衛に先程拘束した女性に会わせてもらいたいと願い出た。
「奥様。いくら何でも危険です。」
「どうせ彼女が手出しできないように拘束してるんでしょ。何で彼女が私を襲ったのか知りたいのよ。だから私を彼女に合わせて頂戴。」
「奥様。先程ブラン様に報告しましたのでお帰りになってからではいかがでしょうか。」
「ダメよ。ブランが帰ってくればこの件を私に隠そうとするわ。それじゃ本当に危険なことが何か分からないでしょ。だから私に彼女を合わせて頂戴。」
そこにちょうど怪我の処置を終えて戻って来たドライが現れた。
「ドライ。お願いよ。」
信子はドライにも懇願した。




