一つ前の聖女の後悔と世界の結末
「召喚は成功です」
「・・・・っ?」
まるで水中から顔を出したかのような一瞬息が詰まるような感覚の後、しわがれた男の声が聞こえた。
薄暗い部屋。どんよりとした雰囲気の中、一段高い所に座っていた男が感情の無い声で言う。
「使えるようにしておけ」
呆然とする私などお構いなしに、無遠慮に腕を掴まれ無理矢理立たされる。それを振り払う前に唐突なフラッシュバックが頭の中に蘇り、その情報量の多さに私は気絶した。
「今日はここまで出来るようになって下さい。それまで食事は抜きです」
私の返事は必要無いとばかりに、資料と指示を渡したその女は去って行った。ガチャンと音を立てて施錠された扉からは勿論、高い位置にあるこの部屋の窓からも出られはしない。
ここから逃げたところで金も貴重品も持たされていない私には、その後生きていけるか分からないのだけど。
ここは異世界。大昔から魔王と戦い続ける世界らしい。魔王を倒すには異界の聖女の特別な魔法が必要で、今回その聖女召喚の役割を負ったこの国に私は呼び出された。
「・・・・」
本来ならば現実離れしたこの出来事に取り乱すのだろう。けれど世界を超えた負荷は、私にあり得ない現象を引き起こしていた。
それは、私が前世を思い出した事。
私は過去、二度死んだ事がある。一回目は今世と同じく現代で。二回目は剣と魔法の世界だった。
二回目の生の時も前世を思い出しており、その知識を活かして上手く立ち回った。というのも、二回目の世界はいわゆる乙女ゲームの世界線だった。
テンプレ通り私は悪役令嬢として転生し、ヒロインに婚約者を取られたらバッドエンドというものだ。気付いてからはそれはもう頑張って、攻略対象達のトラウマを先に全て潰して味方に付けた。
知識チートは効果絶大で、どうにか私を毛嫌いするということを防げた。代わりに妙に全員に好かれたけど殺意よりは全然良い。何よりみんなが幸せそうで嬉しかった。
けれど乙女ゲームは強制力が働くというのもテンプレだ。本編舞台の学園入学前には婚約者や仲間達に疑心暗鬼になったりしたが、その気持ちを婚約者に見破られ結局は心の内を相談した。
すると婚約者は優しく笑って、避けられない運命なら卒業まではそのゲームのシナリオに沿って行動しよう。大丈夫、僕の心は変わらず君とある。そう言って初めてのキスを交わし私は誓った。
決してこの人を離さない、ヒロインなんかに渡したくない、と。
どうやって自分が最期を迎えたのかは思い出せていないが、どうやら私は婚約者とは良好な関係だったらしい。
「・・・・」
前世を思い出しながら、ここはまた違う世界なのだろうと推測する。なぜなら私が生きていた帝国の名前は地図に無いし、文化水準が若干違う。
そして何よりも、前の世界は魔王という存在は無かったからだ。
「・・・頑張ろう」
分厚い魔法書を前に、気合いを入れた。
「今夜、陛下のお渡りがございます。準備の者を送るので指示に従うように」
「はい?」
前世のおかげで魔法は難なく使えた。その為予定より早かったが先日魔王を倒し、昨日城へ帰ってきたばかりだった。割り当てられた部屋でゆっくり寛いでいたら、唐突に言われたこの言葉。理解が及ばず思考停止するが、侍女に尋ねるもそのまま出て行ってしまった。
「・・・・」
何となくだけど、このままでは危ない気がした。私は今世現代育ちだけど、前世は高位貴族でもあった。ゆえに、この世界の王侯貴族が考えそうな事が分かってしまった。
きっと、聖女の子孫が欲しいのだろう。聖女召喚は莫大な時間と魔力が必要だ。それ故に同じ国が連続で召喚することは無い。召喚は出来ずとも、子供が産まれれば引き続き権威を保つ事が出来る。またあわよくば、光魔法を次代に残せないか試したいのだろう。
「逃げよう」
自分の父親以上の年齢の王を思い出し、おえっと嘔吐く。それに私には元の世界に婚約者がいるのだ。先ほどの態度から素直に私を帰す気は無いと思われる。方法は後ほど考えよう。今はここから逃げる事が先決だ。
「ここが二階でよかった」
「なりませんよ」
「!!」
窓枠に足を掛けた瞬間、若い男の声と共に電撃が体に走った。電撃魔法だろうか。倒れた私に近づいたその男は、足首に逃走防止用の枷を嵌める。
「そんな事だろうと思いました。諦めて下さい」
「いやよ! 離して!!」
何とか離れようとするも、痺れて動けない。抵抗するも、呼び鈴で呼ばれたメイド達に浴室に連れられ、そのまま私は王のお手つきになった。
「聖女はまだ身籠らないのか」
「回数が足りないのではないか」
「石女なのでは」
今日も好き勝手に貴族たちが偉そうに議論している。私はぼんやりと部屋の中から空を見上げていた。もう婚約者に顔向け出来ないし、何も思い出したく無い。
「聖女よ、いい加減我を受け入れろ」
無遠慮に伸びてくる手に、諦めたように瞳を閉じた。
最初は抵抗した。そしたら殴られた。経験した事のない暴力は心身を強張らせて私を抵抗出来なくさせた。必死に身を縮めて、なるべく逆らわないようにする事でしか自分を守れなかった。こんなの、現代では考えられない事だ。
「・・?」
経験した事が無い。その言葉に違和感を持った。
本当に?
「・・・・!!」
その瞬間、思い出していなかった部分の記憶が蘇る。
これは、日本の記憶じゃ無い。前世の記憶だ。乙女ゲームの悪役令嬢に転生した時の・・!
「・・ぅ、あ・・」
「?」
その瞬間、身体中が震えた。暴力を受けた時の比ではない。自分の愚かしさに、自分の過ちに、自分の罪に全身が震えた。
「ぅぁぁあああああ!!」
思い出した。思い出した!
私はミザリー・ランクィット。罪の無い同年代の女の子を酷い目に合わせた、この世界で既に滅んでいたあの国の公爵令嬢の名だ・・!
「あああ! うわあああ!」
ミザリーだった時の最期の記憶を思い出す。ヒロインの血を吐くような告白を。私が彼女にしでかした罪の全てを。私のせいで殺されたみんなを。
「とうとう狂ったか。まあいい。子供さえ出来れば」
「ぅうう」
突然発狂しだした私に構わず手を伸ばしてくる王に、魔力を乗せた拳で軽く顔面を叩く。すると水風船が弾けるように彼の頭が弾け飛んだ。これは光魔法でなく前世で使えた肉体強化の魔法。破裂音と短い悲鳴に異変を感じ取った兵が部屋に雪崩れ込む。けれどそんな事よりも、思い出した前世の記憶の方にしか意識を向けられない。
「王!! 貴様、血迷ったか!」
「うっう・・、私は何という事を」
嗚咽を溢しながら懺悔する。この世界は前世の世界と同じだ。国は滅んでいた。みんな死んだ。婚約者も、家族も学友達も。私のせいでみんな死んだのだ。
「ああああああああ!!!!」
発狂した瞬間ふと意識が落ちて、気付いたら白い空間にいた。
「やあ。話せる状態じゃなかったから、沈静化の魔法を掛けさせてもらったよ」
「はぁ、はぁ・・あなたは誰?」
無理矢理解かれた興奮状態の余韻に息切れをしながらも、目の前に突然現れた少年に問い掛ける。
するとニヤリと人間とは思えない程の邪悪な笑みを浮かべ、待ってましたと言わんばかりに声を張り上げた。
「僕に到達した異界から召喚されし者よ! 待っていた。僕は嬉しいよ! なーんて・・ん?」
ぐい、とその端正な顔を私に近づけると、こう言った。
「君・・はじまりの魔王と縁があるね?」
「・・・・?」
少年が言っている意味が分からず首を傾げる。
「うふふ。あっははは! これは面白いね。そっか。君達は魔王が生まれるシステムを知らないのか。なら教えてあげるよ」
「・・・・」
「君が起こしたこの悲劇の連鎖を、ね」
「ぅえ、おえっ」
「あはは。泣きすぎだよぉ」
はじまりの魔王から今まで二千年繰り返された歴史を聞かされた。それは、私が陥れたヒロインから始まり、そして掛けられた呪い。色々な感情が込み上げて言葉にならない。
「いやあ、二度も同じ世界で記憶を持ったまま転生する事なんてあるんだねー。管理者の僕ですら分からない生命の神秘だあ」
「うぅぅ」
「でも面白いね。あの子の呪いが二千年を超えて、その恨みの元凶である君に掛かるなんてさあ」
「・・っ」
「まあそれまでに何千何億の人々が犠牲になってるんだけどねー」
「・・・・」
「あ、聖女も入れればプラス二十人弱かな」
少年の言葉に俯く。思い出したヒロインの最後の言葉。あれは、本来優しい筈の彼女の心を歪めた私のせいだ。皮肉にも、今の私は当時虐げられていた彼女の境遇に似ている。
「でもま、この呪いを解いてあげてもいいよ」
「え?」
「僕に会えたら、何でも一つ言うことを聞いてあげることにしているんだ。だから君が望むなら、はじまりの魔王が願った魔王化の呪いを解いてもいいよ」
何を考えているか分からない、ニコニコと笑う少年。この空間もそうだが、彼から漂う異様な雰囲気からおそらく嘘は言っていない。
「なら、魔王化の呪いを解いて欲しい」
「ほーい」
「・・でも、解くのは私の次の世代からにして欲しい」
「?」
私は、罪を犯した。幸い、死んだ時の記憶は無いけれど。最後の記憶は死んでいく仲間と、ヒロインの涙。私たちを甚振ってはいたけれど、彼女は泣いていたのだ。
それを見て初めて心が痛くて、後悔しても遅くて、間違えた自分の罪深さを思い知った。
だから、私は彼女の魔王化の呪いを受け入れる。
償いになるわけじゃない。魔王になるという事は、罪を重ねるだけかもしれない。
けれど、私は私が巻き込んだ歴代の聖女たちと同じようにこの呪いを受けるべきだと思った。
「でも私は魔王になる前に、私は私の復讐をする。これは魔王化のせいじゃない。私の意思で仕返しをするの」
「? よく分からないけど、君の願いは次代の聖女から魔王化の呪いを解けばいいんだね?」
「ええ。・・もう、私たちの諍いに他の子を巻き込む訳にはいかないから」
「ふーん。でも魔王化の呪いが解けたこと、僕からは言わないよ? それは君の願いの範疇じゃないからね。何よりも僕がそれだと面白くないし」
「構わないわ。・・もしかしたら、次の聖女もこの世界を恨むかもしれないし」
どう思おうがその子の勝手だ。だけど私とはじまりの魔王・・アンとの諍いに巻き込むわけにはいかない。
「さあ、私を元の場所へ返して」
私は私の復讐をするの。
そして、魔王になったら。潔く次代の聖女の刃を受け入れよう。
「それまでは、私もこの世界の人々を苦しめてやるんだから」
今まで抑制していた気持ちが最後の記憶を思い出した事で振り切れた。
そして城に戻った私は怪力の魔法によって、この国の王城を廃墟と化した。
「次の聖女は私達と同じように、この世界を憎むのかしら」
自分が知りうる、魔王化の呪いが解ける事以外の全ての情報を、元の世界の文字で日記に書き残す。はじまりの魔王と魔王化の呪い。そして二千年続くこの連鎖。
「この世界の人に滅ぼされるのはイヤ。だから申し訳ないけど、まだ顔も知らない次代の聖女。あなたの手で魔王となった私を止めて欲しい」
次の聖女はどんな子だろう。何を選択するのだろう。
「ふふ、やっぱり私は悪役令嬢がお似合いだったのね」
王冠を被った大きな肖像画の前の椅子に腰掛けて小さく笑う。その額縁の中の絵はズタズタに切り裂かれ、どんな顔かは見えなかった。
「・・あーあ。次に生まれ変わる時は、本物のヒロインになりたいなあ」
静かに呟いた言葉は誰の耳にも届かず空気に溶ける。今流れている涙は数十年後、人を脅かす魔物へと姿を変えるだろう。
そして死後、魔王となった彼女は誰もいなくなった廃城でずっと待っている。
自分を倒す、次代の聖女に滅ぼされる日を。
2000年越しのざまぁ、なのかもしれない。
最初の神子
一番最初にこの世界に召喚された異世界人。
知識チートをして食文化や生活水準の向上の分野で世界に貢献している。またこの世界で愛する人に出会い、幸せな生涯を終えた。
二番目の異世界人
はじまりの魔王。とある国の古い文献を元に召喚された。最初の神子が召喚された時代からかなり時間が経っていた為、当時の資料があまり残っておらず、この世界の人々も異世界人への理解があまりなかった。また本来は乙女ゲームのヒロインらしく夢見がちだけど優しい性格。ミザリーのテコ入れで闇堕ちした。闇魔法を取得。
二千年の間の聖女達
辛い目にあった人もいれば、幸せになった人もいた。しかし死の間際に少しでも故郷を懐かしむ気持ちがあると魔王化してしまう為、全員が魔王となった。実はごく少数の聖女は管理者に会っているが、聖女と魔王の因果関係をわざわざ管理者は明かさなかったので、後に魔王化するとは知らず各々の願いを叶えた。
一つ前の聖女
ミザリーが転生した異世界人。ミザリーは現代→ミザリー→現代(一つ前の聖女)の順で転生している。一番因果が強い人かもしれない。魔王化の呪いを解いた最後の魔王。次の聖女に滅ぼされるのを待っている。肉体強化魔法を取得。
ヒカリ
事実上の最後の聖女。聖女は無償で世界を救う聖人君子な人という世界の常識を覆した。内心死後に魔王になりたくないと思っていたが、数年後に(エルを)不憫に思った管理者から実は魔王化の呪いは解けていると教えられた。それからは時々気が向いたら治癒魔法を使ってエルと一緒に人助けをしたりしている。転移魔法を取得。
エル
世界から異世界人を召喚する手法全てを消した。実はヒカリの魔王化を留まらせた陰の功労者。この人がいなければ諸々の分岐点でヒカリは世界を恨んで歴代聖女と同じ道を歩んでいた。また王子の後悔の物語というサブタイトルなのに、最初から最後まで本人視点が無かった作中の扱いにおいても不憫な人。
光の弟
ヒカリの存在が消えた事で、元の世界は彼が生きている世界線に変更されている。これは薄々ヒカリ自身が気付いており、管理者が再び目の前に現れた時に確認を取っている。
この世界の裏設定
実は二千年の間に召喚された聖女の一人が「文明がこれ以上発達しないように」と管理者に願った為、永遠に近代化することはない。いつまでも剣と魔法の世界であり続ける。
管理者
世界を構築するサーバー管理者兼開発者。詳細は不明。自分が楽しければ良い性格だが、たまに人間くさい。複数の世界を所有しており、新しく構築・複製も出来る為、一つの世界に対して強い執着は無い。珍味好き。いつかこの世界線の話を書いてみたい。
よかったら★★★★★評価でやる気を注入してくれると嬉しいです。




