久瑠実が敬語の理由を聞いた日
「多少暗い話になるかもしれませんが、聞いてくれますでしょうか?今の雰囲気ぶち壊しになるかもしれませんが、今言いたいです。」
「恋人なんだろ、久瑠実。遠慮すんな。話したいなら話せ。聞くから。」
あたしは久瑠実が話し出すのを待つ。おそらく何かしらの出来事があったのだろう。
それを人に話すというのは、難しいことだ。だから、ちゃんと聞く。
「中学校に入るまでの話をさせていただきますね…。私の生みの親はですね、交通事故で亡くなっています。私が生まれた直後ですから、私はほとんど知らないんですけどね。」
あたしはぐっと息をのむ。久瑠実が寄せる自分への信頼感を、ひしひしと感じながら。
「そして小学校6年生の年齢まで、おじさんとおばさんにあたる方のお家に引き取ってもらいました。まあ、虐待的なことをされたんですよ。殴られ蹴られ。まぁいろいろ。で、言われました。おじさんにですね、俺にため口使うほど価値がないだろうと。それをいまだに引きずっているというわけです。」
それはDVということか。精神的にも、身体的にも相当傷ついたことだろう。そんな辛いことがありながら、いやあったから。今までこんなにも物事を冷静に見ていたのか?
「そうだったんだな…。そんな理由考えもしなかった。…学校は?」
さっき久瑠実が言ったことにごちゃごちゃいうことは、必要なことではないと感じたから少し話を逸らした。
「小学校と中学校は行っていません。小学校は行かせてもらえませんでしたし、中学校の年齢の時は、今の両親に養子としてひきとってもらったんですけどどうも外に出たくなくて。当時は外に出たらあの人たちに会いそうで怖かったんです。高校は内申点ゼロで受けましたけど、家で勉強していたので当日ほぼ満点を取って今の高校に入ることができました。そこで、映子ちゃんに出会えました。」
最後の一言を言う時、久瑠実はきれいな顔をして笑った。あたしは久瑠実にとって、かなり重要な存在らしい。
「あたしと、学校への登校状況はほとんど同じだったんだな。…なんか、久瑠実はすっごい学校に詳しいイメージがあった…。」
「全然学校にはいっていませんよ。実は私も学校のことにはあまり詳しくないのですよ。高校のことは、おかげさまで結構詳しくなりましたけどね。」
久瑠実の子と勘違いしていたな。裕福な生活を送り、何の不自由もない生活をしていたから冷静なのだと思っていた。実際全く違って、驚いた。
物知りな久瑠実だから、そべての物事をまんべんなく経験していると思っていたのだ。
「本当に意外だ。なんかあたし、結構久瑠実の子と勘違いしてた気がする。」
なんだか申し訳ない気持ちになった。
「何も言っていなかったんですからそうなりますよ。誰だって。」
そういうものかな…。
「そうか…。なぁ、あたしは久瑠実の負担とかになってないか?」
久瑠実は頭を思い切り横に振った。
「負担などになっていません。中学生のときの私は、エコさんに救われたんですよ。…中学校になって初めて本屋に行ったとき、表紙を飾るエコさんを見つけました。意識が吸い寄せられるように、本を手に取っていたんです。だから、中学生、引きこもり時代の心の友はエコさんだったわけです。」
そっか。そんなふうにあたしは久瑠実の支えになれていたんだな。良かった。一人でもあたしに影響されている人がいるなら、仕事し甲斐がある。
「あたしは、久瑠実の心の支えになれたのか?」
「もちろんです!映子ちゃんがいなかったら高校入試も受けてないと思います。エコさんのインタビュー記事で同い年だと知って、同い年の人がこんなに頑張っているんだから私も頑張ろうって思えました。」
そっか。良かったんだ。あたし仕事やってて。あのころは毎日いやいやだったけど、意味があったならあの過去も輝いて見える。
いまはもちろん毎日やる気満々だ。
「よかった。あたしばっかり久瑠実に力をもらってたような気がしてたから、少しでも久瑠実の力になれていたならうれしい。」
「私の頭は、中学生のころから映子ちゃんのことばかりですよ。あの、映子ちゃん。この話をしたのは、別に同情してほしいとか、心配してほしいとかそういうのは一切なくて。映子ちゃんに対して隠し事をしたくなかったからですからね?」
心配なんかしないよ。悪い意味じゃないぞ?
久瑠実は高校生活でかなり成長したんだと思う。しっかりしてるし尊敬してるし、心配しなくてもちゃんとやっていけるから。
「わかってる。あたしは久瑠実のこと知れてうれしかったよ。なぁ久瑠実、ため口使えねぇか?なんか変わるだろ。」
今の状況で敬語は邪魔なものでしかない。このまま敬語を使い続けたら、昔のことをいつまでも引きずり続けることになる。
それはあまりよくないんじゃないか?
「そうですね…。幼いころしか使ったことがない分、恥ずかしさもありますし…なんだかなれなさそうです。でも、映子ちゃんの前でなら使えそうです。今は無理かもしれませんけどね。」
頑張ってくれよ。あたしは久瑠実のことなら待てるぞ?ほかの人は無理だけどな。
「待ってるよ、久瑠実。」
いつでもいい。遅くてもいい。死ぬまでに、ため口使えればそれで十分だよ。だから、トラウマなんて捨ててくれ。
「変な話をして申し訳ありませんでした。突然本当にすみません!どうかこれからもよろしく頼みたいのですが…。」
久瑠実を捨てる手段なんて持っていない。
「もちろんだよ。あたしもよろしく頼みたい。もう、久瑠実がいない学校に興味絵おモテないからさ。ま、気にするな。あたしは久瑠実のことが知れてうれしかったから。…な、昨日さ母さんがもらってきたお菓子食べるか?」
「はい!なんのお菓子ですか?」
「ストロベリーチョコレート。」
気を使わせたとか思っているかもしれないけど、久瑠実。あたしは気なんて遣ってない。気を使うのは親しくない人だけだろ?
次、映子視点最終話です。




