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ビターチョコとストロベリー  作者: 須谷
琴音久瑠実からのお話
13/40

映子ちゃんの仕事場に行った日

 今回は映子ちゃんの仕事場に見学に行った時のお話でもいたしましょう。私と映子ちゃんの関係ががらりと変わった日です。


 映子ちゃんの仕事場に行くと私が宣言してから数日後、さっそく映子ちゃんからそのことについての連絡が入りました。


“今週の土曜日、大丈夫?行けるなら迎えに行くけど。”


 もちろんあいてます。私予定少ないんですよ。手帳には映子ちゃんのお仕事情報しか書いていませんし。私はメールを返します。


“大丈夫です。時間だけ教えていただいてもかまいませんか?”


 そして当日の時間とかが決定。

 どうしましょうか。自信があるとはいったものの、エコさんとのほうが付き合いが長いわけで、やっぱりエコさんを日常に引きずってしまいそうで怖いです。

 でも大丈夫だと信じて、行くことにします。気持ちは強く持たなければ、ずっとそういわれてきたじゃありませんか…。


 当日の朝五時半。映子ちゃんのマネージャーさんが運転する車が私の家の前に到着しました。私はそれに乗り込み、映子ちゃんの仕事場にいっしょに行くことになっています。

本日の撮影場所は車で1時間程度走ったところにあるそうです。

 車の中にはいつもと違う顔をしている映子ちゃん。真剣というか、なんというか。

自分が本当にここにいてもいいのかとても不安になりました。

「おはよう久瑠実。今日は来てくれてありがとな。」

「いえいえ。静かに見守っておりますね。」

「ああ。ありがと。」

 一通り普段と変わらないペースで会話をした後、映子ちゃんはイヤホンを耳にさして目を閉じました。そしてそのあとすぐに寝息が聞こえてきました。

 その一部始終を眺めていると、映子ちゃんのマネージャーさんが私に話しかけてきました。

「エコ、いつも車では寝ちゃうのよ。落ち着くためにって言って。久瑠実ちゃん、今日はエコのこと存分に見てあげてね。」

 映子ちゃんのことをエコと呼ぶマネージャーさん。たぶん映子ちゃんが言ったんでしょう。公私を分けるために。

「はい。映子ちゃんがエコさんになるところ、ちゃんと見ます。」

「久瑠実ちゃんはすごいわね。あのエコと打ち解けられるんだから。」

 マネージャーさんがそう言うので、私は首をかしげました。マネージャーさんは映子ちゃんのことをよくわかっていると思いましたが、そうではないのでしょうか?

「映子ちゃんは、難しい人ですか?」

「そうね、難しいわ。ずっとこっちの業界にいるから、そういう目でしか見られてこなかったのよ、その子は。私もずっとそういう、業界人に対するような眼しかむけられなかった。どうも誌面のイメージしかなくてね。そうやってエコは期待とかそういうのに答え続けてきたの。」

 そうでしょうね。だってこんなにきれいな人なかなかいませんもん。大人は期待もするでしょう。確実にお金が動きますから。

「でしょうね…。仕事をしている以上、映子ちゃんはお金を動かす存在ですから。」

「久瑠実ちゃんはエコのファンだったんでしょう?ファンの目で見たくならない?」

 初めはそう言う目で見そうになりました。3年間も愛し続けたあのエコさんですからね。

でも…。

「初めは見そうになりましたよ。でも、純粋に映子ちゃんという仕事とは関係ない形で出会ったから、目の前にいる森崎映子という人間を見たいなって思ったんです。」

 私の目の前いたのはやっぱりエコさんじゃありませんでしたから。

「すごいわね、あなたは。エコに影響を与えたのは確実にあなたね。」

 影響?確かに最近、誌面のイメージが少しやさしいものが増えましたが…。

「影響、といいますと?」

「エコね、最近久瑠実ちゃんの話ばっかりするのよ。今までは絶対に仕事に自分の話は持ち込まなかったし、私にも絶対仕事以外のことで話しかけたりしなかった。でもね、一年前ぐらい、エコが高校に入ってから久瑠実ちゃんの話をするようになったのよ。仕事以外の話をしなかった私にね。それもモデルの顔じゃない普通の笑顔で。」

 そんなことがあったんですね。映子ちゃんは私のことを考えてくれていたんですね。でもそんなに私が映子ちゃんに影響を与えているとは思いませんでした。

「そうだったんですか。」

「そう、ずっと仕事の時はエコとして全く違う人格のように演じていたあの子が。本当に難しい子、だったのよ。絶対弱みを見せないんだもの。それは今もだけど、前は仕事の顔しかしなかった。だから、変わったの。あなたのおかげで、笑えるようになった。」

 泣きそうになってしまいました。

ずっと笑えなかったんですね、映子ちゃんは。自分のために何かをすることも、きっとできなかったんでしょう。

ずっと周りの大人の期待に応えるためだけに、生きてきたんでしょう。

 そんな生き方を小学生のころから、ずっと。

 気づけば少し泣いてしまっていました。時すでに遅し、涙が止まりません。

 昔の自分と、少し重ねてしまっているのかもしれません。自分の意思がないところを。

「すみません…。なんか、悲しくなっちゃいました。」

「エコには秘密にしておくわ。とにかくありがとう。あなたのおかげよ。あなたは、前のその子を知らないからわからないかもしれないけど、本当にすごく変わったの。ずっとマネージャーをやっている身として、本当に感謝しているわ。エコを人形じゃなくて、人間にしてくれて。」


 私はなかなか泣き止むことができず、マネージャーさんと話しながらもずっとぐずぐずしていました。

 結構な時間がたち、撮影場所が近づいてきたようです。そのころには私の涙も止まっていました。

「久瑠実ちゃん、起こしてあげて?」

「私でいいんですか?」

「あなたたちの本望でしょう。」 

 映子ちゃんと私の本望?私は映子ちゃんと少しでも多く話せたらうれしいですが…。

 私は、横に座っている映子ちゃんの肩を少し揺らしました。すると、ゆっくりと映子ちゃんの目が開きました。

「久瑠実…、もう着いた?」

「もうすぐ着くようです。起こせと言われたものですから。」

「ああ、ありがと。」

 映子ちゃんは眠そうに眼をこすりながら、そういいました。

 さて、もう到着です。

 

 撮影現場についた瞬間映子ちゃんの雰囲気ががらりと変わりました。たぶん仕事モードに切り替えたのでしょう。いや、起きた瞬間から変わっていたのかもしれませんね。マネージャーさんも絶対仕事に私事をもちこまないとおっしゃっておられましたし。

 映子ちゃんはマネージャーさんには構わず、私のほうを向いてにっこり笑いました。

「久瑠実、目をそらすんじぇねぇぞ?」

 そういうと映子ちゃんは私とマネージャーさんよりも先に現場に入り、更衣室に入っていきました。

 たぶんここに来たのは初めてではないのでしょう。ずいぶん慣れた足取りで。

「本当に好かれてるのね、あの子に。うらやましいわ。」

「私だってマネージャーさんがうらやましいですよ。まだ映子ちゃんとの関係は一年足ら

ずなんですから。」

「でもとっても濃いじゃない。」

 子供の口げんかみたいになってきたので、私が無理やり話を変えました。


 マネージャーさんはほぼスケジュール管理と送り迎えしかしないそうなので、撮影は見ているだけのようです。

 ですから、私はマネージャーさんとお話をしながら、撮影を見ることになりました。

 30分くらい話していると、メイクと着替えを終えた映子ちゃんが更衣室から出てきました。聞くところによると、着替え時間はかなり短いほうなのだそうです。無駄な時間を一切かけたくないようでして。

 着替えとメイクを終えた映子ちゃんは見違えるような美人…エコさんでした。でも私には映子ちゃんにしか見えなくて、そこにいる人はいつも見ている格好良い映子ちゃんそのもので。

 混ざるのが怖いと思っていたけど、その心配はなさそうです。

 私が恋する映子ちゃんは、私の中で大半の割合を占めていたようです。いつの間にかエコさんが映子ちゃんというよりは映子ちゃんがエコさんというようになっていたみたいです。何が違うのかといえば、まあ学校でいつも見ているほうの映子ちゃんの存在のほうが私の中では大きかったという事です。

 しかし、とにかく格好いいのです。濃いめのメイクも浮かずにばっちり似合っているし、派手目のお洋服も映子ちゃんがきればより一層輝いて見えます。高いヒールもはきこなしています。

 映子ちゃんが仕事モードに変わる瞬間を目の当たりにして、やっぱりすごい人だなと思いました。まぎれもなく映子ちゃんは映子ちゃんですけどね

「すごいでしょ。あの子みたいなのをモデルっていうのよ。」

「ええ。私の…好きな人ですからね。すごいに決まっています。」

 ポロリと意識もせず口から出た言葉からは、私に気づかさせてくれました。

私が心の底から映子ちゃんのことを信頼し…映子ちゃんに恋をしていることを。

「ずいぶんな信頼関係があるのね。二人には。」

 

 映子ちゃんの仕事っぷりは圧巻でした。迷いもなくポーズを決めていく映子ちゃんは、モデルそのものでした。

 私は衣装替えの時間以外、ずっとその姿に見入っていました。あまりにも美しい、その姿に。

 

 撮影が終わり、元の格好に着替えた映子ちゃんが私のもとにやってきました。

その顔は先ほどとは違ういつもの顔。

 映子ちゃんは緊張した声で言いました。

「そうだった…?」

「素敵でしたよ、映子ちゃん。映子ちゃんはやっぱり映子ちゃんですね…!!」

 私がそう言うと映子ちゃんはにっこり笑いました。一度断られた身ですから、どういう感想が来るか不安だったのでしょう。

「ありがとう、久瑠実。見に来てくれて。今日は一段と頑張れた。」

「そうでしたか。それはよかったです。お疲れ様です。」

 いつものように会話を重ねていると、周りのスタッフさんたちがこちらをまじまじと見ていることに気が付きました。

「すごいみられている気がするのですが…。」

「ごめん。あたしがこんな風に話してるのが不思議なんだろ。…帰ろう。」

「そうですね。」

 映子ちゃんが“かえ”といった瞬間車のキーを準備していたマネージャーさんはすぐに私たちを車のほうに促しました。

 終始、私たちは視線を浴びていましたけどね。


「映子ちゃん本当に素敵でした。エコさんの撮影というよりは、映子ちゃんの撮影に見えて仕方がなかったんですけどね。もう、エコさんとしてみることはできなさそうです。」

「そうか。まぁ一人ぐらいあたしのことをそう見てくれているやつがいたほうが心地いい。」

 映子ちゃんがまたいつも通りの笑顔を私に向けてくれたので、私も笑い返しました。

「本当に仲がいいのね。久瑠実ちゃんに嫉妬しちゃいそう。」

 マネージャーさんがそんな冗談交じりの発言をするものですから、私が笑っていると映子ちゃんがきっぱりと言いました。

「五十嵐さん。あなたにもちゃんと感謝してますよ。」

「ため口は絶対使わないのね。」

「プライベートと仕事の区別をつけないと、死にそうです。精神的に。」

「そうね。…ありがとう。エコ。」

 

 3人でいろんなことを話しながら帰りました。他人行儀な、敬語の映子ちゃんはどうもなれませんでしたが素敵でした。

 映子ちゃんの仕事を見て、もうエコさんという名前は私には必要ないなと思いました。だって、目の前にちゃんと、映子ちゃんがいますから。映子ちゃんは映子ちゃん。芸名なんてどうでもいいのです。

 映子ちゃんのことは全部大好きですから。


続きます。

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