リシャールのために 4
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(今頃アンリエッタは伯母上のところか……)
リシャールは窓から空を眺めながら、小さく苦笑した。
「ついこの前まで小さかったと思ったのに……守ってあげないといけないと思っていた女の子が私のために戦いに行きたいなんて、本当、びっくりだね」
リシャールの手にあるのは、兎の絵が描かれたしおり。これはアンリエッタが、エヴィラール邸を出て行くときにリシャールに渡したものだ。別邸から勝手に持ち出してすみませんという詫びとともに。
「アンリエッタ様が心配ですか?」
リシャールのために紅茶をいれながらエルビスが訊ねる。
リシャールはしおりの兎に視線を落として、困ったような顔をした。
「心配なのは当たり前だ。……でも、不思議と、少しだけ嬉しい」
あの日、アンリエッタは一つの答えとともにリシャールの部屋を訪れた。
(私の婚約者になる。でも、私を王にしない……。聞いた時は驚いたな)
そんな答えが存在するとは思わなかった。
思わず面食らったリシャールに、アンリエッタは自分がイザベルと交渉してくると言った。リシャールはもちろん止めたが、アンリエッタの決意は固く、絶対に勝ちをもぎ取ってくると言った。あの小さくて頼りなげだった女の子は、いつの間にそれほど強くなったのだろう。
――わたくしはリシャール様の婚約者になります。婚約すると言うことは結婚すると言うことで、結婚すると言うことは家族になると言うことです。家族は、お互いを守って支え合う存在です。セフィア王女の件でリシャール様がわたくしを守ってくれたように、今度はわたくしがリシャール様の大切な居場所を守りに行きます。
だから行かせてほしいと言ったアンリエッタ。
本当は行かせたくなかった。
嵐の日に泣いていた小さな女の子では、イザベラの相手は荷が勝ちすぎている。泣かされるのがおちだ。傷つくのがおちだ。あの伯母は、きっと孫娘にも容赦しない。アンリエッタを可愛がっているのは本当だろうが、だからと言って自分の決定に否を唱えることをよしとするはずがないのだ。
リシャールは半ばあきらめていたし、納得もしていた。アンリエッタが無理に頑張る必要はどこにもない。それなのに、アンリエッタにリシャールを守りたいと言われたとき、嬉しいと思ってしまった自分がいた。
(アンリエッタとここで穏やかに過ごす毎日を想像してしまった)
きっとそれは、この上なく楽しいだろうと。
何気ないおしゃべりをして、絵を描いて。アンリエッタと空を眺めて笑いあう。そんな日々がほしいと思った。思ってしまった。
リシャールはあの童話の白兎のように大切な家族を失ったけれど――新しい家族を手にして穏やかに暮らすことができるのだと、そんな夢を見てしまった。
リシャールがほしいのは富でも権力でもない。本当にささやかな幸せでいい。自分の、自分だけの、優しくて温かい家族。そんな幸せがほしかった。
「アンリエッタは、勝てるかな」
「あの方が味方したのであれば、おそらくは」
「……そうだね」
まさか、あの人が動くとは思わなかったけど。
(完全に見限られたと思っていたのにな……)
アンリエッタのおかげだろうか。
ぽろぽろと零れ落ちて、何も残っていないと思っていた手のひらに、ひとつ、またひとつと、大切なものが戻ってくるような、そんな不思議な予感がする。




