リシャールの本気 3
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
窓の外からは湖が一望できる。
小屋から別邸に戻り、熱が引くのを待って、アンリエッタはエヴィラール公爵領の隣、王家が管理している直轄地にある王家の別邸に移り住むことになった。
セフィアやジョルジュに怪しまれるからと、リシャールはアンリエッタを別邸に送り届けたその足で一人でエヴィラール公爵邸に戻っている。
リシャールからは、別邸も危険だから、リシャールが信頼を寄せる人物が住むところに移り住んでほしいと言うことだったが――それがまさか、前国王と前王妃が暮らしている別邸だとは思わなかった。
「アンリエッタ、お茶にしましょう」
ぼんやりと庭の外を眺めていたら、前王妃ユリアーナが呼びに来た。ユリアーナはリシャールによく似た優しそうな顔立ちの女性で、柔らかく波打つ銀色の髪に美しい青い瞳をしている。
ユリアーナはここでの生活には侍女を置かず、夫である前国王エルネストとともに穏やかな日々を送っているらしい。
「今日はね、美味しいプティングがあるの。近くの町のお菓子屋さんまで、あの人が買いに行ってくれたのよ」
ユリアーナが「あの人」と言うのは前国王を置いてほかにいない。
(前国王陛下がおつかい⁉)
アンリエッタは驚いたが、ユリアーナはくすくすと笑いながら「田舎暮らしだと暇だから、お買い物に行くのも楽しみの一つなのよ」と言った。そう言うものなのだろうか。
ユリアーナとともにサロンへ向かうと、そこにはすでにエルネストの姿があった。
在位中は厳しいことで有名だったエルネストだが、年を重ねたからなのか、それとも王と言う重圧から解放されたからなのか、穏やかで優しい表情をしている。エルネストはアンリエッタが二歳のころに退位したので、アンリエッタは厳しいころの彼を知らない。今の柔らかい表情からは、当時の様子はまったく想像できなかった。
ユリアーナとアンリエッタがソファに腰かけると、メイドがお茶とプティングを用意してくれる。焦げたキャラメルの香ばしい香りがサロンの中に広がった。
「さあいただきましょう!」
ユリアーナが嬉しそうにスプーンを片手にプティングを食べはじめる。表情から察するに、このプティングはユリアーナの好物のようだ。にこにこと笑うユリアーナを、エルネストが微笑ましそうに目を細めて見やっている。
ここに到着したのは二日前のことだが、今日までこうして穏やかな時間が流れている。リシャールからの連絡はまだない。
許さない、と言ったリシャールの顔を思い出してアンリエッタは不安になる。アンリエッタのせいでリシャールが無茶をしていないといいけれど。
「リシャールのことが気になるのかな?」
スプーンを握りしめたまま思案に暮れていたアンリエッタに、エルネストが訪ねた。
ハッと顔を上げると、エルネストがプティングを掬い取りながら笑う。
「私もあれが何をするつもりなのかは聞いていないけどね、まあ、安心して任せておきなさい。悪いようにはしないだろう」
「でも……」
「大丈夫だ。それに、セフィア王女が君に危害を加えようとしたのが本当なら、彼女はどちらにせよこの国に嫁ぐことはできない。自分勝手な理由で他人の命を摘み取ろうとするような相手に、この国を好きにさせるわけにはいかないからね。ジョージルが強引にジョルジュとセフィア王女の婚約を推し進めるつもりなら、隠居した身とはいえ、私も口を出さざるを得ないよ」
「そうそう。気にしなくていいのよ。ジョージルにもジョルジュにも、今回のことはいいお灸になるでしょうし。むしろあなたには迷惑ばかりかけてしまって、どうお詫びしていいかわからないわ」
孫が廃嫡されるかもしれないのに、エルネストもユリアーナもあっけらかんとしている。
同意していいものかどうなのか、アンリエッタが戸惑っていると、エルネストが少しだけ困った顔をした。
「ここで自分自身でジョルジュを切れなければ、ジョージルも近いうちに玉座を追われることになるだろう。そうなったときは、君にはもう一つ迷惑をかけてしまうことになるかもしれないね。その時になってどうしても困ったら私に連絡しなさい。助けてあげるから」
アンリエッタはエルネストの言う「もう一つの迷惑」が何のことかわからず、首をひねった。




