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最強少女の魔法奇譚  作者: 浪崎ユウ
第三章 魔高オリンピア編

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34話 忌まわしき晴れの夜

 


 空は、どこまでも澄んでいた。

 憎たらしいほどに雲ひとつない快晴。この季節になって端の方に見えはじめたオリオン座が彼らの目を焦がした。月が嘲るように輝く、晴れの夜だった。



『今すぐに敵対するつもりはない。でも……友達ごっこはもう終わりだ。また会おう……界、神月』



 アオ、魔王アイオニオスの去り際に放った言葉が千草の脳裏に映る。観客を全員保護し終えた会場は夜の静寂が落ちて、ただただ無駄に広く、少しの哀しさを含んでいた。

 緊張の解けた様子で力無く地に座り込み、隣で未だ息の浅い有崎の震えを感じながら空にひとつため息を吐いた。



「友達ごっこって……何がなんだかわかんねぇんだよ……クソ野郎」



 月明かりに照らされた長い影が彼を覆う。

 千草が静かに顔を上げると、身長ほどの長槍を背負った伊津の姿があった。



「……今日は感謝する。まだ……正隊員でもないのに、客の誘導を手伝ってもらって。神月って子にも伝えといてくれ」



 微笑んだ伊津に、千草も小さく苦笑する。



「隊員……?」



 有崎が驚いたように横目で彼を見るが、千草は有崎の肩にしっかりと手を置いた。彼の紺色の瞳には影が降り、微かに揺らぐ。



「このことは……後でみんなに説明すっから。それで伊津隊長……兼得先輩…の様子は?」



 体中に風穴を開けられた兼得を思い出すだけで、吐き気に襲われる。肺の中の酸素が空になったと錯覚するほどに息が詰まり、口腔に溜まった唾を呑み込んだ。



(もし、兼得凪が目を覚まさなかったら……)



「あの青年なら無事さ。2年生の鈴能って嬢ちゃんがすぐに回復魔法が使ったんだ。目は覚めていないけど、一命を取り留めたよ」


「そう……でしたか。そりゃ、よかった」



 千草は笑みを浮かべた。その顔はとても嬉しそうなようには見えず、自分自身でもぎこちないと感じたのか、すっと目を逸らす。



「兼得凪が起きれば、碧が魔物側に寝返った……もしくは元からあっちのスパイだったって事が証明される可能性が高い。意識不明のままでいてほしい。

だけど起きなかったら、万が一碧が軍に戻ってきた時にきっと深く心を痛める……とでも考えてんのか?」



 突然天原のよく通る声が聞こえ、千草は顔を歪めて声の方向を向いた。



「なにが悪い??」



 元不良の強い睨みを効かせて天原に問う。

 苦い表情を浮かべ千草が続けた。



「……あいつは……誰にも信じられることもなくて、誰の事も信用できなかった俺に、信じるって言ってくれたんだぜ。だからこそ…俺にはわかった。

少なくともあの時言ってくれた言葉は……信じるって言葉だけは、碧の本心だった!!」


「こんな時に仲間割れはよそう。今はもう少し時間をおいて…」


「碧が裏切るために俺たちといたなんて、信じたくねぇよ!!!」



 伊津の制止に耳を貸さず、叫ぶ千草。

 天原は強引に大股で彼に近づき片膝をついて襟首を掴む。そのまま強く顔を寄せた。

 天原の焦茶色の蓬髪が微かに触れる。



「あいつは魔王だろ……馬鹿が」



 黒い瞳が鋭く千草を射抜き吐き捨てるように呟くと、乱雑に彼を離した。



「オレだって……」



 A組とB組の合同授業。

 あの時、碧と戦っていなければ。


 あの惹きつけられる笑顔を見なければ。

 国防軍に勧誘されていなかったら。



(オレは今、ここにいねぇ)



「初めて碧に下の名前で呼ばれたんだよ……」



 その一言は誰に聞かれるわけでもなく、何もない宙へと消えていった。

 そして、返ってくる言葉は何もなかった。




 *****



 幹部会が開かれ、円卓に座る。

 アオの席は空白のまま6人が着席する。



 第一部隊隊長、伊津明響。

 第二部隊隊長、森壁大我。

 第三部隊隊長、漆原尤司。

 第四部隊隊長、時薪和制。


 秘書の霧山晴華と、

 第零部隊隊長補佐の市川燐矢を背後に控える

 国防軍総隊長、鬼谷西海。


 そして、他の隊長たちと比べ歳は離れているがその眼光は彼らに劣らず風格のある老人。


 国防軍長、東江。



 重苦しい雰囲気のまま、会議は始まった。


「……市川の予想通りだった、ってことか……」


 伊津が息を吐いて小さく溢した。



「俺は、碧さんが魔物かもしれないと伝えたまでです。知り合いの専門家に調査を依頼したのは違和感を感じたからではありますが」



 森壁は机を殴り、市川に身を乗り出す。



「だから最初に俺は言ったじゃねえか!! 部外者のしかも子供を入れるなんて賛成できねぇって!! 俺らの部隊が危険に晒されてたかもしれねぇんだぞ!! 坂のクソ犬は飼い主みてぇに大人しく引退しろっつーこった」


「犬……ですか? 政府の番犬にもならない小型犬のくせに。お前のその阿呆で短絡的な考えは理解致しかねますね」


「テメェ……殺されてぇのか?」


「森壁隊長こそ……俺に勝てるとお思いで?」



 市川から背筋の凍る殺気が溢れ始めるのに気がつき、時薪が長いため息をつく。眼鏡の奥の瞳に呆れが見える。手を叩いて場を制した。



「市川さんも森壁も落ち着いて。ここは冷静に、新魔王アイオニオスに対する方針と、彼女に勧誘された2人の処遇を検討するべきだろ」


「そぉだそぉだ……2人ともあんまり喚きたてなぃ方がいいよ。そんなギスギスしてたらぁ通る案も通らなくなるし」



 時薪の意見に乗る形で漆原が気怠そうに言った。態度はあれだが天才科学者なので彼の頭脳は一流。

 市川は素直に殺気をしまい、鬼谷の背後に退がる。対して森壁は納得がいかない様子で机の上に足を組んで乗せ、苛立ちを隠すように天井を睨んでいた。



「せやな。さて、今回の議題についてやけど……何か初めに発言したい事があるやつはおるか??」



 鬼谷の進行に、それぞれが周りを見渡し、静けさが部屋を満たした。



「ないんやったら早速会議を」



 始めるで、と言いかけたところで圧迫感が一同に降り注いだ。それぞれが驚き警戒する。

 それは寡黙な老人から発されていた。



「ひとつ……上層部からの通達がある」



 一瞬にして場を支配し、低く威圧する声に唾を呑む。重力が普段よりも強くのしかかる。



「……今回の件は……由々しき事態だ。我々から魔物を軍に招き入れて、みすみす逃した。

 しかもそれは魔王だと名乗っている元部隊長の特級魔法師。それらの事態を踏まえて我らは」





 言葉を切り、その事実を紡いだ。





「第零部隊の廃止、及び千草界、天原神月隊員2名の処分を提案する」




「は……?」




「市川くん、やめるんや!!!!!」




 鬼谷の怒声が響く。


 市川はいつの間にか東江の間合いに入り、彼のこめかみの横には市川の足が止まっていた。すぐにその足を降ろし、感情を移さない黒い瞳で鬼谷を睨む。


 もしも彼が止めなければ、東江の頭と首は一生繋がらなくなっていたとその場にいた全員が悟る。



「市川燐矢……いや黒薔薇、霖……貴様……」



「市川、君が今何をしようとしたか、わかっているんだよね?」



 静かに伊津が問うと、緊迫した視線は彼女へ向かう。



「ええ、当然。止めないでください。

 邪魔をするなら……お前達諸共殺して……」



 ダンッ!!!!と大きな音を立てて部屋の扉が開いた。そこに松葉杖の男が立つ。



「やあ、皆さん!! 市川が失礼したね。

 それで……上層部が、なんだっけ??」



 朗らかで優しい笑顔を見せるのは、坂秀成。

 その笑顔を裏には時折、影が垣間見える。



「えっ、秀成!?」



 伊津が驚愕して叫び、市川は硬直したまま目を見開いた。坂が彼を通り過ぎると市川は体に染み付いたように敬礼し頭を垂れた。



「僕も参加させてもらいますよ、東江軍長」



「貴様……軍を抜けたのではなかったのか?」


「僕、いつ抜けたなんて言ったかな。ほら隊員カードもまだ持ってるし。これ更新期限来年なんですよ」



 カードを東江の前で翳しながら笑う。



「軍に戻らないとは仰っていた気がしますが」


「市川、黙っていいよ」

「申し訳ありません」



 リズムの良い応酬に空気が和み、軽くなった。



「はははっ!! 坂、アオの席に座ってくれへんか? ひと席空いただけなんやけど寂しゅうて敵わんわ」


「それじゃあ、遠慮なく」



 鬼谷の隣の“第零部隊隊長“の席に座ると、前に出るように右腕を机についた。



「隊長は引退しましたが、第零部隊には僕っていう最強のカードが残っています。それでも部隊を廃止して、僕の部下を処分するんですか??」


「……だが貴様の後釜が謀反を起こしたのは事実。処罰を与えないわけには」


「それに……そんなことをしたら市川が反対するのは自明のはずだよ。僕や伊津隊長以外で彼を制御できる隊員が1人でもいるのかい? 東江軍長も、よく考えた方がいい」



 にこにこと人懐こい笑顔で東江を見据える。東江の杖の先は微かに震えていた。



「なるほど。貴様の口は相変わらずよく回る」


「はは、そうでしょう? 僕の自慢だからね。そうだ、僕から提案があるんですよ」


「あ"ぁ? 前はその案とやらでお前が魔王を引き込んだんじゃねえのか?」



「まぁまぁ大我も聞いてよ。……魔王アイオニオスが軍の情報を得たいなら自分の強さをある程度証明して、すぐ昇級するのが手っ取り早い。碧は魔力量こそ桁違いだったけど、初めはとても魔王と言えるほどは強くなかった」



「ぁー、そっかぁ。なんらかの原因で碧はほんとに記憶喪失で、屋台の食べ物に入れられた呪いによって今日、強引に記憶を取り戻した、って、ぃいたいんだよね」



 机に上半身を預けた漆原が坂の言葉を繋ぎ、坂も満足げに頷いた。



「そういうこと。つまりは、3年前から入隊してる隊員の中で他に裏切り者がいる。訓練生、天原神月と千草界は無実の可能性が高いんだ」


「そういえば、隊員の誰かが怪しいという話は秀成が隊長だった頃から言ってたな」



 伊津が思い出したように口に手を当てる。

 時薪も感心しておお、と呟いた。



「そこで僕の案としては、そのスパイを炙り出し魔王アイオニオスの情報を手に入れるまでは碧と訓練生2人の処罰を保留にして監視だけにする、っていう案なんだけど……皆さんは……どうかな?」



 あくまで問いかける形で提案する。

 日本国民を守り正義を執行する国防軍として、裏切り者だからと処分し切り捨てるのは世間的な評判があまり良くない。


 だから通常、そういった汚れ仕事は第零部隊が担うのだが今はその第零部隊が意見に反対している。

 王族を守るため保守的な軍の上層部に比べ、坂の提案は現実的でいて理論的だった。



「じゃあはい、異議ある人〜」



 手は上がらない。



「貴様ら……」



 東江の眉間の皺が深くなり、唸るような悔しげで低い声。

 しかし、反論はない。


 鬼谷や伊津は楽しげで誇らしげな笑みを浮かべ、森壁は冷めた瞳で市川を見る。

 漆原はうつらうつらと目を開閉し、やがて机に突っ伏した。



 しかし、それぞれの想いが交差して、仮初の平穏を維持していたこの世界が少しずつ変化しつつある。





 不安定でか細い希望の糸が無情に切れる、

 それだけは確かだった。





34話、お読みくださりありがとうございます。


もしよろしければストーリーの感想なども頂けると、今後の励み(作者のモチベUP)になります!!



次回はアオが登場します☆


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