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最強少女の魔法奇譚  作者: 浪崎ユウ
第二章 東京都立魔法高等学園編

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26話 訓練生とともに

 


 研究室は、毒々しい薬品の刺激臭と、どこか生臭い金属の匂いが鼻をついた。無秩序に広げられた書類やメモ用紙が嫌でも目につく。冷たい電子音が規則正しく時を刻み、研究室のそんな現状に、入るのを躊躇する隊長たち。


「早く入りなよー、この俺の研究室だからきんちょーしてんの?」


「ああ、入らせてもらう」


「時薪!? おい、この……汚部屋に入るのか……!?」


 森壁が目を剥き、部屋の前で立ちすくむ。表情には露骨な嫌悪感。小柄で荒々しい見た目に反して几帳面な部分もあるようだ。時薪と森壁が研究室の前で騒いでいるなかで、アオたちが到着した。


「汚部屋じゃない……ここはれっきとした研究室だよ」

「ぁー!! ちゃんと贈り物届いたぁー?」


 ふいに声のトーンが変わった。漆原はアオの方を見て、何気ない調子で問いかける。

 怪しげな試験管を持ったまま長い腕を大きく振り、アオを呼んだ。ぼこぼこと泡立つその薬品を体を揺らしながら持つので仕草がいちいち危なっかしい。


「届きました、ありがとうございます」

「昔みたいにさ、もっと気軽に話していぃのに。ほら碧も来たことだし、森壁もはやく中にぃ入りなよぉ」


 腕を振って手招きしようとする漆原の手から、さりげなく試験管を取り上げて、机に戻す時薪。一方、森壁の意識はやってきたばかりのアオへ向く。


「おいてめぇ…………」


 森壁は青筋を立てながらアオに視線を刺した。


「誰だ?? そいつらは」


 眉を顰める。警戒心というよりも不快感が垣間見えた。

 彼女は泰然としたまま目を優しげに細める。


「新入り。私が勧誘した者です」


 微笑を浮かべ、森壁の敵意を流したアオ。

 だがその様子がますます森壁の反感を買ったようで彼は鼻で笑う。室内の空気が悪くなっていく。


「ハッ、いつもへらっへらしているところも、自分勝手なところも坂そっくりだなぁ??……やっぱ気にくわねぇよ」

「そういって毎回難癖つける君も、私は気に食わないけどね……」


 アオの返しは柔らかく、それでいて鋭い。

 毒を包んだような声色だった。明らかに嫌味を含む言い方に我慢がならない森壁は、


「そうかァ………俺に喧嘩、売ってんだな!? てめぇッ……」



「ねぇ用が無いなら俺、研究に戻りたいんだけどー??」



 一触即発の雰囲気を、彼らより苛ついた声で遮る。

 空気を読む気など最初(はな)からない、漆原らしい拒絶である。そのおかげで、良くも悪くも喧嘩腰の二人の空気は解消される。

 傍観に努め、研究資料を勝手に読み始めていた時薪は、自分は悪くないと主張するように二人の代わりに漆原へ軽く謝罪した。


「すまない、漆原。それと……碧、その2人も、今回の件に関係しているのか?」

「はい、時薪隊長。関係者と……んー、魔力関係の分析が得意な子、みたいな??」


「説明雑すぎな」


 天原がぼそっと突っ込む。

 だが、こちらは少しは空気を読んでいるのか、傍若無人な態度は改めているようだ。


 千草は若干こわばった顔をしていたが、天原はまるで他人事のような無表情。その2人の後ろに続く市川は、気配を薄くして佇んでいる。


「…………つっても部外者には違いねぇ。聞かせていいと判断したんだろうな?」



「もちろん。いいよ」



 アオは自信たっぷりに即答した。

 各々の準備ができたところで、漆原は一連の出来事について語り始める。



「んで? 攫われた魔人の話、だよねぇ……あの魔人、勿体無いぐらい良い素材だったんだよー」



 漆原の声が弾んでいる。だが、その無邪気な口調に反して、隊長たちの表情はどこか緊張に包まれていた。状況が状況だ。ここまで普段通りでいられる漆原の精神はある意味称賛に値する。



「それで、攫われた瞬間を見たのか?」



 時薪が真剣な声色で話を進めるように聞くと、場の空気が引き締まった。



「ぃーや、ちょうど那原っていうやつに頼み事をして研究室を離れたんだけどさー?? そしたら悲鳴が聞こえてきたってわけなんだぁ。で、戻ってみたら研究は荒らされてるし、捕虜は消えてるしで……」


 漆原の言葉に、微かな悔しさが滲んでいた。

 それなりに問題であると自覚し後悔しているのか、はたまた研究材料を奪われ落胆しているのか。後者だろう。



「ちなみに、何の薬を荒らされてた?」



 鬼人がいたのであろう研究室の奥にある牢の中を観察しながら、天原が問うと、漆原が怪しげな笑みで身を乗り出した。ずい、と彼に近寄る。


「ぉー、新人くん、きょーみあるの!?」

「やめといた方がいい。聞いても意味がない」


「私も聞きた」


「てめぇは黙っとけよ!!」


 面白がって悪ノリしたアオに、森壁の怒声が響く。視線には、確かな“殺意”が宿っていた。軽く残念がりながらも彼女は視線を落とし、いまだ牢の中にいる天原の横に立った。


「どう思う? 天原」


 す、と天原が口元に手を当てた。


「魔力の流れが歪だね……その捕虜だっつう魔人を攫ったのは、人間……違うな、限りなく人間に近い魔人、ってところだろうな。それと、最低でも一級程度の力をもった魔人が侵入してる。今のところは憶測だが、この国防軍には……」


 暫く牢の床や器具を調べていた彼はそこで隊長たちを振り返り、意見を述べた。


「人間に扮した内通者がいる。オレが今わかるのは、そんぐらいだ」


「……っはあ!? 内通者だと!!!??? ふざけんなてめぇ、そんなわけが!!」


 森壁が研究室内の椅子を蹴り飛ばすようにして前に出た。それが床に倒れた衝撃で鈍く響く。彼は勢いよく天原の襟を掴んだ。が、冷静に、彼を見下すような目で見据えると乱暴に腕を振り払う天原。


「お前ぐらいの魔法師ならわかるだろ?? それとも、隊長さんともあろう人がこの程度の魔力も読めないってのか?」


「あ"?? てめぇ、いい加減にしないと」


 天原は、天原の口元に薄い笑みが浮かぶ。

 その目にはどこか冷たさがある。彼の心に潜む正体不明の闇の片鱗が森壁に圧をかけている。


「あぁ、そっか……そりゃ怒るわけだ。仲間を信じる気持ちは尊いけどさぁ……現実は、残酷だよな」



「やめろ、2人とも」



 時薪が割って入り、森壁が振りかぶった拳を無理やり止める。そして天原を静かに見た。


「坂隊長の言っていた事と同じ、か。さすが碧の推薦なだけはあるな。

 だけど、言い過ぎだ。立場を弁えてくれ」


「あー、それもそうかな?? つか、そんなことより問題は、魔人だけじゃなくて生徒も連れ去られた事、だろうが」


 天原が指摘すると、市川が前に進み出る。


「それについては俺から。俺の部下に調べさせた情報です。連れ去られた3人、江山、黒滝、吉川は、ある一家、昔からきな臭い貴族と関係があることが判明しまして……」


「ある、貴族って??」



 市川は複雑そうな表情をするが、アオが急かすような視線を送った。



「今日は様子が変じゃない?? いいから早く言って、市川」


「……承知しました」



 彼は表情を消して、ひとつ息を吐いた。



「天原家……そこにいらっしゃる天原神月さんの家系です」




 水を打ったように静まり返る。



「は……?」



 天原の呟きが一同を現実に引き戻す。



「お前まさか……オレの家族を疑っていると?」

「はい、失礼ながら。だから、ここへの同行を許可したのです。

 それと…………千草界さん、天原輝夜(アマノハラ カグヤ)という名前に聞き覚えは??」



 市川が千草を向いて問いかける。目を大きく見開き擦れた音で息を吸い込んだことから、聞き覚えがあるのは一目瞭然だった。

 それから千草は苦虫を潰したような表情で声を低く絞り出す。



「はい。そいつは……俺を白警に突き出して、江山や黒滝に俺の妹を襲うよう指示した。俺の人生をめちゃくちゃにしやがった貴族のガキ……俺の中学の頃の同級生です。留年しているとは聞いていましたが………」



「輝夜兄さん……が……?」



 天原は唖然とし、驚愕する。ありえないというふうに顔を顰めていた。




 *****




「何はともあれ。君は無事に訓練生になったってわけだね」



 楽しそうに話すアオ。

 アオ、千草、天原の3人は鬼谷の執務室へ向かい、天原には千草と同様、入隊の条件を課せられた。天原家の疑いが晴れたわけではないが、今は情報不足なので、一旦保留と

なったそうだ。



 3学期に行われる魔高オリンピア。

 そこで優勝すること。



 そのために今は──、



 第零部隊の任務に参加している。




「オレ、なんでここにいんの?」



 天原がドン引きした表情で立ちすくむ。

 目の前では、第零部隊としての町の魔物の討伐、という名の蹂躙が繰り広げられている。


「鬼谷総隊長は隊員不足とか言ってたけど……過剰戦力だよな?」

「つーか霧山碧がいる時点で過剰だろ」


「たしかに」



 見学の訓練生、千草と天原が話している。

 ただ蹂躙を見ているのも飽きるのか、千草は彼の隣に佇む背の高い男に声をかけた。



「あれ、市川さんは戦わないんですか」

「俺は碧さんの監視と補佐、あなた方の護衛が任務ですので」


「監視?? 隊長を監視する必要が?」


「放っておくと何をしでかすかわかりませんから……………特にあのガキは」


「ぷはっ……おい、いまガキって」


 天原が笑いを堪えるように口を抑えて肩を揺らす、が、市川の冷え切った目で黙殺された。

 


「何のことでしょうか。それ以上言うなら………殴りますよ」

「え"っ」


 訓練生となり、魔高の授業と並行して国防軍で特訓を受けている彼らは、その発言に恐怖を覚える。市川は訓練生にも容赦がない事を、既によく理解していた。


 第零部隊の隊員たちが戦う轟音が聞こえる。それとアオの指揮を取る声。思い通りにならないのか少し苛ついた声色が混じる。

 慣れたように無視をして市川が千草と天原を見た。


「そういえば、2学期の期末試験も終わりましたし、もうすぐ長期休みでしょうか?」

「ああ、まぁ。それがどうかしたんですか?」



 千草が不思議そうに問う。



「いえ……そうですね……、アオさん!!」


「そこ、連携!!! サボってるの見えてるよ!! ……ん? どしたの、市川」



 隊員たちに怒号を飛ばしながらも小走りで彼のもとへやってくる。

 その間にも数十体の魔物を一掃していた。



「長期休み、俺の仕事を見学に来ませんか?? 訓練生も一緒に」


「仕事……?」


「───」



 市川はアオの耳元に屈み込み、呟いた。

 みるみるアオの表情が変化して満面の笑みとなる。不機嫌が嘘のようだ。



「よっしゃ行くよ、訓練生のみんな!!」

「は? 仕事って、これ以外何が……」


 天原は眉を寄せジト目をする。

 詳しい説明を求めようと彼女に詰め寄った。



「それはぁ〜……」


「それは?」



 千草が促すが、アオはわざとらしく人差し指を口元に当てる。



「休みになってのお楽しみだよ」


「は?」


 天原は何か含んだ様子のアオに呆れる。

 彼女は先ほどとは打って変わって上機嫌になり、疲弊しきった部下の方へと戻っていった。



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