深海より深い校内ミステリー③
「ねえ、東雲さん」
「呼び捨てで構わないわ。私も真呼びなんだから」
今朝知り合ったばかりの人を呼び捨てにするのは抵抗がある。しかし、距離を縮めるには最適かもしれない。
「じゃあ、遠慮なく。東雲、深海生物のポスター、一枚じゃないみたいだよ」
僕の視線の先には、例のポスターが掲示板に貼られていた。不気味なチョウチンアンコウが、謎を深めている。
「あら、いまさら気づいたの? 付け加えると、必ず隣には写真部のポスターが貼られてる」
「ちょっと傷つくな。写真部のポスターをよく見ると思ったら、それが原因か」
「行き先変更よ。写真部に行きましょう。謎の鍵を握ってるかもしれないから」
「写真部が……?」
「ええ。もう少し正確に言うと、推理が合っているか確認のためよ」
「ここが、写真部の部室……のはずだけど」
そこは、校舎の片隅でお世辞にもきれいとは言いがたい。
「先生に聞いたんだから間違いないわ。自信を持ちなさい。それじゃ、良質なミステリーは書けないわよ。トリックに自信がなくちゃ、読者も不安になるわ」
そうかもしれない。「ミステリー作家になりたい」という想いが強いことに自負はあるけれど、トリックには自信がない。東雲の推理ショーを見て、「これぞ、探偵のあるべき姿」というのを学ばせてもらおうか。
ガラッと音をたててドアを開くと、ひょろりと背の高い男子生徒がいた。おそらく写真部の部長だろう。部屋の状態から考えるに部員は一人に違いない。机は一つだけ。それだけではない。部屋に飾られた写真の構図はどれも似ている。同一人物が撮ったからだろう。
「も、もしかして、入部希望者かい?」
部長の目は輝いているが「謎の調査のため」と言うと、「ああ、あれね」と落胆した。
「結論から言うわ。『深海生物観察部』のポスターをでっちあげたのは、あなたね」
え、この部長が犯人?
「東雲、待ってくれ。いきなり結論を言われても……」
「あら、悪いかしら。ホームズだって先に結論から言うでしょ? 彼も言ってるじゃない。推理をすっ飛ばして答えだけ言えば、まるで手品のように見えて周りが驚くって」
そんなセリフがあった気がする。それに、東雲の指摘に驚いたのは事実だ。
「まず、ポスターのチョウチンアンコウだけど、輪郭がブレてたのは覚えてるわよね?」
「もちろん。忘れるほど鳥頭じゃないさ」
東雲は「よかったわ」と一言。もしかして、バカにされてるのか?
「あれは、写真を上からなぞったからよ。トレーシングペーパーを使って。二つ目。必ず写真部のポスターが隣にあった。真はどういう印象を持ったかしら?」
「印象というか、写真部をよく見るなくらいだけど」
「そう、それがこの事件を解く鍵よ。不思議なポスターと写真部のポスターはセット。つまり、アンコウのポスターで目を引いて、写真部の印象を強くしようとしたのよ」
「黙って聞いてれば、言いたい放題言いやがって!」
さすがに、部長も頭にきたらしい。だが、東雲の推理ショーは止まらない。
「そして、最後。私たちが例のポスターの話をしたら『ああ、あれね』って言ったわ。他の生徒は不思議がるのに当事者は違う。それは、自分であちこちに貼ったからよ。それも、すべては写真部存続のため。一人じゃ部活として成立しないもの」
部長は「そこまでお見通しか」とため息をつく。
「勝手にポスターを貼るのはいただけないわね。うちの校則じゃ、禁止されてるわ。それに、不思議なポスターで気を引くなんて、まるでチョウチンアンコウじゃない。獲物を引き寄せるために、擬似餌を使うみたいだわ」
「ちょっと、東雲。言い過ぎだよ!」
「事実を言ったまでよ。でもね、それだけ必死なのは写真を愛しているから。何かに一途なのは素敵なこと。それなら、正攻法を使うべきよ。写真への愛をぶつけるのが一番。違うかしら?」
「……確かに、君の言うとおりかもしれない。でも、たった一人でやれることは限られてるんだ」
「そうかもね。私の記憶が正しければ、部員が三人以上の部活は体育館で部活アピールの時間がもらえるはずよ。そして、そのイベントは明日」
「おいおい、東雲。そりゃ無茶苦茶だよ。今から二人集めるなんて。いや、もしかして……」
「そう、ここには三人いるわ。私たちが一日だけ入部する。明日のイベントで彼が写真部の魅力を伝えるには十分でしょ? 入部希望者が来るかは、彼次第」
「ほ、本当かい」
「ええ、もちろんよ。さあ、準備をするのよ。あくまで私たちは幽霊部員なんだから」
部長は鼻歌を歌いながら隣の部屋に消えていく。
「東雲は探偵の素質があるよ。いや、名探偵だ。それだけじゃない。問題を根本から解決するなんて、普通じゃできないよ」
「そうかしら。私は不気味なポスターを見たくないから、この手段をとっただけよ。真は買い被りすぎよ」
東雲は、ロングの黒髪を耳にかけながら否定する。顔は夕暮れに照らされている。だが、僕は見た。彼女の耳が赤くなるのを。




