自我と嘘
増見 光成は利用価値がある。
これがカグヤの感想だ。
彼はコンビニのゴミ箱に身体を預け、買ったばかりのタバコを口にくわえた。火を点したタバコの先を月に重ね、一人想像にふけて笑って見せた。
(あー。タバコはたまらん。なんだかんだ言って、タバコは地球人が作った最高の嗜好品だろ。これ)
彼が地球に来て覚えたことの一つがタバコである。タバコの吸い方などは知識として知っていた。だが、体験する事は識る事以上に価値がある。タバコを口にするとイライラが煙と共に薄まっていく。心も体も落ち着きラクになる。ジジジジとフィルターを焦がす匂いはクセになり、灰が風と共に消える瞬間は風情があった。
(あー。生き返るぅ)
重くなった灰は空き缶の中へ。段々と減っていくタバコを尻目に、彼は光成について考えてみた。
(増見 光成は折れやすい)
例えば。
カグヤは、「時差ぼけが酷い」という理由で深夜外出することが多い。連続失踪事件を理由に良い顔はしなかった。頭を抱えウンウン唸る姿を見せると、「それ程時差ぼけが酷いなら」という理由で外出を認めていた。残念ながらこの理由は一週間程使い果たした理由だ。ここ最近は「時差ぼけが酷い」という理由は通らず「じゃぁ、ジェットラグだ」と言えば「同じ事」と返される。カグヤが駄々をこね床に寝転がって「外に出たい」と叫んでも光成は首を振らなかった。
ひとしきり喚かせた後、彼は、カグヤの視線と同じ高さまで視線を落とし聞かん坊の子供に言い聞かせるよう説教をした。
日本の夜は恐ろしい。
夜に生きる人間は「知恵が無い者」を獲物とする。
夜に生きる人間は「隙ある者」を餌食とする。
知恵も無く隙が多い人間は哀れな子羊として身包みを剥がされて哀れな姿で路上に放置される。そうなれば最後。ホワイトナイトが登場しない限り、元の生活に戻るのは困難が生じる。
加えて昨今は瓜破市連続失踪事件が町を賑わしている。連続失踪事件の首謀者と誇示する多くのコピーキャット達が徘徊しているのも有名な話だ。
日本に戻ってきて間もないカグヤが瓜破市の夜の街で獲物・餌食になるのは目に見えていた。
光成はそのような状況で外に出るのかと尋ねた。
もしも、彼の相手が一般人であれば「外出しない」と答えるだろう。だが、相手は光成も知らない月の人間。相手の立場になって物事は考えない。
「外出したいよ。コウナ兄さん」
と即答した時は「なんでそうなる!」と隣の部屋に響き渡る大きな声で叫んでいた。
結局、光成はカグヤを説得させきれず夜の散歩を許すのだ。
しかしながら、こうした問答は毎日繰り返される。外に出るなと主張する光成と外出するカグヤ。
今日とてそうだ。
「外出する」
この一言が出る度光成はそれ以上言わず、溜息をついて見送るのだった。
(そんなに俺に外出されるのがイヤなのかよ)
カグヤはタバコを口に含みそう思った。不安げに自分の背中を見送る光成の姿。
朝日を背後にソファーの上で背を丸めた自分を見つめる光成の姿。
起こさないよう、乱れた髪に触れ「良かった」と呟く声の穏やかさは、彼を深い眠りに誘っていく。無事だよ。という一言も億劫だ。
(そんなに俺って頼りないのか? そんなに不安なら俺を引き止めて――)
そこまで考え思考を止める。首を横に振り、短くなったタバコを再び缶の中に落とした。
(いや、そんな事をすれば俺はキャンサー達と変わらない)
キャンサー。その名前を思い出すだけで眉間に皺が寄った。
カグヤがこうして夜な夜な外を出歩く理由。取り逃がしたキャンサーの行方を捜す為だ。
宇宙に飛び立った飛行士が青く輝く地球の姿を目にして安堵するよう、カグヤも月が照らされる間は力が出る。自分の故郷だ。因果なものである。そして、月が出る間は太陽が出ている時よりも力が出る。
万全ではない。だが、心当たりのある範囲しらみつぶしに探しているが、足取りは一向につかめない。
仕方が無いので、餌を落としてみた。
その反応を待つ間、もう少しだけ宿り主 増見 光成について考えてみる事にした。
(コウナは単純。何かにつけてイトコだから。と口にする。)
ヤニ臭い指を顎に這わせ鼻から息を吐く。
(オヤコ。キョウダイ。ソフボ。イトコ。シンセキ。地球が育んだ血縁システム。血縁者であれば容易に保護される。これは聞いていたことと相違はなかった)
彼は地球に降り立った時、「隠れそうな血縁はないか」と探した。誰かの血縁者になれば後ろ盾を得て月の人間から身を隠す。そこで選ばれたのが光成である。カグヤは己の血を分け与え、文字通り、彼を自分の血縁者に仕立て上げた。そして、カバーも抜かりないよう光成と母親に「カグヤはイトコである」という強烈な伝染する暗示をかけた。カグヤの予想では増見家は「カグヤはイトコ」という暗示にかかりきっているはずだ。
(結構血を持ってかれたからな。どうなることかと思ったが、予想以上に暗示はかけきれた)
増見 光成のイトコという身分を手に入れたことで、衣食住は確保した。「何も分からないイトコ」に「不自由ない生活をさせる」光成の使命感が、血液の大半を失ったカグヤを生き永らえさせた。
(あぁそうだ。コウナが働いてくれるお陰で俺はここまで戻ってきた)
光成が与える食事はカグヤの予想以上の回復力を持っていた。一日 一日過ごすたび、体の稼動範囲は広がっていく。自由を取り戻しつつある自分の体。彼は、改めて地球の血縁システムに感謝する。そして、自分がやるべき一点を見据える。
(戻ってきても約四割。キャンサーを確実にブチ殺せるとまでは言えねぇけど)
カグヤは握り拳を結んで開いてを繰り返した。
(息の根を止める事は出来る。どんな手段を使ってでもな)
彼は舌なめずりをして可愛いイトコの顔を思い出す。
(いいぜぇ。コウナ。お前のコウイは無駄にせずちゃぁんと受け取ってるぜぇ。お前はまだまだ利用価値がある。利用価値がある間は利用するから。これからも、ちゃぁんと俺の面倒を見るんだぜ)
ゴムが焼ける匂いが鼻についた。カグヤの前に一台の車が停車した。ワンボックスカーからジャージ姿の母親が飛び出した。車内にいる息子に「ちょっと待ってね」と声をかけるとパタパタとすり足でコンビニの中へ消えていく。車の中では五歳ぐらいの男の子が後部座席に座っている。幼い妹を膝の上で寝かし、ボォと焦点の合わない目でカグヤを見つめている。その生気の無い様子を見て脳内である出来事がフラッシュバックされていく。
生気の無い少年の顔 顔 顔。統一された顔はカグヤを見つめ、そして――。
「ごめんね。いい子にしてた?」
コンビニから戻ってきた母親の音で意識は引き戻される。彼女はビニール袋を助手席に放り投げるとそのまま車を走らせて消えていった。線を描く赤いテイルランプ。走り去る車を見続け、彼の頭は月から地球に引き戻された。
(くそったれ)
新しいタバコを取り出して火をつけた。息を吸い濁った煙を吐き出す。煙に色がついたのは、削ぎ落とした感情に違いない。
傲慢にかかる月を見上げ、己の抵抗を示すようタバコの先で突きの輪郭をなぞる。フヨフヨと漂う月が、この火の色と同化することを夢想して彼は落ち着きを取り戻していった。
「なぁ。そこのお兄さん」
カグヤの感情を逆撫でするような声が飛んできた。顔を上げると、カグヤとよく似た外見の男達が集団となって彼を囲んでいた。




