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幕間・まだ気づかぬ二人

 




『…………許さない……』



 声が聞こえる。



『貴方だけが幸せになるなんて許さない』



 黒く染まった彼女が、彼を見つめている。



『地獄を見せてやる。許さない。ワタシを裏切った貴方を許さない。許さない、許さない許さない許さない許さない許さない……』



 起きていても。

 寝ていても。

 憎悪に満ちた声が。

 その陽炎のような漆黒の姿が。

 いつもいつもタイラーに纏わりつく。



「止めろ……止めてくれっ……!」



 耳を塞いでも頭の中に声が響いて。

 ずっと、ずっと、呪詛が聞こえる。

 ゆっくりと、近づいてくる。



 日に日に、距離が近くなってくる。



『止める訳、ないでしょう?』



 死んだはずの彼女は、化物のような不気味な笑みを浮かべて笑う──。



「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」



 タイラーは日に日に、追い詰められていった。





 ◇◇◇◇◇





 少しの期間なのに、何年も袖を通していない感覚だった。

 ミスティは藍色の制服を着たまま、姿鏡の前に立つ。


(この制服に中身が釣り合っていないと思っていたのだけどね)


 学園の制服は、王族も着るものだからかかなり品格のある作りをしている。

 至って平凡だったミスティは、制服に負けるぐらいだった。

 しかし、今はどうだろうか?

 鏡に映るのは漆黒の髪に金の瞳の、人外の美しさを誇る自分。

 客観的に見ても、完全に服が負けている。

 ミスティはなんだかおかしくなって、クスクスと笑ってしまった。


「制服、似合いませんね」


 後ろに立ったマキナが、スルリと彼女の腕を撫でる。

 ミスティは首を少し傾けて、笑った。


「あら?それはどういう意味かしら?」

「ミスティお嬢様が美し過ぎて、制服が似合いませんって意味ですよ?」

「…………うん。私も、そう思うわ」


 ミスティはくるりと振り返り、彼の姿を見る。

 執事服のような服装だが、彼もやっぱり服が見劣りしてしまう美しさ。

 マキナも肩を竦め、両手を広げた。


「ナルシスト、ではなく……事実として、竜って美形ですよね」

「そうね」

「まぁ?幻覚で隠しちゃいますけどね」


 パチンッとマキナが指を鳴らすと、ミスティの姿が元に見えるような幻覚が。マキナの姿が曖昧になる幻覚が発動する。

 彼は幻覚の具合を確認して、頷いた。


「よし。取り敢えず、護衛騎士の状況確認。加えて、他の復讐対象者も探りますね」

「えぇ。よろしくね」

「お任せ下さい、お嬢様…………あ、そうだ」

「……………何?」


 マキナはにぱっと笑って、ミスティの頬に手を添える。

 そして、至近距離で告げた。


「ちょっと頂きますね」

「んむっ」


 触れ合う唇。絡み合う舌。くちゅくちゅと、淫靡な音が響く。

 それと同時に彼女の中の力が、奪われていく。

 ミスティは背筋に走る甘い感覚と、力が奪われる虚脱感に目眩がしそうになる。


「…………ん、ぁ……」


 数分にも、数時間にも思える時間。

 糸を引きながら唇が離れた瞬間、ミスティはかくっと腰砕け状態になる。


「おっと」


 しかし、倒れる前に……マキナが支えた。

 ミスティの頬に手を添えて、自分の方へ向かせる。

 上気した頬に、蕩けた顔。赤くなった目尻。

 何故か、マキナの喉がゴクッと鳴る。

 彼は慌てて我に返り、ジーッとミスティを見つめた。


「…………ん……多分、これで大丈夫かと」

「…………何を……」

「お嬢様の竜の力を少し奪いました。これで竜姫候補対策になるかと」

「…………?」


 首を傾げる彼女に、マキナは分かりやすく説明する。


「竜姫、と言うんです。下手をしたら竜を判別する力を持っているかもしれない。僕は幻竜ですから、誤魔化せますが……邪竜のお嬢様は厳しいでしょう?」


 竜姫は竜の力を使う者だと言われている。

 竜としての力を持っていれば、竜は大体互いの存在を認識できるが……力の容量が小さ過ぎればその限りじゃない。

 ゆえに、マキナは彼女から竜の力を奪ったのだ。


「…………あぁ、確かに……。でも、ね。マキナ」

「はい」

「私、腰が砕けたんだけど」

「………………………」

「体液を介するなら、普通のキスでも事足りたんじゃないの?あんな濃厚なキス、必要だったのかしら?」

「………………まぁ、まぁ。キスぐらい減らないじゃないですか」

「暫く動けないわよ」

「………………………」

「言うことは?」

「僕がしたくてしました」


 サラッと答えた彼に、ミスティは呆れたように溜息を吐く。

 マキナは「あはは〜」と笑いながら、頬を掻いた。


「いや、ですね?僕も初めてなんですよ」

「何が」

「こんな風に、誰かに積極的に触れようとするの」

「………………ん?」


 彼女は〝こいつ、何言ってるんだ〟と言わんばかりの顔になる。

 だって、マキナはいつもいつも、スキンシップが激しかった。


「何故か触りたくなっちゃうんですよね。触れたくて、キスしたくて。お嬢様の温もりが欲しくて……なんなんでしょうね、コレ」

「………………いや、知らないわよ」

「僕の全部を捧げたいのに、お嬢様の全てを奪いたいと思う……うーん。よく分かりませんね」


 そう言いながら、彼女の頬に触れる。

 ミスティはその手に身を委ねがら、息を吐いた。


「…………よく分からないけど、キスくらいならしても良いわ。腰砕けで動けなくなるのは困るから、手加減さえしてくれれば」

「あ、いいんですか?」

「マキナなら、別にいいわ」


 ミスティは彼が触れたいなら、勝手にすればいいと思う。

 もし……元婚約者であるイオンが触れようとするなら気持ち悪いと思うだろうが、マキナなら心地良いと感じるから。



「マキナが触るのは、気持ちいい」



「……………っ……!」


 ブワッと体温が上がり、マキナの顔が赤く染まり……撃沈した。




 普通の人なら分かるだろうその気持ち。

 しかし、この二人は普通じゃないから分からない。



 両親の死と共に愛を失くした竜。


 最初から愛を与えられなかった令嬢。





 ……………それに気づくのは、もう少し先。






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