我に秘策あり!
「え、たまき? アンタも立候補するの?」
猫宮の挙手に真っ先に反応したのは、やはりというかアリサだった。
雪菜に次ぐ友人が手を挙げたことがよほど意外だったのか、キョトンとした様子で猫宮のことを見ている。
「うん」
「でもたまきは、和真のこと嫌ってたじゃない。別に無理しなくても……」
「無理なんかしてないし。てか、無理って意味じゃアリサのほうがよっぽどじゃん」
あまり言葉も強くなく、やんわりと引かせようとしていたアリサだったが、猫宮のほうは違った。
親友であるアリサに、どこか呆れているようである。
「え、アタシ?」
「だってアリサはアイドルの仕事があるでしょ。今日はたまたま二人ともいるけど、これから当日に向けて放課後は何回か打ち合わせをすることになるだろうし。そうしたら、アリサたちじゃ出れない時があるんじゃないの?」
「うっ、それは……」
怯む様子を見せるアリサ。
猫宮の指摘がもっともであることに気付いたのだろう。二の句を継げないようだった。
雪菜も同様で、言いたいことはあるけど言い返せないという顔をしている。
「はぁ……こんなことにも気付けないだなんて、アリサはやっぱクズ原に対して盲目的すぎ。とにかく二人はダメだから、今回は大人しく引き下がること。いいよね?」
そんな友人たちを見て、猫宮は盛大にため息をついていたが、とりあえずこれで雪菜とアリサの脱落は決定的だ。
すごすごと席に座り俯く姿は同情を誘うものがあったが、それでも俺は言いたい。
よくやった猫宮、と。何故ならそれは、俺がやろうとしていたことだったのだから。
(ま、これで手間が省けたわけだ)
さて、残る候補は二人だ。一之瀬と猫宮、どちらと組むのが俺にとってプラスになるだろうか。これはちょっと慎重に考えたほうがよさそうだな。
「ならば、このわたくしがお二人の代わりになりますわぁっ!」
なんてことを考え始めた矢先、空気を読まないやつが割り込んできた。
無論『ダメンズ』大好きお嬢様、伊集院である。
「くふふふ、ここでわたくしが葛原様と組めば、お二人からの好感度アップは間違いナシ! 推しに感謝されるという、ファンとして至福の境地を味わうためならわたくしはどんなことでも致しますわよぉっ!」
ウッキウキのワックワクを隠そうともしない、いつもながら無駄としかいいようのない、高すぎるほど高すぎるテンションである。
欲望という名の本音を皆の前で盛大にぶちまけてるのはもはや天晴ですらあるが、その発言には色々と聞き捨てならない点が多すぎる。
つーか、アイツと組むとか無理。絶対無理。
「一之瀬」
「はい、ご主人様。了解です」
というわけで、早々にご退場願おう。
俺が短く名前を口にすると、無表情のまま彼女はすっくと立ちあがる。
「うへへへへ。なんなら実行委員という立場を利用し、誰もいない体育倉庫に三人で閉じこもりむぐぐぐ」
「はい、お嬢様。少し静かにしましょうね。いろんな意味でご迷惑ですので」
「むががっ、んぐー!」
メイドである彼女はこちらの意図を即座に理解し、そして実行に移してくれた。
というか、そのまんま実力行使である。主である伊集院の口を強引にふさぎ込み、続きをどうぞとこちらにジェスチャー。
素早い仕事っぷりに素直に感謝だ。一之瀬の腕を必死にタップし、徐々に顔色が青くなっていく伊集院は見なかったことにしつつ、俺はユキちゃんに向かって口を開く。
「んじゃ女子のほうは猫宮ってことで。ユキちゃんよろしく」
「あ、うん。でもいいのあれ。伊集院さん、口から泡が出てるけど……」
「ん?あ、ほんとだ」
まぁ大丈夫だろ、伊集院だし。
心配するだけ無駄なお嬢様のことは、さっさと頭から切り離すことにしよう。
重要なのはこれからなのだ。
「さて、それはともかく。雪菜、アリサ。ちょっといいか?」
「どうしたの、カズくん?」
「……なによ」
「俺は実行委員になることが決まったが、勿論これには目的があってのことだ。そのために、二人に俺に協力して欲しいんだよ」
雪菜はともかくアリサの反応はあまり芳しいものではなかったが、特に問題はない。
これから機嫌を取ればいいだけの話。そう思っていたのだが……。
「ふーん……やっぱりなにかあるんだね……」
「……もしかしてアンタまた、他の女の子と……」
「ひっ……お、落ち着けお前ら。そんなんじゃないから、そんな目で俺を見ないで!」
即座に目からハイライトを消し、ダークなオーラを発し始める幼馴染たちに思わずビビるが、ここで引いては元も子もない。
ヤンデレへの切り替えがあまりにも早すぎる二人に内心冷や汗ダラダラであろうとも、前へ進まなければ活路は決して開かないのだ。
「「じゃあ目的ってなに?」」
「そ、それはまだ話せないんだ。でも二人にとっても悪い話ではないっていうか、これから俺がすることを何も言わずに見守っていて欲しいなーって……」
ダメかな? コテンと首を傾けながら言ってみるが、雪菜たちの視線は相変わらず冷ややかだった。
俺の言うことを一切信じてませんとその目が語っている。
「どうするアリサちゃん?」
「もうやっちゃっていいんじゃない? ゴールデンウィークで心を入れ替えたかと思ってたけど、学校始まったらこれとかやっぱりこのままにしておくのは不安だし」
「そうだね。それじゃあ早速今夜にでも……」
「待って。俺の前でそんな話をするのはやめて。お願いだからちょっと待って!」
こそこそと内緒話をし始める二人だったが、その内容は筒抜けだ。
明らかに俺のことを監禁しようとしているし、そんなバッドエンドへのフラグが経つのをみすみす見逃せるはずがない。
「そういうんじゃないからマジで! いいからちょっとだけ見守っててくれ! 本当にお前たちにも悪い話じゃないから! お願い!」
「随分必死だね」
「そこまで言うなら少しだけ待ってあげてもいいけど……本当に少しだけだからね。放課後になったら……フフッ」
「あ、ありがとうございます……助かります……」
渋々ながら納得してくれたようではるが、明確に含みを持たせているのが怖すぎる。
アリサのどこかほの暗い笑みを見て嫌な予感が止まらないが、なんとか言質を取ることは出来たのは確かだ。
そんな俺たちを見て、話がまとまったと思ったのか、ユキちゃんが話しかけてくる。
「えっと、もういいかな? いやあ、三人は仲良しねぇ。幼馴染の絆っていうのかしら。そういう目には見えないものを、先生確かに感じたわ! 仲がいいって素晴らしいことね!」
それを本気で言っているのなら、ユキちゃんは教師に向いていないと言わざるを得ない。
あまりにも節穴すぎるし、人を見る目がなさすぎる。
「……まぁいいや。とりあえず話を進めたいし、司会進行を変わってもらってもいいかな、ユキちゃん」
「ええ、勿論よ! さぁどうぞ、後はお任せするわね! あ、猫宮さんも前に来ていいわよ。葛原くんのサポートよろしくね!」
「あ、はい。てか、最初からウチがサポートって言うのがひっかかるんだけど……」
俺の心情に気付くことなく、ルンルン気分で席を譲るユキちゃんに呆れつつも、俺と猫宮は席を立ち上がり、そのまま教卓の前へ立つ。
「さて、色々あったが改めて挨拶だな。俺がこのクラスの球技大会実行委員だ。早速だが、競技を決める前に皆にひとつ言いたいことがある」
言いながら、ぐるりとクラスを見渡す。
うちの学校はひとクラス四十人で構成されており、男女は半々の二十人ずつで分けられている。
ただ、D組だけは他のクラスより人数が多い。これは4月に伊集院と一之瀬の二人が転校してきたためだが、そのことは学校行事にあたってちょっとしたアドバンテージともいえる。
単純に数がいればやれることは増えるわけだからな。ま、今のそのことは置いておこう。話を進めることが、今は先だ。
「優勝。それが球技大会におけるうちのクラスの目標だ。皆にはそれを目指して欲しい。そのために、俺に協力して欲しい」
『は? 優勝!!??』
俺の宣言に、クラスが一斉に反応する。
「そうだ。優勝。俺が動く以上、それ以外にはあり得ない」
「なんだよ、優勝って。なんでそんなの俺たちが目指さないといけねーんだよ」
「そうそう。俺らはもう予定立ててんの。つーか、ふざけんなよお前。さっきも雪菜ちゃんとアリサちゃんとイチャイチャしてさぁ。これ以上脳破壊されたら俺たちいい加減泣くからな」
「そうそう。てか葛原くんだって去年サボってたじゃん。なんで急にやる気出しちゃってるのよ」
「やる気ないなー。めんどくさーい」
誰かの発言を皮切りに、飛び出してくるのは否定の声。
それもひとつふたつではなく、ほぼクラス全員からのものだ。
ここまでやる気のないクラスも早々ないに違いない。
「フッ、流石だなお前ら。ここまで露骨にやる気のなさを隠そうともしないとは」
「当たり前だろ。俺たちがやる気あるのは『ダメンズ』の応援だけだ」
「将来のことだって考えてない俺らを舐めんなよ。いつでも今に全力だぜ」
「ちなみにわたくし、運動は不得手ですの。特に球技はからきしですので、最初から参加をするつもりはございません。当日は『ダメンズ』の運動着姿を鑑賞し、この網膜にその活躍のすべてを焼き付けることに全力を尽くす予定ですので、どうぞよしなに」
「もう復活したんですかお嬢様。堂々とサボると宣言するあたり、もういろんな意味で手遅れですね」
どいつもこいつも好き勝手言いやがる。まさに駄目人間の見本市だ。
こんなクラスメイトたちはさっさと見限り、やっぱやーめたと言いたくなる衝動に駆られるが、そこは堪える。
何故なら、俺には秘策があるからだ。
「そうか、お前らがそんなにやる気がないとは思わなかったな。これはもう俺がいくら言っても無駄のようだ」
「んなもん当然だろ。そもそもお前には言いたいことが山ほど……」
「おっと、手が滑ったー」
言いながら、俺はさり気なく取り出していた一枚の写真から指を離す。
その写真はぴらぴらと舞いながら、それでも狙い通りに一番前の席の男子。俺の友人である佐原の机へと軟着陸した。そのことを確認した後、俺は佐原へと声をかける。
「すまん、佐原。悪いんだけど、その写真取ってくれないか?」
「え、いいけど……って、え!?」
写真を手に取った途端、大声をあげる佐原。
その反応、まさに狙い通りだぜ。上手くいったことに内心ほくそ笑みながら、俺は再度佐原に問いかけた。
「おいおい、どうしたんだよ佐原。その写真がどうかしたか?」
「いや、どうかしたかって、お前これ……!」
よほど動揺しているのだろう。佐原の指が震えている。それでも佐原はゆっくりと口を開き、
「これ、雪菜ちゃんとアリサちゃんの、ネコミミメイドコスプレ写真じゃないか……!」
またも俺の望み通りの言葉を口にしてくれたのだった。




