うーんあざとい、このメイドあざとい
「う、うふふふふ。ついにご主人様に名前を呼んでもらえました」
ドアが閉じたことをしっかりと確認し、わたしは両手を頬に添え、幸せを嚙み締めました。
手のひらから熱い感覚が伝わってきます。ご主人様の前ではセーブしていましたが、やはり体温が上昇していますね。
身体は正直というやつでしょうか。心が満たされていくのを感じます。
これはやはり、あの方がわたしにとってご主人様であるということの証なのでしょう。
「名前を呼んでもらえただけで、ここまで幸せになれるのだとしたら……ふふっ、キスをしたら、一体どうなってしまうんでしょうね」
キスが出来なかったこと自体は残念ですが、これはこれで良い結果です。
わたしなりにご主人様のことを考えての妥協案でしたが、名前を呼んでもらえただけでここまでの多幸感を得られるとは。
「姫乃。姫乃。ひめの……え、えへへへへ。ご主人様に、姫乃って呼んでもらっちゃったぁ」
あ、いけませんね。ちょっとキャラ崩壊しかけてます。
クールで愉快な面白メイドがわたしのキャラであるはずなのですが、これではまるで、ごく普通の恋する女の子ではないですか。
ご主人様の周りにいる方々はキャラの濃い人ばかりなので、これでは駄目です。
ただの恋する乙女では、わたしのキャラが埋もれてしまうではないですか。
でも止められない止まらない。まるでかっぱなんちゃらのようです。
美味しいものをたくさん食べたいのは人として当然のことですし、わたしもそうです。
なら、ご主人様に名前を呼んでもらえた幸せを噛み締めるのもまた、当然のこと。
主に仕えるメイドとしてははしたないことかもしれませんが、わたしとてひとりの人間。
誰もいないこの場では、一之瀬姫乃として喜ぶことを、ご主人様やお嬢様もきっと許してくれることでしょう。
「えへへ。しゅきしゅき。ご主人様しゅきぃ」
あー、駄目ですね、これは駄目です。口角が上がっていくのを感じます。
所謂ニヤケ顔というやつになってるのが自分でも分かりますが、これは傍から見ればただの不審者でしょうね。
夜中に人様の玄関先でひとり身もだえするメイド……絵になるとは思いますが、どちらかというと怪談としてネタになりそうなのが残念です。
ポーカーフェイスがウリでしたのに、こうまでわたしをキャラ変させるとは……やはりやりますね、ご主人様。
姫乃ポイントをさらに追加しておきましょう。生涯お仕えエンド確定待ったナシ!
「わたし、一之瀬姫乃は生涯貴方に仕え、尽くすことを誓います……ふふっ、言っちゃった。まぁ事実だから何も問題ないんですけどね。えへへへ」
なんてことを言ってみますが、わたしは別にヤンデレというわけではありません。
ただ純粋に、ご主人様をお慕いしまくってるだけです。
そんなわたしのことを、ご主人様にも是非好きになってもらいたいと思うのは、果たしてワガママなのでしょうか。
いいえ、そんなはずがありません。だって、ご主人様はクズですから。
それも並みのクズではない、超ガチクズ。
ならば、仕えるメイドに手を出すくらいは当然のこと。何故ならそれが、女の子に養ってもらたいと言ってはばからない、クズの生き方というものです。
「とりあえず、しばらくはわたしが超有能メイドであることをアピールし、キスをしてもらわないといけませんね」
別にわたしは争いが好きではありません。
先日は小鳥遊様につい対抗してしまいましたが、あの方たちが許してもらえるなら、傍に仕えることもやぶさかではなかったりします。
まぁあの様子では大分厳しそうなので、そこはやはりご主人様の頑張り次第ですね。ガンバガンバマジガンバ。応援してますご主人様。
「ふぅ、やっといつものわたしに戻ってきましたね」
このままデレ続けては、わたしのキャラが変わってしまうところでした。
やはりわたしにはこういうキャラが似合っているという自覚がありますし、こっちのほうが楽しいです。
なにより、あまりに不自然すぎるとお嬢様にまた色々言われそうですからね。
「あとは、この頬の熱さが取れるといいのですが……」
そこは夜風の涼しさに期待しましょう。そう自分に言い聞かせ、わたしは再びご主人様の監視……もとい、護衛に戻るのでした。
え? お嬢様の屋敷に戻らないのかって?
しませんよ。だって優先順位ってそういうものですし。パチパチ(頬を叩く音)




