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見返りを求めたら、それはもうメイドって呼べないぞ(多分)

 一瞬振り解こうかとも思ったが、一之瀬の握力が強すぎることは知ってるし、抵抗しても無駄だろう。面倒だとは思いつつ、やむなく振り向くことにする。


「なんだよ、まだなんかあんのか」


「わたしは有能であることを示しました。更に言えば、ピンチだったご主人様を救い出しもしましたよね?」


「後者はそんな大げさなもんでもなかったが、まぁそうだな」


 本当に盗聴してたのならもっと早く来て欲しかったところだが、一之瀬が来てくれて助かったのは事実だ。


「ですよね」


「で、なにが言いたいんだ? まさかメイドのくせに、ご主人様に恩を着せようってんじゃないだろうな」


「あっはっは。はい、その通りです。今すぐ恩を返してください、貴方のキスで」


「即答かよ! 嫌だっつってんだろうが!」


 よりによってこのタイミングでなにを言ってんだコイツは。

 家の中に雪菜たちがいると知ってて言ってんのか?


「なんでですかー、ルリ様とだけキスするなんてやっぱりずるいですー。姫乃ともキスしてイチャイチャしてくださーい。ラブラブしたいでーす」


「ルリの口調を真似しても無駄だ! アリサは匂いフェチだし雪菜は勘が鋭いからそんなことしたら絶対バレる! そんなリスクを負うつもりはない!」


 今のところ比較的穏便にいってるのに、なんでわざわざ危ない橋を渡らなければならないというのか。


「むー、むー!」


「やめろ! 服掴んだままブンブンするな! 駄々っ子かよ!」


 そんなことされたって駄目なもんは駄目だ。

 頑として首を縦に振らない俺に、流石の一之瀬も諦めたのか、名残惜しげに手を離す。


「ハァ……ご主人様はやっぱり頑固ですね。ここまで抵抗されるとは。ひとりの女として、正直ちょっとショックです」


「そりゃ命が惜しいからな。キスと引き換えに貞操を奪われることになったらたまらんし」


 自分の将来がかかっているならそら頑固にもなる。

 そのことは一之瀬も分かっているはずなのだが……。


「そこは案外気にするんですね。もっと浮気男みたいなムーブをしてもらえたら、こちらも色々楽なのですが」


「そりゃあいつらアイドルだからな。そういうことになったら、色々まずいだろ。金稼げなくなって、養って貰えなくなったらこっちも困るんだ」


 とは言ったが、これは本音半分だ。

 個人的に、俺のせいで『ダメンズ』が終わって欲しくないという気持ちも強い。

 これでも俺は『ダメンズ』の最古参のファンだ。

 ファンサイトを運営しているくらいには思い入れだってある。

 こんなところであいつらが止まる姿は見たくない。雪菜たちなら、もっと上のステージだって目指せるはずなのだ。

 ……恥ずかしいし、俺のキャラじゃないから口に出すことはしないけどさ。


「なら、その欲望の捌け口にわたしを使ってくれてもいいんですよ? むしろバッチコイです。ヘイヘイヘイカモーン。アイドルから寝取られると思うと、テンション上がりますね」


「そのノリでこっちの性欲が湧くと思ってんのか。むしろ萎えるわ」


 いくら美少女とはいえ、言動がひどすぎると興奮なんてまるでしないから困る。


「キスも出来ない。寝取らせもさせてくれない。まったく、ご主人様はワガママですね」


「一之瀬だけには言われたくないな……」


 俺がワガママだというなら、いつまでも俺を引き留め続ける一之瀬だって相当なワガママだろう。

 逃げようにも腕力では敵わないし、どうしたものかと思っていると、


「なら、それでいいです」


「あ? それって?」


「ご主人様はわたしのこと、ずっと名字で呼んでいますよね。では、これからは名前で呼んでください。それが今回の報酬ってことでいいです」


 そんな提案をしてくる一之瀬。

 名前で呼ぶなんて俺にとっては別にハードルが高いことでもないし、金もかからないので構わないのだが、一之瀬が名前で呼んで欲しいなんて言ってくるのはちょっと意外だ。


「そんなことでいいのか? いや、俺からすれば助かるけど」


「はい、まぁキスしてくれないので妥協案ですけど。ハリーハリーハリー(早く早く早く)


「めっちゃ急かすじゃん……」


 まぁこっちにもあまり時間がないのは確かだ。言って済むことなら、さっさと済ませておくとしますかね。


「えーと、一之瀬、じゃなくて。姫乃……これでいいのか」


「……………………」


「姫乃? どうした?」


「…………はっ、す、すみません。あまりに幸せ過ぎて意識が飛んでいました」


「えぇ……名前を呼ばれただけで? 普通そんなことある?」


「それだけわたしがご主人様のことを大好きだということです。好感度はとっくにカンスト天元突破のラブチュッチュですのでので」


 その割にはやっぱり無表情なんだよなぁ……。


(ま、本人は満足してるようだし別にいいか)


 俺に尽くして貢いでくれるのは確かなようだし、好感度が高いこと自体はいいことだ。

 ……行き過ぎてヤンデレにならなければ、だけど。もうこれ以上のヤンデレ属性はゴメン被る。


「んじゃ姫乃。俺はもう戻るからな」


「ええ。お手数をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした、ご主人様」


 ペコリと丁寧に頭を下げ、俺を見送る姫乃。

 こういう時だけは本当のメイドっぽいんだよなぁ。いや、事実そうなんだけど。


「どうか良い夜を。わたしのご主人様」


 家の中に入り、玄関のドアを閉じかけた時、そんな声が聞こえた気がした。


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