実際ボケられまくっても面倒くさいだけだよなって
「あー、すみません。うち新聞取ってないんですよ」
勧誘お断りのテンプレ台詞を吐きながら、俺はドアを素早く閉める。
このカオスな状況に一之瀬まで参戦してきたらもう俺の手に負えないという、極めて常識的かつ的確な判断からの行動だ。
「まぁまぁそう言わずに。今ならメイドも付いてきますから」
が、そう上手くはいかなかった。ドアが閉まる前に一之瀬はガッと足を差し込むと、空いた隙間から手を差し込んで妨害してくる。
「おい待て。それは危ないだろ。怪我したらどうすんだよ。大人しく手を離しとけ……!」
「心配は有難く受け取りますが、どうかご安心を。これくらいはメイドの嗜みとして慣れていますし、わたしの握力は80あります。この程度はチャラヘッチャラというやつですね」
「握力強すぎだろ! つーか慣れてるってなんだよ。どんな嗜みだ!」
「お? 聞きたいですか? いやん、ご主人様のえっち。このドスケベ野郎」
「今のどこにえっち要素があった!? てか、脇をつつくな! お前余裕すぎんだろ!」
こっちは両手を使って閉めようとしてるってのに、一之瀬は片手でドアをこじ開け、もう片方の手でこっちをおちょくってくるくらいの余裕を見せている。
(……一之瀬って、実は俺が思っていた以上にヤバいやつなのでは?)
よく考えたらこの近距離パワー型メイドは、あの超金持ちお嬢様の専属メイドをひとりでやっているようなやつだ。
普通ではないことは以前から分かっていたが、その普通でない部分は性格の方に振り切っているので全然気付かなかったぜ……。
「ホラ、いいから諦めてください。あまり騒いで小鳥遊様たちが来られても困るでしょう?」
「……ま、そりゃそうだな。こんなところで安いコントなんかしている場合じゃないか」
それを言われてはこっちも弱い。意地を張っていても仕方ないので素直に引くと、満足そうに一之瀬も頷く。
「それでいいのです。流石わたしのご主人様。今好感度が100上がりましたよ。ピロンピロン、姫乃ルートが解放されました。CGも百種類以上用意しているので、ここから一直線に攻略してエンディングまでどうぞ」
「チョロいってレベルじゃないしこれ現実でギャルゲーじゃないし個別ヒロインにそれだけCG用意されてるのはおかしいってレベルじゃないしで、もうツッコミどころしかないんだけど」
「ほう、ご主人様はわたしにツッコミたいと。これはギャルゲーからエロゲーにジョブチェンジですね。ただその場合対象年齢が18歳以上になるので、わたしたちの年齢も誤魔化さないといけません。とりあえず高校から学園に設定変更するところから始めましょうか」
「いや、なんでだよ。つーかそれ似たようなことさっき聞いたわ。天丼されても困るんだが」
「あれ、知らないんですか? 先ほども言いましたが、エロゲーは登場人物を18歳以上にしなければならないという決まりがあるんですよ。わたしたちは高校二年生ですので、この設定を適用すると全員が留年かあるいは浪人していることになってしまいます。ですが学園という設定なら、そこら辺をあやふやに出来るのです。ちょっとした豆知識というやつですね」
「その知識は一体どこで活用すればいいんだよ……そもそも俺が言ってんのはそこじゃないわ」
相変わらずの面倒臭さを見せる一之瀬にため息をつく。
どうして俺の周りにいるやつらってのは、はどいつもこいつもやたらと癖が強いんだ。
俺はこんなに常識人だというのに、世の中ってやつは理不尽だぜ……。
「てかさ、なんで来たの? いやタイミング的には助かったんだが、俺はお前のことを呼んだ覚えないぞ」
「そこは盗聴……いえ、メイドの勘が働いたからです。ご主人様のピンチに颯爽と登場することで好感度も急上昇。ご主人様の中でメイドがトレンド入りし、アイドルを抑えて一位になることでしょう。サジェストに有能って付けてもいいんですよ? 事実ですので。えっへん」
「ちょっと待て。お前、今盗聴とか言わなかった?」
前半の台詞のインパクトが強すぎて後半は完全に聞き流したが、盗聴とか言われたら突っ込まざるを得ない。あまりにもパワーワードが過ぎる。
「ご主人様、知ってますか? 都庁は200メートル以上の高さがあり、階段を使って上るなら実質登頂とも言えますね。展望台で見ろ、人がゴミのようだごっこが出来ますし、わたしとのデート場所にはぴったりなのでは?」
「誤魔化し方下手くそか。そんなデートしたくねぇよ」
「チッ。勘のいいご主人様は嫌いです」
「舌打ちしやがったなコイツ……なんなのお前……」
「嘘ですホントは大好きです今度は嘘じゃないですお願いなので見捨てないで下さいマイマスター……!」
「もう突っ込むのも疲れてきたんだけど。お前の情緒どうなってんだよ」
真顔でポロポロ涙を零しながら縋り付いてくる一之瀬だったが、さっき舌打ちしたところを見たのもあってまるでなんとも思わない。
まるでジェットコースターのような感情の様変わりを見せられて、ついていけるはずもないからな。むしろ俺の方が能面のような顔をしているのではないだろうか。
「とにかくご主人様には失望されたくないので、わたしが有能メイドであることを改めて見せてあげましょう。はい、どうぞ。春風様のコスプレ衣装一式です」
「ん? あぁ、そういえばサイズが合ってなかったからな」
「それと、宿泊用の布団も持ってきました。ご主人様の家にも来客用の布団はあるかもしれませんが、こちらは特注の最高級品です。わたしも試しに一度寝てみましたが、ふかふかふわふわの素晴らしいものでしたのでどうぞお試しを」
「お、気が利くな。サンキュー」
確かにこれは有難いものだ。
高級という言葉が大好きな俺からすれば、高いっていうのがなによりいい。
『ダメンズ』の使用した布団となれば、伊集院だって大金を払って買い取ってくれるだろうしな。
ホクホク顔で受け取ると、一之瀬もどこか嬉しそうに頷き、
「フー、これでなんとか誤魔化せましたね。ご主人様マジチョロすぎて助かります」
「忘れてねぇよ。というか、忘れさせる気ないだろお前」
「……! 馬鹿な、ご主人様がお金に関すること以外を覚えているだなんて……」
「お前は俺の記憶力をなんだと思ってるんだ」
いかん、一之瀬に付き合っていると、無限にボケにツッコミを入れることになってしまいそうだ。
「はぁ。まぁ貰うもんは貰ったし、そろそろ戻るわ。あんま長居しても逃げたのか疑われるしな」
盗聴に対して聞きたくはあったが、それはまたの機会にすることにして、いい加減家に戻ることにしたのだが、
「お待ちくださいご主人様」
「んあ?」
ぐいっと背後から服を掴まれた。




