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監禁リハーサルをしましょう!

「「え」」


 満面の笑みで告げるルリに固まるふたり。それを見て、思わずため息が出そうになる。


(ったく、ルリのやつ余計なことを……)


 出来れば知られたくなかったんだよなぁ。このふたりなら流石に喋らないと思いたいが、雪菜の耳に入る可能性は出来るだけ排除したかったし。


「ご主人様ご主人様」


「ん?」


 ジト目でルリを見ていると、突然横からクイクイと服を引っ張られる。


「あの、ご主人様。キスをしたとはどういうことでしょう。わたしのメイドイヤーが断じて聞き捨てならない単語をキャッチしたのですが」


 いつも通りの無表情で、一之瀬はそんなことを聞いてくる。

 普段マイペース過ぎるほどマイペースなこのメイドにしては珍しく、どこか焦ってるようだ。


「あー、それはだな」


「キスというのはあれですよね、お互いの口と口を合わせ、涎を交換し合い、舌をねっとり絡ませ合った結果歯をぶつけ合って涙目になる、俗に言う接吻、ベーゼ。不純異性交遊における最初のハードルであり、それを行うことにより性行為に励むための難易度もグッと下げる、えっちなことの窓口。恋愛のABCにおけるAですよね」


「色々ツッコミどころがあるが、とりあえず偏見が凄いなおい」


 メイドとしてその知識の偏りはどうなんだ。いやメイドに必要な知識とか知らんけど。


「く、くずっち。キスってどういうこと!? さ、魚の間違いだよね? そんな名前の魚いたもんね。ふたりで食べたいお寿司トークして盛り上がったとかそんなのだよね!?」


「お前はお前で死ぬほどボケがつまらないな。動画も相変わらず面白くないし、もっと頑張ったほうがいいぞ」


「え、ひどいんだけど。この流れでそんなこと言わなくても良くない……?」


 ショックを受けられてもこっちだって困る。俺は正論を言ってるだけだし、ネタがあまりにもベタすぎて愛想笑いすら出来ないこっちの身にもなって欲しい。


「アハハ。皆さん大慌てですねー。この光景見てるだけでも楽しいですし、やっぱり何事にも刺激って大事なんだなってよくわかりますよー」


「お前はお前でなんでそんなに楽しそうなんだよ……」


「実際楽しいですから。なんだかんだおにーさん以外の人たちのことも、ルリは気に入っていたりするんですよ?」


 それはおもちゃ的な意味でだろうか。さっきまで楽しく話していた相手に悪気もなくこんな爆弾発言が出来るとか、ちょっと強心臓が過ぎる。

 仮にも現役人気アイドルが男にキスをしたというトンデモな事実を自ら暴露したというのに、この小悪魔系アイドルからは焦りや緊張といったものが微塵も感じられない。


「だからって言う必要のないことをわざわざ口にしなくてもいいだろ。誰が聞いているかも分からないし、そもそもこいつらが周りにバラす可能性だってあるんだぞ」


「そこら辺のリスク管理はちゃんと考えてるのでご安心を。今ルリたちの席の周りには誰もいませんし、おふたりがそんなことを周囲にバラす人ではないと信頼もしていますので」


 えっへんと胸を張るルリ。

 なにやら自信満々みたいだが、明らかに間違った方向の自信なんじゃないかと思うのは俺だけだろうか。


「ル、ルリちゃん……ボクのことをそんなに信じてくれていたなんて。くずっちにキスしたのはアレだけど、キミって凄くいい子だったんだね! くずっちとは大違いだよ!」


 おい、感激しながらどさくさ紛れに人をディスるんじゃない。

 お前だって性格の悪さは大概だろうが。人を脅して言うことを聞かせようとしたこと、俺は忘れていないからな?


「いえいえ。紫苑センパイの場合、小心者のヘタレっぽいのでわざわざ言いふらさないだろうなって思ってるだけですから」


「え?」


「ちなみにもしバラしてルリに対する悪評が広まるようなら、事務所を通して抗議させて頂きますね。その際は損害賠償を請求させてもらうことになるかもですが、まぁ身から出た錆というやつになりますので、素直に諦めて頂けると幸いです」


「え? え? 損害? 賠償? えええ?」


 ……ルリのやつ、笑顔でエぐいことを言いやがる。

 最後に念押しするように「言いませんよね?」と告げられた夏純は壊れた人形のようにコクコクと頷くのみだ。


「ふむ、流石ルリ様。文字通り役者が違いますね。ただのパンピーである夏純様では丸め込まれる以外ありませんか」


「……まぁアイツもガチの芸能人だしな。黙らせ方としてはえげつなさすぎではあるが」


 脅しとしては効果覿面って感じだし、あれなら夏純も口を滑らすことはないだろう。

 同年代の中でも一足早く社会の荒波に揉まれているだけのことはある。


「ちなみにわたしもガチのメイドです。それも非常にご主人様に対し忠実なプロ中のプロのメイドですよ。えっへん」


「お前はお前でなにを張り合っているんだ……」


 ルリの真似のつもりなのか、一之瀬も胸を張るが、残念ながらこちらはルリほどのサイズがないため、見た目としては張り合えていない。

 一之瀬のほうが年上であることも考えうると、ちょっと悲しいものがあるな……。


「ご主人様。今わたしに対し、非常に失礼なことを考えてはいませんでしたか?」


「いや、そんなことはないぞ。むしろめっちゃ褒めてたくらいだ、うん」


 あっぶねぇ。顔に出すほど抜けているつもりはないんだがな。

 確かにプロのメイドなだけはあるというか、かなり勘が鋭いようだ。


「そうですか。つまりご主人様に尽くしまくっているわたしにご褒美をあげたいと。ならありがたく受け取りましょう。さぁ今すぐわたしの唇にご主人様の熱いキスをどうぞ。サービスで舌を入れてもらっても構いませんよ?」


「どうしてそうなるんだおい」


 過程をすっ飛ばしすぎだ。確かにちょっと貢いでもらってはいるが、出会ってからまだ数か月しか経ってないし、尽くしまくっているというほどされた覚えも全くないぞ。


「だって、ズルいではないですか。ルリ様とはしたのでしょう? ならわたしもしたいです。ご主人様とキス。セカンドでいいのでキスをください。キースー、またの名をちゅー」


「こら、顔を近づけるな! 俺のキスはそんな安いもんじゃないんだよ! 離れんかい!」


 俺の唇を奪おうとぐぐっと顔を寄せてくる一之瀬を強引に押しのける。


「何故ですか。わたしでは駄目なのですか? メイドよりもアイドルのほうがいいと、ご主人様はそういうのですか? ……ひどいです。わたしだって、ご主人様を想う気持ちは負けません。ご主人様に一生尽くす覚悟はとうに出来ております。ですから、どうかお情けを。なにもセックスさせろとは言いません。そんなのは唇さえ奪ってしまえば流れと腕力でどうとでもなります。さぁ、どうか熱いキッスを! そのまま流れでレッツ寝取りセックス!」


「やめろぉっ! だから真顔で言うんじゃねぇ! 最初の方だけならまだシリアスな流れだったのに、後半で台無しなんだよ! あと腕力に頼るな! 力つよっ!?」


 真面目なメイドの振りを秒で投げ捨てるな!

 こんなギャグみたいな流れでセカンドキスと童貞を奪われでもしたらトラウマ出来るわ!


「別にいいじゃないですか。減るもんじゃないし。姫乃センパイだってルリほどじゃないですがカワイイんですから、キスくらいしてあげたらどうです?」


「軽く言うな! さっきも言ったが俺のキスは高いんだよ! 言っておくがお前にされたのだって許したわけじゃないからな!」


「えぇ……? 流石にそんなこと言われるとは思ってなかったんですけど。ルリみたいなカワイ過ぎる女の子とキスが出来たなら、普通喜ぶものじゃないんです?」


「俺を普通のやつと一緒にするんじゃねぇ! 俺は幼馴染ふたりをはじめとした多数の女の子に貢がれているほどの男だぞ! そんな男の唇なら、オークションにでもかければ結構な値段が付いたに決まってるだろうが! 価値が違うんだよ価値が!」


 確かにアイドルとキスをしたとなれば、普通の高校生男子なら喜ぶものなのかもしれないが、この俺は違う。

 正しく自分の価値を把握しているため、喜びよりも怒りのほうが勝るのは当然のことだ。


「さ、流石おにーさんです。ルリだってファーストキスだったのに、ここまで言い切るなんて……ルリが気に入っただけのことはありますね……」


「いや、ただのクズ発言だと思うけど。勢いで誤魔化されそうになるけど、言ってることひどすぎるよ。それでこそくずっちではあるけど」


 相変わらず一言多い夏純だったが、そっちに気を取られている場合ではない。


「とにかくだ。ルリには俺のファーストキスを奪った責任は取ってもらうぞ。なんとか監禁を阻止するアイデアのひとつやふたつ出してもらわないと釣り合いが取れん」


 これは本音半分と打算半分が含まれている。

 交渉において有利に進めるためには相手の弱みを突くことは鉄則だ。いざという事態に陥った時、面白そうだからと見過ごされたら非常に困る。

 そうならないために言質を取っておきたいと考えるのは当然のことだと言えるだろう。


「全く、おにーさんってホントーに面白い人ですね。そんなこと言ってくる男の人なんて他にいませんよ」


「誉め言葉として受け取っておこう」


 他の男と違うと言われるのは素直に嬉しい。

 アイドルから言われるとやはり自分は特別な存在であると自覚出来るからな。


「で、どうなんだ? いいアイデアはないか?」


「フフフ、ちょっと焦らしてあげようかと思っていましたが、楽しませて頂きましたからね。せっかくですし、教えてあげてもいいでしょう」


「え、マジで!? あんの!?」


 俺は思わずテーブルから身を乗り出す。

 ぶっちゃけこの場で答えを貰えるとは思っていなかったため、興奮を隠し切れない。


「ええ、モチのロンです」


「おお、流石ルリ様! 是非教えてくれ! この状況を乗り切る神の一手を!」


「うわ、露骨に下手に出てる……」


「コロコロ態度が変わるあたり、やはりプライドなどないのでしょうね。素敵です」


 なにやら引いているらしい夏純と何故かうっとりしている一之瀬は当然無視する。

 監禁から逃れられるというなら見栄もプライドもいらん。そんなもの何の役にも立たないからな。持ってるほうがむしろ馬鹿だ。


「フッ、では教えてあげますね。ルリが考えた最高の作戦。それは……」


「それはぁっ!?」


 急激に上がっていくテンション。盛り上がる席。もう誰にも俺たちの邪魔はさせない。

 今この瞬間が、俺の輝かしい勝ち組生活のリスタートだ!


「監禁リハーサルをしましょう、おにーさん!」


 コイツはなにを言っているんだ。


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