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阿武隈の狼  作者: 平良中
-第一部- -第五章- 椿の木は残った
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-第九十五話- 鉄と茶と

元亀三年 夏 釜石 前田利益


 「ふむ、若殿。少名も南蛮船であるために喫水は深いのですが、逆進性は高いためか、こういう上陸作戦には武凛久よりも融通が利きますな」

 「……若殿は止めて下されと何度も申しているではありませぬか、利益殿。私は伊藤家の者ではありませぬ。父は織田信長。水軍の頭の倅というだけですから。……それに変な派閥を作る趣味は父にも私にも有りませんから」

 「ははは。わかっておりますとも若殿。そもそも、このぐらいで勘違いをするような者ならば、この利益が三日三晩の通し稽古で根性を叩き直してやりますわ!」

 「……あまり、若殿を揶揄うな。慶次郎。……それよりも、流石は真田の倅どもだな。ほれ、何の問題もなく砦の建設に良い場所取りに向かっておるわ」


 俺は助十郎に言われて陸を見やる。

 ほれっ!望遠鏡を早く貸せ!


 どれどれ……。

 なるほどな、驚く漁民をよそに、しっかりと湾に面している砂州に柵を築いておる。

 変な欲を出して奥に行かず、まずは海に面した所に拠点を築く。

 うむ。合格だな。


 「ほう。年齢の割には築城の経験などもあるのか?あの二人は?」

 「どうであろうな、長尾の領地でそれほど築城などというのは……越中と加賀ぐらいでしかあまり聞いてはおらぬな」

 「すると、天性の物か?……大したものよ」

 「……と、それを言うのならば俺らもそれほど経験はないであろうに」

 「ははは。それもそうか。だが、俺はよく親父から織田家中での戦や、松平との戦時分での築城や野戦拠点の重要性については、耳にタコが出来るほど聞いておるからな。自分でも勉強をしたし、それなりには詳しいと思っておるがな」


 確かに、年寄り連中は、そのあたりの経験談を酒のさかな代わりにようしておったな。

 結局は清康率いる三河衆の武力と兵数に押されて潰されてしまったが……。

 最後の最後まで内部分裂に明け暮れた尾張と、清康の下で一国丸々と固まった三河の差というわけだったのかな……。

 ふむ。結局は兵力の集中とその運用だということだな。


 「……利益殿、永福殿。一つ教えて頂きたいのですが……どうして、昌幸殿と信尹殿はあんなに手前に柵を?別に敵対する軍がいなければもっと奥まで進んでから立てても良いのではないかと思うのですが……?」


 ふむ。

 今回は信忠様の教育も兼ねているわけだからな。

 疑問、大いに結構。どんどんと質問して欲しいところだ。


 ほれ、助十郎よ。お答えせい。


 俺は顎をやって助十郎に説明役を任せる。


 「顎を使うな、慶次郎。……信忠様の疑問はもっともですな。多数の兵を展開するためには広い敷地が必要。また、柵というのは境を守るための物。妨害が無ければ大いに進んだ奥に立てた方が便利が良い」

 「そうなのだ!ならばなぜ彼らはあれほど手前に柵を?……しかもお二人はそれを認めておる」

 「まず、第一に用心。その次に柵を立てる速度。その次が柵との距離。最後に無駄を省く。……と言ったあたりですかな」


 俺も助十郎の意見に反対するところもないので大いに頷いて見せる。


 「順番に教えてほしいところですが、……まず用心……というのは、敵兵ですか?」

 「左様、敵兵が最も大きなものですが、この場合の「敵」というのは、我が方に襲い掛かって来るもの達のすべてをさし申す」

 「……漁民もですか」

 「そうです。いくら伊藤家、勿来水軍の強兵といえど、資材を持って両手が塞がっている。もしくは一人に対して五人十人と囲まれる。このような状況では、たとえ木の棒しか持たぬ漁民であっても勝てる道理がありませぬ。つまり、第一に本隊が安全に上陸でき、本格的な砦を築く立地に向かうための拠点をいち早く造るための柵を第一に築く。それがあの湾に面した砂州に立てる柵というわけですな」


 流石は助十郎だな。

 俺の教育はどうしても武に偏ってしまうからな。

 こうした智の教育は苦手だ……まぁ、苦手苦手とばかり言っていては、またぞろ師匠に怒られそうではあるがな。


 「おお、ちょうど助十郎が説明しておる内容が現実のものとなりましたぞ?信忠様も望遠鏡で覗いて見なされ」


 そう言って、俺は望遠鏡を信忠様に手渡す。

 ……ああ、それでは、逆ですな。


 「む、こうか。……おお。なにやら木の棒やら小刀を持った漁民どもが集まってきておるな。ふむ。その中心にいるのは信尹か?……説得しておるようだが、丸腰ではないか?大丈夫なのか?」

 「まぁ、俺の弟子ですからな。相手が普通の漁民では、信尹が丸腰でもまったく問題ありませんがな。ただ……見て下され。信尹は丸腰ではありますが、奴の後ろには武装した兵もおりますし、柵を作り続けておる兵もおります。船から資材を運んでおる兵もおります。……簡単に言うと、信尹個人では力に劣った局面ですが、あの砂州全体で見てみれば信尹の力が勝っております。……これが、もっと奥に柵を立てようとしていたならば、信尹と漁民の戦力差は違った形になっていたかも知れませんな」

 「慶次郎の言う通りです。そして、圧倒的な兵力差があれば、敵は往々にして戦をしないものなのです。……それ、漁民は信尹の説得に応じて武器を下ろしましたな。……あはは。それどころか銭をちらつかせられて、協力を申し出たようではありませぬか。……今回は百にも満たぬ漁民との話ですが、この状況は数万、数十万の軍と軍のぶつかり合いでも変わりはありませぬ。そのことをあそこの二人は理解しておる。ゆえにわれらは二人を評価したのですよ」


 信忠様にもご理解頂けたのだろう。

 深く頷くと大きく息を吐いた。


 「母上からは常々、日々の暮らし一つ一つにも武士として学ぶものがある、とお叱りを受けてきたわけだが……。なんとも奥深いものだな、私ではいつになれば父上や後見様のようになれるかわかったものではない」

 「あははは。まぁ、今回は信忠様への教育ということも踏まえて、こうしてお話しさせていただいているわけですが、そこまで難しく考えなくてもよろしいかと」

 「左様。考え方の違う者にとっては、今の昌幸と信尹の行動を責める者達もいることでしょう。……そのような微々たるもの相手に、何を手間取っている。とっとと処分して、もっと良い場所に砦なり、城を築いてしまえ!というね」

 「え?……それではどちらが……」


 ちと、意地悪であるかな?


 「なに。物事には「正解」というものなどありませぬ。その時、その時で正しいと思ったことを選んでいく強さ。そして、自分が選び取ったものに対して取る「責任」。この生き様こそが武士を武士たるものにするのですな。武士は如何にして生きるかがその全て。そして、その生き方から発生する物は全て自分で受け止めるのです。……たとえ、それが己の命を捨てることになろうとも。それが「切腹」の心意気ですな」

 「「武士とは死すことと……」なぞ言う阿呆もおりますが、死とは生あっての物。死をも恐れぬ立派な生を送ることこそが武士の本分というわけです」


 とは言うても、俺の実家の滝川も前田も「武家」ではないので偉そうに講釈を垂れるのはどうかとも思うが、「武士」ではあるので許してもらおうか。

 十年に渡って、師匠と伊藤家の皆様に「武家」を習ったことではあるしな。

 多少は偉ぶって、信忠様に講釈を垂れても良かろうさ。


元亀三年 冬 古河 伊藤景竜


 永禄の終わりから元亀の頭までは、怒涛のように様々な出来事が伊藤家を襲ってきましたが、今年になって多少は落ち着きを取り戻してきたのでしょうか。


 元清には二人目の娘も産まれ、去年の暮れには伊織叔父に待望の子が産まれました。

 蕪木殿も四十を超えての初産ということで、大事を取って羽黒山で出産をしたとのことでしたが、無事、元気な男の子が産まれています。


 清様曰く、伊織叔父上にお小言を言われそうになったら、甥っ子、樹丸のことさえ話題に出せばそれ以上は怒られないらしいですね。

 わたしも大いにその技を使わせていただくことにしましょう。


 「叔父上、そのようなわけでして、横浜の造船所の拡張は無いのですが、関東を走る鎌倉街道の拡充と三浦半島の街道整備、特に林から直接横浜を望む棒路の整備のために、どうしてもこのような予算を鎌倉城としてはあげざるを得ないのです。何卒、信濃守様へもよろしくお伝えください」


 中丸、景広は落ち着きを持った声で、己の思いをそう伝えると、深々頭を下げた。


 信長からは景基が、まるで人が代わったかのように落ち着きを持ちだした、などといった感想が文に書いてありましたが、景広の変わりようも凄いですね。

 姉上とも話しましたが、これが鹿狼のご加護と言うことなのでしょうか。

 今までとは、内政、外政問わずに能力が桁違いに上がった印象です。


 本人たちは、頭に掛かっていた靄があの日から急に晴れたようだ、などと言ってはおりますが……まったくもって謎ですね。

 兄上ではありませんが、わからない物はわからないと認めましょう。


 一方、と言いましょうか、その反対に、と言いましょうか。

 ……元清はそれまでの精彩が嘘のようです。

 いえ、精彩というと語弊がありますかね、ただ、それまであった鋭さがなりを潜め、何事にも慎重に物事に取り組むような性格へと変貌を遂げました。


 どんなに簡単な問題にでも、裏を確認し、その行動の意味を訪ねるようになりました。

 ……これで、無邪気さが加わったのならば、童時分の兄上にそっくりというところですね。


 「わかりました。幸いに厩橋の鋳造所には材料も生産の余力も残してありますので、追加希望の五千貫文は問題なく造れることでしょうね。私の方から姉上には了解を取っておきますので、ご心配なく」

 「ありがとうございます。叔父上」


 鹿狼のご加護は礼儀作法にも影響があるのでしょうか。

 景広は折り目正しく、ぴしっと頭を下げ、部屋を出て行きます。


 「景竜、少々よろしいですか?」

 「もちろんです。伊織叔父上」


 噂をすればなんとやらでしょうか。

 評定が始まる前日の今日は、来客が多いですね。


 「話というのは……他でもありません。景藤からの文に関してです」


 そうですね。

 私のところに届けられた文の内容から、叔父上の下にも届けられていると感じました。


 「……どうなのです。率直な所、景藤は……」


 考えたくはないことではありますが、当家では私と叔父上、この二人が一番先に対応せねばならぬ話題でしょう。


 「……兄上はご自分の死期を悟っていらっしゃると思われます。何があってもおかしくない、そう思ったゆえに今後の方針についての考えを文にしたためて、私たちに送ってきたのだと思います」

 「やはりそうですか……私も駿河と遠江の国境の整理が終わっていないので、評定が終わったら、すぐにでも駿府に引き返すことになりますが、……景竜。申し訳ありませんが、あなたには厩橋に戻る前に勿来に行っては貰えませんか?」

 「はい。叔父上に頼まれずとも、その予定でおりました。伊藤家の行く末、兄上が心配されておられるそのことについて、何日掛かろうともすべてを話し合ってこようと思っております」

 「……よろしくお願いいたしますよ。……話としてはそれだけなのですが、評定を前に二三、周辺の情勢について、私は小太郎からもたらされること、景竜は棟寅からもたらされるを話しませんか?」

 「ええ、こちらこそ、お願いいたします」


 物事を判断するにあたって、また、兄上と後日会話するにあたっても、そのあたりの情報は重要ですからね。喜んで、お話しさせていただきます。


 「では、私の方から伝えましょう。明日に皆に報告せねばならない一番大きな話は、美濃の斎藤家に関してですね」


 ん?美濃ですか。


 「斎藤家家臣の竹中重治たけなかしげはるという男が単身駿府に来ましてね。まぁ信濃や木曽、能登と同じです。当家に臣従したいと……。ただ、それらの家とは違うのは、どうしても長尾家に対してではなく、当家に対して臣従したいと言ってきていることですね。その点が聞き入れられなかった場合は、話は無かったことにして欲しいとまで言って来ています」

 「……それでは、結局は無かったことになりそうですね」


 伊藤家が美濃の領主を従える……ちょっと、不可能ですね。美濃は川筋が発達していて、尾張の湊や長島の湊までは、商いの道が繋がっていますが、武凛久や少名を遡上させることが出来るような川だとは聞いたいたことはありません。

 当家が斎藤家を臣従させたとしても、物資・人員・兵員の輸送は困難を極める……というか、不可能としか言えないでしょうね。


 「ええ。その使者の竹中という男は、中々な人物に見えましたが、……提案してきた内容がそれではどうしようもありませんね。一応は信濃守様に報告と決済をお願いしますが、長尾家への臣従を勧めて、その後どうするかは斎藤家次第、ということになるでしょうね」

 「しかし、斎藤家は長年松平家とは縁深き関係であったと記憶しているのですが……」

 「そのあたりも竹中殿に聞きましたが、どうにも家康は、ただ単に松平を得川に変えるだけではなく、「松平は三河守、朝廷の臣。ゆえに家名の変更は朝廷の意向を」と言い出して、前関白の近衛の覚えで徳川と嘉字かじを使った家名にして、新たに三河守、尾張守を再拝命したようですね」


 はぁ。

 当家に連続して戦を仕掛けては大いに破れ。

 お家騒動では二代を抹殺。服属させていた名門の今川家をも断絶させ、その今川に連なる自分の妻子も殺した……。

 その汚名を、新たに朝廷から官位を拝命し、新しい家名も認めてもらうことで帳消しにしようと……さて、帳消しに出来るのでしょうかね?


 この数年、関東と九州の繁栄が著しくなってから、朝廷の権威は今まで以上に形ばかりの物になり、幕府の権威は露と消えて久しいのですが……。

 松平……徳川の家臣はその言い分に何らかを認めているのでしょうかね?

 私は疑問です。

 その権威が本当のものでしたら、斎藤家がかような判断を下すとは思えませんからね。


 「その経緯からか、どうにも今までとは違い、松平、徳川家は斎藤家に対して大上段からの物言いが増え、どうにも家臣として見ているのではないかとの声が強くなってきているそうです。そこで、竹中殿をはじめとした若い家臣たちが一致団結して、此度の伊藤家への服従を願い出た。ということらしいですね」

 「なるほど……しかし、それで竹中殿が使者として指名されるとは、意外と斎藤家の当主というのは噂程の無能というわけでは……」 

 「無いようですね。竹中殿曰く、女にだらしないところはあるが、頭の出来は悪くないそうです。異性が絡まらなければ、話がしやすい、と言っていましたよ」


 っくくく。そうですか。

 私も異性は好きな方ではありますが、それでどうこうする性質ではないので、理解に苦しみますが、近領の当主の出来が悪くないのなら、それに越したことはありませんね。


 「後は、遠江の茶を扱う農家や座、寺社の者達がどうにか駿河で取引を行って欲しいと嘆願してくることですかね」

 「んん?茶は駿河ではないのですか?」

 「ええ、私も茶は駿河の印象が強かったのですが、駿河茶の一大生産地である袋井は大井川の西、遠江なのです。彼らにとっては掛川を越えて大井川さえ渡れば、伊藤家と直接取引が出来るとあって大変乗り気なのです。今までは同じ駿河茶という看板の下での競争相手であった芦窪あしくぼ……駿府の北側ですね、こことの競争は浜松の商人たちに直接卸せる袋井がこれまでは優勢だったのですが、芦窪が当家の領地となったことを受けて、商いの争いに負けだしたということのようですね」


 なるほど。確か、徳川家は清康殿の方針で華美は……いや、言い換えれば支払いが良くなかったとのことでしたね。その一方で当家は、兄上を始め、皆がお茶好き。敵対していた今川家が駿河を治めていた時ですら買い求めていたぐらいでしたから……それは袋井の茶に携わる者達は、何とか商いの優位を求めたいでしょうね。


 「今では、日ノ本の茶はヨーロッパ人も大いに買い付ける商品ですからね。彼らも商いに力が入るというものでしょう……そうですね。私の思い付きではありますが、どうでしょう。そのあたりの地元の商売に関する仲介は、やはり地縁がある者を使うのが宜しいのでは?」

 「というと?」

 「井伊の虎殿を駿河に呼び寄せ、茶奉行に任じ、叔父上の手伝いをしてもらうのが宜しいのではないでしょうか?」

 「なるほど……茶奉行ですか。……虎殿を使うことは考えてはいましたが、茶奉行とまでは思いつきませんでしたね。うん。良い案です。その線で考えていきましょう」


 おや。

 叔父上から合格が貰える案が出せたようですね。

 私も少しは成長しているということでしょうか。

 今回は釜石の占拠と静岡茶の問題でした。

 牧ノ原台地は十九世紀に入っての開拓となるので、この時代は葵区と袋井周辺がメインとなりますかね。私は父方の祖父が掛川出身だった者なので、役所への書類取等々で市役所に言った時に、掛川市役所の給茶器?で飲んだ袋井茶のおいしさは今でも覚えています。

 また、いつか飲みたいものです。


 次回は竜丸君と乱入者が語り手となっての北の情勢ですね。


 今後もよろしくお願いいたします。

 m(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[一言] 「ふむ、若殿。少名も南蛮船であるために喫水は深いのですが、逆進性は高いためか、こういう上陸作戦には武凛久よりも融通が利きますな」 冒頭のこの部分の意味が全くわからないです。
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