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阿武隈の狼  作者: 平良中
-第一部- -第四章- 狼旗流転
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-第七十一話- 信濃からの使者

永禄七年 夏 鎌倉 伊藤伊織


 ここは鎌倉。

 今日は景藤が来ているとは言え、勿来や羽黒山から陳さんを連れてきているわけではないので、いつも通りの食事を食べるのかと思ったのですが……まさか、アルベルト卿が連れてきた南蛮の料理人が腕を振るうことになるとは……。


 景藤一行は林の湊でアルベルト卿の客人と会い、その客人一行を召し抱えたようです。

 本人は両親と娘の三人のつもりだったと言っていましたが……話を聞いてみれば、その一家は南蛮ではやんごとない血筋の方々だと……それなれば、親子だけで遠い異国に来るはずもないでしょうに!


 結果、その子。レオン卿と言いましたか、彼の配下の者達で総勢八十五名。

 水軍の兵員・士官だけでなく、女中の方々もいらっしゃる……それはそうでしょう。

 まったく、景藤は本当にところどころ抜けていて、俺達を困らせますね。


 「では、その方、イザベル菊と申したか。申し訳ないが勿来に来て、彼らの通訳と同時に言葉を教える教師も兼ねてはくれぬか?なに、勿来にはビクトルという神父もおるし、彼の弟子たちで言葉が操れるものが何名かおる。彼らと協力して彼らに日ノ本の言葉を教え込んでもらえるか?」

 「は、はい。承知致しました後見様!おらで良ければ喜んで皆様にお教えさせてもらいます」

 「頼むぞ!」


 三浦には林の湊があるおかげか、鎌倉にも南蛮寺院はあります。

 彼女、菊はその寺院で尼をやっている者のようですが、これからは勿来で言葉を教えることとなった模様ですね。


 「おお!大叔父上!なんとも南蛮の料理というものは肉ばかりですな!中丸は今日一日で南蛮料理が大好きになりましたぞ!」

 「はは、そうですか。確かに、このような厚切り肉を豪快に塩胡椒で焼いたものは、なかなか食べませんからね。一丸と仁王丸はどうです?」

 「……そうですね。美味しいとは思いますが、個人的に猪は味噌漬け汁の方が好きです」

 「私は大変おいしくいただいております!猪をステーキで頂けるなど、大感激です!」


 ほほう。仁王丸は南蛮料理が好物のようですね。

 たしかに、中丸と仁王丸は肉が好きだと聞いていました。その一方で、一丸は魚の方が好きということでしたね。


 「……?」

 「如何した?太郎丸よ。怪訝そうな顔をしおってからに……何ぞ猪の骨でもあたったか?」

 「……ああ、何でもない。ちょっとな……しかし、やはり肉を扱わせたらスペインの料理人は一味も二味も違うな!猪がこうも旨くなるとは……」


 ほぅ。景藤をして、南蛮人の肉料理には脱帽しますか。


 「いや、しかし、良いのでしょうか?レオン。コンスル景藤は私たちの為にこれほどのエスペシアを……いったいどれほどの金額になるのかと……」

 「ははは。マリア・ルイーサ、レオンよ。私が言うことではないが、気にすることはない。確かにこれらのエスペシアを本国で使ったら金貨が何枚あっても足りないだろうが、ここジパングはこれらの物の産地でもあるのだ。しかもコンスルの領地では塩も大量に作られているので、我々では考えられぬほどに安いぞ?」

 「なんということだ……おれはどこかでアジアを馬鹿にしていたのかも知れない……これほどの富を蓄えている家に仕えることになったのだ。きっと亡き父上も俺のことを誇りに思ってくれよう!」


 うん。

 何を言ってるかは解りませんが、アルベルト卿たちもこの味に満足しているようですね。

 しきりに頷きながら料理をかみしめています。


 「叔父上、明日は横浜に寄らせてもらおうと考えておりますが、造船所の進捗具合はどのような案配ですか?」

 「そうですね。確かに見てもらえば一目瞭然ではありますが……建築しているのは両家の造船所が一つずつに修理用の船渠が一つの計三つ。建物自体は出来上がっていますし、当家の造船所と修理船渠は中の方も完成しているので、人さえそろえれば作業は始められると思いますよ……ただ、佐竹家の造船所は中がまったくと言っていいほど出来ていません。ある意味、しょうがないとは思いますけどね、彼らにとっても南蛮船の作り方など全くの未知でしょうから」


 そう、外側は出来ても、実際の作業を想定して作られる内装に関しては全く手つかずの状態です。

 当家の造船所は勿来から横浜に移ってきた村上衆の者達が率先して準備を進めているので、ほとんど出来上がっています。後は、こちらの人間が必要なこまごまとしたものを揃えるだけだと、彼らも言っていましたしね。


 「……そうなると、初めのうち、彼らは当家での手伝いをし、そのなかで南蛮船の作り方を覚えることになりますかね。それから、徐々に自分たちの造船を始めて行けば良いのでしょう」

 「そうなりますかね……しかし、景藤。当家ではもう武凛久は使わない方針なのでしょう?どうするのですか?要らない南蛮船を作ったとしても銭の無駄でしょう……」

 「はい。当家では使わないので、売りましょう!伊達と佐竹に!」


 なるほど、その手がありましたね。

 佐竹の職人たちも自分たちの主が使う船ならば、仕事にも熱が入ろうというものですしね。


 「では、そちらの方は佐竹に売る方向で進めましょう。元景と父上にもそういう形で義里殿と話を纏めるよう伝えておきます……で、修理船渠の方ですが、こちらはアルベルト卿を連れて行くということですが?」

 「はい。修理船渠の主な顧客はスペイン海軍になると思いますので、それならば実地検分は本人たちにやってもらおうかと思います。今すぐには言葉の問題や生活に不安があるから無理でしょうが、できたら何名かのレオンの部下たちに滞在してもらいたいと考えていますから」


 それは良い考えです。

 もし、景藤が言わなければ私の方から提案していましたからね。


 「……?コンスル景藤。わたしの名前が出たようだがどういう?」

 「ああ、先ほど簡単に話したとは思うが、実はこの近くに新しく造船所と修理船渠を造っていてな、何年か後には、そこでレオン卿の部下のうち何名かは働いてもらいたいと考えているのだ。船大工の技能を持った者もいるとのことであったろう?」

 「なるほど。そういうことか、ならば腕利きの船大工が五名ほどと、その弟子が十名ほどいる。言葉を覚えた者の内から、希望者を募れば良いのだな?」

 「そうだね。そう考えている……まずは明日に造船所を見ていただき、アルベルト卿とレオン卿には忌憚のない意見を出してもらいたい。そして、是非ともアルベルト卿には修理船渠の良い顧客となっていただきたいな!ははっはは!」

 「「っはっははは!」」


 何を言っているのかわかりませんが、話はまとまったようですね……しかし、こうなると、俺もスペイン語を習った方が良いのでしょうかね。

 なんとなく、悔しい気分にさせられますからね。


永禄七年 冬 厩橋 伊藤景竜


 「景竜様!どうでしょう!三國通宝の第一陣の出来上がりです!ご確認ください!」


 伊達、佐竹、伊藤の三家合同で造られる三國通宝。今日は正式な鋳造の出来上がり初日です。


 今回は初年度ということで、予算の作成が間に合わなかったので、仮にということで各家に二千貫文ずつ渡すことになっています。

 厩橋周辺の鉱山からの物だけで作ったとしても年間に五十万貫文は楽に作れますから(施設装備は足りませんが)、今年の数量は本当にお試しの数量ですね。

 来年以降の予算が上がって来てからが本格始動となりますが、景藤様との試算では年間に合計で五六万貫文、各家で一万五千から二万ですね、このぐらいの年間鋳造量で落ち着くのではないかという結論に達しました。

 鋳造の方は村正衆の人たちを頭に、三百名ほどで構成されている鍛冶職人たちが問題なく運営しているので、私の方は各家から寄せられる資材と予算の割り振り管理が仕事になりますね。

 まぁ、どうとでもなるでしょうね。


 「おう。ここにいたのか景宜かげのぶ……で、どうよ竜丸よ。試作の段階で俺も確認をきっちりといれたが、……しかも、今日は初回ってことで俺が直々に指揮を執ってみたぞ。自分で言うのもなんだが、いい出来だろう!」

 「確かに、こうして一通り見させてもらっていますが、形も揃っているし印字も美しい、重さも均一になっていて……景能爺、ありがとう。太郎丸様に代わって頭を下げます。本当にありがとう」

 「けっ!良いってことよ。こっちこそ、桑名で好きでもない形の刀を適当に作って暮らしていた、腐りきっていたあの頃から救ってもらった身だ。こんなことで恩を返したとは思っちゃいねぇよ。まだまだ太郎丸からは、あれ作れ、これ作れと言われ続けてるからな……しかし、まぁ、俺もいい年だ。いつお迎えが来るかわからねぇが……ひょんなことからできた倅の景宜も年が明ければ十六。こいつには物心ついた時から鉄を打たして来た。まだまだひよっこではあるが、俺の後継者になれるだけのもんは教え込んだはずだ。これからは、こいつが奥州村正衆を率いることになっている……俺への感謝の気持ちがち一とばかしでもあるんなら、景宜に返してやってくれや、な」


 なんですか、湿っぽい。


 「……わかりましたよ景能爺。景宜、これからもよろしく頼みますね。太郎丸様からの無茶な注文が止むことは無いでしょう。……一緒に苦労していきましょう」

 「はい!こちらこそお願いいたします景竜様!」


 いい返事です。

 弟とはこんな感じなんですかね、可愛いです。

 私は思わず景宜の頭をぐりぐりと撫でまわしてしまいました……景宜はくせっ毛で楽しい撫で心地なんですよね。


 「おや、景宜。旦那様に頭を撫でられて気持ちよさそうですね。羨ましいわね……虎、私たちも撫でてもらいませんか?」

 「なんと、お市様、それは名案ですね」

 「はぁ、お市様も虎様も戯れはそのぐらいにせねば……本日は越後から上布の商人が城に来るのではなかったでしょうか?その席で景竜様に見立てて貰うのでは?」

 「ああ!そうでした、そうでした。よくぞ思い出させてくれましたよ、多恵!さささ、旦那様お約束の時間です。越後からの布商人が三軒ほど、広間で品物を携えて待っています。早く行きましょう!」


 まぁ、貨幣の確認という一応の仕事は終わらせましたが……なんともお市が厩橋に来てから、どうにも……城中、城下を問わず引っ張りまわされる日々が続きますね。

 こら、引っ張るのを虎まで真似ない!


 「で、では、景能爺、景宜。確認はしましたので、蔵の方にその銭は仕舞っておいてください。正月に私の手で古河に運んでおきますので……」

 「おうよ!竜丸はしっかり女房達の機嫌を取っときな!」


 有難くそうさせて頂きますかね。


 ……。

 …………。


 「ではこちらの上布で整えさせて頂きます。それでは、某はお殿さまとお支払いの方の確認を……」

 「おお、よいよい。旦那様としっかり話しておくれ。私たちは今しばらく上布を見させてもらうが、構わんか?越後屋よ?」

 「はい。もちろんでございます奥方様」


 ……。


 「それでは、越後屋。こちらへ……」


 私は越後屋を広間からは少々離れた書斎へと案内する。


 「ふぅ……何が、越後屋ですか?!真田殿ともあろうお方が!」

 「おや?ばれておりましたかな?結構うまく化けたつもりでしたが……」


 ある意味では化けるのが上手すぎるんですよ。


 ですが、私は二十半ばとはいえ、伊藤家の上野を統括する立場の人間。

 ただの商人がそこまで物おじせずに対応するのは少々難しい立場の者でしょう。


 「まったく……お父上がそのようなことでは御子息方が大変でしょうに……」

 「はははっは。鳶が鷹を産んだというやつですかな、四人の息子は全員儂なんかに似ず真面目でしてな……いや、昌幸だけは儂に似ておりますかな?そうすると三人ですな。わははは!」


 なんとも、憎めないお人ですね。


 「して、ご用意の向きは?」

 「おお、そうでしたな。実は……今回の上布の代金ですが、どうか三國通宝で払って頂けないものかと思ってお邪魔した次第」

 「すべてを三國通宝で??」

 「ええ。すべてを……」


 ……何でしょう。

 長尾家は三國通宝には参加しない筈……だからこそ四國通宝ではなく三國通宝となったはずですから。


 「よろしいので?長尾家は輝虎様のご意向で新造貨幣には参加しない方針だと聞き及んでおりますが?」

 「構いません。造幣に参加しないだけで、民の商売で使う分の否定はお屋形様もしてはおりませぬ故……まぁ、隣国の様子が気になる家臣共の戯れとお思い、どうか融通して下され」

 「……それこそ、構いませんが……全量だとそこそこの量になるのでは?」

 「はい。そこそこの量をお願いいたします」


 ……ふぅ。しょうがありませんね。

 相手は百戦錬磨の真田殿です。腹の探り合いは初めからこちらの分が悪いのですから。


 「では、支払いはそうしましょう」

 「おお、それは忝いことでございますな。これで、信濃川に面する地域を領するすべての者達が喜びましょうぞ」

 「……信濃川に面する全領主・・・ですか」

 「はい。全領主・・・ですな」


 ふむ。だから、腹の探り合いは私の分が悪いのですが……せめて、脇に伊織叔父上がいればもう少しは楽が出来るでしょうがね。


 「では、皆様にはよろしくお伝えください……ただ、当家の主だった者、もちろん私を含めてですが、我らは先年に当家で悪さをした「鳶加藤」なる草の者とその背後の者達を許す気はありません。その点もご説明してくだされば有難いですな!」

 「……「鳶加藤」ですか、懐かしいですなぁ。かの者は何年も前に信濃・・北越後・・・からは離れた存在となっておりました。儂らとしてはただただ迷惑な存在。風の噂ではどこかの山中で命を落としたとのこと。死者を冒涜する気はさらさらございませぬが、我らにとっては清々した、というのが率直な所ですな」

 「……わかりました。皆様のお心はご隠居さまや信濃守様、後見様には必ずお伝えしましょう」

 「はい。よろしくお願いいたします」


 まったく。

 伊藤家にはこの手の狸型の人間はいないのです。


 何故か、こういった役目が振られる私や伊織叔父上には、景藤様ももう少し配慮があっても良いと、私は思いますね。

はい。伊藤家のブラック担当の若い方がストレスを溜めています。

 爆発しないうちに多方面で発散してくれることを作者は祈っております。


 さて、伊藤家の食卓に中華料理に加えて欧州は地中海スペインの風が吹く予感です。サンタクルス家の料理人と炎の料理人陳さんとの対決はどうなるのでしょうか。

 たぶん描きませんが、見ものです。


 では!今後ともよろしくお願いいたします。

 m(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[一言] うん、流石にイスパニアの方々の前で英語は失言でしたね。
[気になる点] 伊藤家によって貿易品目増加や造修施設の整備など史実の金銀が魅力となるだけでなくなった日本。 欧州勢力にはより魅力的な地となると思いますが歴史を知る主人公もほぼ無警戒。(造修施設整備に…
[一言] >「如何した?太郎丸よ。怪訝そうな顔をしおってからに……何ぞ猪の骨でもあたったか?」 その前の仁王丸のセリフだろうな……
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