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阿武隈の狼  作者: 平良中
-第一部- -第四章- 狼旗流転
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-第六十九話- 三國通宝

1564年 永禄七年 春 古河


 「なにゆえに、そこまで長尾殿が反対されるのかをお聞きしても?!」


 思いがけないほどの強固な反対意思を表明されて輝宗殿も面食らっているな。

 正直、俺もびっくりしているけどね。もし長尾が反対の姿勢を取るにしても、せめて新貨幣圏内に加わらないぐらいかと思っていたのだが……反対とまで言うのか。

 こりゃ、越後に赴いて下交渉しとくべきだったな……。


 近年の当家に対するちょっかいの掛け方から、越後に行くのを嫌ってしまったんだが……。

 ……越後に行くのは怖いけど、どこか別のところで長尾家の重臣と話し合いを持たなければだめだな、こりゃ……失敗、失敗。


 「……そうですな。なんたらと細かい理由はあるのですが、どれもここにおわす皆様には簡単に論破されるでしょうから、枝葉の話は致しますまい。当家のお屋形様……長尾輝虎様は内々にではございますが、関白であられる近衛前久様の妹姫を娶られましてな、最近は富山城にて幸せそうにお暮しであります。その縁もあり、畿内の……いえ、宮中の発言が強く当家に入って来るようになり申した」


 ありゃ……上杉謙信と言えば生涯不犯の伝説が前世世界では信じられていたが……まぁ、恋文なんかも実際には見つかっているし、様々な恋話も伝わっていたしな。百戦錬磨の公家に掛かれば、ああいう堅物程イチコロなんだろうさ。


 「……して?」

 「義里殿、あまり某を責めないで頂きたい……つまりはそういうことでござる。懇意にしている近衛家を、関白様を通じて貨幣新造などまかりならん、そのような大事は宮中でこそ諮るべし。などと言われ当家では反対の立場を取らざるを得ぬのです……」


 言葉は繕っているが、景綱殿の表情は相当に涼しいぞ。


 片や、幸隆殿は相当に苦しい表情だな……あのオッサン、わざと顔を作って三家に対して自分アピールしてないか?表裏比興のオヤジなだけあって、簡単には信じられないからね、幸隆殿。

 ただし、日ノ本一の兵には興味があるので、是非とも仲良くはしたいのですけどね!


 「細かい反論はしたくはありませぬが、甲州金や各勢力が出してる紙幣などの扱いはどうすると言うのです?そもそも、今の公家や宮中に貨幣を鋳造できる力など欠片もありますまい?あまり言いたくはありませぬが、偽銭なども日ノ本中で作られている今の事態に関しては、いかな力不足の宮中でも簡単に把握出来ましょうに……」

 「輝宗殿……その通りです。そのように我ら家臣も言ったのですが、残念ながら、宮中が、関白が、帝が、などと畿内のことを出されては到底強く言えんのです……そこで、某たちからの折衷案なのですが」


 拝聴しましょう。

 ……なんとなく言いたいことは解りますが。


 「新造貨幣については当家は参加しませぬが、御三家で行われていることに関しては一切の否定をしませぬ。長尾家の領内での流通に関しては確約できるものではありませぬが、内政を司る某、信濃を預かる幸隆が最大限の配慮をいたします。そのあたりで話がまとまりませぬかな?」


 ……ん?

 もうちょい、ゴッツイ話を要求されるかと思ったんだけど……。

 君たちの領内では使いますよ、ってことかい?


 確かに、信濃を管轄している真田殿と与板城城主で越後平野の信濃川の流通路を監督している直江殿が認めてくれるのなら、実質、長尾家の大半が新造貨幣の使用を認めたようなものじゃないか。


 「……それで、よろしいのなら」

 「それは、参加はせぬが反対もしないということで?……輝虎殿は断固反対と言っておったのでは?」


 義里殿と輝宗殿も不思議がっているな。確かに、冒頭の断固反対からはだいぶ温度差がある。

 ここだけ聞いていると、主君と家臣の間に溝があるようにも聞こえてしまうな。


 「ははは。皆さま方、そう真剣にお取りなさいますな。所詮は東国のことなど一切解らぬ、解ろうともせぬ畿内の口さがない小虫ども相手です。あやつらには適当な方便を使い、我らは我らで実を取ろうという話でござるよ。富山や直江津の湊では彼らの目がありますので、お屋形様も表立っては動けませぬが、我ら両名の領地がある信濃川を使った商いの路と、その積み出し湊として整備された新潟の湊では万全の態勢で新造貨幣を使う所存でございますぞ!正直な所、碓氷峠を通しての関東との商い、新潟の湊を通しての酒田湊との商売が無くなっては直江と真田は干上がってしまいますからな!はっははは!」

 「左様でございます。これは某も幸隆殿のようにざっくばらんに話せば良かったですかな?ははっはは!」

 「「は~はっはは!!」」


 う~ん。作り笑いは重要。


永禄七年 春 古河 伊藤元景


 あれから貨幣についての話し合いは昼の食事を挟んでも続けられた。

 途中からは直江殿と真田殿が退席し伊達、佐竹、伊藤の三家での話し合いとなったわ。


 確かに、各々の家が所持している鉱山から、貨幣鋳造の為に持ち寄れる銅、鉛、錫の数量を話したりとしたので、鋳造に参加しない長尾家には退席してもらうしかなかったわよね。

 まぁ、逆に居合わせても居た堪れなくなるだけですものね。


 そして三家による話し合いの結果、伊達家も佐竹家も伊藤家も豊富な鉱物を持ち寄れることがわかった。資材、銅を規準に考えると、楽に年間に数万貫を鋳造できることもわかった。


 「しかし、一国あたりで年に数万貫分ですか……この数量が鋳造できるのならば、領内にあるすべての悪銭を集め出す施策を実施し出すことが可能ですな」

 「ふむ。しかし、それだけの銭が造れるのならば普通に我らが使う形ではいかんのか?」


 ああ、輝宗殿の素朴な質問ね。

 たしか景貞叔父上が貨幣鋳造の話を聞いた時に思い浮かんだ疑問……だったかしら?


 私もちらりとは思ったけど、結局際限なく造れる立場の者が際限なく使ったら、価値が瞬時に崩れるというのは理解できたわ。

 戦場でも、兵数が幾ら有利とはいえ、死兵や正面突撃ばかりを使う将の下には、最終的に兵が集まらなくなることと一緒よね。


 「それはあまり良い方法ではございませんな、輝宗様」

 「基信よ、それはどういうことだ?」


 そろそろ昼飯から一刻半ほどたっているので、お茶と菓子を摘まみながら話し合いを続けているわ。


 直江殿と真田殿はそろそろ宿で湯でも浴びている頃かしらね。

 特に、直江殿は前回の古河で入った温泉がいたくお気に召したそうで、長尾家に用意した宿の名前を聞いて、踊り出さんばかりに喜んでいたわね。

 表情には出ない感じのお人かと思ったけど、本当はなかなかに愛嬌のある人だったのね。


 「それはですな……ずずっ。我らが制限なく散財が出来てしまうことになるからです。そうなっては、簡単に銭の価値が崩落してしまいます。それを防ぐために考案されたのが景藤殿の言う「予算」の概念ですな」

 「左様です……ふーっ、ふーっ。年間に貨幣鋳造する数量は予め決められた数とする。その貨幣は、領内での悪銭との交換と、領内、領民への支払いに充てるのです。決して商人との売買に使ってはなりません。例えば、堺の商人と五千貫分の買い物を全て新造貨幣でしたとしましょう。まず、間違いなく次回は同じものを六千貫、その次は七千貫と値を変えてくることでしょうからね」

 「ふむ……もぐもぐ。それが「銭の価値が下がる」ということか……」


 どうやら輝宗殿は陳さんの作る胡麻餡餅が気に入ったようね。

 確かに、これは絶品だわ。


 「……さらには、此度の貨幣鋳造は領民の使える銅銭量を増やすことが目的。領主一族が持つのではなく、領民に配ることこそが重要ということですな。ふむ……ずずっ。当家では今後様々な建て物を建てていく予定、そのような場での人足への支払いを新造貨幣で行えば良いということですな。これは、一日でも早い鋳造を始めなければなりませぬな」

 「なるほど……確かに当家も酒田に塩釜、阿武隈川に最上川と整備せねばならんものは無数にある。この辺りが父上が急ぎ鋳造開始を求める理由か……」

 「そういうことと相成りましょうな」


 もぐもぐ。

 輝宗殿は勿来で、景藤から一通りの説明を受けていたというわ。

 その時のことを悟らせないよう、上手く腹芸を使うものね。

 ……相手が義里殿だから、通用してるとは言い難いけど、二十そこそこであの落ち着きは大したものよね。


 「では、我ら三家の意見を纏めると、予算の取りまとめが出来次第、新造貨幣の鋳造を始めるということで良いのかしら?材料と予算案が届けられ次第、厩橋の鋳造所で貨幣を造りだす……この内容でよろしいでしょうか?」

 「異議はありません」「はい。賛成致します」


 全員賛成、異議は無いようね。


 「……では景藤、そのように進めて頂戴」

 「はっ。承知致しました」

 「しかし、こうして試験品を触らせてもらいましたが、これほどまでの物が造れるのでしたら、心配はいりませぬな……伊藤家の技術は存じておりましたが、実物を見て安心しました。のう?基信」


 胡麻餡餅を食べ終わった輝宗殿は、景藤が持ってきた試験品の銅銭を手に持ちながらそう言う。

 確かに、今年の年号「永禄七年」と書かれた新造通貨と明銭を真似たもの永楽銭の偽銭の出来は大したものよね。これも一つの景能爺の技術の粋よ……諸々を管理することになる景竜は大変でしょうけど。


 「あっと、そういえば決め忘れていたことが一つ」


 ガチャンっ。


 景藤が何かを思い出したよう、慌てて磁器の湯飲みを机に置いた。

 まったく、その湯飲み一式は父上のお気に入りなんだからね。欠けてたりしたら、父上が悲しそうな目で落ち込むのが目に見えるじゃない。

 扱いは丁寧にしなさい!


 「……なんですかな?」

 「新しく造る銅銭の名前と書きこむ文字に関してです」

 「はて??このように年号を刻むのではないのですか?中々に斬新であると同時に作った時期がいつなのかが一目でわかり、非常に良いと思ったのですが……このままで良いのではないですか?」

 「ええ、某もてっきりこの図案で行くものだとばかり……」


 あら?言われてみればそうね。

 私もこの図案で行くものだと思っていたわ。


 「景藤、皆様からの反応も良いのだから、このままで進めたら?……念のために皆様には国元に帰ってから家中の皆さまの反応をお聞きになれば良いのではないかしら?そこで、反対意見が出たら、その意見を参考にしつつ、多少の手直しを加えるということで構わないと思いますが……如何でしょうか?皆さま」

 「そうですな。信濃守様のおっしゃる流れでよろしいかと」

 「……そうですか。では呼び名は……?」


 何やら肩透かしでも食らったような表情ね。

 けど、年号が刻んであるというのは良い考えよ。

 ある程度の経過年数がわかれば、重量をいちいち量らなくても、見た目で不自然な偽銭は弾けるもの。使う方にとっては安心感が増すと思うわよ。


 「呼び名は元号に通宝と付ければ……と、それでは長尾殿の下に届いたような宮中からの苦情に根拠を与えてしまいますか……では地名ですかな?」

 「義里殿、地名とは?」

 「そうですな……鋳造する場所、関東なり、上野なり、厩橋なり、古河なり、鎌倉なり……」


 確かに鋳造する場所ではあるけれどもそのどれもが当家の領地からの地名だけあって、何か申し訳ない感じよね。

 それよりは……。


 「この銅銭は三家で協力して作り出す物です。ですので、三家通宝……いや、三國通宝みくにつうほうでどうでしょうか?」

 「なるほど、三國ですか」「それは良い!」


 とっさの思い付きだったけれど、どうやら賛成が貰えたようね。


 「では三國通宝ということで……では表面には三國通宝の文字と裏面には年号を……と年号は大丈夫でしょうか?それこそ畿内の方面的に……」

 「そのぐらいは構わぬのではないでしょうか?正直な所、我らの書面には大体において年号が書かれております。流石に、宮中からいちいち年号の使用に文句をつけてくることはありますまい。でありましょう?義里殿」

 「そうですな。その程度なら問題は無いかと……」

 「そうです。その程度のことに迄文句を言ってくるのならば、いっそのこと南蛮暦でも書いてやれば良いのではないですかな?」


 なかなか輝宗殿も言うわね。

 しかし、彼もこの一日でだいぶ砕けてきたわね。

 初めて晴宗殿から紹介を受けた時などは、どうにも硬い様子で、ちょっと心配してしまうところもあったけれども。


 「ははは。ではそのようなことで決まりですな。これは国元に早く戻って予算を作らねばなりませぬな!今から、領内で三國通宝を使うのが楽しみでたまりませんな!ははは」

 「それがしも太田で義昭様、義重様に報告するのが楽しみでたまりませぬ」

 「私も厩橋で鋳造を始めるのが楽しみでしようがありません」


 皆、楽しそうで何よりね!

 でも、太郎丸。あんたが鋳造をするんじゃなくて、準備から何から何まで全部を景竜に丸投げするのでしょうが!

 元首会合、実務者協議を経て数年がかりで新規通貨の鋳造がめでたく決定しました。

 果たして、いつから厩橋で鋳造が開始されるのでしょうか。

 そのあたりは予定通りに始まることを作者は祈っております。出ないと、竜丸君の胃に穴が空いてしまいそうですからね。


 ちなみに、ここまで章タイトルを決められずに来ております。

 (UPされるまでには思いついていると信じたいです(笑))

 なんでしょう。「先の展開を変える!」なんて言わなきゃ良かった疑惑が出てきております(笑)


 ……ただ、もしかしたら、そこまで大きく変えないで進むこともあるかも知れません!

 プロットは偉大ですからね!


 さてさて、今後ともよろしくお願いいたします。

 m(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[一言] 銭を作るとして重要な鋳造用の鋳型を彫金師に作らせるとして足利将軍家に仕えた後藤家が信長、秀吉、家康と仕えています。 足利家に仕えていたときは刀の鍔の細工職人だったけど、信長の時代から秤の分銅…
[一言] 今回のお話、よく読んでると商人向けの支払いに新通貨を使わない代わりに普請の領民への支払いに使うということだけど佐竹の横浜港関連事業の伊藤家からの人夫などにも使えるということになればかなり佐竹…
[良い点] 義風堂々だね〜、愛ちゃん出るかな〜(恐ろしく先になりそうw) 因みに責めてる訳ではなくてすごく嬉しいながれ、謙信と前久はマブダチですし。
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