-第六十二話- 小田原城陥落
永禄四年 秋 古河 伊藤元景
「……というわけでして、当方の甲斐攻めの最中、越中の神保より援軍の要請が参りました。一向宗の一揆勢と手を組んだ畠山が、富山城にまで押し寄せているとのこと。神保家は伊藤家の仲介により、当家に臣従してきた家。当家とのつながりは薄いながらも……」
なんか、やけに恩着せがましい男ね。直江景綱とか言ったかしら?
父上と同年代の人よね。嫌味を言い募ることが仕事だとでも思っているのかしら?
「……と相成りまして、当主輝虎は急遽、越中に軍を向けることとなり、佐久からの侵攻軍の差配は斉藤朝信が務めておりまするが、如何せん兵力が心もとなく、武田方も今川、伊勢からの援軍がありますので……」
要するに、当家に「助けてくれ」って話よね。
「甲斐侵攻を始めるので伊藤家は黙ってみててくれ」って輝虎殿からの書状、銭湯建築で忙しい盛夏に受け取ったことはよく覚えているわよ?
書状を受け取った時に、景藤にも相談したけど、お互いに「甲斐に攻め込むと今川と伊勢が出張ってくるけど大丈夫?」って思ったものよね。
越中の情勢は初耳だけど、甲斐への援軍要請は「やっぱりね」ってものよね。
「……と、何卒、信濃守様のお力をお貸し願いたく、この景綱、伏してお願い申し上げまする」
あ、漸く口上が終わったのね。
「直江殿。長尾家からの要請しかと承った。されど、援軍内容については少々皆と詰めねばならぬこともある。本日は城下の温泉宿に部屋を取ってある。長旅でお疲れもあろう、まずは湯などで体を休め、明日、またお話ししようぞ。それまでには当家の援軍の体制も決まっておろうからな」
「忝いお言葉です!では……明朝」
「ああ、では、明日」
明日と念押し返しをしたので、ちょっとだけ不満そうだったけど、直江殿は席を立ったわ。
越後から関東は街道もよく整備されていて、使者たる直江殿はそれほどの日を掛けずに古河まで来れたでしょうけど、温泉でも浴びて疲れを取ってもらいましょう。
古河では数少ない天然温泉だからね。湯を楽しんでもらいましょうか。
しっかし、どちらにせよ援軍は出すのだから、そう急かさないでもらいたいものね。
「では、援軍規模と行き先を話し合いましょうか……なんというか、まだ景藤たちがこちらに残っていて助かったわ。だいぶ勝手は違うでしょうけど、下総・武蔵の一軍を率いてもらうわよ」
「承知しました。で、姉上はどこに兵を出すおつもりで?」
「そうね……」
うん。景藤め。
ちゃんと呼び方を「姉上」に戻したわね。えらい、えらい。
この間なんか「信濃守」呼びをしたからね、頭に来て久しぶりにひっぱたいたわよ。
ある程度形を付けなきゃならない時には、しょうがなく信濃守呼びにも耐えるけど、基本は無しね。
だって、別に官位とか私がもらってるわけでもないし、そもそも官位呼びとかって田舎者の劣等感丸出しじゃない?なんか気持ち悪いわよね。
「普通に考えれば、八王子から三増峠を越えて吉田を狙う形よね……ただ、その場合は狭い山道を行軍して、隘路で狙われる。あまり安全とは言い難い行軍路になるわね」
「同感です。なので、ここはひとつ関宿の時と同じように、援軍を別方面に引き付けましょう!」
「……ふぅ。小田原ね。攻略が終えた暁には……伊織叔父上に頑張ってもらいましょうか……」
伊勢家は領地が伊豆と小田原だけになっているとはいえ、小田原城は堅城の呼び声高い城よね。
どうやって攻略するつもりかしら?
「で、具体的にはどういう形で攻略をするのじゃ?小田原は元が言うた通りの堅城じゃぞ?」
「確かに、小田原は箱根に通ずる台地を利用した山城。されど、本丸はそれほど高い場所には建っておりませぬ。面倒なのは、その奥の付け城に逃げ籠られた場合ですが……まぁ、今回は盛大に城を壊して敵軍の心を折って行きましょう!丁度、羽黒山で大砲の試作品が出来上がったところです。南蛮から仕入れた分と投石器も最大限活用していきましょう!」
……要するに、羽黒山で作った大砲の実験がしたかったのね。
「……けど、三春の山と違って小田原から箱根の山は繋がっているわよ。この間のような山火事とかになると洒落にならないから、場所と投げる物は考えなさい!いいわね!?」
「あ、はい」
これは忘れてたわね。景藤と景能爺は、発明品の実験を始めると見境が無くなっちゃうのが困り物よね。
今回は最初から十分に目を光らせておかないと……秋で台風が来る季節とはいえ、天候の運任せで山火事なんか起こさせないわよ。
伊藤家の悪名を高めるようなことは御免よ。
「では、我が軍は小田原に向かうということじゃな。では陣立ては如何する?」
そうね、実際の陣立てを考えなくては。
「季節も秋になり収穫も終わった今、徴兵も問題なく進むでしょうから、大兵力で一気に片を付けましょう。下総から二万、武蔵から二万、相模から一万の計五万とします。下総軍は古河に集める分は私が、関宿に集める分は景藤が指揮。父上は河越に集める分を、岩付に集める分は政繁に任せます。相模は伊織叔父上にお任せし、補給は清と秀吉に担当してもらいます……大砲は信長が勿来経由で持ってくる形で良いのかしら?」
「はい。景能爺と一緒に大砲と弾薬を運ばせます。途中で下田からの船と相模湾でやり合うことになりましょうが、特に問題は無いかと。勿来で鍛えた水軍の力を発揮できると知れば、皆も張り切りましょう」
「ではそのように、第一陣の出立は五日後、政繁の軍から順に行軍開始。武蔵の軍は伊勢原城に、下総と相模の軍は平塚城に集め、小田原への進軍は日取りを合わせます。よろしいか?!」
「「はっ!」」
これで、伊勢家も関東から完全に追い出されるわね。
長尾家の甲斐制圧は、越中にも兵を振り分けさせられるというのなら無理でしょうけど……少なくとも、今後はあちらからの侵攻が出来なくなる形にはなりそうね。
早いところ関東に平穏を取り戻して、領内の銭湯の数を増やす作業をもっと進めないとね。
川沿いは何とかなったけど、武蔵の山手の方から嫌な予感がするから。
1561年 永禄四年 秋 小田原
「お主の言う通り、伊豆の水軍衆は一切の兵を出さなかったな?これで、奥州からの大砲も届き、攻城の準備も出来上がったというものだ」
「はっ!伊豆衆筆頭の清水康英殿は、長きに渡って北条家に仕えてきた伊豆衆の自負がございます。それが、ここ最近の氏康様の方針で、御一門衆の手勢による伊豆の全領地の検地やり直しと家族の小田原移住の命を受け、非常に腹を立てております。本来ならば、伊藤家の旗の下に集いたいと思っておるのですが、領地は伊豆の下田。水軍を率いる立場にもあり、湊を捨てることが出来ぬ自分をどうかお許し願いたいとの言葉でございます」
「いや、此度の動きで十分に当家は助かっておる。康英殿に伝える機会があれば、この景藤、深く感謝していたと伝えていただきたい」
「はっ!後見様のお言葉、必ずや伝えさせていただきます」
ここは小田原は早川の湊、その脇の観音寺に場所を借り、陣を立てている。
小田原城本丸までの距離は、半里ほど。スペインより輸入してきた大砲にとっては十分に射程距離の範囲である。
そして、今目の前にいるこの男。名を北条康繁、かの綱成の嫡男である。
彼は、俺の率いる軍が平塚に入った時に接触を図ってきた。どうやら、伊織叔父と景竜から常々誘いを掛けられており、当家への連絡手段を持っていた男だったようだ。
「で、こうして直接顔を合わせることが出来たわけだが……改めて聞こう、本当に北条、伊勢家を出奔し当家へ仕えるのか?」
まぁ、これが偽の投降だとしても、既に大砲を積んだ武凛久船団が早川に入っちゃってるから、問題は無いんだけどね。ある意味、様式美の質問。
「はっ。氏康様は関宿の戦いで後見様に敗れ、その後に河越夜戦で左腕を失くされました。その頃からお人が変わられたように配下の者を信じ無くなられました……父もはじめの頃は河越城主を任され、武蔵を統括するよう言われておりましたが、夜戦の後は伊豆の韮山城へと配置換え、さらに氏康様は苦言を呈した幻庵様を初めとする御一門衆の尽くを伊豆へと追いやりました……それから、数年。冷や飯食いの苦労にも耐え、ようやく地域の開発が進んだと思った折に、田畑を取り上げる形での検地……父は亡き氏綱様への御恩によりこの場には来れませなんだが、その本心は某と同じでございます。どうか、これよりは働きに見合った、正しき役割を与えて頂ける主に仕えることをお許しいただきたいと存じます」
頭を下げる康成。
……いや、当家では一切の土地が持てないよ?
けど、ここで冷や水をぶっかけちゃうのもなぁ~。
「なんとも有難い申し出だ」
俺は康成に近づきその手を取って頭を上げさせる。
「康成殿。その方の務めについては後日、信濃守様から正式にお話しがあろうが、悪いことにはせぬ。そのことはこの景藤がしかと請け負おう……だが、それにはまず小田原城を落とさねばならん。何ぞ康成殿には策がおありかな?」
「はっ。書状にてお伺いしたように、後見様には小田原の本丸を破壊する手立てがおありと……」
「うむ、奥州から持ってきておる大砲と投石器で、問題なく本丸は破壊できよう」
姉上からは山火事厳禁と言われているが、見た感じ本丸部分と奥の付け城、箱根の山は繋がっている……というほどでもない。本丸が爆破炎上しても山火事にはならんだろう……たぶん。
今回は褐炭なんかは持ち込んでないし、爆発が起きても粉塵爆発と火薬庫への引火ぐらいだろう?
起きない、起きない!
……三春では起きたけどね。
「ならば、先に某と同じ考えを持つ和知直頼殿が付け城に居り申す。和知殿は白河結城家に長年仕えていたお家の方なれど、伊達家による白河結城家取り潰しの後に、北条家へ身を寄せた御仁。白河に居った時から父とは交流があり、某にとっては信頼のおけるお人です。今回、まずは付け城に退避しておる伊豆衆や他家の人質を和知殿が逃がしまする。その後に後見様が本丸を攻略すれば、いかな氏康様とて備えに厳しい付け城で抗戦をするとは思えませぬ。伊豆へと引き上げることになりましょう」
なるほどね。
確かに防御に薄く、兵も沢山は入らない付け城に籠るのは不安になるだろう。
だって、目の前でその付け城から人質を逃がされてしまうわけだからね。
それに、氏康自身も身の回りの家臣以外は信用していないのだろう。そんな家臣たちを引き留めるための人質が逃げてしまったら、援軍の集まりにも期待できない。五万を追い払うとしたら、武田と今川からそれに匹敵するだけの援軍を寄越してもらわなければならないこととなる……それは無理だ。
両家共に長尾家、松平家と交戦中なのだ。いくら小田原が危険だからとて、数万の援軍など出しようがあるはずもなし。ここは逃げの一手だよね。
「良かろう、康成殿の策を取る。和知殿が成功したことを嚆矢とし、本丸の破壊へと手を付ける」
「はっ。有難うございまする」
「康成殿とその手勢には和知殿に呼応し、人質の確保に向かってもらいたい。その後は私の軍へと入ってもらうこととなろう。それでよろしいかな?」
「承知致しました!」
多少の援軍は、足柄と箱根を越えてやってくるだろうが、そこまで大規模にはなるまいな。
これで、小田原城に関しては詰みだね。
永禄四年 冬 小田原 伊藤伊織
「まったく、景藤はいつになったら俺の仕事を増やさないでいてくれるのか……」
いけませんね。つい、心の声を口に出してしまいました。
小田原城を包囲しての軍議、その席で景藤から康成殿を紹介され、小田原攻略案を聞きました。
確かに、無駄な力攻めで落とせる城ではないでしょう。なんといっても本丸守備の兵は十分にいたので、攻めかかったとしても被害が大きくなるばかりで、いたずらに時だけが過ぎた事でしょうね。
その点、康成殿からの案は魅力的でした。内から心を攻略し、外から武を攻略する。
結果、こうして見事に小田原城を落とし、伊勢軍を箱根の西へと追いやることに成功しました。
「叔父上!とりあえず、明日明後日には本丸の跡地の整理は終わりそうです。跡地が終わり次第、石垣の整理に入ります!」
「はい。清もご苦労様です……兄があの破壊大魔王だとあなたも大変ですね……」
「あははは。僕はそうでもないんですけどね、まだ三春と小田原の二回しか面倒に巻き込まれていないし……」
「二回もですよ。それにこれで、景藤からの無理難題が終わりというわけではありませんから……」
そう、今回の土木作業が、木っ端微塵に破壊された小田原城本丸復旧だけではないのです。
「足柄は御厨に城を建てる。ですか……」
今では私の副官として働いてもらっている秀長も顔色が優れませんね。
確かに、景藤の言いたいことは解ります。
小田原城自体は影も形も残らないほどに爆破されてしまいましたが、箱根に向かう付け城群は有難いことに無傷で残っています。
これらの付け城を機能させれば箱根から東に、伊勢家を初めとする軍を関東に近寄らせる事は無いでしょう。そこに橋頭保とも言うべき御厨城を造れたのならば、甲斐と伊豆、駿河は分断され、今後は駿河湾と富士川を使った道しか使えなくなるでしょうからね。
三国連合の活動域は目に見えて小さなものとなってしまうでしょう。
「ともあれ、御厨に城を建てるのは小田原が片付いてからです。まずはこの城を再建しましょう。その次に箱根の付け城群への路を整備する。そうしたら、徐々に御厨に向けた街道の整備。御厨城の築城はその後です。千里の道も一歩から、まずは目の前のことから片づけていきましょう!」
「「はいっ!」」
素直な子たちです……元と景藤も素直ではあるのですが、もう少し、俺の心労をいたわってくれるとありがたいものなのですが……これは過ぎた望みなのでしょうか。
冷や飯食いに検地の強行。康成こと北条氏繁が離反しました。
彼の策を取り入れると同時に、羽黒山産の大砲のテストをする太郎丸。本丸部分を吹き飛ばしてしまいました……まぁ、今回も火薬庫が引火したのでしょうね……。
この当時のスペイン海軍が搭載している大砲ですからカルバリン砲でしょうね。アルマダ海戦での主兵装ですから。しかし、海蔵寺衆を引き入れた羽黒山のドワーフ一族はきっと豪快な魔改造を施しているのでしょう。標高五十メート程度の高台に位置する小田原城本丸をばっかばっか砲撃しました。やめとけと言われていても投石器方の中身は怪しいもので一杯になっていた事でしょう……。
小田原でも三春の悲劇再び……。
願わくば一般兵士の皆さんの被害が少ないことをお祈りいたします。
今後ともよろしくお願いいたします。
m(_ _)m




