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阿武隈の狼  作者: 平良中
-第一部- -第三章- 伊藤元景
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-第五十九話- 伊藤元景

8/7,2023 追記:姉上イラスト追加

1560年 永禄三年 秋 羽黒山


 今、羽黒山では阿南、輝が出産の準備のため滞在している。

 そして、そろそろ産気づきそうだというので俺も羽黒山に来ている。


 しかし……今年は「握り飯を沢山握ろう選手権」を勝手所でする予定はない!

 なぜなら伊達の殿さまが来てないからね!怒られる心配が無いのです!


 ただ、城でぼうっとしていてもなにやら危険な予感がするので、鹿島大社へ安産祈願に向かっております。その道中なう。


 「いや、こうして久慈川沿いをゆったりと歩いていると色々と思い出されますな。若殿」

 「確かに、父上の言う通りですな……まだ、棚倉の館と関口、社山の砦でひっそりと暮らしていた頃は、ようこうして童の太郎丸様と一緒に野山を駆けずり回ったものでした……」

 「そうだったんですね!父上、長老様!」

 「ははは。歩けるようになった時分から、二人には苦労掛けたな~。確かに、あっちに行きたい、こっちを見て回りたいと連れまわした記憶しかないや」


 羽黒山で姉上の補佐としてご意見番隠居として養生している忠平、その忠平の代わりに羅漢山城に入っている忠孝と息子の忠敬、そして俺の計四人で、羽黒山から鹿島大社までの道のり、大体二里ぐらいかな?棚倉谷をのんびりと歩いている。


 ちなみに忠敬、今年十七なれどそろそろ父親となる。

 要するに忠平だけでなく、忠孝が羽黒山に来ているのは初孫の出産に立ち会うためだったりするのだ。


 ぴーひょーろ。


 トンビでも鳴いているのだろう。

 中天を過ぎたあたりのこの時刻。収穫の秋を迎えた棚倉谷の街道には、戦国の世とは思えぬ程ののんびりとした刻が流れている。


 「しかし、この辺りも田畑が広がりましたな……都都古和氣神社が出張っていた頃は、この近辺の村々は重税と賦役に苦しんで、満足に田畑を耕すことが出来ず、水害にも苦労しておりましたというに……」

 「これも、ご隠居様や父上の時代より伊藤家が頑張ってきた証でございましょう。見て下され、村人たちの楽しそうで、誇らしげな顔を……満足に野良仕事が出来、腹いっぱいに飯が食え、土地を継がぬ子供達にもしっかりとした仕事がある……忠敬よ。お前もよく若殿に仕え、この者達の幸せを守るのだぞ?よいな!」

 「はい!必ずや!」

 「これ、忠孝や。あまり、そう息子を急かすな。何事もほどほどが一番。ゆとりを持った仕事こそが発明を産む、左様でしたかな?若殿?」

 「ははは。これはよく覚えていたな、忠平。昔、昼寝を姉上に邪魔された時には、良くそう言ってごまかしていたな!」

 「「ははははは」」


 本当に、幸せでゆっくりとした時間だな。


 「で、こうして歩いていると、何か新しい発見のひとつでもありますかな?」

 「う~ん。そう言われてもすぐには出てこないぞ?この時期は只収穫を行なっておるだけだからな……野良仕事で思いついたのは、馬に引かせる鍬と苗を揃えて植えた方がたくさん植えることが出来るといった事ぐらいしかなかったしな~」


 前世世界の実家も首都圏だったし、いわゆる田舎、原風景と言われるようなものとは縁遠い人生だったからな……農業経済学の分野でのモデルぐらいしか田畑に関しては解らんよ……。


 「左様ですかな?最近ではこのような時間が取れませなんだから……。こうして昔を思い出させる散歩などをしていると、ふと、村人の作業に興味を抱いた太郎丸様が面白い発明を次々としてきたことが、まさに昨日のように思い出されますのじゃ」

 「流石に苦笑しか出来んぞ?……しかし、村人の作業か……と、ん?なんだ?子供たちがでかい箸みたいなのを持って走っておるが?」


 なんか、収穫のお祝いでもあるのか?

 茄子や胡瓜にさしてお盆というわけでもあるまい?


 「ん?ああ、若殿あれは扱箸ですよ。あれを二本、こう地に刺して稲をその間に通して稲穂から米を取るのですよ」

 「へ~そうか。そういや、秋の頃は山で果物や芋、山菜、茸ばかり取っていた記憶ばかりだな……どれも、姉上に連れまわされた記憶だけか。ははは!」

 「「ははは!」」


 しかし、あれだな。

 二本じゃ少ない数しか脱穀できないだろうに……。


 ……って、もしかして千歯扱きとか、そういういっぺんに脱穀できる農機具って江戸時代の発明だったのか??


 「ちと、聞きたいんだが……?」

 「何ぞ、思いつきましたか?」


 きらーん、とか効果音が聞こえそうな目線だな忠平よ。そんなに大した思い付きじゃないぞ?


 「いや、稲穂から……脱穀するのに二本の棒だけでしかやってないのか?十本二十本と棒を並べて、一斉に束で引けば、だいぶ時間が短くできるのではないか?そういった道具は無いのか?」


 いわゆる千歯扱きと言わなくとも、扱箸をいくつか並べたものぐらいならありそうだけど?


 「ふむ、そのようなものは見たことがございませぬな。忠孝?」

 「いや、某も見たことは……」


 おや?左様ですか。


 「ふむ。思い付きだけど、ちょっと試しに作ってみるかな?鹿島大社に行くにも時間はまだあるし」

 「悪くない考えですな。儂も久しぶりに太郎丸様の発明を目の前で見とうなってきましたぞ」

 「それでは……忠敬。ちょっと竹と縄を都合してもらってきてくれないか?忠孝は俺と一緒に道具作りだな」

 「おおぅ。昔を思い出しますな。腕が鳴ります!これ、忠敬よ!近くの村に行って竹と縄を貰ってまいれ、ついでに場所も借りれるよう話して来い!」

 「あ!はい!早速!」


 走り出す忠敬。

 あ~、あの姿って昔の忠孝と忠統を思い出す……二人とも俺の思い付きで相当に走り回ってたもんなぁ~。いや、ごめんて。


 ……

 …………


 「とまぁ、こんな感じかな?きっちりとした鉄と木で作れば、もっと安定性が増して取り回しも楽になると思うんだけど、大体がこんな案配だ」

 「ほう!ほう!ほうほう!こりゃ、いわれてみりゃなんて事のねぇもんだが……なんで、考え付かなかったんだべか?こうすりゃ、一つの家の田んぼの稲が一日もかからずに処理できるわ」

 「いや……一日は言い過ぎだと思うけどね、どう?これ、今度城の工房で試しに作ってみるから、完成したら持ってこようか?使い勝手が良かったら周りの村々にも紹介してみてよ?」

 「もちろんですわ!お殿様!こりゃ、作業が楽になって、かかぁの手が擦り切れることもなかんべよ」


 竹を縄で括って結目で間隔を取っただけの物だけど、村人たちには何やらピンと来たものがあったようだ。

 「これは楽が出来る道具だ」と。


 何はともあれ、村人の作業が楽になるのはいいことだ。

 野良仕事の手間が少しでも減れば、代わりに出来る仕事を色々と考えられるもんね。


 「太郎丸様の考えた。千歯扱き……ですかな、これは領内の米生産に勢いが付きますぞ?」

 「そうかい?確かに作業は楽になりそうだけど、結局、田に植わってる稲の量は変わらないんだから、そこまででもないんじゃないのかな?」

 「いやいや……忠孝、忠敬、わかっておろうな。領内の鍛冶職人を確保して、領内に……まずは奥州じゃ、しっかりと広めるのじゃぞ?」

 「はい!長老様!これは野良仕事を変える画期的な道具となりますぞ!」


 んな。大げさな。


 「それよりも鹿島大社に急ごう。安産祈祷が間に合わなかったら、城のおなごたちから何を言われるかわかったもんじゃないぞ!?」

 「「それは一大事!!」」


 試作千歯扱きは村に寄贈して、急ぎ鹿島大社への道を急ぐ俺達であった。


永禄三年 晩秋 古河 伊藤景元


 「では?篤延の里に長尾の草と公家武士がいたということは確かなのだな?」

 「はっ!草の者は鳶加藤と呼ばれるその筋では有名な男でして、表向き、数年前に長尾家を追放されてはいるのですが、我らの間では加藤が長尾家の為に暗躍していたのは周知の事実。我が手の者達も思いがけない大物に驚いておりました」

 「して、公家武士の方。こちらは派手に暴れたので、即座に討ち取ったために名の確認は出来ず……ただ、どうやら「こが」と名乗っていたとの報告を受けております」

 「公家で「こが」と名乗る武士か……どうでしょうか、信濃守様、いっそのこと古河公方に聞いてみては?もしかしたらある程度のことは解るかもしれませぬ……」


 今日は、この秋に行われた一連の処罰についての再度の報告を、現場で指揮をした棟寅を呼んで行わせておる。


 景虎は、秋の吉日を選んで家中の者を古河に集め、景藤の廃嫡を発表した。理由は南蛮の風習をみだりに取り入れ、領内に混乱をもたらしたというものじゃ。

 同時に仁王丸を元の養子とする旨も発表した。


 一応、景藤の勿来城主としての地位は変わらぬ旨も発表したのだが、参加者の混乱は凄まじいものとなった。


 ほとんどの者が景虎に再考を求める声を上げたのだが、事前に調べていた通り、柴田の者の内、篤延を中心とする比較的当家での歴が浅い連中は控えめにながらも賛成を表明しおった。

 他にも上野の西と北で政務に当たっている者達、武蔵の西の者達などが賛成を示しおった。


 大反対をしたのはフアンを初めとする南蛮寺の関係者じゃな。まぁ、それは当然か。


 ただ、正直意外だったのは、南蛮人とは教義を異にするであろう、古来からの寺社の者達も強く反対の声を上げた事じゃ。曰く、景藤の政策は非常に公平で、どの宗派にも等しく正しいものなのだという。


 不幸にも当主とならぬのでならば、是非とも神仏の教えを統括する立場についてもらいたい、とまで訴えてきおった。


 「では、そこまでの大物がかかったのだ。よもや、討ち漏らしなどはあるまいな?景藤を次代当主の座から降ろしたのだ。虫の討ち漏らしがありました、では俺の怒りは収まらんぞ?」

 「景貞様。その点はご安心を。私、棟寅の里と篤信殿の里の者でつぶさに確認をいたしました。反逆の芽をだしました柴田の里、討ち漏らしは御座いません」

 「ならばよい!」


 景貞は最後まで反対の立場じゃったな。

 儂も反対の気持ちは持ち続けておったが……。


 やはり、上野は異質であったのよ。

 下野、下総、東武蔵、相模は道義的な良い悪いは別にして、旧領主や力のある豪農たちは、儂らが制圧する前に軒並み死んでおったのじゃ。那須と伊勢の苛政と無謀な戦の果てによってな。


 だが、上野に関しては馬場殿が善政を敷いておったし、当家との戦でも兵士や領民に大きな被害を出さずに降伏をしたのじゃ。

 それは、そのまま、旧勢力での実力者たちが残っていた事を意味することにもなる。

 彼らは、伊藤家の下では領主として扱われはしないが、依然として根強い影響力を土地に持っておる。当然、景藤が旗を振る変革への抵抗は強かった。


 民の血を流さぬ方向でこの勢いを弱めるためには、景藤の廃嫡もやむを得ぬ、と……箕輪におる儂は最終的に、この策に賛成をしてしもうた。

 厩橋におった景竜も同じような気持ちだったのだと思うが……あいつの場合はそれ以上に景藤の希望を叶えるために動いていたようにも思えるがの。


 「なんにせよ。このことに関しては、長尾家に詰問状を送る。古河公方には「こが」という公家に心当たりがないかを聞く。では、この後は場を移し、家中の配置についての確認と発表を皆の前で行う。良いな!」

 「「はっ!」」


 …………。

 ………………。


 ふむ。伊藤家の家臣の数も相当に増えたものじゃが、こうして見ると中々に壮観なものじゃな。


 「皆の者、待たせたな。先ずはここに集まってくれたことに礼をいう。有り難う」


 ふむ。儂の声にきちんと反応をしてくれておるな。未だ、当家の結束は緩んではおらぬ。有難いことじゃ。


 「さて、これより伝えるは、年が明けての新年からの体制じゃ、各々心して聞くように……忠宗、頼むぞ」

 「はっ!承知致しました、ご隠居様……それでは、皆に伝える!まず、伊藤家当主には元様が元景様として信濃守を名乗られ、古河城城主を兼任される」


 ざわざわざわざわ。


 ふむ、元が家督を継ぐことに反対は無いが驚いておるか……まぁ、反対が無ければ良い。

 事前に仁王丸を養子にしていたということで、何かしらを予想しておった者も多かろうか……。

 また、冷静になれば、皆も元の戦場と城主としての実績を思い出すであろうしの。


 「しずまれぃっ!次いで、信濃守様は河越に移られ下総、武蔵の統括として元景様を支える。景元様は箕輪城城主として伊藤家全体を監督される」


 ぼそぼそぼそぼそ。

 「おい、ご隠居様がお二人になられるのか?」「その場合どちらが?」「いや、大御所様としての……」

 ぼそぼそぼそぼそ。


 「……景藤様は羽黒山城城主として奥州を統括され、同時にコンスルとなられる!」


 ざわざわざわざわ。

 「こんする??」「なんだそれは?」「言葉の響きから南蛮の言葉ではないのか!?」「なんとコンスルとは!!!おお!神よ!あなたの叡智に感謝の祈りを捧げます!!」


 ??なんかよくわからんが、フアンの奴め感動のあまりか大きな声で、しかも国の言葉で叫んでおるな。何を言っておるか皆目解らんぞ?


 コンスル、統領なる役職については景藤から聞いたが……まぁ、ある意味では当主以上の役職とも受け取れるからの。フアンにとっては心配事が一気に吹き飛んだのであろうな。


 「静まらんかっ!!次いで、景貞様は黒磯城城主として下野を統括、伊織様は土木奉行と相模統括を兼任、景竜様は厩橋城城主として上野を統括される。清様は土木奉行補として伊織様の補佐をされる……ついで、我々家臣の配置と役職についてだが……」


 ふむ。大所帯になったので、ここで一度、配置と役職を全家臣の前で発表しなおすのは非常に良かったのかも知れぬな。

 流石、景藤は面白いことを提案してくれたわ。


1561年 永禄四年 正月 宇都宮二荒神社


 ぴ~、ぴよ~、ぴ~、ぴよ~ゆよ~。


 雅楽と言うやつだ。

 相変わらず楽器の音色は聞いたことがあるが、曲の方は全く知らないな。


 今日は正月だというのに何やら暑い日となっている。

 初夏並みの気温があるんじゃないか?社の裏手の雪がえらい勢いで溶けてるぞ。


 「……!」


 !!!

 いかんいかん。殺気を感じてしまった。


 今は神剣授与の儀式の最中だ。

 俺は後見役として、太刀を今回も神職として参加する宇都宮広綱殿に渡す役目だ。


 ……けど、この太刀を渡す役目が後見ってことはさ、前回は関東管領が後見だったってことになんないか?知らんけど。


 「ん!ん!んほうっほん!」


 やば、またトリップしてた。

 広綱殿がわざとらしい咳で先を促す。


 左足から、いちにさんしご……っと、しずしず歩いて広綱殿に一礼。

 腰から太刀を外し、広綱殿に捧げる形で再度一礼。

 広綱殿が太刀を受け取ったのを確認して、今度は右足から、いちにさんしご……定位置に戻って正面に向き直って座る。


 俺が座ったのを確認してから、広綱殿は神前に太刀を掲げ祝詞を読み上げだす。

 前世世界では普通に標準語だったけど、この時代の祝詞はもっと呪術っぽいノリがあるのね。正直、広綱殿が何を言っているかは聞き取れない。


 軽く夢の世界にこんにちは、をしそうになってしまったところで祝詞が終わる。


 広綱殿が立ちあがり、太刀を捧げ持って、家臣団を従える格好で座っている姉上の前まで移動。

 神剣授与。

 めでたく完了である。


 広綱殿が社から外に出て、見物客に儀式がつつがなく終了したことを告げる。


 それまで、出店を巡って盛り上がっていた見物客も、何やら大声で広綱殿の宣誓に歓喜の声を上げている……ようわからんが盛り上がっているのなら結構、結構。


 俺は今すぐにでも、陳さんの出店で売られている「海鮮焼きそば魚醤味」が食いたくてたまらないんじゃ~。

 売り切れとかはやめてくれよ?


 ともあれ、こうして、姉上は伊藤信濃守元景として景清公から数えて二十数代、爺様から数える棚倉伊藤家の当主として、三代目当主となった。


挿絵(By みてみん)

 太郎丸さん。知らないうちに適当なローマの役職を名乗ったら、結果的に伊藤家の当主よりも格上の存在になっちゃいました。作者もびっくりです。

 古代ローマ史に精通する人物が余計なことを京で吹聴しないことを祈りましょう。

 彼らの受け取り方次第では面倒事が迫り来そうな雰囲気がしますからね。


 とりあえず、今回で第三章完結となります。

 次回に人物紹介と変遷図を付け足したものをUPして、六十一話から四章開始となります。

 想定通りに時間経過速度が上がってくれれば、次で第一部の完結に持って行けるのですが……頑張ります!


 それでは!今後ともよろしくお願いいたします。

 m(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[一言] 上杉謙信のポジションがお姉ちゃんにスライドしちゃったんだな(´・ω・`) 後世で女性説(男だと勘違いされる)やホモ説を謡われると思うと合掌。
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