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阿武隈の狼  作者: 平良中
-第一部- -第三章- 伊藤元景
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-第五十二話- それぞれの戦の準備

1559年 永禄二年 春 勿来


 ん?これは一体どういう状況だ?


 「両手両足に背中までをも美女に囲まれるとは羨ましい限りではないか?俺には想像もつかぬような夢心地なのであろうな?忠清殿はどう思う?」

 「左様ですな。両手に花などとも申しますが背中にも花とは流石は若殿ですな?ははは」

 「おお!お義父上公認らしいぞ?太郎丸よ。良かったな……って、痛い、つねるなお蝶」

 「信長様、若殿を揶揄うのもいい加減にしなさい。阿南様がお可哀想です!」


 蝶よ、もっと吉法師をつねってやれ。

 阿南を遠回しに揶揄うなど、まったくもって許される所業ではないぞ!


 さて、今日は勿来の湊から湯本の湊、造船所までを真っすぐに結ぶ道づくりの視察である。

 これまでは、どうしても内陸よりの峠、旧岩城領との関所跡を通って移動していたのだが、物資・人員の円滑な移動と石炭探しのため、勿来土木奉行所のお得意技、「山崩し」を実施している。


 順調に進んでいる「山崩し」を視察し終わったら、高台の教会に登ってビクトルと軽く打合せをし、最後には造船所の様子を覗きに行く予定だ。


 造船の方も、先年に来航したアルベルト卿の船を卿のご厚意により、スペインで造られたガレオン船を隅々まで見学できた。

 そのおかげで、村上衆の南蛮船造船は相当に捗ったようだね。


 当家の領内では、設計から細々とした備品に至るまで、スペイン海軍の現行品に改良を加えた勿来クオリティが実現されております!


 新しく手直しを施した船図面をアルベルト卿とその配下の方々に見てもらったのだが、「こんなに素晴らしいベルガンティンはこれまでに見たことが無い!」とまでのお褒めの言葉を頂いた。


 ただね……当初予定よりもお船のお値段がね……。


 村上衆は木材だけでなく、鋼材までをもふんだんに使えると知って、常識と節約、遠慮と倹約という言葉をどこかに放り投げてしまったようだった……。

 絶対に!景能爺と伊奈の彦三郎の二人が紅に良からぬ知恵を授けたに違いない……。


 ともあれ、本場スペインの軍人お墨付きのBRIG、紅たちは武凛久ぶりくなどと名付けたらしいが、この新型帆船を一日でも早く完成させて貰いたいものだ。

 さもないと暇を持て余している吉法師がいつ爆発するかわからん。

 第六天魔王様は暇を持て余すと何をしでかすかわからんからな。


 今のところの吉法師は、勿来の浜で地引網をしておるか、漁師船を借り受けて定置網を仕掛けに行っておるか、阿武隈で大猪を捕まえに行っておるか……それでも時間があるときは、俺の外への視察に夫婦で付いてくる。


 艦隊が出来るまでの我慢ですよ。魔王様。


 ぎゅっx2。


 ……うん。さっきより微妙に両腕に捕まる力が強まっていないか?


 右腕には阿南、左腕には輝が……背中には先日に捉まえた娘を背負っている。


 この娘、年のころは十二三か?尾張屋の塩釜からの船に隠れておった所を船員に見つかり、逃げ出したはずみで海に落ちた。尾張屋の船は密航者御用達なのか?まったく。

 偶然居合わせた俺達によってすぐに海から引き揚げられたから良かったが、どうにもその時の事故が原因で心が弱ってしまったようで、今もって何もしゃべってはくれない。


 ただ、俺には懐いているようで、俺の顔を見ると走り寄って背中によじ登ってくるんだよな。

 この時代の幼子の特徴なんだろうか、この子もまた、十二三とはいえ、やはり発育が良くないように見えるんだよな……ここは栄養バランスに配慮した勿来飯を沢山食べ、この大地で大きく健康に育って行って欲しい。


 で、先ほどの吉法師の発言。

 「忠清が義父」……そう、輝さん……冬に俺の娘を出産しております。


 まぁ、していることはしていたので子を授かること自体は不思議ではないのだが、忠清からいきなり「若殿これで私も「おじいちゃん」と呼ばれるようになりましたぞ!」ってウッキウキで言われたのにはびっくりした。


 そういえば、梅雨前あたりの頃、吉法師が村上衆と海蔵院衆を連れてきた前辺りから何故か輝ではなく忠清が周りにいることが多くなってたんだよな。

 忠清からは、「祖父の調子が悪いので、輝を傍に置かせたいのですがよろしいでしょうか?」なんて、言われていたので、特に不思議がることは無かった……輝さん、お腹の子供が安定するまでは忠清の屋敷で養生していたそうです。

 そういうことは教えてよ……てっきり、輝さんに嫌われちゃったのかと……ちょっとショックを受けていたんですよ?


 その頃の輝は、妊娠初期でどうにも体調が悪くなり、「護衛の身分の自分が動けなくなるようなことをしてしまうとは……」と相当に落ち込んでしまっていたらしい。そんな輝を一喝したのが母上と忠平の妻だったようで……。


 「母となる女がそのような不覚悟でどうするのです!生まれてくる子に愛を注ぐことが考えられぬ母など伊藤家には不要!」と大説教をしたようだ。

 伊藤家の女性ツートップに説教された輝は自分の考えを改め、全力で出産に向かうことにしたそうだ。


 そして、その活動の一環が、忠清が護衛役として、俺に付いてくるということだった模様。


 母上も俺に知らせない派の一人だったので、俺、出産まで本当に何も知らなかった……本当にスイマセン……。


 そして、生まれてきた娘。名前は輝が杜若かきつばたと名付けた。

 杜若って、晩春とか初夏の花じゃなかったか?と問うと、その頃に子の存在と母としての心構えが出来上がったので、その時期に咲く花の名前を付けたいとのことだった。

 杜若……いい名前じゃないか!ということで、生まれたばかりの杜若は勿来城奥の丸の赤子部屋にて、絶賛母上を筆頭とするお女中隊が育児中なのである。


 杜若が赤子部屋に入ったことで、一丸、中丸、仁王丸は子供部屋に移動だ。

 三人とも年が明ければ五歳。

 けど、この子たちは生まれが冬なので、俺の感覚的には三歳なんだよな。言葉もなんか怪しいし。


 ついては、これを機会に仁王丸を烏山に戻すのはどうかと寅清に尋ねてみたのだが、どうにも本人と業篤、業棟の強い要望によって、このまま元服まで勿来で預る形となった。


 ゆえに、彼らは三人一緒に子供部屋で寝起き、生活、簡単な勉強などをしている。

運動面の面倒は輝とたまに来る……いや、頻繁に来る姉上が面倒を見てくれている。


 卜伝から免許皆伝を受けた二人には、確固たる塚原流の幼児教育があるらしく、門下生ではあるが免状を一切貰えていない俺には三人の体力面での発言権が存在しないらしい。


 「して、若殿。湯本側の石炭は如何いたしますか?それなりの量は掘れそうだとの報告を受けておりますが、次から次へと湯が沸き出てきてしまい、どうにも採掘作業自体は困難が伴いそうだとも報告が上がってきております」

 「そうだな、やはり湯本側は温泉供給地とするか……いや、高さを町まで確保できないか。よし、下に掘る必要はない。地上より上の見えている分だけを掘るように指揮してくれ」

 「はっ。しかと」


 亀岡斎の叔父上は里見から来た嫁と一緒に鎌倉城に入った。

 なので、勿来での鉱山奉行という名の雑用奉行は、忠孝の息子の忠敬ただのりが務めている。

 親子二代で俺の思い付きに振り回されるお役目就任……ご苦労様であります。


 実際、今のところ必要な分の石炭は勿来の南と西から採掘している量で十分賄える状況だ。

 貝泊を中心に行っている炭作りはその規模をどんどん拡大し、今では羽黒山から勿来、三坂に通ずる街道沿いの至る所で作られるまでになっている。

 植林も伐採以上に盛んで、今以上の勢いで炭を作り続けても、木材が尽きることはなさそうと、大変結構な具合で行われている。


 上野・下野・西下総・武蔵・相模と領地が増えるにしたがって燃料問題が心配になっていたのだが、現地での生産に加え、阿武隈から供給される炭のおかげで、各城でも、領内の村人の家々でも、全く燃料不足に悩まされることが無いようになっている。

 ただ、製鉄、錬鉄、精練での需要はどんどん増えるから、燃料増産の方策を弱めることは出来ないんだよね。

 念のためじゃないけれど、石炭も頑張って掘っていきたい。


 「ふむ。そういえば、太郎丸よ。燃料で思い出したのだが金銀はどうする?先年より、だいぶ採掘に力を入れ出したおかげで、金塊、銀塊は余っておろう。使い道は如何するのだ?」

 「そうなんだよね。銀は細々と堺の商人が勿来に来た時の買い物で使っているんだが、それ以上に産物を売った代金が城の倉に入って来てるんだよね……領内の市もうまいこと回っていてかなりの税が上がって来るし……。これからビクトルに会って相談するけど、早めにアルベルト卿に商人団を連れて来てもらって、硝石・火薬と大砲を買うか……」

 「何を言うか。アルベルト卿にしたって、勿来で果実水と陶磁器を買い付けておるではないか。これで、那須で始めた甜菜砂糖が出来上がれば、逆に南蛮からも金銀が領内に入ってきてしまうのではないか?」


 ……あり得る話だ。


 今のところのスペインとの交易では、特に果実ジュースの売れ行きが凄まじい。


 爆売れの原因は、壊血病がスペイン軍でだいぶ問題となっていたことが大きい。

 経験則から、柑橘の果汁を航海中に摂取すると病気になりにくいとは思われているらしいのだが、如何せん柑橘のジュースなどといったものは嗜好品、値段が高い。

 さらに低温殺菌も開発されていないヨーロッパ、腐敗も早いらしくスペイン海軍でも航海の必需品リストに載せることは難しいのだという。


 そこで勿来の港では、澄酒の進化形、清酒を作る中で発展した火入れの技術により果実水の低温殺菌を実現。ガラスの容器に和製コルクで栓をした果物ジュースを提案したところ、大変喜んだ。

 ぼったくり価格じゃね?と思う値段で購入を希望してきたので、笑顔でシェイクハンドしてみた。

 アルベルト卿にしてみれば、果実ジュースは医薬品扱いの面もあるから予算設定が随分とお高いのでしょう。


 ビタミンCは酸化した物は加熱で破壊されてしまうが、新鮮な物ならばほとんど破壊されることは無い。瓶詰、殺菌工房を果実園が密集する場所に建て、無事に製品化の仕組みは完了である。

 大規模農園のパッキングハウス形式を採用した感じだよね。


 おかげで、田を作るには不向きな場所には果実園を作ることが出来、領内では果実栽培が一大ブームとなりそうだ。

 これはある意味、上野、武蔵、相模の田園地帯を確保できたからこそ、各地で米以外を作る畑を耕すことが出来たというもの。


 米以外の農作物の年貢については、家中で色々と意見はあったのだが、結局のところ取らないことで決着した。

 年貢は取り立てない。その代わり、収穫物の買い取りは城下の取引所以外ではさせない形とし、買い取り価格のコントロールを通じて、補助金、ピグー税的な政策を行うこととした。

 今のところは那須で任せているジャガイモやカボチャをはじめとする南蛮渡来の農作物も生産量が程よくコントロールされ、生産農家は現金収入でホクホクしながらも、食料生産が変に偏ることもなく、皆幸せ、お腹いっぱいな環境である。


 ただ、この状況も銅銭までの少額硬貨を使用しての貨幣経済だからこそ有効なのであり、銀貨、金貨が出来てからの貨幣経済となった場合、どうなることやらで今から怖くて仕方がないのは内緒であったりもする。


 経済力は国力に直結するので、その状況はその状況で有難いのだろうけど、今の経済モデルではまったく通用しなくなるのだろうな、と……覚悟だけはしてるが……将来のことはようわからん!


永禄二年 春 厩橋 伊藤景竜


 「それで、私の下に集まるのを拒否した者達はいるのか?」

 「いえ。拒否したものはおりませぬ。ただ、心よりの忠誠を景竜様に誓う者達は私の一族のみかと……」

 「……私は虎を正妻としたわけだが、篤信殿の一族も忠誠は誓わないのか?」

 「彼らの心にあるものは忠誠ではないと考えます。ただ単に、虎様を娶った景竜様を一族の主として立てているだけでございましょう」


 なんとも柴田の者達は面倒です。


 忠平殿達、安中の方々とは考え方が違いますね。


 安中の皆さんはどこまでも伊藤家と一緒に歩もうと、一人の例外もなく考えていてくれています。

 ある意味、この戦乱の時代。柴田の者達のように己の利……御恩と奉公ですか、その考え方の方が色々と都合が良いのでしょうが……。


 「もちろん、業篤様、業棟様ご直系の方々は違います。彼らは心よりの忠誠を伊藤家に捧げておりますので、その点はご心配なきよう、お願いいたします」


 ……訂正しましょう。新たに当家に加わった柴田の者達が時代に即した考え方を持っているということですね。


 「そうすると篤延の一族が一番過激ということですか?」

 「はい。左様です。彼らは柴田一族である寅清を伊藤家全体を差配できる立場へと押し上げ、その横で一族の繁栄を謳歌したいと考えています」

 「……寅清殿を?彼は勿来における若殿の最初の近侍。しかも嫡男を今でも勿来に預け、若殿に対する忠義を内外に一番見せつけている人物ではないですか」


 嫡男を勿来に預け、さらには元服までの教育の一切を若殿に一任しているのです。

 なかなかにあっぱれな態度を取っている男なのです。


 「彼らも内心ではそのことに不満なのでしょう。だが、伊藤家を動かすには血を理由にするのが一番だと考えているのでしょうね。手の者を使い、足しげく烏山に秋波を送っているようです。ただ、寅清は送られてきた手紙、訪ねてきた人物との会話、その全てを義父に送っているので、奴等の動きはこうしてそのすべてが私の耳にも筒抜けなのです……」

 「……若殿の御為、伊藤家の御為に彼らは排除をするか……」

 「それがよろしいかと考えますが、上野の安定、長尾の工作への対抗を考えますと、単なる排除では意味がないかと考えます」

 「具体的には?」

 「手前共の話で恐縮ではありますが、私の一族によって篤延の一族を取り込みたいと思います。そのためには篤延と数名の長老のみを排除する形で事を収めたいと存じます」


 ……そうなると、当家に仕える越後山脈の者は、虎の、篤信殿の一族と、今、目の前にいる棟寅の二本に集約されるわけですね。

 ふぅむ……確かにそうした方が他家から付け込まれる要素も減りますかね。


 しかし、長尾の忍びですか……表面的には当家と連合を組んでいるというのに、随分と当家にちょっかいを掛けてくるようですね。


 「では、棟寅の言う排除すべき人間たち、彼らを一堂に集めることは可能ですか?」

 「……いまのままでは難しいかと……しかしながら、彼らの秘願が叶うという瞬間でしたら油断、とまでは行かないでしょうが確実にことを成せる「場」が生まれると確信しております」

 「彼らの秘願成就ですか……寅清が家政を取り仕切ることが決まる瞬間……ふう、これは私一人では手に余る事態となりますね」


 若殿に相談するしかないのでしょうか……。

 しかし、若殿に家督相続を罠になどといったら、喜んで家督相続を放棄するための計画を立ててしまいそうです。

 若殿にその気はなくとも、伊藤家のこれまでの躍進とこれからの発展のためには若殿のお力が必要なのです。

 姿と実、その案分を間違えてはいけません……。


 まずはお爺様に相談しますか。


 そうですね、それが一番良いと思います。

 この際、銅銭自体を買ってこようかな~と考えている太郎丸です。

 領内に広がる果実園とジュース作りと酒造り……呑みスケにとっては堪らない環境となって行ってる気配です。景能爺の肝臓が壊れないことを祈ります。


 さて、上野方面では何やら不穏な空気が、隣領、連合内とはいえ油断できない雰囲気が出てきております。竜丸君も何やら、ブラックなオーラを出しだしているご様子。


 今後ともよろしくお願いいたします。

 m(_ _)m

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