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阿武隈の狼  作者: 平良中
-第一部- -第三章- 伊藤元景
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-第四十七話- 銭の行く末を考えよう

弘治三年 冬 古河 伊藤景虎


 「伊藤家は伊勢家を関東から排除し、東国に安寧をもたらせた。更には鎌倉に城を建て武士の都を取り戻そうとしておられる。この度は、儂が自ら頭を下げ伊藤家の政を認める代わりに、どうか足利家を鎌倉に戻してはくれないであろうか?この通り、頭を下げてお願いいたす」


 足利晴氏殿はそう言って、深々と頭を下げた。

 足利晴氏、当代の古河公方で五十を過ぎたあたりの男じゃな。

 場当たり的な判断しか出来ず、足利であることを鼻にかけ、家臣の統制もままならない……。


 そんな晴氏殿が古河にやってきた。

 伊勢家を小田原に閉じ込め、伊勢原、平塚、鎌倉と城を建て、新たな支配体制を相模に構築しているのを見て、古河公方足利晴氏は、伊藤家に臣従する旨を伝えに古河にやってきたらしい。


 しかし、第一声から本心が駄々漏れだな。


 晴氏殿は、自身が治めていた頃の古河御所とはだいぶ違う装いとなった古河城を眺め、如何なる心持ちであるのだろうか……などと考えていたのじゃが、どうやら、晴氏殿は古河公方から鎌倉公方に復帰できる希望に満ち溢れているようじゃ。


 享徳の乱で鎌倉を追い出されて、早百年。関東の長者としての足利の悲願が、名実ともに鎌倉公方となることなのじゃろうな。

 鎌倉に戻れることを夢見て、当家に臣従することに何ら抵抗を感じている風もないわ。


 しかし、一番重要なところがわかっていない。


 「晴氏殿……貴公が鎌倉に戻って如何するというのだ。鎌倉公方を名乗られるのか?」

 「……関東の争乱は鎌倉公方が不在ゆえに起きたのじゃ、儂が鎌倉に戻り東国を差配すれば戦乱は直ちに鎮まるというものじゃ。それが正しい天下というものではないか?信濃守?」


 はぁ……ため息しか出て来ぬわ。


 「晴氏殿……貴公の思い込みをとやかくいうつもりはないが……享徳の乱の始まり、鎌倉公方は何処にいらっしゃった?北条が実権を握った時、源氏三代は何処におられた?実朝公はどこで殺められた?」

 「信濃守は何を言うておる。儂は、儂が古河公方ではなく鎌倉公方でないから世が乱れたと言うておるのじゃ。だから儂が鎌倉公方になれば天下の争乱は無くなると言うておるのじゃ。何故にわからんのか?!」


 ここまで話が通じないとはな。

 景藤との会話でも話が通じぬ時があるが、あれはこちらがあやつの見る世を理解できていないだけのこと。

 比して、こちらはそもそもが世の中を見ようとしておらぬ。


 「晴氏殿、貴公は未だに足利の世が続いているとお思いなのか?足利将軍が如何に日ノ本を治めておるのじゃ?そもそも足利家が日ノ本を治めていたことなどがあるのか?室町殿の成立から戦乱の止んだ試しは無いぞ?そもそも、我ら伊藤家は平氏で南朝の将、北朝を認めたことなど一切ないのだぞ?」

 「ではなぜ、ご嫡男の名が景藤と藤の字をつこうておる?時の室町殿、義藤殿の一字ではないのか?!」

 「そうではない。そもそも当家の嫡男は太郎丸、藤太を名乗るのが習わし。そこから取ったに過ぎぬ。そもそも、晴氏殿の言ならば藤景とでもせねば理に合うまいよ……」


 こうも話が合わないお人と話をするのは疲れる。

 そりゃ、関東管領である上杉殿であっても愛想を尽かすはずじゃな。


 「ともあれ、今の東国に鎌倉公方を求める声は何処にも御座らん。ゆえに晴氏殿を鎌倉に公方として戻すことはしない。どうしても鎌倉に戻りたいのならば、足利の東国公方のお立場を返上なされ。さすれば、鎌倉のどこかに屋敷を用意する程度のことはさせて頂こう」

 「儂は……儂は、東国を差配する公方じゃ。それ以外の何物でもない!」

 「ならば、これよりは心静かに小山にてお過ごしなされよ。関東は佐竹家、里見家と当家にて治める」


 百年前に鎌倉を追われ、京より別の鎌倉公方を派遣され、配下の家々には背かれ、京から来た足利重臣からは良いように扱われ居城を追われた。

 ここまでの仕打ちを受けてなお、なぜ足利家が東国を治めていると思えるのじゃ?


 「それでは晴氏殿、儂は別件があるので、ここで失礼いたす。小山にお戻りの際は近くの者に一言伝えていただければそれで構いませぬ。また、小山の臣従については承った。宇都宮殿にも上杉殿にも小山は足利殿の差配するところの旨、重々伝えさせていただくので、隣領との諍いは厳に慎まられたい。では、これにて御免」


 最後まで、ある程度古河公方の意を汲んできた佐野家は、この春、景竜の手によって唐沢山城を墜とされた。

 山内上杉の壬生城に当主不在の折を見計らって兵を向けた佐野家当主の豊綱とよつなは切腹。豊綱に反対の姿勢であった嫡男の昌綱まさつなが佐野家を継ぐこととし、同じく豊綱に反対の姿勢を取っていた先代、秦綱やすつなを後見として唐沢山城に入れておる。


 そして、小山城内でも結城政勝ゆうきまさかつ小山高朝おやまたかとも兄弟が小山城周辺の実権を握り、晴氏殿に領地経営の一切を行わせていないという。


 なんの権限も持たない晴氏殿にとって鎌倉公方の名は、現状の納得しないもの全てを回復する唯一の手立てと見えていたのかもしれん。


 そのような万能薬がこの世に存在するはずもなかろう……。


 平氏の時代が終わり、源氏へ。

 源氏の時代が終わり、北条へ。

 北条の時代が終わり、足利へ。


 祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵におなじ。


 願わくば、我が子、我が孫が心安らかに暮らせる世が来て欲しいものだ。


弘治四年 雨水 黒磯 伊藤景元


 伊勢原と平塚に城を建てたことで、伊勢を小田原に押し込めることに成功し、関東に平穏が戻った……と思ったのにのぉ。

 どうして、平穏を破るのが好きな者がおるのか……。


 いや、当人たちにとっては己の正当なるものを取り戻そうとしておるに過ぎぬのかもしれぬ。

 戦に駆り出される民にとっては、正当云々などなんの腹の足しにもならぬと思っておるのであろうな。


 「して、兄上。里見家と佐竹家は話を聞きませぬか?」

 「……残念ながらな。義昭殿も義堯殿も自分たちは真里谷家の援軍でしかないとの立場よ」

 「真里谷……上総武田家の当主の座を争って、後援の佐竹家と里見家で争うか……両家共に当家の縁者でなければ一思いに兵を差し向けることが出来るというものを!」


 景貞よ。その言はいかんぞ!……気持ちはよくわかるがの。


 「景貞よ、そのようなことを冗談でも申すな。当家を始め五国連合は対等な家のつながり、そこに上下は無いのだ……儂も……話の分からん両名を殴り飛ばしたい気持ちはあるがな……」


 景虎も物騒な心情を吐露するでないわ。


 「とりあえずは……両家に停戦の提案をしつつ、結果を見守るしかないのぉ。さすがに春にもなれば兵は引くであろう……儂の方からは信濃の情勢じゃな。時間はかかったが、長尾殿は海ノうんのくち城を落とし、佐久郡の全域を抑えることに成功したわ。これで甲斐武田家は甲斐の外にある所領のすべてを失ったな」

 「それはめでたいですね!そうなれば、碓氷峠と名胡桃峠の二つの街道を通って、越後と関東は繋がりますな!より一層商いが大きくなり、当家も長尾家も万々歳というもの」


 相変わらず、商いの道を広げることに最大の関心を払うやつじゃな、景藤は。


 「全く、お前というやつは……北の方から何か情報は無いのか?」


 ふむ。ここにきて、景虎の景藤に対するあたりはだいぶ柔らかくなったの。

 一時は忠平と「次代について」いかにすべきかと話し合ったほど、深刻さを感じていたものだが……景虎も古河で関東を差配する立場となり、心に余裕が出てきたか。

 これは良い傾向じゃな。


 「はい。伊達家の御用商人から聞いたのですが、どうやら、庄内は最上家ではなく伊達家が直接治める形で決着がついたようです。大宝寺家も最上家には頭を下げれないが伊達家になら、となったそうです。このことで孤立していた米沢の城下も最上川を通じて庄内へと繋がり、柏崎、直江津、佐渡への商売が可能になったと喜んでおりました。信濃守様、伊達は塩釜だけでなく米沢と庄内も栄えますぞ!」

 「……だから、すべてを商いを基に言うでない……だが、そうか。伊達殿の米沢が栄えるか」

 「はい。間違いなく栄えましょう!そこで、一つ提案があるのですが!」

 「「……」」


 景藤の満面の笑みでの提案とか、嫌な予感しかしないのぉ。

 皆も黙り込んでおるわ……いや、忠平と景竜だけが楽しそうな表情じゃ。


 「……一応、聞かせてもらいましょうか。また、私一人の時間が無くなるような提案でなければ良いのですがね?」


 伊織は警戒しとるの。

 まぁ、これまでがこれまでじゃったからな、その反応は致し方なしか。


 「いえいえ、今回は伊織叔父上の管轄というわけでは……ないのかな?はい」


 言葉を濁すな、伊織の表情が凄いことになっておるぞ……。


 「え~っと。佐竹家と里見家の衝突がどのような結果になるとしても、我々の勢力は広がっております。羽州は鳥海山とのみやまから栗駒山くりこまやまの南、奥州は一関から南、そこから関八州に至るまでの地域です。これらの地域で活発な商いが庶民に至るまで行われています。民の力は国の力、大変素晴らしいことではあるのですが……正直に申します。銭の数が足りなくなるのではないかと危惧しております」

 「ん?なんとなくはわかるのですが、もう少し詳しくお願いできますか?」


 ふむ「銭の数」……確かに、なんとなくはわかるが。


 「はい。もっか、商いで使われているのは二種類の「銭」です。領民の全て、日ノ本全てで使われている銅銭と、商人達の大口取引で行われている金銀の重量です。私はこのうち、銅銭の数が足りなくなりそうだと思っています。近年ではもっぱら宋銭、明銭を大陸より運んで来て使っておりましたが、明の方針変更により、日ノ本に持ってこられる銭の数が著しく減っておりますので……」

 「作るというか……して、作れるのか?そして、使えるのか?」


 景貞の申す通りだな。

 銭を作るとして、果たして如何になる?

 清盛公とて銭は宋から運んできたものを日ノ本で使ったと聞く。


 「銅銭は銅、鉛、錫が原料となります。これらは今市から桐生の間、渡良瀬川流域で採れることは確認済みで、厩橋城の炉では精練が進んでおります。これらを原料とし、厩橋で鋳造することは可能です。ただ、我らが鋳造した銭を、しっかりと銭として使ってもらえる下地が無ければ絵に描いた餅となってしまうのではないかと危惧はしています」

 「……対処方法は?」

 「最低でも五国の当主による撰銭令えりぜにれいで当家鋳造の銭を良銭として扱ってもらわねばなりますまい」

 「しかし、それでは鋳造できる当家だけが利益を得ると、反発されるのではないでしょうか?」


 ふむ。儂もその疑問はもっともだと思う。

 たとえ、他の四家が銭不足になったとしても、当家だけが銭を鋳造できるのでは、その銭に対して拒否反応が出てくるであろうな。


 「はい。ですので、あらかじめ決めた配分にて鋳造された銭を案分します」

 「む?ただで他家に渡すのか?」

 「多少の損は当家で被らねばなりますまい。何よりも大事なことは領民の隅々にまで銭がいきわたり、商いがより活発になることです。銭が足りずに物と物の交換しか出来ぬようでは、精々が村と村の間の取引程度。豊かな国造りは出来ませぬ。領内に張り巡らせた街道も川の道も海の道も宝の持ち腐れというものです。それに……ある程度の援助はしてもらいましょう。人や鉱物の提供をしたところには案分比率を増やすという方向で」


 ふぅ。茶を飲んで頭を休めぬとな……。

 景藤の懸念と打開案の意味は理解出来る、しかし、どうにも劇薬のような気もする。


 「もう一つの質問です。我ら五家が、ある意味、自由に銭を増やせるのなら、自然と偏りが出て銭の価値が落ちませんかね?」

 「問題はそこです。自由に増やせないようにせねばなりません。例えば、この銭を使って当主一門が商人から直接物を買うことは禁じねばなりません」

 「「なんと!!!」」


 これはびっくりだな。

 作った銭が使えんのか?


 「この鋳造は銭の数を増やすための物なのです。当主一門や領主の懐を温めるものではありません。ですので、これらの銭は領主から領民へ労働や物品の対価として渡されるものでなくてはいけません」

 「しかし、商人も領民と言えるのではないのか?」

 「確かに、領民にも商人がおります。しかし、商人はたやすく国を渡ることが出来るのです。例えば、当家の領内で集めた良貨を国外で悪貨に鋳造しなおし差額を得るなど……」


 む!それでは商人の丸儲けではないか!


 「そのような丸儲けの方法などされてはたまらんではないか!」

 「確かに、そのような悪貨が領内に戻ってきたら溜りませぬ。ゆえに領民に撰銭を行わせ、悪貨が領内で流通しないようにするのです。さすれば商人は当家の領内にて、悪貨を用いての買い付けは出来ませぬ。つまり、悪貨は他領にてしか使えなくなります」

 「俺にはよくわからんが、それでは結局のところ悪貨を作り出す商人が儲けるのではないか?」

 「はい。商人を儲けさせましょう。儲けることが出来る商人は今以上に領内を訪れ、活発に商いをしてくれる。結構なことです。さすれば、人が集まり銭が集まります。問題なのは、領内において正しい取引が行われるか否かです。他国で悪貨が使われるのならば、比して領内では悪貨を使わなくなります。そうなると、同じ一文でも一文の価値が当家と他国では違ってくるのです。つまり、当家の銭が他国の銭よりも強くなるのです」


 今一つわからんな。

 相変わらず景藤の見据える世と儂らに見える世ではまったく違うもののように感じられるわい。


 ……。

 この場では景竜と伊織がなんとなく理解をし、景虎と景貞と儂が理解に苦しみ、忠平は全面的に景藤を信用しておる……。


 まったく、忠平め。

 儂も隠居と言う立場が無ければあやつと同じ境地で、ただただ、景藤がやることなすことを笑いながら見て行けるというものなのにな。


 「正直、景藤が言うことの半分も儂には理解できておらん。お主の言う問題はすぐに起きるというものではないのであろう?」

 「はい。五年十年でどうこうというものではありません。ただ、撰銭令自体は近々に必要にはなってくるかとは思いますが……」


 ふむ。しかし、どちらにしろ……。


 「どちらにしろ、儂らには考える時間があるし、またその時間が必要だということじゃ。皆も良いな。このことは先の課題として各々が考えを進めていくのじゃぞ!」

 「「はっ」」


 なにやら、難解な題目を貰ったような気分じゃが、今回の評定はここまでじゃな。

 撰銭令、実に面倒なことです。


 一口で「撰銭令」と言いますが、この令には色々な意味が含まれていたりします。

 ・銭を選別するのを禁じる場合

 ・銭を選別するのを奨励する場合

 ・銭を交換する基準を示す場合

 etc. etc.


 貨幣経済を発展させるには、ある程度「ちゃらんぽらん」なノリで市場原理に身を任せる必要があることは経済史で証明されています。

 作中の時代ですと、メキシコ銀や新大陸のお宝で齎される莫大な富の存在が、金融・為替に対する国家の介入を忘れさせた欧州の事情ですね。


 果たして太郎丸の貨幣鋳造計画は実現するのかどうか?


 今後ともよろしくお願いいたします。

 m(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 作中で集まって困るという悪銭も金銀鉱山などがありその精錬能力もある伊藤家なら交換比率次第では悪銭を鋳なおして改鋳益(良銭1枚分で交換した悪銭で2枚分の良銭を作るなど)を見ればむしろどん…
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