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阿武隈の狼  作者: 平良中
【外伝】
242/243

-第二百四十二話- 【外伝】 阿武隈の娘 前編

天文七年 初春 棚倉


 「明けましておめでとうだね。元ちゃん!」

 「おめでとう。南ちゃん」


 今日は新年が空けて五日目の朝!

 館での窮屈な挨拶(?)に同席させられることから解放されて、漸く外歩きが出来る日が来たのだ!

 しかも、今日は梅のばあちゃんからも上手に逃げ出せたので、南ちゃんが待つこの里にまで追手がかかることは無い!

 思いっきり羽根を伸ばせそう!


 「そういえば元ちゃん。お父さんから聞いたんだけど、弟が産まれたんだって?重ねておめでとうだね!」

 「う~ん。おめでたいのかな?なんか、父上も母上も館のみんな全員が弟にかかりっきりでさ!わたしもお姉ちゃん?になるから、「これからはお淑やかにしろ!」とかわけわかんないことばっかり言われちゃってさ!……なんなんだろうね~、全然やる気が出ない!」


 そう、この正月にわたしの弟が産まれた。


 もちろん、わたしの弟だ。可愛いのは間違いない。

 産まれたばかりで、どうしてもただの猿にしか見えないけど、血を分けた弟であることに変わりがないんだよね……ともあれ弟だ。

 可愛いはずだ。うん。


 「あ~、それわかる~。南も弟が産まれた時は父上と母上だけじゃなくて、親戚から里のみんなまでもが弟ばっかりに構ってさ。なんか、南の存在が無いみたいな?そんな扱いで非常に腹立たしかったし!」

 「なんだろう。南ちゃんにそこまで理解されるのも、それはそれで嫌だけどね!」

 「何よそれ!もうぅ!」


 ぷくぅ。


 いつものように南ちゃんをからかって遊んでみると、南ちゃんは「不満です」とばかりに頬を思いっきり膨らませる。

 あらやだ。南ちゃんが可愛い。


 「えいっ!」


 余りにも可愛い物だから、わたしは思わず、膨らんだ南ちゃんの頬を指でつついてから、ぎゅっと、抱きしめる。


 南ちゃんはなんだか、お日様と大地とあま~い匂いが混じってて、こうやって抱き着くと落ち着くの。

 館で嫌なことがあってもそれを全部忘れさせてくれる。


 「もぅ!元ちゃんってば、すぐわたしに抱き着く!……あははは!やめて、やめて!匂い嗅がないで!!!くすぐったい!!あ~、もう!!首筋とか舐めないでったら!!!」


 どうやらふざけ過ぎたのかな?

 残念なことに、南ちゃんが全力でわたしを突き飛ばす。


 「こら!お前は犬か!!……って、もうべとべとじゃない!」

 「ははは!ごめんね、これでべとべとを拭いてあげるよ」


 ちょっとだけやりすぎたかな?

 ちょっぴりお怒り気味な南ちゃん。

 ごめんなさいの気持ちを込めて、懐から布を取り出して首筋を拭いてあげる。


 あ!いいこと思いついた!


 くんくん!あ、くんくんくん!


 わざとらしく、大げさな音を立てて布を匂ってみた。


 「こらっ!人の首筋を拭いた布をくんくんするなっ!」

 「あははは!ごめんごめん。愛してるよ南ちゃん、だから許して!」

 「なんだ!その屑男みたいな言い方は!!!」

 「あははは!まぁ、これはこれとしてどこかに置いといて……今日はどうする?何して遊ぼうっか?」


 南ちゃんの匂い付き越後上布をしっかりと懐にしまい込んで、そう尋ねてみる。

 時間は油断してるとすぐに過ぎちゃう。

 気が付いたら夕方でした!なんてものは嫌だからね。


 「そうだね……」


 南ちゃんは両方のこめかみのあたりを指先でぐりぐりしながら悩んでる。


 「あ!そういえば、今日は都都古和氣つつこわけ神社で市が開かれてるんじゃないかな?面白そうだし、人も一杯集まってるだろうから行ってみようよ!見てるだけでも市は楽しいよ!」

 「わかった!!でも、う~ん。今日の市は……どっちだったかな?」


 ここいらで一番大きなお社の都都古和氣神社は、北と南、馬場社と八槻社と呼ばれる二つのお社がある。

 人がたくさん集まる市も、北と南で別々の日にやってるんだ。

 神社で市が開かれているとしても、それは馬場社か八槻社のどっちかだけ。

 間違った方に行っちゃって、何にもやってなかったとしたらなんだか悔しい。


 わたしは懸命に館での事を思い出して、なにかしらの手がかりが無いかを思い出す。


 「あ!そうだ!!今日は馬場社じゃなくて八槻社の方だったはずだよ?勝手番のお種ばあちゃんが言ってた!」


 やったね!わたし!

 昨日のお昼にお腹が減って勝手所に忍び込んだ時に、お種ばあちゃんが「明日は八槻で必要なもんを揃えないとねぇ」って呟いていたのを思い出した。


 「じゃぁ、八槻社の方だね!ちょっと距離があるけどゆっくり歩いて行こう!」

 「「おお!!」」


 無事に正解を思い出せたわたしは、南ちゃんと笑いあいながら久慈川に沿って南へと歩き出し、八槻社へと向かう。


 年も明けたとはいえまだまだ寒い日が続く。

 日毎に暖かくなっている気はするけれど、道の端っこには雪はまだ残っている。

 去年は雨が一杯振ってから直ぐに雪が降り出したので、久慈川沿いの道はだいぶぼこぼこで、ところどころが崩れてしまっているみたい。

 田んぼのあぜ道もぐちゃぐちゃになってて皆も大変そうだ。

 館ではお爺様が「道の管理もしない社の糞坊主共!」とか言って怒ってたっけ。


 おっとっとと。


 軽く躓いちゃったけど、これ以上でこぼこ道に足を取られないように、気を付けながら歩いて行こう。


 「はいっ!」

 「ありがとう!」


 躓いたわたしを心配してくれたのか、手を差し伸べてくれる南ちゃん。

 わたしはその手を取って、二人で仲良く手をつなぎながら道を下り続ける。


 優しい優しい南ちゃんは、わたしより二歳ほど年上だけど身体はわたしより一回り小さい。

 わたしは叔父上たちから剣術を、母さんからは薙刀を習っているのでがっちりしているけど、南ちゃんはか細い。白く透き通るような肌と相まって、なんだか無性に守りたくなってしまう印象の子だ。


 そんな南ちゃんは白毛はくもっていう村の村長さんの娘さん。


 白毛村は館から西南にしみなみの方角。うちといち早く仲良くしてくれた村らしく、爺様もしょっちゅう皆を連れて遊びに行っている。

 わたしもその時に連れて行ってもらって、南ちゃんと知り合うことが出来た……らしい。

 知り合ったって言っても、物心つく前の事だから「いつから?」って感じで、よくわかんないや。

 気が付いた時には、わたしの一番の友達は南ちゃんだったんだ!


 「あれ??門の前に人が並んでいるね?どうしたんだろ?」


 昔の事を思い出してたら、いつの間にか私たちは八槻社の近くまで来ていたらしい。

 門の辺りを眺めながら、南ちゃんがそんな事を言った。


 「う~ん。本当だね……今までは市の日でもこんなことは……?う~ん?なんか壁も増えてるし、ぐるっと囲んじゃってるね」

 「ありゃりゃ?元ちゃんの言う通りだ。本当にいつの間にこんな壁が出来たんだろうね、変なの?」


 本当におかしな感じだ。

 前はもっとこう……林の間からお社が見えていたし、人の出入りももっと簡単に出来ていた気がする。


 「おう、嬢ちゃんたちはここいらの子供かい?」


 商人さんかな?売り物を一杯に詰めた籠を背中に背負って列に並んでるおじちゃんが私たちに声を掛けてきた。


 「そうだよ!こっから、一里ぐらい?歩いたところの村の子です!」


 物おじしない南ちゃんは、びしっと商人さんに答えてる。


 「そうかい、近所の村の子でも知らないのか~。どうやら、ここの別当が代替わりしてね。今年から、市に入るだけでも税を取るっていうんだよ……。これまでは商いをする者だけに税がかかっていたから、こんなに入り口で待たされることもなかったというのに……。しかも壁まで無駄に拵えてさ。……壁なんぞを造る金があるんなら、入場税なんぞ取るんじゃないよ。全く……」


 最後の方、おじさんは独り言を言い始めてしまったのか、こちらには興味が無くなってしまったのか、列の前の方をにらみつけてぶつくさ言ってわたし達の方からは顔を外してしまった。


 「……元ちゃん。入場税だって……お銭持ってる?」

 「うん……ちょっとは持ってきたけど、こうまで並んでて、大人の人も怒るぐらいだから。……足りないかも知れないし、勿体ない気もするしさ。今日はもう帰ろっか?」

 「そうだね!お銭を無駄に使うこともないし、山で茸でも見ながら帰ろうか?」

 「賛成!えのきたけでも見つけて汁物にして貰おうよ!」


 ここまで来て市が見れないのは残念だけど、えのきたけの汁物は美味しいからいいよね!

 特に、南ちゃんのお母さんが作る味噌汁は絶品です。

 そうと決まれば膳は急げ、急いで山越えの道で白毛の村に行こう!!

 日が暮れたら裏山とは言え危険だしさ。


 「おや、そこなお嬢ちゃんたちは市に入りたいのかな?ぎゅふふふ」


 つぶれた牛蛙みたいな声が聞こえたので振り返ってみると、声だけじゃなくて姿まで牛蛙っぽいお坊さんが話しかけてきていた。


 「はい。入りたかったのですが、お銭が必要だとのことなので帰るところです」

 「ぎゅふふふ。そう言うでないぞ。お嬢ちゃんたちのように可愛い童からは銭など取らん。儂が許す故、市をずずいっと見てくるが良い。ぎゅふふふ」

 「あ!本当ですか!!ありがとうございます!」


 くいっ。


 わたしは南ちゃんの袖を引っ張って牛蛙から距離を取らせる。


 「やめよ?この牛蛙は気持ち悪いよ。いい年をして女性とまともに話もしてこなかったような気持ち悪さがあるよ。……本当に気持ち悪いからさ~」

 「もう、そういうこと言っちゃだめだよ?元ちゃん。一寸の虫にも五分の魂ってお寺で習ったよ?この牛蛙さんだってたぶん人間なんだよ。しかも私たちに市を見せてくれるって言うんだから、きっといい人だよ」

 「え~、そうかなぁ?……それに、わたしはそこまで市にこだわってるわけじゃないし、南ちゃんが一緒だから楽しいんだから……。やめよ?」

 「そうかぁ、元ちゃんがそこまで言うなら、今日は止めようか」


 わたしたちは牛蛙に声が聞こえないよう、後ろを向いて小声で相談した。

 結果、わたしの意見が通り、今日は村へ帰ることに南ちゃんも納得してくれたので一安心。


 「おじさん、ありがとう。だけど、今日は私たち帰るね!」

 「……そ、そうか、そうか。では、日を改めて市を見に来るが良いぞ、市は毎月二回、三日間に渡って開かれるからにょ。門のところで「貞慶じょうけいに会いに来た」と言えば、入場税もなく入れるようにしておくからにょ?ぎゅふふふ」

 「ありがとう!!貞慶さん、またね!」


 南ちゃんは牛蛙に大きく手を振って山に向かって行くが、わたしは軽く頭を下げただけだ。

 だって、最後まで気持ち悪い目でわたしたちを見ているんだもん、あの牛蛙。


 わたしは、気味の悪い思いを振り払い飛ばすために、いつもよりも南ちゃんの手を強く握って山へと向かった。


 そんな薄気味悪い思いもしたけれど、この後に入った山では沢山のえのきたけが見つかったので、美味しい汁物を白毛の村で頂くことが出来た。


 牛蛙は気持ち悪かったけど、全体で見れば今日は中々に楽しい一日だった!

 村まで迎えに来た梅のばあちゃんと景貞叔父上に、こっぴどく叱られることさえなければ最高の日だったのに!

 他サイトで発表していた外伝の加筆修正版です。

 天下無双の姉上にも童時代があったというお話。

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