-第二百三十八話- 大地震
天正二十四年 晩夏 飯盛山 伊藤元清
びりりりっ!
ぐわぁ~んっ!
む?!
今日来るのか?!
がたたたっ!
がったたたった!
がらがらがらがらっ!
「「ううわぁぁっ!」」
「「そ、そとだぁ!外に出るのだぁ!」」
「「きゃぁぁあ!!」」
私はこの日の為にと、用心して枕元に置いておいた羽織と脇差をひっつかみ、ふすまを開けて中庭へと出る。
「う、上様!御無事で!」
「大事ない!それよりも建物内に残っている者が居らぬか、確と声掛けをせよ!また、火の始末も忘れるなよ!されど、建物内に戻ることは許さんぞ!」
「「はっ、ははっ!!」」
上ずった声で私の安否を確かめる近侍の者達を叱り飛ばし、防災の心得として皆に伝えてきたことを確認させる。
私のこの左腕が不自由になった先の大地震を教訓に、飯盛山城、指月城では廓内の屋敷を密集させることはなく、建物中央に十分な広さを取った中庭を備えさせている。
石灰壁や鉄筋の技術を以て改修、建築され、基礎工事も地中深く埋めた鉄筋柱を使用した当家の城は、この時代の他の建物に比べそれなりに地震への対応が出来ているとは自負しているが……。
「圧死のみで数百人と言われておったからな」
「……は?う、上様?」
「なんでもない」
いかんな、口に出てしまったか。
しかし、長い揺れだ。
しかも、横に大きく回転するような揺れを感じる。
先の記憶にある、かの東日本大震災の時の様な揺れか……。
あの時も大きく、世界が回るような揺れであったとの記憶がある。
かんかんかんっ!
かんかんかんっかんっ!
ちっ!
火事を知らせる鐘の音か。
しかも音が回ってしまって、何処から聞こえているのかわかりにくいぞ!
「火の手は何処からだ?!」
思わず大声を出してしまったが、ここにいる者に聞いても答えは出まい。
飯盛山城の奥の丸は山頂に築かれた廓とはいえ、中庭からでは周囲に壁が覆っているため、当然の如く外が見えるわけもなし。
「暫しお待ちをっ!」
私の声に反応した近侍の若者が中庭より飛び出し、櫓へと駆け寄る。
……一瞬若者を止めようかとも思ったが、揺れもいつの間にか収まった。有難いことに当家の城は、この大地震に耐えきったのか、外壁が多少零れ落ちた程度で、ぱっと見では損傷は無いように見える。
ならば、様子を見させるが吉か。
考えを途中で改め、私は頷きを一つ返し、若者の報告を待つこととした。
刻は深い。
夕餉もとうに終わり、夜の逢瀬を楽しむ輩以外は寝静まり出した頃合いであろう。
火元の心配も少ないと思っていたが、やはり火事は多いのか?
「上様っ!火の手は堺の堀内と淀川の向こう!有岡城方面に強い模様です!」
「伏見は如何か?!」
若者の報告に年嵩の者が問う。
「こちらよりはうっすらとしか見えませぬが、伏見の町でも火の手は上がっている模様です!ただ、火の手の勢いは堺、有岡と比べれば弱く見えます!」
「承知した!」
義妹達や秀吉殿のおかげで、伏見の被害は抑えられたか……。
噂に聞く、数千の圧死者、被害総数は万に上ると言われた事態は避けられたようだな。
「ややっ!」
「如何したっ!!」
「はっ!刻を置いてですが、どうやら伏見の先より強い火の手が!……う、うわぁ……、あれは凄い……」
なぬ?!
伏見の先だと?
「そのような報告で何がわかるか?!報告ははっきりと申せぃ!!」
「す、済みませぬ!!伏見の先!!あれは京の色町の辺りです!!」
……事態は緊迫し、火の手も盛大なのであろうがな。
色町と、声を大に言われても反応に困るぞ?
若ければ、その手の発散も必要ではあろうが……。
「京の色町とはどのあたりだ?」
色町に情婦でも居るのであろうか、声が上ずっている若者に尋ねても答えはおぼつかぬと思い、私は近くに居る年嵩の者へ尋ねることにした。
「はっ、その某も色町にはそれほど詳しくはないのですが……」
「……構わん。知ってる範囲で申せ!」
「はっ!」
だいたい、このような前置きをしてくる者は事情に詳しいと相場は決まっておるのだが、今はそれどころではないな。
話の先を促すとする。
「伏見の町にはその手の店がございませぬ。故に、伏見に近い場所、三十三間堂の周辺から山側に回って清水寺、祇園社の辺りまで数多く御座います」
……。
言葉にならんな。
私が知らぬ間に、六波羅の周辺全てが色町となっているではないか……。
「それでは、六波羅周辺、悉くではないか……」
「はっ……」
はっ!ではないぞ。
ふぅ……。
京の治安に関しては後日のことだ。
元より、勝手にしろと手を付けておらぬ地域だからな。
「しかし、六波羅の屋敷は王家と公家に貸し出して久しい。……確か彼らは御所の建て直しも遅々として進まず、帝も含めて彼らの殆どが六波羅に移り住んでおるのでは?」
「左様です」
「そのような屋敷の周囲で色町などと……む?もしや……?」
何やら、嫌な予感がするな。
「はい。色町の中でも格式ある大店の殆どは、宮中の方々によって動かされておるとの噂でございます」
「……」
言葉にならぬとはこの事か。
鎌倉以後は仮初の政であったとはいえ、形としては古来より日本の政治の一部を担っていた筈であろう?
そこから手を引き、自分たちの荘園管理しかやることが無くなったならばと、今度は定期的に上がって来る収益を色町の大店経営に注ぎ込んでいただと?
なにが悲しゅうて、女衒の総元締めなどを……。
しかし、悲しむのは後のこと。
今の関白殿を伏見に呼びつけてその辺りの事情を問いただすのは混乱が落ち着いてからだな。
「む?待てよ?……」
嫌な予感というのは、連鎖して脳裏に浮かんでくるものだ。
「公家の連中が、見目優れた者達を拾い上げ、表に裏に活用するのは古来の伝統なれど、そのように多くの店を構えるようであるのは、銭の為だけか?もしや、自らの……?」
「はっ……あくまで噂でございますが、六波羅の屋敷は御所、宮中としてのみ活用し、王家、公家の皆様は己の中屋敷、下屋敷を店としているとか……」
「……」
こやつも私の近侍だ。
それなりの俸給は貰っておるであろうし、顔も効くのであろう。その男がいうことなれば……真実である、のか……。
上屋敷でなくとも、自分の屋敷を……更にその色町が火事?
「その方の下の事情は問わん。ただ問いに答えよ!」
「はっ!」
「……京の色町で飯盛山より確認できるほどの大火事。……公家の多くは死ぬと思うか?」
「……」
「……答えよ」
「はっ……某の考えでよろしければ、その……、大量に……」
「左様か……」
先の記憶では、圧死の話は覚えていたが、火事での死者の話はそれほど覚えていない。
発生の日時も先の記憶とはずれているのだろうが、堺から有岡、伏見、京と畿内の様子や人々の暮らしぶり、文化、習俗も異なっているのだろう。
さすれば、被害の出方も違うということか……。
さて、如何なることとなるのか。
差し詰め、私は私に出来るところから始めるとしよう。
「さて、揺れも収まった模様だ。十分に以降の揺れにも警戒しつつ、先ずは城内の被害確認だ。今晩は中庭で明かし、日が昇り次第、柱回り、壁周りを重点的に調べるのだ!」
「「ははっ!!」」
日が昇れば指月城からの報告も上がってこよう。
当家の城の外に関しては、その報告を受けて後に動くとしようか。
天正二十四年 晩夏 飯盛山 浪江秀吉
どえりゃことになったもんだ。
これが徳川殿が言っておった契機というやつなのかの。
畿内を襲った大地震。
地震そのものによる圧死者も相当数ではあったが、その後に発生した火事が死者数を多くしている。
地震から三日ほど経った今になっても被害の実数は把握しきれていない。
その理由は、大老家の差配が届かぬ京の町が一番の被害であったことがもっとも大きなものではあるが、その前日に起こった豊後の地震、また昨日に起こった伊予の地震で大友殿と長曾我部殿ご自身、そして多くの家臣の方々が伏見に居ないからでもある。
淀川の北側を治める長尾家、南側を治める徳川家からは被害の報告が上がってはおるんじゃが……。
こういう時の仕事の割り振りというやつでは、京方面を担当する尼子家を大友殿と長曾我部殿が監視するのが通例となっておった。
なんともややこしい京方面を尼子家だけでは如何にも厳しい……。
いや、栓無きことは言うまい。
ここは、今時分までに上がって来た報告を正確にお伝えするまでよの。
すっすっすっす。
上座に向かう足音を聞き、静かに頭を下げる。
「待たせてしまって申し訳なかった。秀吉殿。して、伏見で集まった情報はどういったものだ?」
「ははっ!では早速……」
広間にみえられるや否や、上様は即座に報告を求められた。
儂は持ち寄った資料を手元に寄せ、なるべく簡素に、現状で把握できたことだけを述べていく。
「……となりまして、伏見での死者は百を超えることはありませんでしたが、どうにも淀川沿いと巨椋池周辺の埋め立て地からは水が出てきてしまい、なんともおかしなことになってしまっております。桟橋として石灰壁で造り上げたところはまだましなのですが、そうでない場所は水と土が入り混じった泥のようになってしまい。酷いところでは沼地の様な惨状でして……まずはここいらの排水を行なってから再度の埋め立てを行ない、しかる後に石灰壁で造られた施設との段差等を均す作業に移りたいと考えております」
「わかりました。復旧作業は秀吉殿にお任せします。……しかし伏見の被害者がそこまでで抑えられたのは朗報ですね。当日はこの城からも火の手が見えて心配した物ですが……。っと、火の手と言えば、伏見よりも盛大な火事があったという京の町は如何ですか?」
そうでしょうな。
気になるのはそちらになりましょうな。
「はっ。京の町、特に町として発展しておった賀茂川の東の辺りでは、地震での被害そのものよりも、上様が仰られるよう、後に起きた火事での被害が大きうございました。一方で、賀茂川の西や桂川周辺では古い家屋などの倒壊が主な被害でしたので、逃げ遅れた者や身体が不自由な者等の多くが犠牲となりました」
「そうですか……伏見の北は我らが口出す地域ではないので、なんとも歯がゆいところではありますが、朝廷の者から支援を請われた場合は民の救済を第一に最善の手を尽くしてください」
「はっ!必ず!」
と言って頭を下げる儂。
確かに民には何の罪もない話だ。
幸いに季節は冬ではなく、まだまだ暑いとも言える季節。
朝晩の寒さで人が倒れるようなことは無かろうが、夏が過ぎればすぐにも秋、そして冬が訪れる。皆が落ち着けるための何かしらは必要であろうな。
ここはひとつの天下普請として、大型の簡易長屋の建築を進めるとしようかの。
「左様、問題は彼の地へは我らが手を出せぬ土地だということなのですよなぁ」
ぬ?
「少々無礼ではないか?徳川殿」
広間に入りながら上様の言葉へ己の意見を差し挟むとは!
無礼、無作法なんでも来いの儂でも、伊藤家の皆様や信長様への無礼では話が違うぞ?
「良い。徳川殿は私の方から呼んだのだ。それに事は急を要する大地震への対策だ。この場において作法とやらは何の役にも立つまい」
「はっ、上様がそう仰られるのならば……」
上様が良いと仰られるのならばここは引き下がろう。
だが、後で徳川殿には一言二言……。
「いや、これは某が無作法でございました。上様、浪江殿。どうかお許しを」
徳川殿は広間廊下側に座り、上様に、次いで儂へと頭を下げた。
まぁ、良かろう。
とにもかくにも、先ずは上様が仰られるよう、地震への対策を話し合うことが肝要だ。
……しかし、徳川殿はこの地震に関連する話、儂以外にも上様とも進めておったのか?
成るほど、根回し相手が儂だけとは露も思ってはおらなんだが、流石に上様へも直接話を進めておるとは想像しておらなんだな。
「……早速だが、徳川殿。徳川家の領内での被害状況はどうなのだ?」
「左様ですな、死者はそれほどでもありませぬが、畿内の街道、特に峠道の崩れや古い家屋の倒壊はそれなりの数が在りました。ただ、いずれも時と人を掛けさえすれば、復旧作業それ自体は無事にこなせましょう。どうぞ、ご心配なく……。それよりも問題は……」
「京の町か?」
「はっ!」
ふむ。
どうにも筋書を感じるやり取りではあるが致し方あるまい。
途中経緯はどうあれ、ここからの目的は事前に徳川殿から聞いていることでもある。
「京の町は我らが領内のように、街道の整備、市中の整備、土地や河川の整備などが十全には行われておりません。京の混乱は我らでは想像も出来ぬ様相でありましょう」
「……」
「被害状況がそのような物ですので、本来でしたら京を治める者が率先してことに当たるのが当然なのですがな」
「「……」」
三人の沈黙が流れる。
「なんと、帝を初めとした王家の方々。それに付き従う公家の大部分。……奴らはもう一つの都に逃げ込みましたぞ!?」
そう報告する徳川殿は満面の笑みを浮かべていた。
天正二十四年 初秋 xxxx xxxx
「っと!そういう事であったのだ!正に朕は命からがら、皆の手助けにより何とか生き延びることが出来たのだ!」
「おや、まぁ?!それはなんともお辛い思いを為されたのですね」
「ああ、あの時は死ぬかと思った。……だが良いのだ。その辛い思い出もこうして、愛しい其方と我が子らに囲まれ、平和なこの屋敷で過ごすことで忘れることが出来るというもの」
「うふっふ。妾も愛しい貴方様と思いがけずに長い時を共に出来てうれしゅうございますよ?」
「おおぉ!左様か、左様であるか?!」
「ええ、ええ。ほんに……。で、貴方様?此度はどの程度こちらに滞在できるのですか?」
「そような……臣下等の申すところでは、完璧に京が復旧してから戻れば良いということじゃからな。通例の儀式は、こちらで行えば良いとの話でもあった。これも昨今創り上げた諸々の祭儀場のお陰じゃ」
「あら、それは嬉しい。では、今後も入用な物がお在りでしたら遠慮なくお申しつけを……」
「うむうむ……ふぅ、ふわぁぁ。っと、済まないな。安心したら、どうにも眠気が……」
「おやおや、なんとも大きな妾の子が増えてしまいましたわね。どうぞ、親子で仲良く昼寝を楽しんでくださいな。ここまで地震が襲ってくることなぞはありませぬ故」
「そうか……では、済まぬが……すぅ、すぅっ」
……
…………
「話は聞いていたな?」
「「はっ!」」
「これよりは夫君の臣下もこの城で過ごされるのだ。準備を抜かるでないぞ?」
「「はっ!」」
「土地はまだまだあるのだ。奴婢共を働かせて仕事を急がせよ!」
「「はっ!」」
「金銀も今以上に掘り出させるのだ!此度の件でこちらに渡ってきた者らが、今以上に金銀の扱いをよくする技を持っているというからな!しっかりと山からも搾り取るのだぞ?!」
「「ははっ!!」」
「くっくっく……おーっほっほっほ!明の片田舎でわびしい思いをしていたのはもう遥か昔のことよ!これよりは潤沢な財と屈強な兵に守られ、愛しいお方と夢の様な生活を営むのじゃ!」
「「っははぁっー!」」
慶長伏見地震発生。
一連の断層地震の順番も違う中、我々の知る地震よりも大きかったのでしょうか?
住民の安否が気にかかるところです。
そして竹千代君の笑みがこぼれたところで次話へと繋がります。
二部は残り二話を予定しておりますので、どうぞお楽しみに。
今後ともよろしくお願いします。
m(_ _)m




