-第二百三十七話- 奠都
天正二十四年 春 漢城 浪江秀吉
これも徳川殿の口車に乗ったが為の苦行なのか?
たった一つの判断が、なんともしんどい思いを強いらせるものだ。
「浪江殿、次はお手前の番でおじゃる」
典礼役の三条西の某殿かに促され、席を立ち、祭壇の方へと向かう。
朝鮮は百済の都、漢城の裏山に造られた祭壇。
目の前には縄と紙で作られた結界の様な飾りつけをされた小山が聳え立つ。
頂上までの階段は百段弱か?
儂の様な爺に登らせるとは、百済も公家の典礼係も何を考えておるのやら。
しかし、この地味な様な、派手な様な不思議な祭壇。
なんとも目新しい様式で造られた祭壇で、儂にはどこがどうなって、良いものなのやら、悪いものなのやら判断が付かん。
とにかく、銭はふんだんに使われた物であろうことだけは確かのようだ。
まったく、いったいどこから、この費えの銭が出て来たのであろうかな?
ここまでの贅沢がこなせるというのなら、来年以降の尼子家の天下普請の負担は重くさせてもらうぞ?
新緑の枝葉を纏めた物を眼前の台から持ち上げ、頭上に掲げて一礼、おずおずと階段を登って行く。
どうにもこういうのは慣れん。
大老会合に伊藤家の代表として参加する儂だが、何年経ってもこういった、何の理由があるのかもわからん儀式に参加するのは億劫なことだ。
……これなら、よっぽど城の普請やら堤防の普請で人足達と共に、汗にまみれながら土袋なぞを運んだ方が楽ではないか。
全くもって、このような仕儀に巻き込んだ徳川殿、お恨み申し上げるぞ?
あ……そもそもの話で、このような面倒事を招いた尼子殿には「国に帰ったら覚えておれ!」と後で伝えておこうかの。
ふぅぅっ。
心で念じるだけでは儂の堪忍袋が大変なことになりそうなので、足元を見るついでに小山の麓の席に座っておる徳川殿と尼子殿はきっちりと睨んでおこう。
よいっしょ、よいっしょ。
ふぅっ。
さて、少々汗ばんだが、何とか無事に小山を登ったぞ?
「●◇▽××、△○○◎●!」
「ぬ?」
なにやら百済の典礼係が喋っておるが、儂は一切の朝鮮の言葉、百済語は理解できんのでな。
なにを言うておるのか皆目わからんわ。
「●◇▽××、△○○◎●!」
「浪江様。そこで片膝立ちに神具を捧げ持って下され」
「寝具??はて?……ああ、神具じゃな」
もっとわかりやすい言葉で説明すれば良かろうに、百済の人間と横並びに控えている日ノ本からの典礼係が言葉を訳したのか、元からの説明なのか、儂にこれ以降の儀式進行を促す。
「ほいほい」
儂とて、このような名前も知らぬ小者と諍いを起こすほどに小心ではないので、ここは言われた通りに片膝に立ち、枝葉を持ち上げる。
奠都のぅ。
儂も詳しくは知らなかったものだから、あれから配下の者に聞いてみた。
徳川殿は何やら秘め事じみた様相で話しておったが、どうせあの徳川殿の為すことだからな、話が儂の所から周囲に広まったとて大して気にも留めぬであろうさな。
お陰さまで、特に配慮なんぞもせぬで京に由縁がある者や、公家に由縁がある者を呼んで奠都について話を聞いてみたわ。
ようするに奠都とは新たに都を定めることを言うのだな。
都を移す、移さない、つまり朝廷の場所を変える、変えない、帝の本拠を変える、変えないに関わらずに「都」を定めることを意味するのだということだ。
漢城を新たに都と定める。
百済の都であるはずの漢城なんだが、ここで新たに日ノ本の都となるのは問題ないのかの?
儂としては問題だらけのようにも思える一方、問題として取り上げる勢力が居ないのも確かな話であろう。
こちらとしては「どうぞご勝手に」の姿勢を貫いておったからな。
多少の銭を出してやったがそれ以上ではない。
しかし、銭か……。
「漢城で奠都の神事を行うので参加して欲しい」と聞いた時は、ここまで事が大きくなっているとは思わなんだ。
李朝征伐が行われたとはいえ、報告では漢城はそれほどの被害は出なかったとされておったし、建物をいくつか新調するぐらいのものと思っていたのだが……。
ふぅ、これはどういうことであろうな。
この丘上からすそ野を振り返れば、山腹に切り開かれた漢城にはどうにも新しく拡大した場所が多く見えるし、東西南北それぞれの大手門から城下町へ山の切り崩しが行われ、大いに城と町の一体化の工事が行われておる。
話に聞いていたところでは、漢城は太古の山城の造りで、経路は険しく、大手門たる南大門は山間の切通しに建てられたものと伝え聞く。
それが今や城下町と一体化する、新しい世の城の形に変貌しつつあるとはのぉ。
「「うおっぉっほんっ!!」」
いかん、いかん。
余りにも退屈なもので、思わず崖下を振り返ってばかりであったのが典礼役のお気に召さなかったらしいな。
「●◇▽××、△○○◎●!」
「浪江様。それでは階段下にお戻りを……」
うむ。
儂はこれで終わったのかと、頷き一つ階段を下って行く。
おおぉ!
これはなんとも絶景よな。
どこから集められたのかは知らんが、大勢の人足達が川沿い土地を造成し、新たな建物が至る所で建てられておるのが遠目に見える。
こうした、「人の活気」というものは良いな。
こう、未来への希望が観えるというものよな!
「「うおっぉっほんっ!!」」
……なんじゃい。
階段をゆっくり降りながら景色を楽しむことも許されんのか?
なんとも典礼係とは口うるさい奴等よのぉ。
天正二十四年 晩春 金州衛 織田信長
「……というわけで、我らが久我の者達が中心になって行われた漢城の典礼はなんとも荘厳であり、古来よりの言い伝えを見事に継承した、真、神代の神事を現世に再現したともいうべきものなのでおじゃったのだぞ」
実に、この義州の久我はうるさい男だ。
往々にして、公家というのは己の手柄を必要以上に騒ぎ立てるのが生きがいの様な奴らばかりだが、この久我はそのような公家の典型だな。
藤吉郎からの文では、典礼の場にこの男はおらず、ひたすら城の宴会場で奥州からの焼酎ばかりを飲んでおったそうではないか。
薩摩焼酎、越後焼酎、奥州焼酎の日本三大焼酎は、それぞれが稀少で値が張る。
そんな商品を朝鮮と遼東の境、日本から見れば田舎も田舎の大辺境代官役の久我が手に入れるのは難しかろう。
そう考えれば、物珍しさに高価な酒に溺れるのもある程度は理解出来るのだがな。
素直に「あの酒は美味かった」とか「あの料理は見事だった」とかの感想を並べれば、俺のこやつへの人物評価も少しは上がるであろうに。
「織田殿も昔は尾張の守護代に仕える一家であったと聞くが、尾張の様な片田舎では斯様に素晴らしき神事に立ち会えることもなかったであろうかのぉ」
俺がこの男を好かんのは、その曲がりくねった公家の性根というのもあるんだが、どうにもこの東北地方を勘違いしておることよな。
まぁ、久我の思考の元は理解できる。
船を知らねば、距離と時間の考えが地図で記された距離でしか理解出来ぬ。
俺の居城というべき、この金州衛は距離で言えば日ノ本からは義州よりも遠い。
客との会見に使うこの一の丸の広間は山に囲まれているので気付きにくいが、山を馬で下れば、半刻も掛からず、すぐに大型船が何艘も接岸できる大湊なんだがな……。
義州からの陸路は山道で、北側から金州衛に入るからそのあたりの認識がおかしなことにでもなっておるのか?
何回かは城下を散策もしたであろうが、やはり「人は信じたいものを信じる」という太郎丸の言う通りなのであろうな。
すすっす。
「信長様、お客様がご到着です……」
重門がそっと近寄り、耳打ちをする。
おお、ご到着されたか!
「おお、済まぬな久我殿!少々急用が出来てしまったようだ。俺はこれにて失礼するが、これより膳を運ばせるため、久我殿はゆっくりとされるが良かろう……」
「……左様でおじゃるか。織田殿も麻呂と同じくお忙しいと見える故な、あまりお邪魔するのも麻呂の本意ではないでおじゃるからな」
「はっはっは!なんの、なんの。……それでは御免」
俺は一礼をして広間を出る。
久我も金州衛まで出張って来た本題は、俺との会話などではなく、純粋な集りだからな。
古より続く、公家の伝統的な稼ぎ方だ。
少々同情的に考えてやれば、義州では銭の集めようもないであろうからな。
義州は広い土地を持つが、過去の戦によって荒廃したままで農地の回復はなされておらず、人も離散したまま……。
多少の治安は回復したようだが、そのような土地では銭で税を納めるような者達が居るはずも無いであろう。久我としては俺の所に集りに来るしかないのであろうさ。
まぁ、良い。
これも同じ日本の者としての誼だからな、多少の銭は恵んでやろうともさ。
さて、小さな話はここまでだな。
これよりは、重要な話し合いとなる。
俺は一の丸を出て山道を登り、奥の丸の応接室へと向かう。
太郎丸の造った勿来城の様式で設えられた部屋だ。
「お待たせしてしまいましたかな?」
「いえ、このように香り高い銘茶を頂いておりますれば、それほどのものでは御座いませぬよ」
「そう言ってもらえれば有難い仕儀ですな」
実際に、林殿は赤城山で採れた凍頂茶がお好きなようだ。
今日も美味そうに茶を楽しまれておる。
うむ、美味い物はこのように楽しむのが最上よな。
だからこそ、俺はこの御仁を信用できるのだ。
「さて、早速ですが織田殿。今日来たのは、是非にも文にて書かせて頂いたことへの返事を頂きたいと思い、金州衛にお邪魔させて頂きました」
「林殿……。そのことは、それこそ文にて返事をさせて頂いていたでしょうに」
「何を、何を。……勿論その文は読ませて頂きましたが、此度ばかりはどうしても良い返事を頂かぬ事にはこちらも引き下がれませぬ故な」
「ぬぅ……」
そう、年明け頃より、俺は林殿から無理難題を吹っ掛けられているのだ。
「そうは言われても、俺は伊藤家の臣。日本の侍、武官ですからな。林殿が北に出征された後の遼東郡司の留守をみるというのは……」
「なに、何度も申してるように織田殿を明朝の臣にですとか、当家に組み込むですとか、そのような考えは毛頭ございませぬ。……此度の北伐は後元の根拠地、烏蘭河の制圧、当地の可汗を捕縛するところまでを含めます。お恥ずかしいことではありますが、そこまでの大規模行軍を成功させるには、我が軍の全てを充てざる得ませぬ。有難いことに織田殿の働きかけで内蒙古十二州がこちらに恭順を示しましたことから、漸く烏蘭河までの遠征が現実のものとなりましたが、それでも動員できる兵力ではこの行軍を成功させるに目一杯なのです」
林殿は淡々と事実を述べて来る。
「此度は、我らが拠点の遼東郡司や撒叉河衛の軍の全てを振り分けねばなりません。退路の確保の関係から、撒叉河衛の守りの分は全体の計画に組み込んではおりますが、どうしても遼東郡司までには手が回りません。城内の事務、政務は残していく文官が行いますので、どうか織田殿には幾何かの兵を率いてご入城いただきたい!」
確かに、遼東郡司は金州衛よりも北に位置し、東北地方の南部全体を見るには最高の地であり、正に要衝である。
だが、正に要衝であるがゆえに、遼東郡司は林殿の本拠地であり、明朝としても東北地方を己が領土と謳うための名分としても絶対に抑えておかねばならぬ地だ。
そこに代理とはいえ、俺が兵と共に入城するとなると、色々と面倒事が起こりそうな気がする。
その辺りのことを踏まえ、今も、遼東郡司の中には日本の兵や我らが鍛えた兵を一人も入れてはおらず、それなりに立派な商館、遼東株式会社の建物があるぐらいにしておるんだがな。
そういえば、ユージェニー殿の東亜細亜株式会社も立派な建物を建てておったか。
「……そうは申されますが、林殿。この東北地方は林殿のお陰を以て良く治まっている。ついぞ野盗や物取りの話も聞かぬぐらいではありませぬか。そこに兵を駐屯させる意味などありますかな?恐れながら、我らの兵を充てに考えておられるのならば、この金州衛にはそれなりの備えはしておりますので、その軍を以てしてことに当たることが出来ましょう。わざわざ他国人の俺が遼東郡司に入城する必要などは無いのではないでしょうかな?」
「通常の態でしたら織田殿の申される通りでしょう。ですが、今の状況は違うのでは?」
「と、申されると?」
林殿も食い下がるものよ……。
とっとと、引きさがってくれれば有難いのだがな。
「織田殿が鍛えている当地の軍です。これまでは練兵も兼ねてでしょうが、領内を巡回して回り、治安の維持にも大いに貢献し、危急の際の即応部隊としても充てることが出来る配置であったことでしょう。ですが、今は北伐の為に内蒙古へと出払っておりますな。……北伐を依頼した我らが言うのも変なことだと重々承知しておりますが、この状況では金州衛にのみ兵を収めておくのは不十分な配置だとは思われませぬか?」
「……」
こと、軍事的な意味合いで言えばその通りではある。
「敵」なる者がどこから出現するのか甚だ疑問ではあるが、東北地方の防備と考えれば、ここは遼東郡司に纏まった兵を駐屯させておくのは常道だ。
「ならば尚のこと、順天府に応援を頼むのが筋なのではないでしょうかな?」
「信用できる軍が派遣されるのならばそれで良いのですが……。私は大学派の人間。その人間の後釜はどうしても朝廷の力学によって宦官派閥の者から選ばれることとなりましょう」
「……先の朝鮮戦役の様な人間が派遣されるかも知れぬと?」
「……左様です」
林殿は苦々しく答えてはいるが、俺にはどうにも傍迷惑なことこの上ないな。
だが、先の朝鮮戦役で明の朝廷から派遣された将軍は酷かった。
戦闘では無駄に血を流したし、占領地の民を虐殺しても回った。略奪の話にもなれば枚挙に暇がない。
あそこまでの蛮行を平然と行うような将軍を俺はまともな人間だとは思えんかった。
そんな人間が遼東郡司に派遣されたのならば……。
それは悪夢としか思えんな。
折角、平穏を迎えたこの大地が血で塗り固められるのは遠慮しておきたい。
「もう一つ付け加えさせていただきますと……」
林殿は先ほど以上に言い難そうにしておる。
「付け加えると?」
俺は茶を一口、林殿に先を促す。
「宦官派と六省派が、共に此度の日本による漢城奠都を問題視しております」
「……」
「朝鮮の地は明朝によって百済が王として冊封されている国。百済がその国内において「都」だなんだと自称するのは一向に構いませぬ。ですが、日本は明とは違う国です。他国がわが冊封国の都市を都と定めるのは敵対の意思あり、との言説が実しやかに彼らの間で駆け巡っております……」
……そうなるか。
「無論、わが大学派初め六省派の大部分もそのようなことは信じておりませぬ。おりませぬが……」
「……名前の出てこない宦官派の中では、そういった言説が根強いということですか」
「……左様です」
「そのようなことなるからこそ、日本の兵が遼東郡司を「守備」することで立場を示して、要らぬ噂の潔白を示すのが良いと仰られるか……」
「……」
これは断らぬ方が良策か。
「相分かり申した。微力ながら、この信長。遼東郡司の「守備」を任されましょう」
「……忝い」
俺も林殿も互いに頭を下げる。
全くもって、王家と公家というのは武家に迷惑をかけることを生き甲斐にしておるのではなかろうな?
なんとも迷惑なことよ!
漢城に奠都。
果たしてどうなることやら……初手の迷惑が藤吉郎君に、次手の迷惑が吉法師さんに降りかかっております。
ちなみに内蒙古十四州の表現ですが、当時の平原の部が非常に複雑で数えようにもどうにも(後元の滅亡時期になりますしね)……と言った感じでしたので、ここはわかりやすく現代の州を当てはめて書かせて頂きました。
今後ともよろしくお願いいたします。
m(_ _)m




